第6話最後のお出かけ

「おーい優多、母さん。撮るぞー!」


楽しそうに笑って父はぎこちなく笑う僕と母さんを撮る。

こんな表情なのもこの自分自身の存在がこの世界からだんだん消える事をもう知ってるからだ。

昨日の件で、母も父のようにいつから自分への対応がおかしくなるか分からない。


「お父さんのあんな姿みた事ないね。初めて」

「そうですね」


そんな父の姿を見てなぜか母は嬉しそうに笑って幸せそうだった。

でも自分はなんとも言えない表情である……


「優多がいなくなると、多分寂しくなるだろうね」

「……」

「だから、今日はいっぱい話そうね」


そう言う母は、思いっきりの笑顔で僕に笑ってみせた。

そんななのに僕は困った笑顔でしか返せない。

……まったく、家族に対しては謙虚と言えばいいのか、ただ臆病なのか、素直じゃないのか、


ーー家族に馴染めてないのか……


「お母様」

「なに?」


いつも通り穏やかに話す母。でも優しく吹く風に合わせて揺れる髪は今まで見た中でも一番美しく、そして辛く、苦しくて胸が痛くなる。

優多は俯いて言う。


「僕は、本当に陣之内家の一員だったんでしょうか?」

「どうだろう」


母は困ったように返す。


「家族とはあまり家族のような話とか、応対じゃなかったし、なんせあまりにもできすぎていたからね」


やっぱりか、やっぱり自分は家族の一員にはなれなかったのか、同じ血は流れているはずなのになんでだろう。

考え込む旅暗くなっていく優多に、母は「でもね」と話を続ける。


「少なくとも家族ですよ。そんな完璧じゃない大人に囲まれて、だらしない生活から抜け出せたのも、優多のおかげかもね。弟達の面倒、ありがとうございます。今日は一足先のお別れ会だね」

「……」


優多は、優しく、温かく笑う母を見てまた、うつむく。

またしても返す言葉が見当たらない……


「おーい最初はこれにのるか!」

「あ、お父さんいいねそれ、乗りましょ乗りましょ!」


そう言ってかけていく母はまるで子供のようだった。

それにしても周りに人がいない……おかしい……一番か二番目。最低でも三番目を争うテーマパークだ。人がいないわけない……


「あ……」

「どうしたんだ、優多。早く行こう、折角貸し切ったんだからじゃんじゃん乗らないと損だぞ〜」

「……そういう事だったんですねお父さん」

「あ?……どうかしたか?」

「いや、なんでもありません」


ふと、思ったことがまさかの的中。

やっぱり貸し切ったんか。今の父ならやりそうだ。多分、遊びに使わなくてたまったお金の大半は使ったのだろう……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うう……」

「いや〜楽しかったなジェットコースター」


そう、活き活きとする父とは違って優多はフラフラと目を回していた。


「どうした優多、楽しくなかったか?」

「いえ、楽しかったです」

「そうかそれは良かった」


いや、まったく良くない。吐きそうだ……普通に酔った……ちょっと待って休もう……


「お、お父様。早いとは思いますが、お昼……」

「次はあっちに行こう」


人の話を聞かずに父が指差した方向はまた違うジェットコースターである。

いやちょっと待て、貴方は人の感情を表情で読み取ることはできないのか?こんな顔、楽しく思ってる人の顔じゃない。

SOSを母に苦笑いで訴えた。

頼む、どうにかしてくれ……

すると、母はなにか感じ取ったのか咄嗟に父のところへ行き、


「お父さん、優多凄く楽しみだって」

「そうか!じゃあ行こう!いやあ楽しいだろうな!」


おい待て、どうしてそうなる!

父に引きずられるように優多は歩いていく。

誰か止めてくれ!と今にでも叫びたいくらいの気持ちであった……


そして貸し切ってあるからさっきと同じく待つこともなく、嫌になるくらい早くジェットコースターに乗れた。

吐き気で気持ち悪い。吐きたいのに吐けない……


「はーい!ブラックコースターは、急停止、急上昇、急降下があり、必ずシートベルトを締めてください、それでは、発車する前にシートベルトの確認をするので少々お待ちくださーい!」


と、スタッフの人達が僕ら3人のシートベルトをしっかりと確認し、


「では、気をつけて行ってらっしゃ〜い」

「イィィィィヤアァァァァァァァァァッ」


行ってらっしゃいじゃないよおおおおおお!


