第5話気づかないうちに大切なものは失われてるんですね
ーー夜中の0時
「やあ」
少年は、まるで影に隠れているように街灯の光を避けて、立っていた。
微笑みながら堂々と立つその姿は、自分を見透かしてるようで一瞬、不思議な感覚に陥った。
優多の前に立っている少年は、優多と同じぐらいの身長で、変わって民族的な柄の服装。
顔も整っていて美青年。
「ど、どうも……初めまして」
「やっぱり来てくれると思った」
ホッと、安心したように微笑む。そしてすぐに優多は次々と浮かぶ疑問を問いかけようとするが、こちらも一呼吸おいて、聞きたい事を一つ一つ言葉に出す。
「本当に、あの時。図書館の物置で聞こえたあの声は、貴方のものですか?」
「うん、そうだね」
微笑んで頷く。そして、
「まずは、君が一番戸惑っている事を話そうか」
こちらがまだ恐怖で怯えているのが分かるのか、そう困り笑顔で言ってきて、
いきなりの問いかけに優多はなんと返せば良いのか分からず弱った表情で下を向くしかなかった。
「……僕は、古山 結城。そうだね〜僕は心が読めるとでも言っておこうかな?」
「!?」
何が、起こったのかさっぱり分からない。
ただ、今理解できることはさっきまで僕は彼の名前を知りたいと思っていた事だ。
……マジだ。本当だ!昨日の言ってたことは、本当なんだ。
「さて、今の僕はちゃんと君にーー優多くんに大事な事を話さなきゃいけない。こんな暗いところじゃ、話も自然と頭に入ってこないだろ?だから、暗いけど校内を歩きながら話そうか。暗いけど案外静かで落ち着いていて月明かりに照らされある程度明るい校内は風情があるんだよ」
結城は、納得したようにまた微笑んで、「じゃあーー」と話を再開させ、生徒玄関へ歩き出した。
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「いやーやっとこの世界にも能力を持つ人が出てくれるなんて嬉しいよ」
「……能力ってなんですか?」
「ああ、あの時不良、って言うか人格がどうかしちゃった人を吹っ飛ばしたでしょ?まあ正確には弱点を本能的に守ったんだろうけど」
「弱点?」
その言葉を聞いてキョトンとする優多に、結城は
「あれ?知らないの?あ、そっか。あの衝動で少しの間、気を失ってたもんね」
「……え?」
また、優多は頭の上にはてなを浮かべる。
「ナイフを振り回して、刺されそうになったところまで覚えているでしょ?」
「……はい」
咄嗟にその時の事を思い出してしまい少し嫌な気持ちになる。
「その時だと思うよ」
「え?」
俯くいていた優多の顔が結城の方に向けられる。
「本能的に弱点を守ったんだろうね。無自覚だろうけど」
「あの……僕の弱点って」
「ああ、そうだね。君の弱点は、心臓だね。そして能力は、『重力を操る能力』」
「……」
一瞬、なんて返せば良いのか、よく分からなくなった。
正直、自分でも嬉しいのかそうでもないのかは分からない。でも、戸惑いの気持ちがはっきりと心の中にある。
もう嘘だとか自分で決めつけようとは思わないし、信じないという事もないと思う。
「どうしたの?」
優多よりも前に出ている結城が、足を止め心配そうに声をかけてくれた。
それに対し、優多は困りながらも笑顔を作り、
「自分では、能力を持ったからには、何をするのかも分かりませんし、これから予想だにしない出来事がたくさん起きるんだろうなって。ただそう思っただけです」
それを聞いて、結城は少し悲しそうな表情を浮かべるが、すぐ真剣な表情にきりかわって、
「優多、君は、能力者。……いや、能力を持つ事って嫌い?」
「いえ」
即答。優多は微笑みながらすぐ、返事を返す。
「嫌いじゃないです。憧れです」
