想像×創造 〜Monsters not visible to everyone

蜜柑 猫

第1話自分なりの理由

優しい陽の光が窓から入り、

それまで暗く、冷たかった部屋が、明るく、暖かい色にそまり、


『朝』を感じさせられる。


ーーッ!


閉じていた瞼から明るい日差しが入り込み、僕。陣之内 優多は起きる。

欠伸あくびをして、背を伸ばし、目をゴシゴシと擦って目を覚ます。

しばらく、上半身を起こしたままの状態で、彼は大きなベットの上でぼーっとしたまま動かない。



ふと、ベッドの横にある机の上の時計を見た。

時針、分針に加え、秒針がついているアナログのミニ時計。



「ーー6時……」


正確には、午前6時7分12秒。


時間を確認すると、彼は静かにベッドから出て出入り口に向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そこそこ大きな大理石でできた階段を降りると、朝からはしゃいでいる双子の弟、太陽と、宇宙そら、椅子に座って大きな長テーブルで一人コーヒーを飲みながら新聞を読む父。すぐそばにあるカウンターキッチンで、朝ごはんを作る母。


「おはようございます」


階段を降りるとすぐに彼は、父と母に向って言った。

僕の父は、とあるIT企業の社長で、母もまた、とある有名な建築会社に働いており、副社長である。


そんな、家系で生まれ育ったからか、親にも敬語で、もちろん身内の人にも敬語で話す。

それに、長男という立場もあって、より厳しい環境で育てられた、ためか親の理想図と化してしまっている。



「ああ、おはよう優多。昨日のテストはどうだった?」


自分の挨拶に早速応じ、問いかけたのは父であった。が、

言葉一つ一つ冷たい。いわゆる塩対応というやつで、自分のこというのに愛想が全くない。だが、弟達には物凄く甘くて……



まるで、『モノ』にしか思われてないような感じで、物凄く悲しく辛い……毎回のように心に痛みを感じる。


「国語、数学、理科、社会、英語。全て60点以上70点以下です」


その答えに対して父は、「そうか……」と一言だけで、後はそれに関して何も言わず。

新聞を四つに畳み、


「母さん、ごちそうさま。じゃあ行ってくる」


と、背もたれにかけてあったスーツを腕にかけ、バッグを持ち、玄関の方へ消えていく父の背を見て思うことは何もない。

「居なくなってスッキリ」だとか、「心が休暇に感じなくなった」とか……そんなものは一切感じない。



家族、ただ一人。僕だけを除いて全員は、父の見送りに行き、独り。キッチンに置いてある母が作った朝食を、父の座っていた場所の反対側に持って行き、


独り、静かな空気の中。朝食を済ませる。



食べながら、二学期が始まり、約1週間経ったする事を自覚する。


考えて見れば、楽しいのか、辛いのか分からない日々である。

学校のクラスの人達と笑いあったり泣きあったりした思い出が脳裏に浮かび、映像と化し一瞬にして流れていく。


こんな事を考えれば我が身に血が通り生きている事に少しでは、あるが幸せを感じる。


ふっと、優多の顔に微笑みが表れ、それに同調するかのように、

部屋の窓全てから、太陽の陽が著しく差し込んでくる。


急に部屋が明るくなった事に優多は、食べ物を飲み込んだあと、思わず口を開け、その幻想的な景色を見た途端に固まり

その数秒間と短い間、じっとその景色を瞬きをせずに見つめていた。


その時、優多の表情はどこかホッとしたような柔らかい微笑みで、安堵のため息を一つついて背もたれに体重を乗せていた。

その時、軋んだ椅子の音もどこかこの状況に流されたかのように安心を感じさせる音であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


朝ごはんを食べ終わり、向かった先は洗面所。

歯ブラシをとり歯磨き粉をつけ、歯を磨く。そしてその次は洗顔液を手につけ、泡を立たせ顔につける。

蛇口を捻り、暖かい水で泡を流す。


「よし、これくらいかな?」


ポンポンポンと、水を吸い取るようにタオルで軽く叩きながら、鏡に映る自分に、問いかける。

無言のままうなづきながら、タオルを洗濯カゴに投げ入れ自分の部屋に向かおうとしたその時。


ふと、ある物を見た瞬間。全身から冷や汗が吹き出た。


ーー6時27分。


洗面台の時計を見て、優多は焦ら始めた。


今日は火曜日。必ず6時35分には家を出なければ学校には間に合わない


ーー急げ


今優多は、自身の体はまるで、『焦り』だけが体を動かしているように思えた


ーー急げ急げ急げ!