発進したにも関わらず。わずか5秒で急降下し始めて、これは自分でも感覚でわかる。ほぼ垂直だ。

周りは暗くて何も見えない。


「オウフッ!」


ガクンと振動が伝わり、次に感じたのは急上昇、物凄いスピードで登って行ってるのが分かる。


「アウッ!」


また、ガクンと振動が伝わって今度は緩やかに進んでいるのが分かり、少し落ち着いた。


「オッフ!」


と、思ってたのも束の間だ……

光が見えてきた。と地上に出てこれた事を嬉しく思えたのだが、直ぐにまた急降下、どんどんスピードが上がっていく、おそらく曲で言うサビなのだろう、しかも最後の最後、一番盛り上がるところ。


「フォォォォォォオオオオオオオッ!」


やはり一番盛り上がるところだけあって、僕の隣にいる父は両手を上げて凄く盛り上がってる。

こちらは吐き気に耐えるので精一杯だと言うのに……


「アウッ」


また、強い振動が伝わる。

そして、見えた光が出口だと悟ると妙な緊張が解けため息をついて安心感で心はいっぱいになった。



出口を出れば、無事帰れたことが奇跡だと思うくらい感動した。

正直、当分ジェットコースターは乗りたくない。

そう言う類の乗り物は嫌いではないが、いきなり難易度MAXのコースターに乗ればそりゃ吐き気もする。

物事にはちゃんと手順があるのだ。


「あれ?お父様がいない……」

「お父さんなら、あの屋台見つけて買いに行きましたよー」


母はその屋台を指差して優しく微笑む。

指先の方向にあるのはチュロス屋台そこに父の姿が立っていた。

そしてこっちの視線に気がついたのかチュロス片手に手を振る。

そしてこっちに向かって歩いてきた。


「はい、優多、母さん。チュロス買ってきたぞ〜。優多には、二本」


と、父はチュロスを優多と母と自分の3人に分ける。

よく見ると二つとも味が違う。


「あ、優多のはどれにすればいいのか分からなかったから普通のと期間限定のものを買ってきた。シュガーと、ベリーだってさ」

「そうだったんですね。てっきりおんなじ物だと思ってました」


そう一言言って、優多は一口パクリとチュロスを食べる。


「……」

「どうだ?」

「……おいしい」

「なら良かった!」


と、父は笑いながら言う。

でも、本当に美味しい……甘さも、ベリーの方の酸味も丁度いい。


「もう、11時30……お昼にするか。母さんどこがいい?」

「私はどこでも大丈夫ですよ」

「まーた、母さんも。家族だろ?ならタメ口でいいじゃん」


そんな父の何気ない一言に心が痛む。

自分は思ってることがすぐに顔にでるタイプだ、だから悲しくて、辛くて、俯いてしまう、


「ほーら」


左右の頰を優しくつままれ、優多は目を丸くして、前を見る。

そこには優しく微笑む母が自分の両頬をつまんで軽く痛まない程度に伸ばしたり弄り回す母の姿があった。


「優多の、ほっぺはまだこんなに柔らかいんだね。羨ましいな〜」

「イデデデデデ」


左右、上下弄り回しが激しくなって行き普通に痛い。

そして、


「優多」


優しく、そして温かい声で母は僕の名前を呼ぶ。


「今日は、一足早いお別れ会。折角、本当の家族の形になれる日なのに、家族でいなきゃ損ですよ。悲しいのは私も同じなんですから」


そう笑う母に対し、優多はなかなかそんな顔になれそうになかった。

そうしていると、いきなり両頬に手が回り思いっきり弄り回され


「こらー!笑いなさい!笑わないと、いつまでもやりますからね!」

「いだい、いだい、いだいです!分かりました!ごめんなさい!笑います!」


怒られた……でも、温かい。


「あれ?それよりもお父さんは……?」


そうだ、肝心の父がいない。

まあ、どれだけ母が若く見えるからとはいえ、父に見られるのは流石に恥ずかしいから、いないときにやってくれたのは嬉しい。


「えーと……なんか見つけたみたいで、あの色々人形や、おみあげみたいなのが売っているおっきなカートのところに行きましたよ」

「えっ?」


また、母が指差している方向を見ると、父の姿があった。

って、なんか被ってるし……


「おーい優多、これ被ってみろ」

「こ、これですか!?」

「おお、そうだそうだ」


父に言われ渡されたのはなんか灰色の帽子、丸い耳の着いたベレー帽である。


「……なんのキャラをモチーフにしたんですか、これ?」

「いいから被って見て」

「……はい」

「おお!いいじゃないか!優多。ちなみに俺はこれを買った。母さんにも同じもの買ってきたぞ!」

「わあ、ありがとうございます」


そう、父さんが頭につけており、母さんにも渡したそれは、丸い耳のカチューシャである。


「おお!母さんも似合うな!よし!じゃあレストランに行くか!」


そう父は、右手に僕の手左手に母の手を握って走り出した。

強引に引っ張られ、転びそうになったとき、ふと母が嘘偽りのない笑顔で父の無邪気な笑顔を満面の笑みで見つめているのが見えた。


ーーそうか、これが本来あるべきの……普通の家族の理想図なのかもしれない。笑う父、笑う母、笑う息子……とっても羨ましかったものが、全てこの瞬間に詰まっていたのかもしれないと、ふと思う。


「……暖かいな」


そう、小さく呟いた言葉に母は気づいたのだろう。

優しく、そして温かく微笑む姿は、まさしく『母』の代名詞だ。

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