突如、三人の前に一人の男性が姿を現した。一応断っておくが、男性中堅さんではない。

「あ、あなたは?!」

「う、嘘?!」

「あ、あ……!」

 ベテランさん、中堅さん、新人さんの三人は、揃って固まる。そう、三人とも、この男性がこのクエストに来る事を知らなかったのだろう。

「あなたは……まさか、本当に?」

 目の前に居るのは明らかなのだが、今一度確認するベテランさん。

 そう、この人は、所謂サプライズゲストだ。そして、この人物は、ボクでも分かる程に、強大な力を持っていた。つまるところ、大ベテランさんだ。

「ええ、おはようございます。さあ、最高の作品に仕上げましょう」

 言って、大ベテランさんが先陣を切る。

 強い。圧倒的な強さだ。全てが高水準であり、無駄がない。

 剣は、その一撃一撃が重く、カスタマー達でさえ、一瞬で切り伏せていく。最早、ダンジョンの相性など関係なく、全てのカスタマーを満足させていた。

 更に特筆すべきは、その剣の豊かさだった。一定の形ではなく、状況に応じて、複雑に変化している。形状が変化するのはもちろん、時には、一本から二本、二本から三本、そしてそれを超える更なる複数の剣となり、相手を圧倒する。また、それを扱う技術、剣技も、常人では測りきれない、底を知ることが出来ない程の物だった。

 剣、だけでは無い。魔法っぽい何かの威力や種類、それを放つタイミングも感嘆に値する。ベテランさんが敵わない、と言った中堅さんが得意とする分野でさえ、軽々とその上を行っていた。

「とんでもないわね。ふふ、現場で目の当たりにすると、私もまだまだだって事を、あのカスタマー達と共に、直接叩きつけられている気分だわ」

 ベテランさんが、足を止めて震えていた。中堅さんと新人さんなどは、その場に座り込んでしまっており、目に薄く涙を浮かべてさえいる。

「あの強さを得る為には、一体、どれ程の才能と経験が必要なのかしら……通常クエストは勿論、海外クエストや国民的クエスト、子供向け情報クエスト、更には、もはやクエストとは関係ないバラエティに富んだ活躍……その全てを網羅し、成功させてきたからこそなる、あの強さ、そして知名度という名の魔法っぽい何か」

 あ、それも魔法っぽい何かなんだ。

「あなたも覚えておきなさい。あれが、この世界の頂点の一人。あの強大な力、見上げる程の技術力、存在感から付いた二つ名が、ミスターマウント、山さんよ」

 山さん。とんでもない人物だ。

「いいえ、力や技術だけじゃないわ。あの人の凄いところは……」

 と、山さんが攻撃の手を止め、三人の方へと振り向いた。

「さあ、どうしましたか? 僕だけが戦っていたのでは意味がないでしょう。このクエストは、あなた達の物です。あなた達が仕上げ、完成させなければ」

 そう言うと、山さんは、敵から離れ、歩み寄ってくる。中堅さんと新人さんは、慌てて立ち上がった。

 先程まで、恐ろしくも圧倒的な力を見せていた人物とは思えない程の穏やかさで、場の空気を更に一転させた山さん。緊張した面持ちの三人へ優しい笑顔を向けると、

「あの、少し老婆心じみた事を言ってしまうかもしれませんが、」

 そう前置きし、一人一人の手を握り締め、言葉をかける。

「ベテランさん。あなたが新人だった頃、僕はあなたの未来さきに光を見ました。そして、それは間違ってはいなかった。あなた自身は素晴らしい戦士となり、また、あなたを慕う人たちも立派に育っています。これからも頑張ってくださいね」

 それは、大ベテランの先輩からの贈り物だった。言葉は熱く心へ染み渡り、体中を巡る。

「はい」

 先程まで堪えていたベテランさんの目に、とうとう涙が溢れ、零れ落ちた。

「中堅さん。あなたは素晴らしい先輩を得ました。また、あなたの活躍、僕もこっそりと楽しませてもらっていますよ。この世界に、もっともっと沢山の、新しい風を吹かせて下さいね」

「はい……はい!」

 中堅さんは、もう号泣だった。

「新人さん。この世界には慣れましたか? 今は、自分に自信が持てない時もあるかもしれません。ですが、頑張って、頑張って、頑張った先に、必ず答えがあります。今は前を向いて進んで下さい。また、どこかのクエストでお会いしましょう」