『ダンダンダンダンダン!」


大きな音を立てながら階段を駆け上がり、大急ぎで部屋に向かった。


部屋に入るなり、早速クローゼットの中をぶちまけた。

ズボンやシャツが宙を舞い、あっという間に部屋は、洋服で散らかり、ところどころ山ができている。


「あ!あった!」


そう言う優多の両手には、制服のズボンとYシャツが握られており満面の笑みでそれを見ていた。


ーーこれで学校に行くまで、ちょっとであるが余裕ができた……


そう考えると優多は、心の底から安泰な気持ちになり、微笑みを浮かべたように、顔に出てしまっていた。



体操着を着てその上に、Yシャツ、ズボンと着て行き。

一年から使い続けているスクールバッグを肩にかけ、

陣之内優多はーー今、家を出る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ガヤガヤと賑わいを見せているこの場所は、

八葉南中学校の昇降口。

委員会活動や生徒会活動。部活動の部員。すぐ近くにある職員室に用のある先生や生徒達……

そこらを走り回っている者や、先生に注意される生徒もいる……


優多が学校についた時間は、ちょうど昇降口付近が忙しくなる頃。


だから、

普段ーー部活の朝練部員達よりも早く登校し、机に問題集を広げひたすら自習をしている優多は、


見たことのないこの光景。今まさに実感しているこの光景を見て、

新鮮な気持ちと緊張の感覚を同時に受け、複雑な気持ちでいっぱいだった。


ただ、こちらを見て珍しそうな顔でこちらを見る者も所々見受けられ、少し居づらい……


優多は目線を少し下にずらし、靴を下駄箱にしまって上履きを取り出す……

長年やってきた動作であるが、ここには優多のきちんとした性格が出て、靴は、丁寧に踵が揃って手前の方に綺麗に並んである。


ーーそれに優多のだけではない。


全ての靴が綺麗に踵が手前の方に揃ってある。

これも、彼が一年の時。頼んでもない人の世話をやってしまう癖が出てしまい、

1時間目が終わるとすぐ下駄箱に行き、全生徒の靴をやれるだけ綺麗に並べていた……


この行動のおかげでこの学校の全生徒は靴を綺麗に並べるようになった。


それに、靴並べだけではない。


体育の時間の前や美術、技術の時間の前、制服を脱いでジャージや体操着なので外や体育館などに行くが、その時脱いだ制服が机の上に置いてものの、女子であれ男子であれ、畳んでいる者が少なく。

机の上で無惨に散らばった制服が目立って仕方なかった。


そのため、優多は見て居られなくなり男子の学ランや女子のセーラー服……

皆の制服を綺麗に大きさ均等に畳んだ


そしてまた、その行為を見たクラスの皆は徐々にたたむようになり、今では皆制服を……

畳み方はバラバラではあるが畳んでくれている。


他にも、優多の欠かさない礼儀作法や人との丁寧な接し方に、学校のほとんどの人は、優多までとは言わないがしっかりとした人になっている。



このように優多はこの学校を今までよりも、良くした凄い人だが、そんなことは誰一人として知らない。

事は、ポンポンと人から人へ移っていくため、優多の事を知らなくて当たり前だ。

当然、これは彼ーー優多の自己満足に過ぎない行為。

なので、当然彼も自覚はない。


未だにガヤガヤと騒がしい……

優多は左右両方に配置されている7クラス目の教室目指して、うるさいが、決して無くなって欲しい訳ではない。


そんな気持ちで優多は一番奥の7クラス目、2-5のドアを開け、座ったり出歩いたり……。本を読んだり話していたり……。

その様な二年五組の風景を見てから、優多は手を横に添え、頭を丁寧に下げ朝の挨拶をした。


「おはようございます」


その優多の堅い挨拶にクラスの皆は、「おはよう」「おはようございます」と、一人一人から返され、ふっと微笑みが浮かぶ。


変わらず背筋を伸ばしたまま、自分の席へ向かったーー。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時は午後7時15分。

