第10話これから絶対命令を出します!

ーー多世界とは何か?世界とは何か?


それは、今までの理屈をひっくり返すものである。

今まで読んだり聞いたり見ていたり……そうやって知っていた今までの科学なんか嘘ですと言われたような妙な裏切り感。


簡単に、分かりやすく言えば異世界。

同じ世界の条理の流れにそって同じく流れる。この世に数え切れないほどの世界がこの世にあるという。


あり得ない、信じ難い話ーー僕も前まではそう思っていた。

でもその反面、ロマンチストでもある。

夢を見ることは悪いことでもないし、何よりファンタジーが好きだ。憧れる。


でも、実際。心構えもなく唐突にやってきたりしたらそれは受け入れ難いーーいや、唐突でなくてもそれはどちらにしろ受け入れ難い事実であろう……普通の人である僕には、そんなの平気な顔してだとか、何も考えないでとか……

まあ、そんなレベルの高いファンタジーを求める人間ではないということ。


まあ言いたいことは


『僕は突然能力を持って、多世界と言われるまだ、誰も知らない未知なる世界への探検が始まる』


ということである。

自分でも本当はこれじゃないっていうのは分かるのだが、でも訂正する気にはならないーーというか訂正できない。

もっと細かく言えば、その「これじゃない」っていうのが具体的に自分でもよく分かっていない。


案外、自分でも自分自身が分かるものでもないんだな……


まあ、そんな事を考えながら僕は隣にいるーー今、手を繋いでいる少年ーー無限と、宇宙のごとく広々とした明るい空間。『多世界空間』を移動していた……



「おお〜上手い上手い」


無限は手を叩いて喜んでいた。

それは、僕が空間を飛んでいることに対してである。


「そんなに喜ぶことなんでしょうか?」


手を広げ、バランスをとりながら宙を飛ぶ優多は、 ゆっくりと回りながら色々なポーズをしている無限に疑問を投げかける。

すると、無限は満面の笑みで優多に近づく。


「そうだね、今までいろんな人と会ってきたけど、優多みたいに物覚えが早い人に会うのは久しぶりだから。大抵の人は、手を離したら流されるようにどこかへひとりでに行っちゃうからね。それを聞けば、さっきまで叫び声をあげていたのに対してこれは本当にすごいよ」


そう無限は、嬉しそうに、感心するように優多を褒める。優多の周りをくるくると回りながら。


「そうなんですか……なんかあまり実感わかないです、これがすごいことなんて。理解しないままできてしまった自分にとってあまり理解できません」

「まあ、無理もないよ。宙を飛ぶことは、全生物の5割が才能だから、この世には苦労しないでできちゃう人もいるからね」


無限は「まあ僕も才能の類の一人だけどね」と言って話題を変える。


「そう言えば能力を持って、何か感じることはない?」

「何か感じること……」


そう言われ優多は、考える。特に初期の頃。

思えば思うほどまるで映像の早送りのように早く流れ、次々と記憶が流れ込む。


ーー冷たく、恐怖も混じって、でもみない気にはならない好奇心の目。人外を見るような、怪物を見るような、禍々しいものを見るような……


ようはーー化け物がいたというわけだ。


まあ僕もその化け物とは紛れもなくその時の自分の事なんだろうけど。


「そうですね……」

「なんでも良い。教えて」


そしてゆっくりと言葉を整理し、いつの間にか随分とは言っても何分程度だが、過ぎた時間で、作り出した微妙な間。すなわち無言空間という間を破るように優多は、口を開く。


「僕もよく分からないです。よく分からないうちに、理解できないうちに色々な出来事が起きたので……。ただ、能力を持ち始めた初期の頃。色々な事に遭いました」

「遭った……?」

「はい、その時のことは今の僕でもしっかりとは理解できないです。体が重くなった事、目を覚ましたら傷だらけだったはずの体がなかったかのようになってた事……多分、全部能力の操作がうまく言っていなかったのかもしれないですね」


