第9話 新しい人生の、出発進行

その日、陣之内家では普通に夜を過ごしていた。優多にとってここの世界では最後の日になる。


ーーそう、今日の12時を境にこの世界から陣之内優多の存在は消える。


当たり前だが、母も父同様変わってしまった。今日朝起きたら、母は完全に以前の事を僕にとっては都合悪く、でも都合よく認知や存在が変わってしまっている。


「……さて、荷物まとめなきゃな」


そう呟いて、優多は部屋全体を見渡す。

壁の細部の模様細工に、未だ微かに香る畳の匂い。

よく見れば、綺麗な部屋である。


ーーでも、それももう見られなくなるのか……


渋々、優多は今まで気づかなかった細やかな模様や細工を広げた指で、なぞっていく。

小さな凹凸に合わせて指が細工に沿って上下する……

そして目を閉じ、部屋に別れの言葉を告げる。

ありがとうと、そう心の中で呟く。

一つだけではなく、色んなところに、畳や壁。ベッドや机。

あらゆる世話になった家具に別れの挨拶を心の中で告げる。


そして、最後。下ろしていた腰を上げて、収納に向かい、最低限の下着と洋服を持ってバッグに入れる。

文房具や、その他の小物類。

必要最低限の荷物を大きめのバッグに入れて、軽くため息をついてまた周りを見る。


「どうなるんだろ」


それはもちろん、残された私物に向けての言葉。

残された洋服、小物、家具……

全て弟の方へ回るのかそれとも消えるのか、どうなるんだろ。


「……」


バッグと部屋を何回か交互に見合わせ、そしてその部屋に似合った沈黙が流れる。

部屋の電気は消えて真っ暗。我の耳を疑うくらいに雑音がなく、今は時計のカチカチと鳴る音が妙にうるさく聞こえる。


ふと、急に何かを思い出したかのように優多は家の中にある地下の倉庫へと走り出した。


暗かった場所からいきなり明るい廊下へと視界は変わり優多は眩しく開けられない目を慣らしながら廊下を駆けて行く。

なるべく、家族に見つからないように。


ーー何も、悟られないように


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーー陣之内家、地下一階。倉庫。

ひんやりと冷たくて、少しジメジメとしている。暗くて少し不気味だ……


優多は倉庫への入り口を開けた途端。何故か不気味な空気が漂っているような気がして、脚をすんなりと引いてしまう……


湿気といえばいいのか、湯気といえばいいのかとにかく冷たく濡れた空気が倉庫の扉を開けた途端に全身にかかる。

同時に変な匂いもかかってきた。

といっても別に埃っぽいとかカビ臭いとか、そういうわけではなくて、ためて重ねておいた古新聞のインクの匂いだろうか?

わかりやすく例えればそんな感じ。自分自身この匂いは嫌いじゃない。


ギィィ……


倉庫へと足を踏み入れたのはいいのだが、我が陣之内家の倉庫は少々底が下がっているため木階段が入り口に備え付けられているのだが、

この音を聞いた限りだと、かなり先が短くなっているのは嫌でも実感できる。


ギシィィ……


「!?」


また一段、階段を下りていく。そして危険な音を立てながら、無事階段を一段降りられた。

降りられたはいいのだが、ここで一つ問題が、起きることをまた、嫌でも見てしまった。

今、下りたはずの階段が、反っているのだ。それも現在進行形でゆっくりじっくりとほんと少しづつだが、曲がり続けているのが分かる。妙にミシミシと足の裏から微振動として伝わって来る。

