世の中の

 深夜に頬張る甘味の、その甘さを、今なら良く知っている。目の前で揃って琥珀糖を頬張るこの双子は、銃夜よりも、更にそれをよく知っているようだった。裕福そうな、上等な生地の着物は、電灯の下で見れば、それがよくわかる。銃夜と同じ瞳と髪を持ちながら、彼等はきっと、ずっと幸福な暮らしをしていたように思えた。


「これ美味しいね。商店街にあるお店のかな。昼間、匂いがしてたけど、行けなかったんだ」


 一夕が一口、茶に唇を付けてそう言う。にっこりとした表情の隣、一夜はさほど表情筋を動かしているようには見えない。


「いい加減、教えてくれないか」


 銃夜が言葉を発すると、一夜が大きな溜息を吐いてこちらを睨む。


「無作法なだな。蟲如きが寄り集まった体だ、仕方がないと言えば仕方が無いが」


 やはり、この二人は、銃夜の体について理解している。一方的に知っていたのか、それとも、何か別の理由かはこちらにはわからないが、ごく普通の子供ではない。全身が、特に、一夜の方に一種の畏怖を感じていると理解できる。


「明日は白露神社に行かないといけないんだ。対峙しなければいけない奴がいる。お前らだって早く帰らないと、親が心配するんじゃ……」


 論を発した銃夜は、直後、ぎろりと殺意が向けられたことを素肌で感じ取った。背の脂汗を、氷の舌で舐められるような感覚は、酷く生きた心地を剥ぎ取っていく。その殺意の源は、一夜であった。


「そんな感情を持つ大人が、大宮の、更にその本家にいるとでも思っているのか」


 一貫して好意の一つも見られない少年だったが、その一言が、妙に重く、共感が出来た。


「ということは、お前は本家の子供か」


 銃夜は淡々と言う。影の中、千翅達がざわついている。細胞の一つ一つが、滑らかな痛みに苛まれた。


「大宮本家、長男の大宮一夜」

「双子の弟の、次男、一夕」

「名乗らせたからには忘れるな」

「きっとアンタは生き残るからね」


 高圧的な言葉が立ち並ぶ中、どこかこの二人は、銃夜を見通しているようである。銃夜がグッと押し黙ると、それを後ろに下げて、晴安が口を動かした。


「ええから、あの死体のことについて教えてもらえへん?」


 困ったように、晴安は言う。多少、大人として、子供達を制止する気持ちがあるのだろうか。少しだけ彼は強い語調で二人を詰めた。


「端的に言えば、アレはうちの姉ちゃんのお遊びだ」


 さらりと流れるように一夜が言う。


「おそらくは、うちの下僕が吐き出した肉の中で、一番状態が良いものを上手く動かしている。姉ちゃんはそういうの、得意なんだ。ずっと調べ続けてきたからな」


 にこにこと笑う一夕の隣で、一夜はそうやって続けた。あの少女の死体を肉と言い、動かすという姉がいる、そんな彼等が、心底、自分達とはかけ離れた感性の持ち主だということは、理解が出来る。


「そのうち、姉ちゃんのいる白露神社に戻っていくだろう。深夜の試運転だ。見られてもちょっと噂が流れるくらいで終わるさ」


 軽率な言葉を並べる一夜が、少し引っかかって、銃夜は頬の筋肉を引きつらせる。ただ、その感情に苛まれる中でも、千翅達は震えていた。


「あまり気にする必要はない。あれのことも、俺達のことも。暫くすれば、お前達の生活を害する範囲から、消えていく。俺達からは干渉しない。それでもお互いが顔を合わせてしまった時は、それは、きっと縁があるということだ」


 淡々と、冷静に。一夜はその年齢にそぐわない言葉を垂れ流していく。何処かで何かが切り替わったように、その雰囲気すらも、別の次元にあるようだった。


「ほら」


 一夕が湯呑を卓上に置いて、晴安に微笑む。その直後、インターホンが鳴り響いた。玄関に誰かが来たことを察して、晴朝がそこに向かう。面と面を合わせた晴安と一夕が、殺気立つ一夜に目を向ける。


「父さんが迎えに来た。俺達はもう帰るよ。母さんには俺からは無理だけど、クロにだけはよろしく言っておくね、おじさん」


 可愛らしく首を傾げる一夕に、晴安が、あぁ、とだけ呟く。すると、とんとんと足音がして、より一層殺気立つ一夜の傍で、白い布が揺れた。それを見た千翅が、銃夜の中で、懐かしいだとか、親愛だとかという感情を沸き出させる。

