第2話プラスポイント

ーー違う世界


でも、魔界や天国みたいな風景とは違って普通のただただ絵に描いたような森林が広がる世界だ……

人も花も水もみんな普通に生きている。


そんな世界だ……


静かに広がる夜の空気。まるで、草などの植物やそれぞれの建物までもが眠りに陥ったような空間。

だが、やがてその時間は、昇る陽によって景色が360度。


ガラリと変わる。良い意味でも、悪い意味でも……


静けさで覆われ、大人ぶった空間は、過ぎ去り。今はこの時にしか現れない幻想的かつ、神聖的な空間である。


木々の隙間から、眩い光が差し込み。

冷えた空気を優しく陽が温めてくれる。

空気も澄んで、無駄な匂いは一切ない……


でも、まだ植物やそれぞれの建物は、眠っているかのように、まだ静けさを纏っている。


そんな中、ただ一人。

こんな幻想的な空間にただ一人。


森の中、椅子に座って本を読む少年がいた。



少年は、陽の光がちょうど差し込む位置に椅子を軋ませ、読書を嗜んでいる。

分厚く、大きな本。

高級感、そして古さがその本から漂っている。


まだ眠りから覚めない森の木々や草花。

その未だに静けさを保つ森の中から少年の椅子の軋む音が森の奥から奥まで浸透するように静かに響く……


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ーー夜のような朝


外も部屋もまだ暗い。

案の定、優多は身体を丸めて寝ていた。


スヤスヤと、優多は、呼吸に合わせて背中が小さく上下に動している。

不意に寝返りをうつ衝動で目が覚め、眠たそうに目を開ける……


「ーーあ、」


その言葉を発そうと、した瞬間。

胸の中心、細かく言えば心臓から、これまでに見たことのないくらいの光が解き放たれ、

起きたてで反射的に防げなかったのか、その光を目に浴びてしまい、咄嗟に両手を目に当て、


「ア″ーー!」


ゴロンゴロンと声にならない悲鳴をあげて目のヒリヒリとした痛みを痛感する

思ったよりも、痛みが引くのが早かったため、治ると、何の疑いもなく目に当てていた手をどけ、優多は、自身で起こった身体の異変に気を失いそうになった。


「……え、」


震えた声は、恐怖と不思議が混ざったかのようで、

それは目から手をどけた際、見てしまう。


「光ってる……」


力が抜けたような弱々しい声で優多は光る自分の身体を見ていた……


ふと、だんだんと恐怖がやってきてそれが寒気となって身体の端から発される

ぞわぞわと、寒気が肌を伝って、胸に心臓にくる……

周りとは、一倍……いや、二倍に光り輝く胸を押さえつける。

両手で強く、痛みなんか忘れて強く、強く、強く。優多は胸を両手で押さえつけた。


優多の体から発された光は、部屋中を明るく照らし、昼間以上に明るく、そして神々しく光り続けた……


眩い光は、徐々にこれ以上に強くなって行き、耐えられなくなった優多は


「う……」


光が物凄く強くなってくると、優多は目をギュッとつむり、

腕を顔の前に出して、強い光を浴びた。


気づけば光は消え、辺りは元の静けさを取り戻していた……

左右をなんども見て、状況を把握する。


非常識すぎて何も信じられない。


そんな気持ちでさっきまで光り輝いた身体を見る。

ため息をついて、


「奇妙だ……」


優多が独り発したこの言葉は、今の状況にぴったりだ。

だが、奇妙なのはこれだけではなかった……


ーー夢だ。


もう一つ、自分の身体が光ること以外の奇妙な事というのは、昨日見た夢である。


はっきりとは憶えていないが、見たことのない不思議な世界を見ていたのだ。

少年が森の中、本を読んでいるという内容で、一見奇妙でも何でもないように見えるが、

奇妙に思ったのは、その内容ではなく夢への感じ取り方だ。


本当のことを言えば、それは、夢とは言えないのかもしれない……

そう思う。

だって、夢としてではなく、どこからか記憶が入ってきたようなものなのだから。


さっぱりわからない……

何が何なのか、全然わからない……


優多は、未だに現在の状況整理を終えられなくて、頭を抱えたままベットから出て、色々身支度を済ませて、朝食へ向かった……


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「行ってきます」


独りだけの声が、広々とした黒く、緑っぽい色の大理石の玄関に響き渡るその声は静かに寂しく響き渡る。


だれも、返事してくれないのは皆んなまだ寝ているからだ。

だから朝ごはんはほとんど毎日、自分で用意する。


午前5:25