多分、この階段がお陀仏になるのも時間の問題だろう。


壊れないうちになるべく今歪んでいる段の足に力を入れないよう、優多は慎重に下りていく。

時々、「パキッ」という音や「バキッ」という聞くからに大分アウトな音が聞こえて来るが、優多は見て見ぬふりをして、下りていく。



「ーーさて、」


そう言いながら、壁にあるスイッチを押して倉庫の電気をつける。


「あぎゃッ!目があ!目がアアアアア!」


パッと明るくなり、優多は眩しくて目をつむるが、反射的に手で目を隠すように覆う。


階段を下りるとき、豆電球ほどの光しかなかったせいで、目が眩しさに慣れてない……

蛍光灯を直接見てしまったため目がチクチクと痛む。


また、パチパチと徐々に目を明るさに慣れさせたら、優多は身を行動に移し、早速そこらにある引き出しを端から端まで開けて、何かを探していた……


ーー何かとは何か、優多がそれを思い出したのはさっき、自分の部屋にいた時。

ぼんやりと記憶の隅の隅にあったあるお話である。


だが、そんなのまだ幼児ぐらいの幼い頃に聞いた話だ……はっきりと覚えているはずがない。

ただ、記憶という流れに引っかかりながら逆らう物といえば良いのだろうか?ーーそんな感じだ。


そう……あれは確かーー刀のお話。

そうか、完全とまではいかないが、少しずつ。それも少しづつちまちまとちぎり取るように脳が順を追ってそれが思い出されていく……


「……ああーーそうか、そうだった」


荒く漁るようにその場に探し物を探す優多は、一旦手を止め、ちゃんとした形になってはいないもののあるお話ーー刀のお話を思い出した。


陣之内家の伝説。


ーーそんなのただの作り話にしか思えなかった。それは能力を持つ前の自分だったらそう考えていただろう……

なんせそれが伝説と言われ伝承であるから……



戦国時代の話。

かつて、陣之内家は有名な戦国大名だったらしい。と、言っても詳細は分からない。

でも、陣之内家でしか伝承されない伝説と逸話がある。

それで、唯一聞く側の耳を惹かせる話が、当時の初代大名の陣之内 忍と言われるご先祖様の活躍した戦の武勇伝。


当時、敵陣がおよそ4万といたそうだが、自陣が10人だったそう。

それで、結果敗北。

だが、注目すべき点は結果ではなくて、そのご先祖様の活躍振りで、

そのご先祖様一人の力でおよそ半数の敵を斬り倒したそうで、それはそれは凄いという内容の話……



まあ、その話が本当なら、自分の血はその伝説のご先祖様の血を代々継ぐ陣之内家の一人であって、

その話が嘘ならどこかの平凡なご先祖様の血であるのだろう。

どちらにせよ、自分にとってどうでも良い話の類ではあるのだが……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから数分が経過する。