そう、表情では笑ってみせるが、どこか苦しいのが、顔に表れている……

そんな優多の重々しい話と、どこか暗い表情に無限は自身の表情も自然と悲しそうな顔になりそして何か分かったような顔に変わって話し出す。


「だったら、君は『超人』だ。別に人間でも悪くない。現に今はまだ優多は、人間だから。それに館に着いたらまずは能力の操作練習だね。一緒に頑張ろう」


そう明るく無限は振る舞う。

そんな中、周りがふっと明るくなり、無限が指を指して言う。


「よし!見えてきたよ優多!あれが香花界。ーー楽園だよ!」


同じくらいの時間、花火は香花界の木に身を潜めていたーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーー息を静め、体を構え、そして微動だにせず……彼女は、木の枝に身を潜める。

葉が丁度身を隠してくれているので丁度良い……


それにしても……結界が厳重なのは、安易に想像できたが、まさか最大出力の『幾億結界』だとは……


おかげで体は傷だらけである。


術式結界中で一番に強い、結界ーー幾億結界。

厄介なもので、罠が至る所に敷かれてある結界。躊躇なく踏み入れれば死ぬ可能性がほとんどの結界。


幸いな事に骨は折れずに済んだ……


痛い……傷が未だに痺れるように痛む……

多分、無理やり結界を突き破った時、傷口に何か呪いか何かが入ったのだろう。

それに体がだるく、熱っぽい。これも傷口から入った呪いか何かの副作用……いや、主作用なのかもしれない。



それにしてもまだ、優多という人間はこない。

時間を間違ったのだろうか?


そう思って手帳を開くが、場所と時間はあっている。のに、予想してたのとはまったくの計算外である……

しばらくして、心地よく吹く風も止んでジリジリと地味に暑い……

自分の体調もあって余計に体力が削られる……今、こうして待っているだけで実はすごくきつい。


今、顔を伝って滴る汗が今の心情をそのまま表している。


「ーー?」


すると今度は水分が大量に失われたのか脱水症状に近い症状が現れる。

口内は舌がぴったりくっつくかのように乾き、唾を飲むだけで、喉がその唾に吸い付くように感じて、痛い……

さっき以上にふらふらと体が安定しなくなって、おまけに目眩と、激しい頭痛も伴って頭の中が響く……


「はあ……はあ……」


苦しみに耐えているせいか、汗が吹き出ているのに気づき、疲れたような顔で自分の掌を見る……


ーー汗でびっしょりであった……


体が燃え上がるくらいに暑く、身体中の水分が抜けていくのを実感する。

苦しみが分かりやすく感じ過ぎて、逆に気持ちいくらいだ……


口が避けるような笑みを浮かべて、花火はいつの間にか伏せていた顔を上げる。


「ーー」


突如、視界いっぱいに眩い光が広がる。

何事か?そう苛立ち混じりな感情でその光の中心にいる影ーー二つの人影を見る……


「ーーーー!?」


そして、その影は眩い光が消えるのと同時に露わになった……

そう、その二つの人影は、紛れも無いーー優多と無限である。


イオナに手渡された写真二つを手帳から取り出し宙を飛ぶ二人と見比べる。……何度見返しても、二枚の写真と二人は一致して、そして心の中で悪者っぽく口だけ笑わせて心の中で大袈裟に呟く。


ーーみぃつけたぁ


花火のテンションが一気に上昇する。ーー昂ぶる。

声には出さないものの、仕草と心の中でーー笑う。


そして、


ーーいける……


そう静かに花火は呟いて、右手を下から掻き上げるように上に上げて……


「ーー狂った感覚と……視えない空間……」


そう不気味に笑って呟き、


「狂感覚の世界へご案内……」


そして高く上げた右手で指を鳴らすーー


その音が甲高く、綺麗に響く……

ーー辺りに異変はない。別に周りが暗くなったとか背景が変わったとか、世界が崩壊し始めたとか……そんなものではない。


でも、確かに変わった。それは決して周りに分かりやすく現れたり、よく目を凝らせばわかる異変などの見てわかる類のものではない。


いや、少し言葉が違う。確かに見てわかるものといえばそうだが、それは感じる本人だけ。

他の人には分からない。もっと言葉を近づければ、気づかない。


自分だけが感じて、自分だけが見ているのだから……

その状態に近い言葉を一つ知っている。確かーー『他人に自分のことなんて分からない』だったかな?


