第3話走夜
ーー逃げなきゃ……
ーーここから逃げなきゃ……
優多は一心不乱にこの街を駆け抜ける。
恐れーーそれだけしか思わず、考えず。それ以外何も考えないで、走り続ける。
あの時、みんなから向けられた。
冷たい視線、恐怖の視線、吟味しようとする視線……
中には、心配する視線も向けられたのだが、それすらも怖い……
立ち上がったその時……
今までの、不明すぎる縛り。前代未聞の、身体がいつもより倍重く感じるというもの。
それから解放されたという一時的な幸と興奮。
それもすぐに冷め、周りを見ればかつて一緒に話したり、授業を受けてきたクラスメイトや、自分のことを何でも称賛し、褒め称えてくれる。
親しかった先生までもが、
冷徹で、苦しかった……
全力で走り続ける中、おかしな事に気がついた。さっきから走ってても全く息が切れない。切れる気配がない。
思えば、今朝の事ももう一つ不可思議な現象に遭っていた……
ふと、立ち止まった先にはこの街にある市立図書館が建っていて、
横に伸びた門は開いてあった。
何を考えているのか、自分でもよく分からなかったが、ゆっくりとまるでゾンビのような足取りで、そこへ入って行った。
現代的、未来的な躍動感を感じさせるような形を象ったようなそんな形をした建物。
広い広場の真ん中を断ち切るように敷いてある広い石畳みの道。
そこを抜けた先に、その図書館が建っている。
優多は今感じている恐怖から、逃れ、隠れられる場所を探している事を思いだし、フラフラとした足取りで図書館の入り口へ、向かったのだが、
ガシャンッガシャンッガシャンッ!
「……」
扉は閉められていた事に、優多の手は鉄の手すりをなぞるように力なく指を撫で下ろした。
「……ぁぁ」
震える口から力なく声が吐き出される。空気のように。
ーーどうしよう……どうしよう!
恐怖から逃げる事に、焦りと自分への嫌悪感が、コップという感情整理の器に遠慮なく注がれて、溢れ出しそうになる。
人はこのコップからその注がれた感情が溢れ出しそうになった時、咄嗟に思考を一つに集中、あるいは停止させ、その感情が注がれるのを止める。
脳は、「平常心が保てなくなる」という事を、分かってるからだ。
だから優多は、思考を一つに集中させた。
ーー逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ………………ニゲロ……
走る、何も考えずに走らなきゃダメだ。今、何かしら考えたら溢れ出す……不安と苛立ちとその自分への怒りとそんな事に焦っている自分への嫌悪感と……
ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ……
優多の表情は焦りから、苦痛に変わり。
また、走った。
目に移るもの全て見えているが、理解していない。
木にしろ、小石にしろ、草にしろ……どれも、それが何なのかまでは考えられない。
ただ見ているだけ。ボーっとしてると言えば意識はそれに近い感じ。
図書館の脇道。たくさん踏んだ人がいるのか、幅の小さな道になっている。
適当に生えた木々がすぐ横に連なっている……
そして走ってる中、目に付いたのは、関係者以外立ち入り禁止の黒い鉄の扉……
勿論、入るのに戸惑いは無かった。だって何も考えてないのだから……
ドアノブに手をかけ、押して開く。
不思議な事に鍵はかけられてなかったため、入る事ができた。
中は薄暗く、電気はあるものの壁に立てられた棚の本の隙間から入る光では、スイッチは、見つからない。
ほんの少しの光の中、まばらに散らかった本や本棚、机や椅子など、片隅に明らかに意識して積まれたものもある事からして、
誰かが、入ってきた事が分かってくる……
だんだんと、他のことにも目を向け考えられるようになってきた……
でも、まだだ……
まだ、他のことを考え出してはいけない。
また、あの感情が溢れるまで注がれる……
ーーそれだけは食い止めないと……
そう思い、優多は近くに散らばった机や椅子。本などをかき集め周囲に壁を作り、
その中で顔を伏せ、体育座りをし無心で過ごすことにしたーー
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「おいっ!お前ら見ただろ?」
「陣之内の傷が無くなった事でしょ?」
「何が起こったん?陣之内がどうしたん?」
学校では優多のことで大きな話題になっていた。
あの時、優多の体の異変に誰もが驚愕した。
膨らみ、腫れた顔。切れて真っ赤になった口。曲がってはいけない方向に曲がった腕や、脚……
それがまるで、じわじわと巻き戻しているかのように治っていく……
それは、皆が優多達が倒れているのを発見し、人が集まって数十秒後の出来事だった……
「あれ?そういやイオナは?午前中いたっしょ?」
「そういやそうだね朝の会からみなかったし……」
未だ大勢の人達がざわめく中、仁美たちはイオナがここにいない事に気がつく。