その解答に、結城は驚いた顔をしてから、返答に困った顔をして、
笑って、
「一本取られたな」
と、それだけ言ってまた、前を向いて「行くよ」と声をかけ歩くのを再開した。
「ところで、優多。この世界とは違った世界を知ってる?」
「違った……世界ですか?」
違った世界なんて、聞いた事がない単語だ。まあ『異世界』や『パラレルワールド』などたまに耳にするが、一体どのような世界なのか優多は興味を持った。
「違った世界、いわば多世界と総称される宇宙のように広い空間に、たくさんの世界が存在する。この世界。いわゆる地球?まあ僕らでは青樹の境界なんていうけど、ここの世界には能力者がいないからね。君以外」
「例えば……どんな世界があるんですか?」
「勉強不足でね、あんまり端から端まで覚えているわけじゃないけど、色々あるよ幻想世界、魔法の世、死後の世界、炎界、緑島、想像世界、自界、白界、黒界……」
「たくさんありますね。で、なんでこの話を?」
「あ、と……えっと……」
急に結城の表情が気まずくなる。
悲しそうで、申し訳なさそうで、苦しそうで……
「優多、どうか落ち着いて聞いてほしい。これが最後の最後、君にどうしても告げなければいけない事になる」
月の、明かり一番照らされ明るいところに結城は立ってまた、真剣な表情になって優多に告げた。
「この世界で能力を持ったものは、この世界から存在が消える」
そう、暗く、小さく申し訳なさそうに告げる結城の表情は悲しくもありまた、申し訳なさそうで、結果彼の表情は苦痛であった。
ーー風は止んで、揺れた木々も落ちた葉の掠れる音も止んで。時が止まったような感覚。
ーーなんで……なんでこうなるんだ?
ーーでも、失っても何も変わらない。
ーーいや、でも変わってしまうの手間はないか?
ーーこれから、どうすればいいんだろう。
ーーどうにもなっていいんじゃないの?なんのために生きるのか分からないし、だから……だからこんなに迷うんだよ。こんな事で迷わない人は、生きる理由がある人なんだよ。
ーー痛いよね。かっこ悪いよね。考えれば?振り返れば?その理由が分かるから……どんな人にだって敬語。父親が嫌いなくせに嫌いじゃないふりしちゃって……
『かっこ悪い』
気がついたら結城の両肩を握るように力強く掴んでいた。
「!!」
咄嗟に手から力が抜けるとともに弾くように手をどかした。
結城の表情を恐る恐る見ると不快に満ちた顔。見たくなかった。自分は何を考えているのかも分からない。
「優多、悲しくて、訳わかんなくて、衝撃を受けたのは分かる。痛いほど分かる。だけど、僕は正直に言う」
結城は笑って優多の両肩に手を置いた。
一瞬、何がどうなったのか戸惑っていた優多に優多は、
「僕は、心が読めるって言ったでしょ?だから今、思ってた事全て分かる。だからね。優多がネガティブに考えれば自然とポジティブな感情も同時に僕に来る」
「……え、いや、でも」
結城は思いっきり笑って、
「たくさんあるじゃんいい事。学校のほとんどの生徒や、近所の人達に慕われて、先生にもたくさん信頼されて、お母さんにも家族にも頼られる存在で……」
「……」
「優多、一人でなんで抱え込んじゃいけないか知らないでしょ?」
「あ、えっと、それは……」
「人ってね、言われた事や読み取ったものは全部自分勝手に変えちゃうんだよ。いい意味でも悪い意味でも、悩みや辛いことは全てが全てじゃないけど、ほとんどそこからきてるものなんだよ」
「……」
「お母さんに言われたんだろう?人を頼っていいって。なら頼ればいい」
優多は結城の言う事に反論することもなく、涙目になりながら聞いていた。
ふと、両肩にかけられた手が引かれるのを感じた。
そして、優多は静かにこれからの事を結城に問う。