満面の笑みで彼らを見る。


……愉快愉快。今まで生きた中で自分の能力を恨んだことは一度もない。むしろ感謝している。


「楽しい……」


いや、この場合。それよりも愉しいという表記が正しい。

私はサディエズムらしい。そう、俗にいうS。

相手を傷つけることで快感を味わうというアレだ。

だが、私の場合その表記だけじゃ足りない。

精神的に追い詰めることが一番好きだ。だから感謝しているのだ……。

自分の能力にーー『感覚を狂わせる』能力に……


でも、今考えればなんで華日の従者をしているのか、ふと疑問に思った。が、そんな疑問。すぐに解決する。


そう……私を助けてくれて、私の望みを叶えてくれたからだ。


彼女に、華日に、孤独なお姫様に、残虐なお姫様に……

貴方を私に言ったあの時の言葉を自分は忘れない。


「私は貴方を気に入った。ーーだから私の隣にいて頂戴」


私は、彼女にーー望みを与え続けてくれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いつくらいの頃だろうか?懐かしい思い出だ。今になってはとっくのとうに昔の日々……


そうだ……私はあの時、ボロボロな布切れでできた血泥の滲んだ洋服とは言い難い。そんな布を体に纏って人気のない。日の差さない深い森に居たのだ……


あの時は、何も知らなかった……

それは、周りに誰も居なかった所為で、何も知ることができなかったからと、今の自分は思うことにしている。


そして、何も知らなかった私は何も知らないまま、人気のない深い森にいた時の記憶……


何故自分は、何故私は、ここにあるのだろうか?と自分は一体なんなのだろうかと……


記憶はない。ただ、頭の中にあるのは人々から、ただただ酷い言葉を、悪口を、罵倒を、嘲笑を浴びされ続けられる酷い映像だけだった。

未だにその言葉の意味は分からない。意味は分からなくても相手の思っている事はジワジワと嫌な感じで伝わってくる……


そして、その瞬間。毎回私は思うのだ。


『私は人から酷い事をされて普通なんだと』


涙を浮かべていた頃とは違って、今はもうその時の記憶は脳内から消して、分かりそうで分からない状態が続くーーそんな事を繰り返す日々である。


涙は、もうでない。

これ以外何も考えられない。


笑う事すら、泣く事すら、絶叫する事すら……何をする事すら忘れた彼女は、一つのこと以外何も考えずに深い森を歩いていく……


だが、それが毎日続くとなると限界はやってくる。

胸の奥が虫に食われるように痒く、よく分からないが、叫び、泣き、怒りたい気持ちが体に伝っているように感じる……

身体が引きちぎれるくらいに痛む。頭もよく分からないが混乱する。それも頭の中が捻り千切れるように感情が走り出す。


ーー耐えられない、耐えることなんてできない、不可能だ!許されない!耐えることなんて許されない!許してはいけない!耐えてはいけない!耐えてはならない!叫べ、喉が壊れるくらいに。泣け目が腐るぐらいに。怒れ身体が朽ちるまで……


『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"』


低く渦を巻くような重苦しい絶叫がその深い森いっぱいに響く……

そして、彼女はあるものを見つめる。首を90度近く傾ける。というより、曲げて……そして見る。驚愕の表情で腰を落とし動かないままでいる中年の男性を数十秒見つめる。ーーもちろん逃げる為の時間を与えたのではない……理解する為だ。それがなんなのかを……


そして、口が裂けるようにーー笑った。不気味に。それ以上の恐怖を混ぜてーー笑った。


そして、いつの間にか彼女は走り出した。

そしてあっという間に逃げる隙も与えぬまま、気がついたら彼女はーー少女は残酷で、楽しげに嗤って恐怖で、顔が滅茶苦茶になっている男性に飛びかかる……


そして、助けてと言わんばかりの絶叫が途絶えたのは男性の五体が飛び散った途端消えた。

ようは、殺したのだ。彼女が、少女が……男性を……

血が雨のように降り、彼女の頭部を染める。

そして体も大部分が彼の血で紅く染まる……


「ーー臭い」


そう、少女は細い声で言う。

その言葉が表すのは言うまでもなく彼のばらばらと化した五体から噴き出す血のことだ……


そして、次に彼女が思うことは


「ーー楽しい」


それだった。そう言う感情だった。


「ーー気持ちい」


続けてそうとも言った……


少女が……彼女が、サディエズム。俗のドSに目覚めたのはこの瞬間だった。

いや、気づいたと言う方が正しいのではないか?

