転
「よう。さあ、楽しもうじゃないか」
あの男性だ。ボクが最初に出会った、あの、背が高く大柄で、筋肉質な男性だ。何故ここに……
「どうも、中堅くん。よく来たわね」
ベテランさんが、特に気にする風でも無く、彼を受け入れた。
「男性向けのクエストだからって、女性だけが参加者じゃないからね。ベテランさんが、もし可能ならって、この階層だけ参加してもらえる様に呼んだの」
中堅さんが説明してくれる。
「よ、よろしくお願いしま……」
「ほら、早速来やがったぜ!」
新人さんが挨拶をする間もなく、カスタマーが現れる。割と進んできたこの階層になると、カスタマーの動きも単調では無く、どう表現したらいいか分からないけど、幾分か倒し辛く、つまりは、満足しにくくなってきていた。
「おら! どうだ! コラ!」
男性中堅さんが、必死にカスタマーへと攻撃を仕掛ける。だが、男性中堅さん、その外見と反して、攻撃力はあまり高くは無い様だった。しかし、
「やっぱり、流石ですね」
新人さんが感想を漏らすと、中堅さん、ベテランさんは同時に頷く。
「ええ、確かに、このクエストだと、彼の攻撃に大した威力は無いわ。でも、」
ベテランさんが話をしている間に、徐々にカスタマーの動きが鈍くなってくる。つまりは、満足しつつある、という事だ。
「剣技。そう、ダメージの通りにくい相手だとしても、技術で相手を倒すの。もう、みなまで言ってしまうと、演技力ね。彼の積み上げてきた技術は、しっかりとカスタマーに届いているわ」
「これで終わりだ!」
――サスダンチュウゥゥゥ!(流石、男性中堅だぜ)
トドメの一撃の後、なんだか妙な叫び声を上げて、カスタマーは消えた。
「ハァ、ハァ、ハァ……やったぞ!」
「ええ、助かったわ」
「ありがとう」
「勉強になりました!」
三人は彼を敬うと、それぞれに礼の言葉を投げた。
「ハァ、ハァ……」
男性中堅さんの息は荒い。
「フゥ、ハァ……お、お前も、ちゃんと見てたか?」
「はい」
「ハァ……そうか」
「はい、ありがとうございました」
「…………」
「……?」
息を荒げていた彼だったが、段々とその呼吸が弱まっていく。呼吸が戻ってきたわけでは無い様だ。表情も険しい。
「あ、あの」
しかし、ボクが心配して改めて声をかけると、彼は、一度力強く目を閉じ、すぐに、いつか見た極上の笑顔と、立てた親指をボクに向けてくれた。そして、
――あばよ。
その場に倒れ伏し、数瞬の後にその姿を塵の様に消した。感動的な別れだと思った。
「まあ、彼はこの階層限定の〝ゲスト〟だからね」
ベテランさんが身も蓋も無い事を言って〆た。そうだとは思いましたけど。
ボク達は、更に階層を進む。が、またしても、ボクの予想もしていなかった事が起こった。
目だ。そうとしか表現出来ない程、目だった。初めて〝耳〟を見た時と同じ衝撃が僕を襲った。目、なのだ。目の前に現れたのは、人間の身長大程の〝目〟だったのだ。
「何?!」
「――ふう、出たわね」
ボクの驚きを余所に、ベテランさんは、何かを悟ったかの様に、一歩下がる。
「頼んだわよ、二人とも」
ベテランさんが言うと、中堅さんと新人さんは、ベテランさんの前に出て、戦う姿勢を示した。
「新人ちゃん、ここは、アタシとあなたで行くわよ!」
「は、はい……でも、わたし、大丈夫でしょうか」
「ええ、あなたは、このパーティーの誰よりも、コイツへの相性が良い筈よ」