優多は、家族と一緒に夕食を食べていた。

今日は久しぶりに家族全員での食事に、弟二人も楽しそうにご飯を食べている……

いつもなら母親か父親、または両方が仕事の都合で居ない時が多いため、弟二人と食べることが多い


「ねえねえ!お母さん!今日、テストで100点取ったの!」

「あら〜凄いじゃない!」


太陽の話に母の顔に笑顔が浮かび、満面の笑みで話す。

続いて宇宙が、母に


「宇宙だって今日のテスト100点取ったもん!優多おにいよりも高いもん!」

「そうね〜宇宙くんも頑張った頑張った!」


このやり取りに、僕は少し心を痛めた。

とうとう、弟の台になる日が来るなんて思ってもなかったという事。


ーー全然嬉しくない。


そう思いながら優多は静かに、夕食のステーキを食べていた。が、

急に太陽が、


「そっか〜僕はおにいよりも頭がいいんだ〜」


なんて事を言いだして、ちょうど飲んでいた水を吹き出しそうになり、噎せた。


弟二人と、母から心配の声がかかり、反射的に広げた手を前に出し「大丈夫です」と優多は噎せながら対応する。


『優多』


優しい母とやんちゃな弟達の楽しい空間を豪快に破くようにその声が優多の鼓膜にしっかりと響き、 前方に座る父親の方へ向き直る。


「朝の事、点数について問わない。ただ、がっかりだ」


そう、父は呆れたように言う。

対して優多は、落ち込んだ表情でそれは身体にも出ており、肩をすくめ今にも泣きそうであった、


「だいたいなんだ、今になって態度は……男なのに泣くのか?」

「お父さん、優多も日々勉強して疲れているんですよ」

「母さんは入らなくていい。それに勉強ということについては触れていない。今は、優多の態度の話をしているんだ」


その父の言葉一語一語、重く怖かった。

意味なのではなく、単なる威圧だ。目つきが鋭く、どんな時でもムッとしている。


「何か言わないのか?」


急な問いに、優多は顔を上げ「えっと……えっと……」と、あたふたしてしまう……

そんな態度に父は不満そうに息を吐き、目つきをいつもより鋭く、こちらを睨み


「……もういいっ!また今度だ、今度反省文を書いてこい。話はそれからだ」


椅子から思い切り立ち上がり、ドアに向かいながらそれを強く言い聞かせるように言い放つ。

「いいな?」と、ドアの前に立った時問われ、咄嗟に立ち上がり、思い詰まった言葉が溢れ出すように発す。


「あっ!あのっ……」


ん?と、振り返り睨みつけられ、優多は後退しそうになりながらも、勇気をだして続けて言う。


「はっ、反省文!反省文はいつ……いつ出せばいいのでしょうか?」


その言葉に父はまた不満そうなため息をついて、怒り口調で、


「そんなの今日中に決まってるだろうが、」


と言って、ドアをバンッ!と閉めて、その向こうへ消えて行った。

父がその場からいなくなり今までの緊張が緩みその時、ふっと母の顔を見る。

父の隣に座っていた母、立っていて父が出た扉をじっと悲しくもあり、苦でもあった表情だが、奥で何かつっかえたかのような複雑な感情を感じさせた……



ーーットン


その奥から微かに聞こえた襖を閉める音が聞こえると

さっきまで立って見つめていた母はドアから優多に視線を移し変わらない表情のまま、


「優多……あとで話があるから食べ終わったら、私の寝室に来なさい」


優しい声。

ーーだが、母の表情は変わらないままであった。



母は、そう言い、

「太陽、宇宙。食べ終わったからご馳走様して、お風呂に入りましょう」


その言葉に弟二人は元気よく返事をし、母と共に部屋を出て風呂場へ向かう……



一人残された優多は、途端に元気のない表情に変わった。

静かに、皿に盛ってある残りのおかずと白米を食べ、食べ終わった全員の食器を重ね。

キッチンの流しにそれを置き、今度はスポンジを持って皿洗い……


夜ご飯の皿洗いは優多の仕事。他にも掃除、洗濯、料理は、優多がやる事になっており、

一日中、学校を抜くと大抵は家事だ。


だが、優多は嫌とかめんどくさいとは思っていないらしく、