だって、これは偶然見つけたのではなく探し求めて見つけたのだからーー



ーーそうして、何日か経った頃。彼女が私に自分から会いに来た。

彼女は華日。内楽 華日。


彼女が、私の目の前に現れたとき、辺りは静まり、元から音なんてまるでなかったかのような、そんな錯覚に陥ってしまうほど、その空間はなんとも新鮮で、不思議な感じであった……


辺りは白か黒か……または未知なる色なのか……彼女を最初見たときまたも不思議に思った……

雰囲気ーーといえば良いのだろうか?そんなものが暗くもあり明るくもあり、またそれ以外の物にも感じられた……

儚く、実態にないような……霧と影。そんな感じ……


私は彼女に対しなんて思ったのだろう?

ーー確か邪魔だと思ったのだろうか?それらしい言葉を彼女に対して放ったことは強く脳に染み付いている。

まあ、あの時の私に名前なんてものはなかったし、中年男性殺しをきっかけに私は今よりも強く避けられるようになったのだ……

そこから付けられた名前がある。


『悪魔の従者』


今の私でもはっきり言ってその当時の私に似合っている名前であった……


狂気に満ち溢れ、自身の能力にも気がつかないうちに町に下りて、沢山の人を老若男女問わず、無差別に苦しめた。

そしてその時の私には多分、悲の感情なんて忘れていたのかもしれない。いや、見ないよう感じないようにしていたのかもしれない……



だから私は嫌った。自分から興味だけで近づいてくる力のない輩達に、自分の力じゃ及ばないことも知らずに私を変えようと企む馬鹿な輩を嫌った。そして容赦無く、狂わせ、そして殺す……



だから私は彼女ーー華日が来たときは、全力で拒んだのだ。私に近づくことを……

でも、彼女は私に近づくことを止めず、どんどん進む。

もちろん、今までの興味だけで近づいてくる輩のように私は彼女に殺しにかかったのだが、ひらりと掌を返すようにあっさりと負けてしまった……



その時の彼女の表情と言葉を嫌でも忘れられない……

まるで何もなかったかのように、うつ伏せになって倒れた私に向かって満面の笑みで彼女は笑って言う。


「よく、そんな恥ずかしい戦いが今日までできたね〜でも、楽しかった。たくさん参考になるところもいっぱいあったし」


そんな言葉を投げかけられ、私の顔は恥ずかしさと怒りで顔が赤くなり、身体が震える……

しかし今度は、彼女の顔がしっかりとしたものになって、自分も顔を赤らめながら彼女の話に耳を傾ける。


「ねえ、貴方名前は?」

「……」

「ないのね。じゃあ貴方の名前を付けてあげる。貴方の名前はーー雪花 花火せっか はなび雪の中でも咲く強い花。まさに貴方にぴったりの名前ね。花火」

「……」


急に名前を付けられ、なんて反応すれば良いのか自分ではよく分からない……

そして、華日は私に微笑んで言ってくれたーー


『ねえ、花火。私は貴方を気に入った。ーーだから私の隣にいて頂戴』


そう、微笑んで言ってくれた。

まるで、今までの私を知っているようで……

名前を付けてくれた彼女はまた笑って、


「私の隣にいてくれたらなんでも叶えてあげる。だから私の簡単なお願いも聞いてねーー」


そう笑って私に言った……


私はなぜそんな言葉を呑んでしまったのか?なぜ、何も考えず呑んでしまったのか?


答えは簡単だ。あの時の私は知能的に考える事ができず、それに彼女に対して信用し過ぎてしまった。

ただそれだけのことである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


優多達が異変を感じ始めたのは確か、指を鳴らすような音が聞こえたからだった気がする。



急に目の前が真っ暗になった。何も感じない。何も感じ取ることのできない……そんな感覚。

五感が働かない、と言うよりは五感そのものが感じないと言うことだろうか?

