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 次にダヴに会いに行けたのは、あたしが十三歳になった夏の日だった。

 あの頃からずっと愛用している緑のスカートを履いて、スカートが揺れる度に漂う爽やかな匂いにたくさんの人たちが思わず振り返るのをなんだか得意げに感じながら、あたしは麦わら帽子を被り直し、意気揚々と外へ出た。腕には籠をぶら下げている。ダヴが林檎を何個食べるのか分からなかったけれど、あって困ることはないわよね、と勝手に結論づけて、十個中に入れている。

 久しぶりの外は、肌を焼くくらい日差しが強く、目を開けていられないほど光が眩しい。あたしはC地区まで行けるようになっていたけれど、迷わずキミドリエリアに向かった。久しぶりのそこは、輝いて見えた。葉緑の色が、太陽の眩い光を反射しているのだ。うわあ、なんて素敵! 前に来た時よりもずっとずっと、この場所が良いところに思えちゃう。

「ダヴー! あたしよ、マチルダ。来たわよ!」

 大きな声で名前を呼ぶと、草をかき分けるようにして、ダヴの上体がむくりと姿を現した。訝しげに歪められた顔が、こちらを向く。あたしは不意に、自分の陽気が少し削がれたように思った。ダヴは記憶の中の姿よりも、ずっと小さくて、服は相変わらず真っ白な代わり映えのしないワンピース。あの大きなハサミで切っているのか、斜めに不揃いの前髪、あの頃よりは少し伸びたのか、首と肩の付け根で毛先がぺなぺな跳ねているぼさぼさの髪。

 少し、思い出を美化しすぎていたかしらと思う。目の前の幼い子供と今日はどんな話をしようとわくわくしながらスキップしてきた自分が、なんだか残念に思えた。そうか、とあたしは腑に落ちていた。ダヴは、人間ではないと言っていた。きっとこの子は、あたしのように歳を取らないんだ。あるいは、歳をとったとしても、あたしのようには成長しない。

 あたしの母は人工子宮で、父親は赤ちゃんの頃から育ててくれた研究者、科学者たち。だからあたしは家族を知らないし、兄弟と馴れ合ってきた訳でもない。不安がむくむくと膨らんだ。自分より幼く見えるダヴと、どう遊べばいいんだろう。何を話したらいいんだろう?

「……久しぶり。まさか本当に来るとはね」

 長らくあたしが何も言えないまま黙っていると、まるで助け舟を出すみたいに、ダヴの方からそう声をかけてくれる。

「なによ、だって約束したじゃない」

「うん。でも子供は、なんでもすぐに忘れるだろう?」

 ダヴはその幼い姿には似つかわしくない、寂しげな表情を浮かべた。

「キミの前にも、ボクは何百人という子どもたちと出会ってきた。みんな大人になるにつれボクのことを忘れたよ。また来るねと無邪気な笑顔で言いながら、ちゃんと来てくれた子なんて一人もいなかった。……キミがはじめてだ。すごいね」

 あたしは意図せずぶるりと身震いした。そして、胸の内に温かな喜びが満ちていくのを感じた。なんだ、幼いのは見た目だけで、この人とあたしはまだ通じ合える!

「このスカートがあるもの。忘れるわけないわ」

 あたしは笑って、帽子を押さえながらその場でくるりと回ってみせた。裾が花が咲くように広がって、ふわふわ揺れる。緑のいい匂いがする。

「うん……よく似合ってるよ」

 ダヴの鼻の頭が、少し赤くなっているように見えた。

「ありがとう! でも最近ちょっとウエストがきついかも。身長が伸びちゃって」

「横にも太ったんじゃない?」

「まあ、失礼ね! BMIは20.0よ! ちゃんとキープしてるんだから!」

「びー、……何? ……よく分からないけど、キミの体に合わせて仕立て直すことなら何度だってできるから……長く着てよ」

「ほんとう!? じゃあ、またいつ来られるかわからないから、今日早速お願いするわ! また今度お礼を持ってこなくちゃね。あ、これ、前のお礼の林檎よ! 一番美味しい種類を持ってきたの。十個!」

「え? ああ……うん、ありがとう……」

 ダヴは、なぜだか微妙な表情になった。それでも手を伸ばしてくれる。

「仕立てるのはいいけれど、着替えはあるの? 直しているあいだは脱いでもらわないといけないけど……」

 ダヴはシャリ、と音を立てて林檎を噛んだ。一瞬、その顔が歪んだ。美味しそうに食べているようには見えなかった。

「え……あ、」

 今日の下着は何を着ていたっけ。白にピンクのリボン。問題ないわね、とあたしは考える。

「いいわ、その間脱いでるから。ダヴは女の子でしょ? あたし全然恥ずかしくないし」

「女の子……いや、だからね、ボクはニンゲンではないから、雌雄の別もないんだ……けど、まあキミがそれでいいならいいけどさ」

 じゃあ、脱いでと言いながら、ダヴは立ち上がった。さりげなく籠に林檎を戻したのが見えた。あたしはスカートを脱ごうとして、不意にダヴにじっと見られていることに恥ずかしさを覚えた。

「あ、あの……」

「ん? どうかした?」

「ぬ、脱ぎ終わるまで、向こうむいてて……」

「ああ、わかった」

 素直にくるりと背を向けられる。恥ずかしいのはあたしだけなのかしらと悶々とした。顔がさらに熱くなるのを感じながら、あたしはスカートを脱ぎ、ダヴがスカートをお直ししている間も茂みの中で三角座りをしていた。

 次に来る時は、ちゃんと着替えも持ってこなきゃ。マチ覚えた。


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