自分が育っているのは親のおかげと言う理念が優多には備わっている。

だから、むしろ優多は親の為に何かできることを光栄に思っている。



「……あ」


泡まみれの皿が滑り床に落ちて、ガシャンと大きな音を立て割れた。

身体の中の中から指や足先まで寒気が走る。


「あ……あ……これはヤバい……」


はっきりと言葉にした時。風呂場から「どうしたの優多〜」と聞こえ反射的に身体と口が動いた。


「大丈夫です!何も起きてませんから!」


などと大声で言いながら、透明で厚い袋を持ってきて割れた皿の破片を入れる……

軍手は、見つからなくてまあいいかの理念で持ってこなかったため、素手で破片を一枚一枚気をつけて丁寧に袋に入れる。

なるべく音を鳴らさないように丁寧に慎重に袋に入れていく。


元々優多の身体は、頑丈面で生まれつき強い。そのため割れたガラスの撤去作業や、先が鋭いプラスチックの板を素手で鷲掴みしても跡や傷が残らない。

だが、今回ばかりはそううまくいってくれなかった。



「……イッ!」


ヒリッと人差し指に鋭い痛みが走る。

見てみると、横一文字。人差し指の指先からダラダラと出血している……

それを見て優多はたちまち恐ろしい意味で目が覚まされた。

今まで転んだりぶつけたりしても痣や単なる痛みにしか感じれなかったが、

生まれて初めて、自身から血が出てくるのに動揺を隠しきれなかった……


「……ヒイィ!血だ!血だああっ!痛い!痛い!」


感じたことのない痛みに思わず震え上がり、

必要以上の恐怖が優多を追い込んでいく。

ジリジリと痛みを感じる神経が敏感になっていく……


「どうしたの!優多!」


ダダダッ!と、慌ててこっちにきたのは、寝巻き姿の母であった。

僕は何よりも先にただ染まりつつある負傷した人差し指を含む手のひらを見せつける。


「血ぃ!痛いです!血ぃ!」


動揺を隠しきれないまま手の出血を見せつける。

身体はガクガクと震える。


が、母は安堵のため息をついて、「見せなさい」と、血まみれの手を掴み、もう出血が収まっていることを確認すると、優多を立たせそのまま流しのところへその手を差し出し、

キュッキュッキュと、蛇口を回す音が聞こえ、何をしているのか謎としか思わないの優多だったが、

次の瞬間、傷の部分に思いっきり水道の水がかかり……


「……ギァアアアアアア!」


その瞬間、言葉にできないほどの痛みを感じる……

そして、十数秒程が経過したころ、

痛みが麻痺して何も感じなくなるくらいになるくらい水にさらされた後、

近くにあったティッシュを何枚かとって傷口やその周りを優しく拭き、

そして、近くの棚にあった救急箱からカットバンを取り出して、人差し指の指先に貼り付ける……


「よし、優多。これで大丈夫よ。でも……お皿が割れたらお母さんを呼ばなきゃダメよ?絶対に」


流れるような作業で何がなんなのかが、さっぱりわかんなくてキョトンとしている優多は、処置された指先を見て、笑顔で


「はい!」


と、答えた。


「それにしても……」


と、優多に向き直り優しく母はにこやかに微笑みかけ、

そっと頭を撫で、


「頼っていいのよ、困った時や辛い時は、一人では解決できないんだから」


母の優しい笑みと一つ一つの言葉に、

優多ひびが入っていた心は、完全に治りはしないもののゆっくりと癒えていく感じが直に伝わってくる。

だが、同時に否定的な感情も、込み上げてくる。

だからーー


「で……ですが……」


不意に優しく撫でていた手が、先ほど怪我して絆創膏を貼った方の手に行き絡まりながら上に持ち上げられる。

そして、母は


「有名な話だけど、人って漢字は支え合ってできてるの、だから頼るの。困った時は頼っていいの。本当に困ったのならば助けを求めるの」


その言葉は強く胸に響いた。そして、刻まれた。



時は刻々と過ぎていくのを実感するが、そんな悠長に時間を過ごしていられない。

母の言葉に聴き惚れていた時、ふとさっきまでやっていたことを思い出して、