昨日とは違っていつも通りの時間に家を出た。

ここから学校まで30分程かかり、そこそこ遠い距離だ。

あいにく、自転車は僕の家だと使っては行けない区域らしく、今まで僕は自転車で学校に行った事が一度もない。


特に何もない通学路。

一緒に登校する相手がいなければ一緒に下校する相手もいない。

つまらない時間を過ごしているようで、何だかもったいないという思いでいっぱいで、僕は登校時間と下校時間が不幸なものと思っている。


これだけ時間があれば、勉強ができるだろうに……


そんな気持ちであった。

もちろん過去に色々試してみた。歩きながら単語帳を読んだり、教科書を読んだり……

でも、どれも失敗に終わる。


単語帳の場合、歩きながら単語帳を読むのはできるのだが、単語を覚えるための集中力が続かないので、ダメ。

教科書の場合も、今度は面積が大きいため、前が見えなくなり危うく交通事故に遭うところであった。だから、ダメ。

他にも色々な事故に遭いそうになったり遭っている。

そんな事があった為か、僕の中学校は歩き勉強が校則違反となる。

元々、歩き勉強はダメだったのだが、僕の行動で軽く注意程度だった物が、成績に悪く、大きく関わる物ということになってしまう。


でも、勉強熱心という事もあり、先生からは怒られてから、褒められるという意味のわからない状況を体験する事になった。


そんなことを振り返りながらも、

いつのまにか、学校の近くまでたどり着いていた事に少々驚き気味であった。


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朝のチャイムベルが鳴り、各教室からは騒めきがはしる。


ガララ、


と、教室の扉が開かれると同時に担任の先生がこちらに入ってきた。

見た目、50代の中年で、いたって普通の中年で猫背で眠そうな疲れているような……


普通とは言ったが、やっぱり普通ではないのかもしれない。ワンランク低めだ。


「はい、皆席についてるね」


辺りを見渡して、全員が席に着いたことを確認する。

すると、


「入って来なさい」


彼は、そう入って来たドアを振り返って言った。

ガラっと、ドアが開いて入って来たのは銀髪碧眼の男子。

思わずその容姿が珍しかったのか、はたまた外国人の転入が珍しかったのか、クラスは一斉に騒がしくなった。


その、あまりの騒ぎに銀髪の男子は、驚いてその場で固まってしまったが、しばらくして歩き出し、先生の隣に立つと、彼の紹介が先生の口から始まった。


カッカと、音を鳴らして黒板に文字を書きながら説明して行く。


「プレシャス・イオナ君ね、まだ日本に来たばかりだから皆んなよろしく頼みますよ。仲良くしないさい」


プレシャス・イオナと名乗る転入生は事前に席を教えられていたのか、先生の説明が終わるとすぐさま教壇を降りてその席へ向かった。


彼が、自身の席へ向かっている中、教室全員の視線は彼に注目されていた。

彼の態度が凛として、クールである雰囲気を醸し出しているのも理由であるが、それ以前にやはり銀髪に碧い眼。

その目立ちすぎて、見慣れない容姿も、注目される理由なのかもしれない。


「私、有理香。よろしくね」

「俺、智」

「俺、真司。和宮 真司よろしく」


彼が、席に着いた途端周りからは軽い自己紹介の嵐で、


「私、早希。よろしくねイオナ君」

「俺仁美。イニって書いて¥《えんまーく》に一本足して大きいで、仁美」


隣や後ろを越えて開けた道を挟んだ席の人達まで自己紹介し放題だった。


だが、彼は一人一人の自己紹介を笑ったり流したりするでもなくただただ無表情のまま聞くだけで、状況に合わせて首を縦や横に振るだけの仕草だった

つまらなさそうでもなく楽しそうでもない。見てると、なぜか不思議な気持ちになる。


そんなことを感じさせられる。



「はい!静かに、朝の会始めます」


そう言い放たれ、ざわついていた教室は静かになり、先生の言った通り朝の会が始まった。


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「……おかしい」


昼。給食を食べている時にふと言葉に出てしまった。

周りを確認するも、誰も気づいていない。あるいは、独り言と思われ気づかないふりをしてくれてるか……


まあ、誰もこちらを見ていないと言うことなら、どっちだって良い。……いいや、良くない…………



奇妙だ……いや、神妙と言うべきか?


優多は、給食を食べつつ今日の朝の事を振り返って頭を抱えたいた。


意味のわからない謎の光と、謎の記憶の殴り込み。なにか、重要な事を伝えようとしているのか?