そう言うと、二人は剣を収め、何やら、様々な魔法っぽい何かを出して応戦し始めた。
もはや、なんとなく察しが付いたのでボクが説明してしまうが、つまり、このカスタマーは、声ではなく、見た目とか、そんな何かで倒す様だった。その証拠に、二人が出す魔法っぽい何かは、二人の姿形をした幻影が可愛い衣装だったり小物だったりを持ってポーズをとったりしながらアピールしている。それを直に〝目〟に叩きつけていた。
「隙があれば〝Tの力〟も使いなさい!」
ベテランさんがアドバイスを投げる。どんな力だかは判断が付きかねるが、魔法っぽい何かの力を拡散して大きくする物の様だった。
「……私だってイケなくは無い。イケなくは無いにしろ、あの二人に任せた方が良いことは明白……っく、私にも胸さえあれば」
ベテランさんが何かを呟いた様に思えたが、聞かなかった事にしようと思った。
しかし、そんな戦いの中、ある変化が起こった。と、いうよりも、戦いに参加していないボクだけが、今のところ気付いている様だったが、これ、伝えた方が良いのだろうか……
「あ、あの、ベテランさん」
「なに?!」
時々、魔法っぽい何かに変化をつける為、二人に指示を出していたベテランさんへ声をかけた。若干、叱責された気もするが、気にしている場合では無い様に思えた。
「アレ、なんでしょう。ちょっと薄ぼやけてますけど、なんとなく見える……口、ですかね」
「え……あ! ま、まさか?! 新人ちゃん、気をつけて!」
「ど、どうしまし――きゃああああああ!」
突如、〝口〟がハッキリと姿を見せ(もはや当然の如く人間の身長大の大きさ)、新人さんへ濁った泥の様な物を吐いた。それを見た中堅さんは、一度、攻撃の手を止めて叫ぶ。
「べ、ベテランさん! これは?!」
「……どうやら〝Tの力〟の使い方を誤った様ね」
言うと、ベテランさんは新人さんを追い越し、〝口〟の前に立ち塞がる。
「あの、この敵はどうやって倒すんですか?」
泥の様な物を浴びせられ、ガタガタと震えて身動きが取れなくなってしまっていた新人さんを横目に、ボクはベテランさんへと質問した。
「いえ、これは、倒すとか、倒さないとか、そういった物では無いの。言うなれば、トラップの様な物かしら。中堅ちゃん、あなたも気を付けなさい」
「は、はい……」
とても恐ろしい物を見る様な様子で、中堅さんが〝口〟の方を見る。
「さて、なるほどね……」
〝口〟のすぐ近くまで行くと、ベテランさんは何かを悟ったかの様に呟いた。どうやら、〝口〟は何か言葉を発している様だった。
『オトコジャネ? アレ、コレモシカシテカレシトカジャネ?』
…………?
「問題はコレね」
ベテランさんは、〝口〟の周りに浮かんでいる、新人さんの魔法っぽい何かの一部を見る。
「この間の写真よね、これ。『お世話になっている方の家に御呼ばれしました! 素敵なお家だったので、許可を頂いて写真を一枚だけ! 楽しかった―!』」
『マジカヨ、コレ、マサカカレシノイエジャネ?』
「……よし。幸い、対処出来る問題で良かったわ」
言うと、ベテランさんは、慎重に言葉を紡ぎながら、魔法っぽい何かを〝口〟へ放つ。
「『もー新人ちゃん、私の家に来た時の写真を載せるのはいいけど、私の旦那が映っちゃって炎上とか! 仕方ないなー、私の家の同じ場所で、今度は夫婦で、同じ構図の写真。旦那も割とノリノリでしたw』」
――ギャアアアアア! スイマセンデシタソレニシテモステキナフウフデスネェェェェェ!