今、僕は体を動かしている。それでも腕が動かないと言うことは何かに触れて止まっていると言うことだ。

だが、残念なことに何も感じないのだ……視界もシャットアウト……

もちろんこれは一瞬の出来事で、感じたことであるから、自分は冷静では無いと思う。


多分叫んでいるのだろう。頭の至る所が騒いでいる、落ち着きが無い……


ーー怖い、分からない、それが嫌だ、暗い、嫌だ、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いーー狂っている!


そうだ、これは狂っている。これで説明がつく、今の感情が、思っていることが全部全部……

そうーー狂ってるのだ、感覚が、全感覚が閉ざされたのだ!

視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚……自分の腕が、足が、胴体が……今動いているのかさえ感じない。不安だ。死ぬほど不安だ……


ーーだから……お願いだ。誰か……助けてくれ……。ここから……出し……


急に視界に白い光が射し込む……


「……へ?」


優多は、状況を理解できずアホな顔のまま力の抜けた声を出す。

何が起こったのか、何が起きたのか、何が起きてしまったのか……

ゆっくりと周りを見回そうと、咄嗟に顔を無限の方に向ける。その瞬間、優多は今まで止まったはずの時が動き出したかのような錯覚を覚えた。


無限の方を見ると、手刀で黒い人型の生き物を殴り裂く荒々しい無限の姿があった。

その黒い生き物は、まるで液体のように殴り裂かれた部分を始めに崩れていく。


ーー儚く、そしてあっという間に……


そして、だんだんと目が慣れてきて、今、一瞬目に入ってしまったことに後悔する……


優多が見た景色、それは黒い生き物が自分を取り囲むように宙に配置されている、なんとも気持ち悪い景色である。


何が起こったのか?そして今何が起きているのか?また、どうしてこんな状態になってしまったのか……


「あの……無限さん」

「……大丈夫。こんなの一瞬だから」

「なんでこんなことに……」

「ーー感覚遮断能力からの感覚を狂わせてからの黒隊の襲撃……まったく僕も舐められたもんだね……」


そう言って黒隊と呼ばれる黒い人型の生き物が、無限の方に向かって物凄い勢いで向かってくる……

そして、無限は向かってくる黒隊を頭めがけて、容赦無く殴り砕く……

ある時は、顔を潰すくらいに強く握って他の黒隊を殴る武器にし、

またある時は、黒隊を盾にしたり……


とにかく扱いが酷く、止めたくもなったが、

まあ、敵への対応とはそういうものなのだろう。黒隊という生き物が敵だと仮定して、無限が正義だとは限らないが……

まあ、どんな立場であろうとも、立場上の正義と敵と味方は存在する。

この場合、正義と敵は対になって、味方というのは両方の立場でもイコールとなれる。

なら、この場合、味方は僕であるのか?

だとしたら、この仮説は成り立つのではないだろうか?

正義(仮)の無限の方につくにも、敵の黒隊の方につくにも、それは可能であり、つかないこともできる。

まさに中途半端というべきか、割り切れるというべきなのか……



なんて、変な自分視点の考察をしていたら、いつの間にか黒隊倒しは終わったらしい。


無限は僕に向かって微笑む。


「ああ楽しかったー!久しぶりだから身体が痛くなっちゃったよ。よし、じゃあ館に行こう」


そう言って、ぼーっと突っ立っている自分の肩を叩いて背中を押され、館の方へ向かった。



香花館へ向かう道中、無限がいきなり話し出した。


「いや〜優多が怪我しなくて良かったよ〜。さて、いきなりの襲撃もあったけどよろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

「うん、よろしい。さて、さっき見た通り黒隊っていうんだけど、ああいった魔物や怪物、妖怪とか、とにかく異形が出やすいというか、まあそんなのが出るのも日常茶飯事だから……」

「え!?」

「だから、ちゃんと自分の身は自分で守る」

「掟……みたいなものですか?」

「そうだね、それに優多は折角いい能力を持っているんだから……それに普通の能力保持者じゃないみたいだし……」


無限は優多を物を品定めるようにジロジロと見る。

その言葉に優多は、首を傾げて無限に聞き返す。


「え……能力って一人一つっていうのが限度じゃなかったんですか?」

「うーん……まあ基本一人一つってところだけど、そうだな〜出生割合として10.5人に1人の割合で、複数の能力を持つっていうけれど、まあ大抵二つ目三つ目の能力はそんな強大なものじゃないからね〜」


と、無限は笑って話し続ける。


「でも、優多はその中でも特に珍しいんだよね〜」


その声が、優多には、はっきりと聞こえた。

特に珍しい、ということは、自分は凄いのではないのか?