「あの、佐藤さん」


優多は、一人じゃ考えきれなくなり人にたろることにした、そこで最初は隣の佐藤に聞いてみようと声をかけてみる。


「おう、どした優多?食事中に会話は、厳禁だって自分で言ってなかったか?まあいいや」

「すみません。少々気になることが午前中。詳細には朝、起きた時の話なんですが……」

「起きた時の?」

「はい、人の身体って光るもんなんでしょうか?」

「……はあ?」


あまりに唐突な話題に佐藤は困惑の顔を見せる。

予想はできたものの、やはりもっとねじり捻って話すべきだったと、後悔している……


「変なもの食ったんか?優多。なんかいつもと違うぞ?なにかあったのか?」


そう横から言って来たのは、佐藤の隣の富美山だった。

だが、佐藤の後ろにいた真司が、


「はっ、どうせなんかの冗談だろ?笑えないしつまらないから」

「すみません。でも笑えないのも事実です。本当に起こった事なので……」


その言葉で、そこら一体の雰囲気がガタ落ちした。そこで、優多は初めて気付く。


ノープランに成功はない……と、


なにか、話を立て直そうとなにか話題を考えるがあまりにも失速していったスピードが速かったせいかすぐには何も思いつかず、どこか居づらい空気を感じた


「……あるよ」


『え?』


その声に皆はその者の方へ顔を向けた

皆の視線の先は、またもプレシャス・イオナであり、確信持った表情である。


「ライティングマナ現象といって、身体の中を流れる精力、魔力、妖力、神力が高まって、その際活性化して光だし体液中や血液中を暴れ回る」


その時、この場は深い沈黙に包まれた……

だが、この意味のわからないプレシャスの理論のおかげで一つ確信を持てた。


それは、なにかが変わってしまうかもしれないと言うこと……


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「今日は小さな冒険でした……」


いつもより賑わってるように感じる昇降口で一人静かに口にし、一人寂しく帰る。

いや、今日は一人じゃない……


「……一緒に帰ろう」


そう寄り添って来たのは銀髪碧眼の転入生プレシャス・イオナだった。

多分、皆んなからの質問責めから抜けて来たのだろう。

僕が靴を取っているとき、プレシャスの周りには、人が集っていた。


「珍しいですね。僕と帰りたがるなんて」


何気なくそんな何も考えないで、発した言葉。今頭の中に浮かんで何も決めずに言った言葉。

だがそんな質問にプレシャスはニヤリと笑い、


「……だって、君能力を持った超人でしょ?」


そう答えた。

何を言ってるのか良く分からなかった。神妙だな……


「悪いですが、どう言うことでしょうか?貴方の言ってる事が良く分からないですが?能力?そんな物アニメでも、ライトノベルの主人公や世界でもないのに持つわけないでしょう?」


当たり前を当たり前に答えた。そのことにちょっと違和感を覚えつつも、優しく笑って返した。

だが、プレシャスの表情は変わらない。

優多には、逆にそれが少しだけ怖く恐ろしく感じられた。


「例えアニメやライトノベルではなくても、世界は繋がっている。それを例に今からこの住宅地を壊す事が出来る」

「やめなさい、ここは僕が住んでいる街ですし、それに壊したら貴方責任取れるんですか?貴方がなにかしたら最も迷惑を被るのは被害者や貴方の親なんですから……後先考えて行動しないと後で心身ともに貴方が痛い目にあいますよ?」



プレシャスは暫し驚いた表情のままだった。まさか、同級生に怒られると思ってもいなかったのだろうか?

馬鹿馬鹿しいくだらない冗談だ。

だが、そんな冗談にも正論を通すのは、また優多が持っている世話焼きの性格の象徴。

天然であるのか、どんな話題にも冗談に気づかない事から、普段あまり誰とも話せない。


「……冗談だって、行こう」


プレシャスは、何か不満そうな態度で優多を先導していった。

表情は、さっきと変わって無表情に戻っている。

そこで、優多は気付いた。


ーーん?ちょっと待て来たばかりでまだ道知らないんじゃないか?