何回も引き出しや収納箱の中を確認しては見つからないの連続で、一休みに今確認し終わった古そうな、でも頑丈な木の収納箱に座り、周りを見渡す……


ーー刀


さっきまで回想していた伝説話。いや、ご先祖様の武勇伝で探すものがはっきりと理解した。

まさに完璧にその形が整った瞬間と言っても過言ではない気がする。


そうだーー刀だ……一振りで生物を滅し、二振りで草木を滅し、三振りで世を崩れし、破壊を招く刀……


ーー香花刀


そして、優多はなぜか思ってしまう。ーー持って……いかなくては……


そして、優多の体は取り憑かれたように刀探しを再開する。と、いうよりもある方向へ一直線へと歩きだす……


「……?」


当の本人にも理解できなかった。

なぜ、壁のようにそり立ち、歴史を感じさせるくらいに所々痛んでひび割れたり、禿げてたりする桐たんすの前に立っているかが理解できなかった。

もう、全部の収納は探したつもりだったが、まさかまだこんな大きな収納があったなんて……


優多は、理解できないままなぜか勝手に動く手を見ながら迷いなく掴んだ取っ手握る。


「ーー?」


ーーそして、何か違和感を感じた。


吸い付くような……持った瞬間重みが体内に流れるように感じるような……電撃が走るような……

とにかく違和感を感じた。


恐る恐る開けてみると……


「………………っ!」


そこには綺麗に黒光りする鞘に収められた刀があった。

黒光りする鞘には、鍔の下辺りに花形の金が埋め込まれていた。

木の枝と、舞い散る桜の花びらと重なる感じの桜の花の模様……


「……綺麗」


咄嗟に口に出た言葉はそれだけだった。

それ以外、何かかける言葉はあっただろうけど、口に出すことはできなかった。


優多の刀を持つ手はそのまま今の感情通り、妙に震えている。

そしてそれは顔にまで出て、怖いような嬉しいような謎のプレッシャーに押しつぶされそうな……複雑な表情で刀を両手にしっかりと握り見つめる。


「……綺麗」


この言葉しか今は投げかけられない。

それ以外の言葉はなぜか自主的に遮断してしまう……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


随分と、あっさりした。いや、寂しい別れ方だ……

もう、彼らーー家族は、僕の事を知らない。

忘れたのではなく、存在が無くなっただけ。

だから僕の事を思い出す事なんて、当たり前だけどできない。


だから見送りはなし、

トボトボと、寂しく庭を歩いて門を目指す。遅く歩いているからか、やけに遠く感じる……

歩きながら確認する。部屋の電気オッケー、荷物オッケー、洋服オッケー……


忘れ物なし。

でも、胸を張って歩くことはできない。

ああ……なんなのだろう、これが「胸糞悪い」というものだろうか?

胸がイガイガとムズ痒さを感じる……


「……」


優多は、一度足を止め、深呼吸をした。今までより多く息を吸って、今までより多く息を吐いて……そして、胸を叩く。


……これで少しはムズ痒さが取れただろうか?


少しは楽になったような気がする。ほんとそんな気がするだけで、実際はそうではないのかもしれない……


「歩こう」


止まっていたら、またムズ痒さが戻ってきそうで……

ーーだから優多は、歩き出した。



玄関から出て役数分。門に着いた直後であった。


「やあこんばんわ」

「ヒャアアッ!」


びっくりした。心臓が口から飛び出そうなくらい……それに変な声が出てしまったことに少し恥ずかしい……

とはいえ、一体誰なのだろうか?こんな夜遅くの来訪者なんて、考えられるのは我が身の保護目的の引き渡しか、泥棒かの二つだ。


「あの……もしかして貴方は僕の……」

「あっ、そうそう!よろしくね優多くん、僕の名前は開智 無限」

「よ、よろしくお願いします」


開智無限と名乗る少年は、優多の話に割り込むように入ってきて、自己紹介をしてきた……


彼は一見小柄でそれ相応の整った顔でいわゆる美少年。


「僕の名前……分かるんですね……」

「ああ、もう調査済みだからね」

「ちょ、調査!?」

「え?ああ、大丈夫怪しいものじゃないから」

「……信用できないんですが」

「大丈夫だよ信用して」

「……」

「さて、もう夜遅いしとっとと行こうかあっちに」


無限は勝手に話を切り替えて門の向こうを指差す。

だが、その指差した方を向いても何もないから、何を見て欲しいのかよく分からなかったので思わず質問してしまう。


「あの……どうやって?」

「ああ、そうだね……じゃあ簡単な、多世界空間への扉の開け方!」

「!?」


そう言って急に無限は優多の手を握る。

そんな急な無限の行動に優多は、困惑して少し固まる。


「まず、簡単なものでいいから扉、分かりやすくいえばこの空間を部屋と捉えて、その部屋から出るための出口を想像する」

「それって返って分かりづらくないですか?」

「うーん……まあいっか、じゃあ今回はファスナーをイメージしてね?それを上から下に降ろすように人差し指で一本線を引く」


優多は、困惑しながらも無限の説明を聞きながら、言われた事をそのまんま言われた通りにやってみる……


ーーするとどうだろうか?


「ーーぎゃッ!?」


無限と優多の前に空間が徐々に歪んでいき、そして、どんどん歪む速度が早くなり、あっという間に異空間へと繋がる穴ができた……


「さて、じゃあ入ろうか!香花界へーー出発!」

「え、ちょっ、まっ、え!?あ!ああああああああああ」


そう無限は優多を道連れにするように手を引いてその穴の中へ入って行った……

案の定、中へ入るのを少々怖がっていた優多は、大きな叫び声をあげて、無限と一緒に入って行った……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る