優多は、はっとする。


「あ……洗いも」

「今日は大丈夫」


傷のため一休みしすぎたため忘れていた洗い物に手をつけようと、泡のついたままだった皿に手を伸ばそうとした時、

横から母の優しい声が聞こえ、同時に手を止められてしまった。


「でも、洗い終わっ」

「今日は私からやるから、優多はもう早めに寝なさい。きっと疲れていたのよ、手を切ったのもそのせいかも知らないから今日はゆっくり身体を休めなさい……」


ガチャガチャと、皿と水の洗う音が静かにそこに響く。

優多は母が洗い物をする姿をみて、たまらなく申し訳ない気持ちであった。それは、顔にでるほどに……


「気を使わなくて大丈夫よ」


蛇口を閉めて、手を拭きながら母は背を向けたまま言う。


「頼っていいって言ったでしょ?」


優しい笑みで母はこちらを振り返り、

手を拭いたタオルを畳んでカウンターの上に置いて、


「優多は本当に優しい子ね。顔が嘘をつかないもの」


泣きそうな、でも嬉しそうな誇ってあるような……そんな目で母は僕の頭を撫でながら言う。

そこそこ高かった母の背に、もう追いつこうとしている優多の背。


「大きくなったね、優多……大丈夫。何があっても大丈夫。優多のその優しい性格が根拠だけど、大丈夫って保証する。何があっても大丈夫って」


その言葉に優多はただただ何も言わず首を振るだけだった。

ーーありがとう、ありがとう。と


ただ、一つだけ気になること。それはーー


「でも、反省文は……」

「私がお父さんに言っておきます。明日に回してもらうように、と」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夜になって、冷えた廊下を歩く……

現代的な和洋折衷の豪邸で、所々和館のような洋館のような家である。

重々しく、落ち着いた色の木の廊下。

壁は、波の模様が所々入った漆喰の白壁、下の方は、ガラスと明るい木枠、竹模様の入った障子で出来た小窓がある。


タン、タン、タン……


自分が踏む足音がその場に連続して短く響き、はっきりと、聞こえる。

それくらい周りは静かである。


続いて壁沿いに置かれている行灯がほんのりと辺りを優しい光で照らす。


ーー和洋折衷の豪邸の最南端。僕の部屋。


襖を開けて、畳の匂いが漂う。

飾って生けていた花瓶を盛大にこぼしてしまって、畳を変えたばかりなのでまだ新鮮な香りが部屋中いっぱいに広がっている。


この部屋に不向きなキングサイズの天井付きベットの横に置いてある大きくて低いデスクの上にあるスクールバッグを持って明日の用意に取り掛かる。


さっと、明日の授業の用意をして、電気を消す。


部屋が暗くなったその瞬間、窓から月明かりが差し込む。

レースカーテンを通ってまで月の光が揺れるように写っている。


朝とはまた違った別の意味で幻想的だ。

簡単にいうならば、朝は神聖であり、今。夜は神秘だ。

思わず、窓の方に引っ張られるように歩み寄り、窓を開けて、身を乗り出して夜空を眺める。


「……わぁぁ……」


黝の空には、埋めつくすほどの満点な星空がそこには広がって、

その美しさに思わず声が漏れ、自然と笑みが浮かび上がった。


なんて綺麗な眺めなのだろうか。


今、独り。この夜空を自分の物にしているようで、嬉しい様な、誇ってる様な……そんな気分であった……



「……ふわぁ、……」


不意に眠気が差してきた証拠に欠伸が出た。

うとうとと、瞼が重くなり今にも寝てしまいそうで、その気になってしまったら、乗り出した身がそのまま外に落下してしまうだろう。

うとうとと、よろよろとふらつきながらも、窓を閉め、大きなベッドに向かい、無事、ベッドに横になれた。


スーッと眠気が強くなって瞼が自然と閉じて行き、眠りの感触に触れるのを実感する……

そして、


ーー今、自身が眠りについた事を自覚したのは、朝目を覚ましたときであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る