そう思い改まってプレシャスを見てみるが、別に迷っている気配はなく、むしろここ付近に住んでいても分からないところまで知っているような雰囲気で、

そっと胸をなでおろした。


ーーなんだ、知ってたのか……


「まだ来たばかりだと言うのに良くここら辺の道が分かりますね。事前に調べて来たんですか?」


微笑んで、聞いてみるとプレシャスは無表情のまま


「そうだね、昨日覚えた」

「昨日!?」


記憶能力が凄いのかそれが彼にとって普通なのか……良く分からないが、彼はそれを言って自慢することもなくただただ普通な態度のままで、


「昨日覚えたなんて凄いですね……」

「えっ、凄いの?ここらでは普通のことだと思ってた。この都市の半分は把握できたかな?」

「半分!?」


またも、信じられない言葉が彼の口から発された。

昨日、この都市の半分を覚えたとなると、もしたら明後日ぐらいからは、端から端まで地理形状や建物すべて穿鑿し出すのではないのだろうか……


「とにかくいい街だね。山もあって川も綺麗で街も大きくて……」

「そう言われれば、気付かなかったです」


自然に包まれているこんな大都市なんかに住んでいた事に、改めて気付かされた。

近くに流れる川は確かに綺麗だ、山やそこらの道だってゴミはないし、空気も澄んでいる。都市の方面にはゴミひとつ落ちていない……


こんな望ましい社会環境の場に住んでいるという事になぜ今まで気づかなかったのだろうか……


「……そうだ、どうせ帰っても暇だから家まで付いて行っても良い?」

「え!?」


そう言いだしたのは、プレシャス。


「この後、何もやる事ないし……」

「いえ、勉強という物があるでしょう?」

「やるのめんどくさいから、やる事ない」

「……」


「はあ……」と頭を抱える優多に対しプレシャスは相変わらず無表情のまま願いを強いる。


「……お願い」

「どうしましょうか……」

「お願い」

「うう……」

「お願い」

「……わ、分かりました!分かりましたから両肩に手を置くのやめてください!」


「お願い」と強いる度に、肩への重圧がすごくなっていた事に優多はなんとなく恐怖を覚えた。


別に人が付いてくるのは、構わないがそれが転入生であれば別の話。

噂は、光のようにして一瞬に広がり自分の親のところへ行く。

そして夜はその話題になるのだが、あまり自分は転校生の事を知らないのでこちらも質問責めになるので控えておきたい。


だから、転校生が、付いてくるのは控えておきたいのだ。


だが、今回は付いて来てしまった……


「……ねえ、凄い山道に来てるんだけど……」

「あ、はい。ここら辺は親が買った山なので……」

「ほえー、家が山にあるんだ」


この街の二番目か三番目かに高い山。その山に建っている豪邸が僕の家。陣之内邸である。

まあ、それだけ聞けば凄い。と思われるんだろうけど、登り下りが歩きの分、ものすごい疲れる……


整備されていても斜面が歩きにとってはかなり急である。自転車や車ならまだしも、歩きだから……


「結構、疲れるね。後、何分ぐらい」

「ここまで歩けば後もうちょっとですよ。ほらあの掲示板が目印です。」


指差した方向にあったのは山の麓、陣之内邸に続く道路の最初にもあった町内掲示板である。


暫く歩くと、長く黒い門が見えて来た。

門の先端のツルツルに磨かれた石に『陣之内』と書かれているのが見える……


「着いた……」


着いたそこは大きく開けていて正面にその門がある


「待っててください。今、開けますから……」


優多はそういうと、門の一番端に行き、門を開け始めた。


「手動なのか、てっきり自動で動くのかと思ったよ」

「いえ、自動ですよ。ただ歩きの僕はセンサーに反応しないので手動で開けなければ入れないんです。よし、これくらい開けば大丈夫でしょう……良いですよ!」


手を振りオーケーの合図を出す優多に、プレシャスは一つ疑問が浮かんだ。


「……入って良いの?」

「え?入らないんですか?ここまで来て疲れたでしょう?休んで行ってください」

「紳士だね。じゃあお言葉に甘えてお邪魔させていただくよ」


そう言って、プレシャスは優多の山中にある豪邸、陣之内邸へ入った


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「それにしても、このクッキーおいしいね。マカロンも、自分で作ったの?」

「いいえ、父が職場でもらった物です」

「ふーん……高いところのお菓子かな?」

「多分そうですね」


客間。何十室とある一廓を借りて、優多はプレシャスをもてなしている。

高級で重厚感漂うテーブルの周りには、テーブル同様、重厚感漂う椅子、ソファが並べられている。

テーブルの上には美味しそうなお菓子が色々な皿に盛り付けられてあって、それをプレシャスが紅茶を飲みながら美味しそうに食べている。


「動じませんね」

「うん?」

「いえ、普通。こんな豪邸に来てそんな自由にしているなんて貴方が初めてですよ」


過去に優多は佐藤達を豪邸に呼んで今、プレシャスと同じ様な感じでもてなした事があるがそのとき、佐藤達はかしこまった様な態度でくつろぐ事もせずに帰ってしまった……


それとは、逆に今。プレシャスは高級感漂う3人がけのソファの真ん中に優雅に座り、脚を組んでいる……

すると、プレシャスは手に持っていたティーカップをテーブルに置いて、


「そろそろ帰る」


そう言ってプレシャスは、帰ってしまった……

呼び止めはしたものの、「大丈夫」の一言で行ってしまう。

そして、静かに沈んだような……

まるで、電気が消えた薄暗い部屋のような寂しさと物足りなさである

そんな部屋に優多は独り、寂しく突っ立っていた。

ふと、机の上に置かれた、かつてプレシャスをもてなすためにお菓子を乗せた平皿をみる。


驚くことに、全てのお菓子が綺麗に無くなっていた。「おお」と、歓声を上げた後、

食器を重ね。部屋を出て向かう先は、もちろんキッチン。


大きなシンクにおいて、引き出しから持ちだしたのは、ふきん。

それを濡らし、また長い廊下を歩いて先ほどの客室へ行き、机を拭いて、

今度は脱衣所に行き、木で編まれて出来た洗濯籠に入れる。

今度は、近くにある物置部屋に向かい掃除機を持って、またあの部屋に向かう……

掃除機をかけたら、今度は掃除機をしまって、折り返し、真反対のキッチンに向かう。

長い廊下を歩き、キッチンに立ちすぐさま先ほどの平皿含め、朝家族が食べた朝ご飯の食器洗に取り掛かる。

水は、ガス代の節約のためお湯にはしない。

そのため冷たく。痺れて痛く感じる……


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キュッと、蛇口の閉まる音が響くように聞こえ気分が心地よい。