「これからどうすればいいんでしょうか?」
結城は微笑んで応対する。
優しい人だ。
「香花界っていう多世界の中心となる世界なんだけど、その中に建てられた香花館っていう大っきなお屋敷があるんだけどそこで暮らすんだって」
「凄いところなんですね。楽しみです」
明らかに声は沈んで、悲しい声だ……
そんな優多は元気付けようと、結城は申し訳ない顔をして言う
「優多、悪かった色々と。よく分からないのに、その……なんだ、押し付けるようなことしちゃって戸惑うって最初からわかってたし、傷つくこともわかってた中、言わなくてごめん」
優多はその言葉にまた力なく笑って返す。
結城には、その仕草が悲しく見えて心が苦しかった。
「優多、あと70時間ギリギリ3日くらいは時間がある、残念ながら明後日になると、家族と思い出深い人たちしか君のことは覚えてないから、それだけは、覚えといてね」
「はい……」
ーー午前3時、月明かりのないただ暗い。真っ暗な自分のクラス。
自分の椅子を持って、開けた窓の近くに置く。
「ああ、寒い」
そう寂しい独り言を椅子に独り座って、呟きながら後ろに反る。
これからの事を丁寧に説明してくれた結城の姿はもうない。いつの間にか気づかないうちにいつの間にかどっかへ、行ってしまった。
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気がつけば、自分の家で寝ていた。
「ああ、そっか」
寝起きだったため、一瞬何がなんだか分からなかったが、意識がはっきりしていくと同時に思い出してくる。
あの後、急に眠くなって帰ったんだっけ……
目を擦りながらふらふらと、家路に着いたのを思い出した。
補導されなかったか心配だったが今ここで寝てる事を確認して、ホッと一安心する。
「優多、入ってもいいか?」
ノックの後、ドアの向こう側から聞こえたのは父の声で優多は、父が自分の部屋にくることに少し驚いた。
前まで、絶対に自分の部屋になんかこなかったのだから。
「ど、どうぞ……あ、」
返事をするとともに、反省文の事をすっかり忘れていたことに気がつく。
丸々忘れていたわけではない。途中まで書いてあるのが机の上にある。
ただ、昨日の事もあり完全に書いて渡すことは出来なかったのだ……
優多は、すぐにベットから出て、謝る
「あの、は……反省文の件なんですが」
「反省文?なんだそれ」
「……え?」
一瞬、父のその返答に理解が遅れた。
なんだそれ。その言葉に昨日の結城が言ってた事を思い出す。ーー存在が消える……だったか?
それがもう始まってるのか、この世界の陣之内 優多の存在が消え始めているのか?
気づくと父の姿はドアから自分の机のそばに立っているのに、またもや思考が止まる。
ー一体何が起こっているんだ?この一瞬も存在が消えることに関係しているのか……?
「おい、優多」
「は、はいお父様」
父に自分の名前を呼ばれ反射的に返す。が、
父は不思議な顔をして、
「なんだその呼び方?そんなかしこまらなくていい」
その言葉に自分の目と耳を言葉通り疑った。
やはりおかしい。いつもと父の対応が違う。全く違う。
「あ、それとこの反省文ってなんだ?なんかやったのか?」
「え、お父様からの……」
「あ?俺から?そんなのいつやれと言った。何もやってないのに、なんで反省文なんて書かせるんだ?」
なんて言えば良いか分からない。今はただその変わった父を理解するしかなかった。
優多の顔は、暗く落ち込んだ顔で、悔いの残ったような顔である。
こんなの自分にしか分からない事実、なんて、顔して良いのか……笑えば良いのか?悔やめば良いのか?泣けば良いのか?嬉しそうにすれば良いのか?