「……! …………!!」

 新人さんに至っては、声も出せずに、涙を流しながら、ただただ頷いていた。

「それでは、僕の出番はここまでです。お疲れ様でした」

 言って、山さんは姿を消した。残された三人は、というと、立ち尽くしたまま、動かない。やがて、まだ残っている数多くのカスタマーが三人の元へと近づいて――

「あ、危ない!」

 ボクは叫んだ。しかし、ボクの悲痛な叫びとは関係無く、三人は静かにカスタマーの攻撃をかわす。

 動きが……おかしい。先程までの三人の動きでは無い。鈍いのではない。これは……


――ギャアアアアアア!


 新人さんの振った剣が、カスタマーに当たる。すると、攻撃を受けたカスタマーは、その一撃をもって崩れ落ちた。こ、この攻撃力は……

「すごいです。ベテラン先輩、中堅先輩、わたし、力が溢れ出て来て……」

「アタシもだよ、新人ちゃん。はは、やっぱり凄いなぁ、あの人は」

 中堅さんも、新人さんと同じく、剣の一振りでカスタマーを屠った。力、技術、そして、感情のこもった一撃だった。

「これがあの人の、周りの人を先導し、やる気にさせる〝励まし〟という名の能力上昇作用バフよ。ふふ、もう負ける気がしないわね」

 そして、涙を拭った三人は、同時にカスタマーの群れへと視線を移す。そこからは、山さんに負けず劣らずの無双っぷりだった。


――グアァァァァァッァ!

――ヒィィィィィィィィィ!

――アァァァ! シンゾウガモタヌゥゥゥ!

――カミニンテイカクテイコンキハケンヒッシ!


 大体ほぼ言葉にもならぬ断末魔の悲鳴を上げ、次々と倒されていくカスタマー。やがて、最後の階層のカスタマーは、残らず一掃された。

 やりきったのだ。遂に、ベテランさん、中堅さん、新人さんの三人は、このダンジョンを攻略したのだ。道も、この場所で終わっていた。

「よし、お疲れ様、二人とも」

 剣を収め、ベテランさんが中堅さんと新人さんを労う。

「お疲れ様です!」

「おつかれさまです!」

 二人とも、特に、新人さんは、ダンジョン序盤とは見違える程に成長していた。それが、顔つきに滲み出ている。達成感と共に、ある種の自信もつけていた。

 戦いに参加しなかったボクでさえ、彼女達の姿を見ていただけなのだが、様々な勉強をさせてもらえた、貴重な体験が出来た、と感じていた。

「それじゃあ、帰りま――」


――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 帰路につこうとした矢先、不穏な音と共に、何か大きな影が現れた。今度は何だ?! 流石に三人も疲れ切っていて、もうこれ以上の敵は……!

「嘘……でしょ?」

 新人さんが、その場にゆっくりと崩れ落ち、両手で顔を覆った。

「ははは、あははは!」

 そんな新人さんの隣で、中堅さんは、突然、大声で笑いだす。

「………………」

 ベテランさんは、何も言わない。ただただ、その影を見つめている。

 現れた影の輪郭、形がハッキリしてくる。これは……本?

「あの、コレは一体――」

「ぜ、先輩ぜんばいーー!!」

 突然、今まで地面に座り込んでいた新人さんが飛び上がり、先輩二人を同時に抱きしめた。号泣している。が、その顔は涙を流しながらも、笑顔だった。

「よしよし! そうだなー、嬉しいなー!」

 中堅さんは満面の笑みを浮かべ、新人さんの頭を激しく撫でた。ベテランさんも、同様に笑顔を浮かべ、新人さんの肩をそっと抱く。なにやら、三人とも嬉しそうだ。

「この本は……何なんでしょうか……」

 ボクは、恐る恐るベテランさんへ質問する。ベテランさんは、今までは抑えていたのか何なのか、ココまでそういった素振りは一切見せなかったのだが、やはりギルドの先輩なんだな、と、ある種納得してしまう程の、今日、一番のテンション、まるで、あの男性中堅さんが如く親指を突き立てて、言った。

「ふふ、二期決定よ!」

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