脱力して、近くにあった小さな椅子に思い切り座る。

それから前屈みになって吐いた息を小さく切る。


『何やってんだろうな』


って、疲れたな、辛いな、誰かに頼りたいなって、支えてほしいなって……

ふと、昨日の母の言葉が脳裏に浮かぶ。


『有名な話だけど、人って漢字は支え合ってできてるの、だから頼るの。困った時は頼っていいの。本当に困ったのならば助けを求めるの』


ーー無理、無理だ。求められない、許されない……求めることを許されない……


「だから無理です」


声に出た。脱力しきった体と、身体、心の疲労に嫌気がさした……

振り返ってみても、まずこんな疲労を自我の身体に 侵すことになったのは、自分が誘ったからだ。自分が銀髪碧眼の不思議君を誘った。というよりは、許可したのが原因なのだろうか……?


そう考えるとやはり、自業自得にしか思えない。

それなのにこんなぐちぐちと何かを成し遂げたと思ってるのが、思い込んでるのが情けなくて嫌いになってくる。

それに、

そう考えるとプレシャスを邪魔者扱いしてしまった事に罪悪感を覚え、同時に申し訳なさも感じる……

そんな風に他人ひとを見下す自分が許せなくて、情けなくて、それが悔しくて……


ーー結局?、結論?僕は自分が嫌いなのだろう。そして、許せないのだろう。僕という存在が。


馬鹿なんだろうなあ僕って。


白く、まるで優多にだけ色がなくなったような。そんな風に白くなった頃。

残りの家事をしなければならないのと、反省文を書かなければいけない事が、

帰宅した弟達の元気な声と共に思い出された

白く染まったそこが色を取り戻し始めたように優多の温度が戻ってくる。


だが、目に元気がない。


ドタドタと、元気に廊下を走る弟達が丁度あげた顔の横を通っていくのを見た。


「あ……た、太陽さん!宇宙さ、」


『あ』と、思わず言葉が切れた。詰まるように止められた。


敬語だ……なぜ、敬語、


年下にまでなぜ敬語、


なんで、


ダメだ……


無理だ、


僕はなんで……


今の僕はどんなところに、


どこにいる。


どこにいるんだ……?