〝口〟がベテランさんの魔法っぽい何かを受けて、消える。それと同時に、新人さんへ吐きかけられた泥の様な物も、綺麗に消えた。
「ふう、これからは、安易な掲載は控えるのよ。慎重にね」
「は、はいい、
新人さんは、身体を起こしてベテランさんの胸の中で泣きながら謝罪をする。それを優しくあやすベテランさん。
「流石ベテラン先輩……アタシはまだまだ、あの域には達せません」
「ありがとう中堅ちゃん。あなたも結婚や色々な経験を積めば、いずれは、ね」
凄い貫禄だ。
それからも、パーティーは、順調にダンジョンを進んで行った。
途中で、更に強力な敵が現れたりもした。
「べ、べ、べ、ベテランさん! あれ、もう、内臓! 多分、っていうか、心臓でしょあれ!」
当然、人間の身長大程の大きさの。無理。今までのパーツでも十分にアレなのに、そんなグロテスクなデカいヤツとか、無理。
「そうね。あれは、心の象徴。つまり、〝耳〟よりも更に倒すのが難しいわ。ただ、しっかり剣と剣術を使っていけば問題ない相手よ。難しければ、更なる魔法っぽい何かも使えばいいわ」
〝魔法っぽい何か〟って、固有名詞とか無いのか……それにしても、更なるって一体。
「アタシが行きます」
中堅さんが前に出る。そして、剣での攻撃と同時に、〝目〟に向かって使っていた魔法っぽい何かとは毛色の違う、別の魔法っぽい何かを放つ。
「おらあああああああ!」
凄い迫力だ。これは、もしかすると……
「ふふ」
あ、
「ええ、そうね。あの子のキャリアは少し特殊でね。ソロクエスト、つまり、またみなまで言ってしまうとラジオとかトークに優れた子なの。また、絵を描くことに優れていたり、ソシャゲ課金兵だったり、私や他の子達とは、方向性の異なる分野で強いのよ。あの子の得意分野では、私も敵わない」
チラッと顔を見ただけで、考えていた事を読まれてしまった。それにしても、ベテランさんをも凌ぐ力があるとは……色々な道があるんだな。最後の〝ソシャゲ課金兵〟の意味はちょっとよく分からなかったけど。
「先輩! このカスタマー、アタシの画力じゃ無理です! お願いします!」
「……。まったく、仕方が無いわね」
そう言って放ったベテランさんの魔法っぽい何かから垣間見えた絵は、〝心臓〟に負けず劣らずのグロ……あ、いや、破壊力だった。
「わたし、まだ自分の得意な事とか、分野とか無くて……」
新人さんがそんな二人を見て落ち込んでいた。しかし、
「あなたはいいのよ。まずは、一つ一つ、全部を一生懸命頑張りなさい」
「は、はい!」
戦いながらも、ベテランさんはそんな新人さんを励ましていく。その言葉を受けて、新人さんの攻撃も、少し威力が上がった様に思えた。いや、思えただけじゃない。今、この瞬間もそうだが、新人さんの力は、経験を積んで、明らかに強くなっていた。成長しているのだ。
そうこうして、いよいよ、ダンジョンの最下層へと辿り着いた。
「なんだか、名残惜しいわね」
「……ええ、そうですね」
「最後まで、が、がんばります!」
しかし、そんな最深部で、最後の試練が待っていた。
「あの、なんでしょう、明らかにヤバめのカスタマーが沢山いるんですけど……今までよりも更にデカいっていうか、肉付きが良いっていうか……」
初めて見るボクにとって、総じてヤバイ見た目のカスタマーだったが、この最後の階層で待ち構えていたカスタマーは、その今までのカスタマーを更にグレードアップした感じでヤバかった。最早、ヤバいしか言えない。
「あれは、そう、〝目〟や〝耳〟が肥えたカスタマーよ。最後の相手に相応しい、と言えばその通りだけど、まさかこれ程の数とは。ここを突破すればダンジョンクリアだけど……」
珍しく、ベテランさんが険しい表情を浮かべている。
「先輩……あの数、あの敵の相手……アタシたちだけで勤まるんでしょうか」
中堅さんも表情が硬い。
「あ、あの、わ、わたし、がんばり……」
新人さんも足が震えてしまっている様だった。
「少し……厳しいかもね。それでも、」
「先輩……」「先輩……!」
意を決して、三人は敵の領域へと足を進める。一歩ずつ、一歩ずつ。そして、
「いくわよ!」
「はい!」「は、はい!」
額に汗を浮かべながらも、ここで終わったとしても悔いが無いとでも言う様な面持ちで三人は一斉に飛び出した。自らの全てをぶつけるかの様に。
「よく踏み出しましたね。感動しました」
?!
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