「どうした?優多。どこか具合悪いのか?」
そう、心配してくれる相手が父であるのは嬉しくもあり、でもやっぱり心に突き刺さるように辛い。まるで、別人を見ているようで、その別人を前から知ってるからか、恐ろしく感じる。
「い、いえ何も悪いところはありません。いたって健全です」
「そうか、なら良かった」
ーー気持ち悪い。
正直そう感じた。だからなんか不思議と、ここから離れても良いと思えた。ここの世界から消えても良いと思えた。
優多は満面の笑みを見せ、
「今日は学校が休みなので出かけてきます」
「そうか、なら朝ごはんがお母さんが作ってくれたから、食べてから行きなさい」
「……」
そんな父の言葉にまたもや固まってしまう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
青い空。雲ひとつない晴天だ。
母や弟たちを見ても、父同様。色々なところが自分の知っている家族ではない。
「もう……わけが分からない」
そう独り、公園のブランコに座って呟いた。
懐かしい場所だ。小さい頃、母と来てたっけ……
安全のため。そんな理由で、元々この広い敷地にたくさんあった遊具も一つ一つ撤去され、最終的に残された遊具は今座ってるブランコと、鉄棒の二つだけ。
「寂しいな……」
思ったことが、全部独り言として出る。ちょっと自分でも怖く感じた。
「あれ?優多くん?」
「……?」
名前を呼ばれ、ぼーっとした自分の意識が旧に覚める。
「あ、おはようございます有理香さん」
「おはよう、優多くんさっきからぼーっとしてけど……何してるの?」
おっとりとした口調にふんわりとした雰囲気を感じさせる彼女は、間違いなく早瀬 有理香。
白いオーバーオールにベレー帽……
「……何?」
「可愛い服ですね。特にハートの刺繍が」
「ありがとう〜これ自分でやったんだ〜」
「有理香さん、手芸得意なんですね」
「そうなの、楽しいよ。優多くんもやらない?」
「せっかくのお誘いですが、すいません……」
「そっか、じゃあまた興味湧いたらいつでも言ってね〜」
そう言って彼女は去ってしまった。
あれ?入り口で待ってる……あ、なんか誰か来た。
なんか楽しそうに話してるな……誰だろう?あ、行っちゃった。
有理香は、身内なのかそれとも、彼氏なのか。よく分からない男と一緒にその場を去ってしまった。
「隣……良い?」
「……!!」
「なんで、そんな驚くんだよ」
「す……すいません」
裏から急に話しかけて来たのは、同じクラスの赤井 仁美。先ほどのお洒落した有理香と違ってジャージとパーカーというラフな格好だ。それに普段見ない赤い眼鏡をかけている。
「なあ、この眼鏡赤いだろ?」
「は、はい」
「俺の名前赤井……」
「急になんなんですか?」
なんだろう、急にダジャレなんかぶっ込んで……
仁美の顔は真っ赤っかだ。なんか可哀想になって来たな……
「レンズが似合う名前ですね」
「眼鏡をかけてるからそのレンズと仁美を目の方の瞳を掛けたんだな?……やかましいわ!」
一人だけそんな上手くも下手でもない布団が吹っ飛んだレベルのダジャレをして、可哀想だと思ったら怒鳴りつけられた……
「そんなに怒らないでください。顔が真っ赤っかですよ、赤井だけに」
「……」
「……」
冷めた……
物凄く気まずくなった。そして、よく分からない後悔をする。
「まあ、そんな茶番はもう終わり、お前なんで、さっきから黄昏てんだ?」
「見てたんですか?」
「いや、家が真後ろにあるんだ」
「なるほど」
見られていたのか、ならば、早くこの公園から出て行けば良かった……
「なあ……?何か、悩みでもあるんだろ?聞いてやるよ」
そんな事を言われ、優多はなんと言おうか、心の中で分かりやすく噛んでいた
だが、自分じゃ簡潔に言えないぐらいに事態複雑で何から言い出せば良いか分からない。
結果、何を言えば良いのか分からない。
だから表情は崩さずに優多らしい軽口を発する。
「まず、その王様口調をどうにかできませんか?」
「なんだよ、人が真剣に悩みを聞いてやろうとしてるのに」
不満げな顔で仁美はため息を吐く。
「困った時は人を頼っても良いんだぞ?」
そんな何気ないように言った仁美の言葉が胸に突き刺さり、一瞬、優多は苦しく、悲しい顔になった。
その優多の様子に異変をかんじたのか仁美は、
「どこか具合でも悪いのか?」
と、心配してくれた。
そう言えば、変わってしまった父もそんな感じに心配してくれた気がする……
「ご心配をおかけしてすいません。僕はもう行きます」
そう一言おいて、その場を離れる。
今は、考えない事に専念しなくてはならない。もう、これからの事なんてなんとも思わないーーそう思ってなきゃいけないんだ。
「おい、優多」