一瞬、ほんの一瞬の出来事。

気の迷いが生じた。一瞬のうちに沢山の言葉が頭を滝のように流れていく。


それから穏やかな川の流れのように、一瞬だったその時の空間も、いつしか気づけばゆっくりと、いつも通り、普通に、なっている。


なっている。


ーー成っている。


深く考える……

なぜ、こんなにも辛い事を考えるのか。幸せなんてない。ならば辛いとは言えないのかもしれない。


辛いに一本足せば幸せになる。


だけど、今の僕にある状況。思えば、幸せになる為に必要なその『一本』がない。

ならば僕に幸せなんてものはない。

表には裏がある。裏があるから表がある。

表や裏がないのに裏や表ができるわけがない。

反対のことが成り立たなければそれは、無いという事になる。


だから、僕には『辛い』ではなく、『苦しい』が似合うだろう。


「おにい、どうしたの?」


聞こえたのは、綺麗に重ぶった声……流石双子とでも言っておきたいほどその声は綺麗に重なっている。声調や声質も似てるのでそんな華麗に重なるのだろう。

その声がする方向。太陽と宇宙を見ると、二人とも心配そうな顔でこちらを見ていた。

そんな二人に優多は笑顔で、


「いいえ、大丈夫ですよ。手は洗いましたか?」

「うん洗ったよ!」


太陽が元気に手を上げながら返事をくれた。


「宇宙さんは、洗いましたか?」

「うん」


コクリと頷き、そして二人は、すぐその場を駆けて離れ、自分たちの部屋の方向へ向かって行った。


優多も、椅子から立ち上がり身体を伸ばして残りの家事を済ませる為また、動きだした。


「さてと、頑張りますか」


忙しい忙しい、家事作業の幕開けだ。

そしてやっと一歩目を踏み出し歩きだしたーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…………」


ーー朝


今日は、身体が倍重く感じた……

まあ、当たり前か。

昨日、家事の内容が普段よりハードだったから、そのせいだろう……


だが、なんなのだろうか……

怠さで感じるような重みではない。

背中が、頭が、肩が、腕が、手が、脚が……


体中が重い。

そして、動かしにくい……


フラフラと、ベットから出るも自身の倍重く感じる体重に自身の脚が耐えられなかったのか、


バンッ


と、音を立て身体の真っ正面からこけた、と言うよりも、『倒れた』。

立てかけてある物が、例えばその立てかけた棒があってそれをチョン、と触ると、パタンと倒れるように、比喩ではなく棒のように倒れた。


「いっつ……え……?」


自身の痛みを小さく嘆きながら、重い身体を必死になって起き上がらせこけた方向から後側に腰を下ろした時、ありえない物が眼前に広がっていた。


ーー畳が深く潰れている。


全然理解できなかった。

畳は傷んでないはず、それに人間が倒れたってこんなはっきりと、人型に凹むわけない……


1cm〜2cmほど深く人型にはっきりと凹んだ畳をジッと見つめるも、優多にはよく分からない。現状をよく理解できていない。

ただ、“それ”を見るまでは……



ーーよくわからない。


ーー何これ、


ーー怖い……


ーー何が起こっているんだ。


「!!」


今、突然。

ググっと尻が下に沈むような感じがして、驚いて自分の尻を見る。そしてまた、驚きを感じると共に、無理矢理何かを知らされた……


また、深く畳が凹んでいた。

ぐわんと丸く歪んだように凹んでいる。


分かった、けども理解するのが怖く、恐ろしく、嫌で、

意味の分からなさで感じた恐怖を原動力に、身体を起き上がらせ、服を脱いで学校の支度をし家を出るため廊下を走り出した。

足を廊下に下ろす度、床が軋む。


この時、何もかも必死で、何を考えてたのかは自分でもよくわからなかった。

ただ、分かることは不可解すぎて、超常的すぎて、無理矢理すぎると言うこと。

前を見たくなかった。後ろも振り向きたくなかった。左右も上下も斜めの方向も見たくない……

それ以外の向きがあってもどんな向きがあろうと絶対その向きには見たくない。


ただ目をつぶって時間が止まってくれることを、ずっとこのままでいてくれることを願うばかりで………

どこかその向きを見てしまうと、見てはいけない何かが、見える気がするから……


ーーだから僕は、喜びも、笑いも、嬉しみも、苦しみも、辛みも、怒りも、悲しみも、哀れみも……全部全部無いような表情で、何も思えない、考えられなかった表情で走っている。


ただただ、朝ごはんも「行ってきます」の声も出さずに、よく分からないまま僕は走った。

走って走って……

山道の急な坂道でころびそうになりながらも、全力で、ーー何も考えず。ーー何も考えないように、僕は走り続けて、

ふと、周りの景色を見る。


「……」


が、それは、全く見たことのないような色褪せたような、元の色が無くなりつつあるような……そんな世界に一人、ただ独り。孤独であるように感じた……




ただ、何も考えず走った挙句。よくわからないし、見たことのないところに居るのに気づく。


「ここは……」


見たことのないところに来て、優多は焦り出した。

気付けば人混みの中に居て、押して押されのエンドレスだ……

人混みに流されながら、眼にしたのは、一つの看板。


『八葉北進駅』


この看板の字を見た途端。

優多の焦りは治った。


ーーここは、自分の住んでるところの何度も見慣れている駅で、周りには会社や工場が多い。そのため、人が多い。


はい、思考整理完了。


第一に本当に見知らぬところでなくて良かった。

それだと、学校に行けなくなる……


「うっ、」


グラッと今一瞬ふらつき、後方へ倒れそうになった。

そう言えば、体が妙に重いと言うのを忘れてた……

学校までは、そんな悲鳴をあげるほどの距離じゃないから大丈夫だろう……


優多は、ゆっくりと、歩き出したーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「や、やっと……ついた……」


ゼーゼーと息を荒くして優多は校門に立っていた。

ふと、校内に建っている立派なレンガの時計塔を見る。


「……え、」


優多が見た時計塔には、丁度8:00が示されてあり優多にまた焦りと同様の感情が生えた。

それは、身体中に走る寒気を感じとったときと、ほぼ同じタイミング。



恐る恐る優多は、重い体を苦痛にも感じながらうご校内に入る


遅刻をした恐怖とは違う視線を真後ろに感じる……

普段、絶対味わうことのない嫌で、気持ち悪く、忌々しく、ただただ恐ろしい雰囲気を見ないだけでも感じてしまう。

その正体は、優多が恐る恐る後方を振り向いたときにはっきりと、分かった……


「なんだよ、嫌なものを見る顔で死ね」


ーーDQNヤンキーだ、


今さっき、その感情にさせている正体が分かった。今、目の前にいる二人のヤンキーである。


「どけ、邪魔」


養豚場の豚を観るような、本当に価値が下の者を見るような目で、そのヤンキーは僕を睨んでいる。


きっと、脅しているのだろう。それか、本当に邪魔だと言うことを伝えているのか、ただ、悪口を言いたかったのか……


「ってか、お前……」


優多の目を見たとき、ヤンキーは口が裂けるような笑いを浮かべ、声色を変えて文字通り、目と鼻の先で、


「優多じゃん」


その名を彼から、しかもさっきとは違った声で言われたときは、身体の芯から震えが止まらなかった。

『怖い』とか、『恐ろしい』の一言では、表せないぐらいの恐怖。


一歩二歩、優多はゆっくりと、後ろに歩を進める。

すると、ヤンキーの方もグンッとこっちにそれに、前よりさらに寄って来た。


「逃げるの?よっわ、死ね」


グフッと、腹辺りに何か衝撃がくる。

強烈な痛みと共に、吐き気がやってきた。


ーー殴られた!?