「それよりも優多のあれどうなっていたんだ?傷が治ったの?それ当たり前じゃねえの?だって傷が治ったんだもん」
「いや、お前アホかよ。その瞬間に治ったんだっての」
所々状況が読めず混乱する人もいる。
……ようやく見つけた。
ーーただ一人、この状況を奇でも珍にも見ないものは、確信した表情を装った。
「先生、こんな時にですが、用事があるので早退してもよろしいでしょうか?」
「あ?お前何かあったか?」
「少々、家族の面倒を見なければいけないのでーー」
「そうか、それじゃあお前の早退については、俺から皆に言っとく。家に着いたら一回連絡いれろよ、すぐだからな」
「はい、承知いたしました」
そう言って彼は、先生に見つからないようこっそり事前に持ってきた荷物を持って、あんまり目立たない裏の校門を出た。
このまま正門を通ろうとしたら、まず事前に荷物を持っていた事がバレるのと、このタイミングで行けば彼ーー陣之内 優多と同じようにある意味有名になってしまう事があり得る。
だから遠回りになるだろうけど、裏の校門から出なければいけない……
さて、急がないとまた、どこかへ行ってしまう。
彼はこっそりと、目立たないよう、その集団から離れ、裏の校門へ向かった……
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ほんと、作られ過ぎている世界だ……
だってほとんどの生物の流れのほとんどは、作り作られの関係だ。
失敗を恐れ、幸せに縛られている。
それは、多分平等という別の言い方もできるだろう。
だから、大きな力を持たない。だから、恐怖に憑かれ、幸せを強く欲する。そして、その願ったはずの幸せに縛られ、苦しめられる……
「引きこもってないで、少しは外にでも出たらどうだ?智学 無限」
本が並べられたその大きな部屋の入り口に寄っかかって彼は、その部屋の中央の高い台にある椅子に座り、よくわからない作業をしている少年に、呆れたように声をかけた。
その少年は、椅子から立って
柵から身を出して、
「あれ?カイト、門番は?サボってるの?」
その返答に、彼は深いため息をついてから
「違う。近くに居た精霊が心配して見てこいって言われた」
「ふーん、悪魔と精霊が会話って珍しい光景。ねえ、カイト。もし、新しく今後物凄く強くなる人がこの香花界こうかかいに、しかもこの香花館こうかかんに、住むとしたらどう思う?」
いきなり、その少年は上を向き、空をすくって、それから下を向き、その手を見ながらゆっくり広げると、そこからは光の煙がモクモクと上がっていた……
その光景に彼は、驚きもせず呆れ混じりに、
「来るんだな……そんな人。どうせ、自分の仕事を丸ごと投げつけるんだろ?まあ、言わせてるんだったら……その人にあまり、無理をさせるな。ぐらいだな」
言葉の最後まで呆れ混じって無表情を貫く彼に少年は、つまらなそうな顔をしてから作ったようで、実はそうでない笑みを浮かべて、
「丸投げなんて人聞きの悪い」
「でも、その仕事の半分どころか、9割は任せるんだろ?」
「……」
瞬発的に言葉を返され、少年の表情は軽く不満げである。
「あのね、カイト、僕はそんなに人をモノのように扱う人格破綻者だと思ってるの?」
「違う。ただーー」
彼の目先では、頭上に魔法陣を、分厚い魔道書を片手で持って展開してるのを捉えた。
あまり見ない字で書かれているが、あれは多分原子魔法。全ての魔法の起源となった、だが今は後継者が存在しないため、発現するのが最難関な魔法だったのだが……
あの馬鹿は、何やってるんだ!
ーーよく、魔法陣といえば、円の中にまた円が連鎖しその中に魔量関係のトライアングルや呪文が書かれたものを想像するが、それが例外というわけでもない。
だが、魔法陣にも、例外は多数生じる。
例えば、図や魔数関係の図形を書かなくとも魔法が発生してしまったり、得体の知れない魔物が出てきたりする……
今回、何故か目の当たりにした。多分原子魔法の一種とみられるものはその例外だ。
ーー何をしてくれている……
ただでさえ、よく分からない魔法をどうにか処理するのは、一人前の魔法使いや魔術師、意思のある魔物や、悪魔でも一手間かかるもの。
そう一筋縄ではいかないものなのに、あの野郎……よく分からないものには手を出すなってあれほど言ってるのに……
「おい!無限、何をした!」
「凄い!これ、やっぱり原子魔法だ!」
「違う!お前が展開してるのは原子魔法のようなよく分からないなぞの魔法だ!早くお前の力でなんとかしろ!」
そう怒鳴ると、少年は困った顔をしてから、満面の笑みを浮かべて、
「ごめん、多分これ以上抑えられな…………あ」
「え?」
その時、そこから大きな爆発音と地響きが鳴り響いて、本が綺麗に宙をヒラリヒラリと舞った。
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