「は、はい。なんでしょうか?」
咄嗟に呼び止められ優多は足を止める。
仁美のいるブランコに身体を向けると、仁美は怒った顔からすぐ、心配そうな表情になり、言った。
「お前……本当に大丈夫か?」
「……」
下を俯く優多は、その言葉にどんな風に返せば良いのか、どんな顔で聞けば良いか、父と朝話した時と同様分からなかった。
だから顔を下に向かせ、表情を相手にはっきりと見せることができない。
「その……なんだ?お前、前から変だったからだな……。その……えーっとな?あの、昨日の事でちょっと色々と考えたんだ」
心配そうな表情で、自分の言葉を一つ一つ確認するように優多に伝える。
その時の仁美は、少々困惑気味で……
「だから……えーとっと、自分がなんでこんなこと言ってるかよく分からないし、なんでこんな本気になっているかもわからないけど」
仁美は最後に確信したような表情で、
「俺は、人一倍人の感情が分かるんだよ。正確に言えば、伝わって来て分かるんだよ。人の考えてる事とか、はっきりじゃないけど、なんだかんだそれが感じ取れんだ、だから分かるんだよ」
「ちょっと待っ……」
「お前、多分その悩みをどんだけ分かりやすく伝えたって誰も信じてくれないとでも思ってるんだろ?」
「!!」
その言葉に、優多は驚きの表情を隠せなかった。
「多分、俺でも理解できないかもしれない。でも、怖いくらいの悩みこそ、人に相談したら驚くぐらいに軽くなる。お前、Mじゃないだろ?」
「…………最後のMじないだろ?発言で、全て台無しになった気がします。」
「それほど、俺はカッコつけたまんまでいられねえよ」
優多はその場に突っ立っている事しか出来なかった。
「はあ……」
「おい!なんで今ため息ついた!」
突き出した指を優多に向け、思いっきり突っ込む仁美に、優多はふっと安心したように微笑んで、反対側に振り返えり、
「でも、ありがとうございます。そう聞いてくれようとしてくれたおかげで結構楽になりました」
「そっか……なら良かった。じゃあまたな」
「……」
その事に優多は何も返事をしないまま、優多は歩き出した。
ーー最後の挨拶は無しか……
そんなふと耳に届いた言葉に、優多は隠れたように顔が今まで以上に心に痛みが走ったのか苦しく、辛くクシャクシャになっていた。
ーーだって……『またな』ってなんだよ……次なんてないんだよ……
悲し悲し、優多は仁美に見られないところで胸を力強く鷲掴んで俯いたまま、ボロボロ涙をこぼした。
まるで涙一粒一粒が思い出のように脳裏に今までの楽しかった事、笑えた事、辛かった事、悲しかった事が思い出されていく……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕方、家に帰ると父母に呼び出された。
「優多、久し振りに父さんと母さんで遊園地行かないか?明日は、宇宙と太陽の遠足があってお父さん達も仕事が休みでな。チケットも三人分なんでかちょうど余ってたからな」
「そのチケット……」
「どうしたんだ?残念な顔して……あ、もしかして遊園地嫌いだったか?それじゃあ違うところにするか?日帰りで京都や大阪行くか?」
「い……いえ、ぜ、是非!遊園地に行きたいです!」
そう満面の嘘の笑みを作り、相手の意見に賛同する。
「そうか!なら明日に向けて準備しないとだな!混むだろうから朝早くから出ないとな」
そう自信満々な態度のままその部屋を出る父を見る限り、これも強制的になかった事になってるんだろう。
あの三枚のチケットは父が兄弟三人で行ってこいと、渡されたものである。結局都合のつく日全部太陽と宇宙のどちらか又は、両方が体調を崩し今日まで行けなかったのだ。
でも、なにも言えない自分とどうにもならないこの状況に腹が立って、悲しくて嫌になりそうだ。
「なにが起きてるのか分からないけど……お母さんが相談に乗ろうか?」
「……?」
テーブルに置かれたクッキーを食べながら紅茶を飲む母にふと目を向ける。
「なんか辛そうね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
ついつい大丈夫と口癖のように言ってしまう口を今にでも殴りたい気持ちだった。
でも言えないのも事実である。多分分かってくれないんだから……
そうなかなか話を切り出さずもじもじしている優多に呆れたのか、母はなにか悟ったような口調で話しだす。
「な〜にか変よね。お父さんったら今日の朝からあんな感じなの。なんでだろうね」
「!!」
ふふっと微笑し、穏やかな表情でお茶を飲む。
一瞬、優多にはなにが起きたのかいまいち。いや、全然分からなかった……
知ってる!?なんで?この世は僕の存在がだんだんと消えるから都合よく変わっているんじゃないのか?