いきなり殴られたのもそうだが、でも、物凄い力で殴られたから身体に十分な力が入らなかったのも当然のこと、

だから、足にも立つほどの力は入れられない……

2、3歩後ろにフラフラと、下がり。


ゴドンッと、大きく激しい音を立て倒れた……


「痛た……」


その声はかなり、小さくか細い声でいかにもダメージ食らったように聞こえる。

実際、滅茶苦茶痛い。

痛かっただけど、痛すぎて声が、叫ぶほどの声が出せない……

ここはコンクリート。さらには、ゴツゴツと砂利が剥き出しに敷かれて、所々亀裂が入ってガタガタである。


そんな悪路にいつもより倍重く感じる体重で倒れたらそりゃ痛い。

意識は、まだある。まだあるけど、この重い体を起き上がらせるには、苦労する。


カチャカチャと、起き上がる際に身体に付着していたコンクリートの破片が落ちる。

コンクリートさえ砕いてしまうほど今、自分の身体は重くなっている

と考えると、相当恐ろしい……


必死の思いで、立ち上がる。

ヤンキーは今の所、攻撃に出そうもない格好……


攻撃、交渉、逃げる、の三択が優多の頭の中に浮かぶ。

が、攻撃、交渉の二択はまず、考えられない。

通常の体調であれば、攻撃はできたかもしれない。だが、今の体調だと、この倍重く感じる体重のせいで戦う事はおろか、直ぐに殴り技や蹴り技を切り返せるわけがない。

そして、交渉。

過去に、別のDQNヤンキーと出会い、交渉をしたものの、相手は聞く耳を持たなかった。

だから交渉は無しだ。


とすれば、一番最後の逃げるが妥当な判断。

でも、大事なのはタイミング……

相手は、まだ、距離を詰めてきてない。一か八かだが、体重の重さを上手く使えばなんとかなる。

午前中はどうやって走ったか、よくわからないけど、やるなら今しかない。

思考を読まれないように、なるべく早く……早く……早く………………


ーー今だッ!


思い切り体勢を低くし、背後に振り向きながら、前に全半身をのめり出す。


ーーそして、思いっきり蹴り出すッ!


その時。ズブッと、

蹴り出した片脚が地面をえぐり足が深く埋まった


「……え?」


思わず体勢が崩れ、額を強くぶつけた。


ーーえ?何があった、何が起きた。一体全体何が起きた。何で、どうして、何故!


焦りは止まない。大きく開かれた目がそれを訴えている。

優多は、埋まる足を引き抜こうと両手で力強く引っ張る。

だが足は綺麗に埋まってそう簡単に抜けそうもない……

次第に優多の不安と、焦りが募ってゆく中その場に居合わせていた不良は、ニヤッと気持ち悪い笑でも嫌悪でもない顔で


「何やってんの?キッモ。障害じゃん」


ケラケラと笑うその顔が本当に嫌だ。気持ち悪いのとあとは、怖い。



その心の中の一言から自分のダメなところをまた悟ってしまった。

弱い。圧倒的に弱い。ちっとも強くなんてない。自分の欲しいものは、強さなのに……


『巡り廻って行き着く場所は何処なのだろうか?』


何度も考えた。

その上で、自分について考えて行き着いたのが自分の弱さである。

本当に悔しかった……

そのほかにも、

広くない心。尊敬する心の狭さ。何もかも決めつけてしまう自分の思考。何もできない自分。はっきりした答えが解らない。何もかもかっこつける自分の言葉。言ってる事が正しいのか分からない判断力の鈍さ……他にも自分の嫌な事がたくさん出てくる。