優多の目は輝かしくキラキラと光る。

この際、元の考えを捨てることにした。というか、もう捨てるしか選択はなかった……

だから、今はもう心を入れ替えてなるべく自分に素直になることにしたのだ。


「珍しい……ですか?」

「うん、これでも僕はベテランだからね。一目見ただけで分かるんだよ、どんな感じの能力保持者か、魔属性か」

「そうなんですね、凄いです。ところで僕のもう一つの能力って何でしょうか?」

「えーとっ……うーん、多分体力系かな?身体能力が見違えるように高くなったりしてるんじゃないかな?」


そう言われれば、そうなのかもしれない。

今まで感じなかったが、そもそもあのとき、長時間走れたのも多分そういった能力の出始めなのかもしれない……


「まあ、まずは無意識的に発動するのは成功しても意識的に発動しなきゃ能力の意味がないからまた、繰り返しいうけど、館に戻ったら練習だね。頑張ろう」


そういって、彼はまたしばらく館に着くまでは一言も喋らず、ただ前に向いているだけだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


香花界の森の中。一人の少女、花火が全速力で走っていたーー



クソッ!何だあれは……黒体を召喚した瞬間目が合った……

それに加え、何だあの力は……強大な魔力と妖力……それ以外の力も桁外れに感じた……計り知れない……

一体、奴は何者なんなんだ?


狂感覚の膜を破ると同時に黒隊を一瞬で殴り散らした……?

なんなんだあれは!?おかしい……おかしすぎる。

なぜだ?なぜ狂感覚を打ち破れる?


いや、今はここから逃げることを優先に考えなければ……


そう考えながら花火は香花界のどこまでも続きそうな森の中をとにかく走る。全力で……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、見えてきたよ。香花館」


そう、無限が指差した方向にあったのは、立派なお屋敷だった。

紺色の屋根と、白く眩しい木組みの壁……


「一昨年まで屋根は朱色だったけど、今年は平均的に冬場も暑くなるからね。見ただけでも涼しいでしょ?」

「冬場も暑くなるってどういうことなんですか?」

「ああ、君たちのいる世界の地球って太陽の周りをぐるぐる回ってるでしょ?でも、香花界っていうかこの星の天体は、地球とは違った動きをするんだよ。そうだな……彗星って言ったら分かるかな?あんな感じに似てるかな?」

「そ、そうなんですか……」

「さて、今日は夜ご飯食べて寝ようか」

「……あれ?」


今更だが、気づいた事がある。なぜ、この世界はまだ明るいのか?

なぜ、長い時間宙を飛んでいたのに日が暮れないのか……

どうやら無限は、こちらの心中を読んだようで、


「ああ、こっちじゃ全然一日中の時間が、地球よりも長いからね、1日50時間ぐらい」

「ごっ、50時間!?」

「まあ、これから生活していく上で、疑問に思ったりよくわからない事もあったり、あとは元いた世界とは違ったり、色々支障はあるだろうけど、そんな時は遠慮せずに聞いてね、できる範囲で答えるから」

「は……はい……」



なんか、この短かい間色々ありすぎてもう疲れてきたかもしれない……

個人的に時間の流れが一番シンプルに驚いた。それにもっと詳しく聞けば、そんなに違和感なんて感じないというんだからそれこそ不思議だ……


まあ、しょうがない。

住むところが違うんだから当たり前だ。

インドのことわざには、「15マイルごとに方言が変わり、25マイルごとにカレーの味が変わる。100マイル行けば言葉が変わる」というものがある。

だから、しょうがない。


これから、何かを捨て何かを受け入れなければならないんだーー


優多は1人、そう思いながら、無限の後に続いて館に入る。

重い扉を開いて目に入ったのは煌びやかに装飾された。豪華なホールであった。

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想像×創造 〜Monsters not visible to everyone 蜜柑 猫 @Kudamonokago_mikan-neko

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