いや、逆に考えるんだ。
この世は、僕の存在が消えるまでの段階。
まだ、僕との関係が断ち切られてない人も少なからずいるって事なのか?
驚愕した表情で、テーブルから身を乗り出して母の目を見る。
そんな優多の反応に母は、穏やかな表情と口調で
「なにが起きたのか貴方には分かるはず。そうよね?一番動揺していたのは貴方なんだから、どんな事にも一番わかる人はいち早く周りに敏感になってどんだけ小さい事に気付きやすく、かつそわそわしているの。
ねえ、教えて?なにが起きてるのか」
口調をだんだんと強める母に優多は、だんだんと後ろに引いて行き、最後には二人の立ち位置がさっきの構図より逆になった。
そんな母の威圧のせいか、
「えっえーと……まっ、まず僕は能力を持ってて。と言ってもそれは昨日の事で、能力は重力を操るものになっていて、でもそれは置いといて、まずなんで能力を持ったかというと……なんか持っちゃって、僕自身にもよく分からなくて、でもこの事を詳しく知る人から話を聞いて、その話からわかったことは先ほども言いました通り、重力を操る能力で……」
口が勝手に動き出したように言葉が止まらずだんだんと早口になっていく。
「……で?」
優多のまとまらない箇条書きの話をその一言で断ち切る。
「大事な部分はどこなの?それに落ち着きなさいよ、私は制限時間なんてつけてないでしょ?落ち着いてゆっくり喋って。お母さんは聞くから」
その言葉に、優多は深く静かに息を吸って自身を落ち着かせる。
「大事な話です」
「はいどうぞ」
「先日、僕は能力を持ちました。理由は……分かりません。新しい事、『他世界』と言うこことは別の世界がたくさんあることも知りました。でも、それが真実かどうか根拠もなく見たこともないのでよく分かりません。今までのは全てこの事に詳しい人に聞いたものです。そして、重要なところなのでよく聞いてください。僕はこの世界から存在が消えます。理由は、まだ分かってないそうです。ただ、こんな世の中非現実を自然に受け入れないようになったとその人は言っていました」
「それで、終わり?」
「はい、ご静聴ありがとうございました」
「よろしい」
そういって母は紅茶を飲み干したカップをテーブルに置いて腕を組んで深く座る。
「ほんと、世の中なにが起きるのか分からないね」
母はそう笑う。
「もし、その話が本当なら……いや、受け入れなきゃね。お父さんがあんな感じじゃ受け入れるしかないもんね。だとしたら、私も明日か、明後日には優多の存在が薄々分からなくなってるんだろうね、これは悲しいわ……」
組んでいた腕をくずして、涙を浮かべながら、
「明日思いっきり楽しもうね。優多とお父さんと三人一緒なのは久しぶりだからお母さんワクワクしちゃうな〜」
そう涙交じりに優多に向かって言う母の姿は悲しくて辛くて苦しくてたまらなかった……
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