「おい」


重く怠くでも、冷たく。その声は刺さる様にあのヤンキーから発され、優多は顔を上げる。


「マジでキショイから、死んで?」


そう言って彼はポケットから何か銀色の楕円の輪を手に握り、反対の手で胸ぐらを掴み、上げようとはせずそのまま、輪をはめ込んだ手の方で、思いっきり頰を殴られた。

それも、外側へ流す様にでは無く。力が全部内側に来る様にだ。


冗談抜きで顔半分消滅したと本気で思うぐらいの衝撃で死んだのかと思うほど、

物凄い激痛が走る前に今度は、腹を打たれた。

先ほどの衝撃で上がった無防備の状態の身体でちょうどガラ空きだった腹を先ほどとおんなじくらいの力で殴られた……


「アガッ!グゥッグァアァァァアアアァ!」


そして二つ合わせて今まで味わったことのない地獄の様な痛みがやって来る。



目の前が歪む……と言うよりは、ぼやけている。

はっきりと視点が捉えられない。

くらくらと、頭が軽い様で。重い重い鉄球が頭の中でぐるぐる回る様に頭が重くなったり軽く元どおりになったりする。


未だ身体の重みは取れない。


ーーもう、動かしたくない。


呻くだけの痛みと、叫びたいが叫ばない痛みが自分を苦しめる。

ならいっそ、もうこのまま動かさず時が永遠に止まってくれることを祈るばかりだ。


グッと首辺りに何かが乗っかる。

ぼやけが覚めてきた目でそれに目を向ける。


「ア″ェ″」


見えたそれは紛れも無い靴だった。

ゆっくり、じっくり踏む力が強くなる……

優多が見た彼の笑いと喜びを含めた表情は極悪と残酷に満ちた気持ち悪い顔てある。



ーー痛い、重い、苦しい、息ができない……


「ガッ!」

「ブッ!アッハッハ!ほら死ね、苦しめ、早く死ね」


ーー息ができない……息がッ!息がアァ!


意識が朦朧とする中。優多は、 もがこうとしてももがけない苦しみを味わいながら、死を悟る。

抵抗しようにも、今の自分の状態じゃ何もできない。

それに相手は無駄に力が強い。


「うっわ、きっも。アッハ、本当に死んだんか?おーい?うっわきっしょ本当に死んでるしマジ笑える」


まだ意識はある。あるけどもうすぐで死ぬ。もがけない。体が動かせない。苦しい……苦しい……苦しいッ!


「ゔァ″ア″ア″ア″ア″ア″ァ″ァ″ァ″ァ″ッ″!」


苦しみの末無理矢理声を出して、出せる限り出した。

だが、よくなかった。それは、彼の反応を見れば良く分かる。

咄嗟に身体を回し捻って、腹めがけて思い切り殴った……


「グッフォ」


血が飛び少し短い距離だが、吹っ飛ばされた。

グッシャと、着地したと同時に身体の至る所から血が噴き出しその痛みに言葉にならない悲鳴を上げる。


ーー嘘だろおい……もう、こいつ人じゃねえ!


血を吐きながら、動かせない身体を無理矢理にでも動かそうと。逃げようとするが無理であった。

彼の今の表情に感情なんてどこにも無い、ブチギレて感情を表せられないのだろう。


「お前、ふざけんじゃねぇよ。つまんねえことしやがってよお。キレたは、お前本当に死ね」


そう言って、彼は動かない優多に対して、何度も何度も殴っては殴り続けた。


「お前何なの?早く死ねよ!」


とうとう、普通ではありえない優多の異常な生命力に苛立ちが生まれたらしい。

普通なら気絶どころか、本当に死ぬ。なのに優多はどんだけ殴っても傷は深まるどころか、増えてすらいないに感じる……


「もう良いわ」


そう言って彼は、ポケットの中から何かを取り出し、優多はそれを驚きの目で見る。


ーーナイフだ。


革のカバーを外し


「死ね」


そう言って、仰向けになって倒れる優多に向け彼は両手で握り、そしてナイフを振り下ろす。


ナイフは、心臓一直線。


「へ?」


だが、

ぐったりと、未だ動くことすらままならない。

のに、何故かこの時。身体が勝手に動いた。

動かそうとしても動かなかった、重くて持ち上げられなかった腕が何故か、重く感じるどころか、普通に感じる重さまで感じない。


ーーまるで、急所を守る様な……


キーンと鋭い音が聞こえて同時に眩い光にその場は、包み込まれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ゔぅ」


何が起こったのかと、頭痛を我慢しつつ起き上がると、

そこには、自分と倒れている彼を中心に人集りが出来ているのに気がつく。

だが、何故だろうか、見ているみんなの様子がおかしい。

皆が皆同じ表情。驚いている。


「僕は……」


夢でも見ていたのか?

記憶は全て鮮明に残っている、多分。


「……あれ?」


ーー血が……ない。


ふと、腕に目を移したとき、ある異変に気がついた。

豪快に骨まで見えるほどの大傷を負ってあったはずなのに…なのにない。

それは恐ろしくもあり、プラス思考、ポジティブに考えれば幸運や助けと言うのだろう。でも、折れ曲がっていたはずの関節が治っていたとなると、もう現実から逃れたくても逃れられない様な気がした。


もし、現実という檻から逃げれたとするならば現実という警官に捕まりまた、現実に放り込まれる様なものだ。


みんながみんな驚いている。でも、よくよく見てみればその驚きには、恐怖が混ざっている。


360度周りを何度も見回す。

誰も、そんな顔をしていることにだんだんと自分も恐怖心が芽生えてきて、逃げたくなった。逃げなくちゃダメだと自分に言い聞かせる。


皆の目線が恐ろしく、嫌で、怖い……


立ち上がった瞬間ある事に気がついた。

フラッとバランスを崩し、優多は倒れる。


ーー身体が……重くない。やったあああ!身体が軽い重くない。やった!やったあ!


何が、どうなっているのかわからないが、とにかくよかった。

あの地獄とは、おさらばだ。

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