 それは、汚れやすそうな白い着物に、夏にしては暑そうな襟巻をして、白い髪を揺らす、少し大柄な男であった。


「よう、今晩は。うちの息子達が世話になったな。悪いね」


 にんまりと笑む顔は、千翅を震わせた。頭の中で、しゃりんしゃりんと音がする。


「義兄さん……」


 ふと、銃夜の口から、そんな言葉が出た。それは千翅の言葉で、一つのまとまった感情である。懐かしさと不安感が、浮遊感を伴って銃夜の体を包む。


「あぁ、お前が銃夜か。扇羽せんばが世話になってるようで。いやあ、思ったより元気そうじゃないか」


 記憶が混濁する。男は晴安をちらりと見ると、その反応を見るように、フッと笑って、銃夜に顔を近づけた。


「俺はしきみ元治もとはる。たまーに、大宮元治と名乗らせてもらっている。扇羽の拾い主で、義兄だ。お前達宮家に仕える毒花の中で、樒の最高位に座らせてもらっている。ついでに、この双子の父親だ。以後、付き合いはあるだろうから、千翅共々よろしく頼む」


 ついでと吐き捨てられた一夜は、元治を見て、殺気だっている。見るからに、父親としては機能していないのだろう。傍から見て、父子の様子のそれではない。それに加えて、元治の奔放そうな雰囲気が、銃夜にとって父代わりである晴安と比べて、親となるに相応しくは見えなかった。


「そう怯えるなよ。何もお前を取って食おうとはしてないだろ。寧ろ、俺は応援してんだぜ? 鋸身屋の大宮銃夜クンよ」


 怯えているように見えたのだろうか。気が付けば、銃夜の背は、冷や汗がぐっしょりと溜まって、冷えていた。


「鋸身屋で生き残る方法は一つしかない。兄弟を全員ぶち殺して適当な神に食わせるしかない。お前の兄貴がお前をそうしようとしたように、お前もその持って生まれた素晴らしい才能を使って、残りの二人を神に捧げろ」


 耳元で、元治が囁く。銃夜の眼球が揺れた。血の繋がった全てを殺せと平然と言ってのける元治の言葉が、脳を掻き回す。目の端に、あの仲の良い双子が見えた。


「双子が両方生きられる道なんて、宮家にはないんだよ。常にどちらかが劣って、どちらかが優れてる。そしてお前達の場合は、銃夜、お前の方が圧倒的に優れてるんだよ。希少な血を持ち、大多数の式神を受け入れるだけの強い体がある」


 温い空気が耳に当たる。どうして晴安が助けてくれないのかがわからなかった。銃夜は唾を飲んで、出ない声を上げようとしていた。


「俺達の仕事は宮家を存続させることだ。その為になら、たとえ主人だったとしても劣る方を切り捨てる。お前の兄貴はお前を殺すために俺達を金で雇うだろう。それでも俺達はお前を応援してやるよ。金は要らん。お前が殺せと言えば俺達は他の二人をすぐに殺してやろう。異界の奈落の底に落として、彼の神の糧にしてやる」


 元治が銃夜から離れると、眼球の震えが止まった。止まっていた空気が動き出す。今まで、時が止まっていたように感じられた。元治は引きつった笑みでこちらを捉えている。すぐに晴が銃夜に駆け寄って、キッと元治を睨みつけた。


「ちょい! 怖がってるやないか!」


 すぐに、二人の前に晴安が出る。


「もう夜も遅い。子供達をあまり遅い時間に付き合わせるのんは良うないやろ。二人を連れてお引き取り願えへんか」


 そんな事を言う晴安の、その背が少しだけ、銃夜には不安げに見えた。元治が鼻を鳴らす仕草が、一夜と重なって見える。元治は振り返ると、少しだけ溜息を吐いた。


「一夜、一夕、帰るぞ。ふみ朝伏ともふせが起きて待っててくれてる」


 そう言って、元治は一夕の頭を撫で、手を取った。一夕が立ち上がって、元治に付いて歩き出すと、一夜が渋々といった様子で立ち上がる。するとすぐに、その獣のような南天の瞳を、銃夜に合わせた。


「毒をそのまま飲むような馬鹿はするなよ。殺されるぞ」


 一夜はそう言って、残っていた菓子を口に放り投げて、急ぎ足で玄関まで歩き出す。銃夜には彼の言葉が、尽く引っかかった。何処か共通性を感じて、共感性があって、もっと、言葉を重ねてみたいとすら思う。だが、ふらりと、銃夜は強烈な睡魔を感じて、抱き寄せてくれていた晴に寄り掛かる。遠くで、大人達が話す声が聞こえた。そんなことも、まあ良いかと思考を放棄して、そのまま、彼女の懐で、意識を手放した。

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