狂心少女パラノイア②

「気が付かれましたか……!」


 意識が覚醒した直後に目に入ったのは私の顔を覗き込んでいる部下達の姿だった。明らかに安堵した様子の彼らの内の何人かは慌てて部屋を飛び出していく。

 そこでようやくベッドに寝かされているのだと気付いたが、体を起こそうにも上手く動かな……というか、ふむ。あるべきものが無いような気がする。具体的には、腕が一本。


「何の騒ぎかね? どうにも、ここは私の部屋ではなく医務室に見えるが」

「っ、それは! こちらの台詞です! 一週間もお目覚めにならなかったのですよ!!」


 その言葉で思い出す。気の所為ではなく、私の右肩より下は本当に失われているのだという事実を。そして、その理由も。


 部下達曰く、くだんの村の緊急信号を受けてそれなりの数が出動したらしい。

 そこであの惨状を目にし、血の海に伏す私を発見したと。前後の記憶が酷く曖昧だが、出血が原因で意識を失ったようだ。

 その後、組織に連れ帰られ処置を受け、一週間も高熱に魘されていたというのだから驚きだ。それを口にすると「死ななかった方が驚きなんですよ!? 分かってますか!?」と怒鳴られたのだが。

 しかし彼らはすぐにバツが悪そうな顔をすると、さっと跪いた。


「その、切断されていた腕の方は……どうしても繋げることが出来ませんでした。処分は、お受け致します」

「む? ああ、あんなもの。別に構わん。思わぬ収穫もあったからね」


 あんなもの!? と全員が一斉に目を剥いたが、知った事ではない。その程度でいちいち部下を処分していてはキリが無いのだ。表情に疲労が色濃く見える彼らはこの一週間、私が死なないように尽力してくれたのだろうし。これで部下を罰したとなれば醜悪な暴君の完成である。

 ……余談だが、私の反応があまりに淡白であったせいで「熱に浮かされて水城様は気が触れられたのだ」「いや、元からでは?」「それもそうか……おいたわしい……」と失礼極まりない噂が流れるのはもう少し後の話だ。


「──というか、そう、収穫だ! 私の腕などどうでも良い!」


 重大な事を思い出した私はガバッと起き上が……ろうとしたが、やはり思うように体は動かない。枕元に立っていた部下に目で訴えると、彼はすぐに察して私の体を起こした。

 慣れるまでは日常生活もままならないな。そう思いつつも私は残った左の人差し指をビシリと部下達に突き付ける。


「あの場に私の他に鬼……ではなく、青年が一人いただろう! あれはどうした!?」


 あれはもう私の物にすると決めたのだ。いや、既に私の物だ。逃がしたとなればそれこそ処罰する可能性すらある。


「あ、ああ……あの、魔力が枯渇して倒れていた若者でしょうか?」

「何分、素性が分からなかったのと……状況から見て水城様を害した者だとの可能性がかなり高かった為、さっ、最低限の魔力だけを与えて、一応、独房に放り込んでありますが。その、目覚めたのもつい先刻だと報告を受けています」


 百点満点の回答である。妙に歯切れが悪いのが気になるが、望んでいた答えが聞けて思わず両手を叩いて喜びたくなってしまった。片手しかないのでそれは叶わないが。


「も、持ち物らしきものは……これだけでした。剣は不要かと思ったので回収しておりません」


 部下が差し出したを残された左手で掴む。ふぅむ……? 特にどうというものでもないな。まぁ押収品ということになるので、ポケットに雑に突っ込んでおく。


 考え込む私に対し、目の前の部下は言いづらそうに「死なれては困りましたので……」と魔力を与えた理由を述べた。彼が私を害したというのは部下達の予測通りなのだが、黒と確定するまでは無闇な事は出来なかったのだろう。


 私が腕を失った経緯の説明も求められたが、とりあえず無視した。下手な事を言うとあの青年がすぐにでも処刑されかねない。許可無くそんな真似をすれば私が激怒するのは分かっているだろうが、どうにも行き過ぎた忠誠心を抱えている者もいるのである。教育を間違えたらしい。

 しかし、気になったのはそもそも彼が魔力を必要としていたという点だ。


「彼は魔術師だったのか。それも、倒れるほど魔力が足りていなかったと」

「ええ、放置すれば死んだ可能性が高く。水城様と同じく一週間もの間意識が無かったのは、与えた魔力が馴染むまでに時間を要したからかと」


 魔力が空になったからといって確定で死ぬわけではない。ただ、不足した魔力を無意識のうちに生命力から補おうとしてしまうことが多いだけだ。そうなれば衰弱死してしまう。

 もっとも、私のように潜在魔力が少ない者には要らぬ心配だが。二リットルの血液が無くなるのと二百ミリリットルの血液が無くなるのとでは必要輸血料が異なるので……と、合っているのか? この喩えで。


 どうでも良い考えは他所に置いておくとして限りなく黒に近い彼を危害も加えずに放置していたのだから──独房に繋いでいるとはいえ──彼が魔術師であったのはせめてもの救いだ。余談ではあるが我が組織の牢には全て、水や食事を取らなくとも最低限の生命維持が保障される魔術がかかっている。何故って、拷問などでうっかり殺してしまっては困るからだ。意識不明の重体者も牢にぶち込んでおけばとりあえず栄養失調による死は避けられるので重宝している。今回の私においては直接似たような魔術措置を施したのだろうが。当然だろう、目覚めた場所が牢の中であったならいくら私でも堪忍袋の緒が切れるというものである。

 さておき魔術師は魔術師に甘いが、そうでなければこうはいかない。秋人をこの組織に招いた時の……ふむ、名は何だったか。どうでも良いか。ともあれ、母の部下の二人のように。


 だが、足りない魔力を補う為に彼はあの村を廃村へと変えたのだろうか?

 否、それでは村人が殺され尽くした後に魔力が枯渇していたというのは辻褄が合わない。

 最も、彼の保有可能な魔力量が尋常ではないという可能性もあるが。そうなれば生きる上で最低限必要な魔力というのも膨大になる。


「ただ、あの者は……その……」


 その中で、さっと目を逸らす者がいた。長い黒髪に瞳の、血だけで言えば東洋人の女だ。何故か怯えるように震えていて、明らかに歯の根が合っていない。


「よ、容姿が、あまりにも」


 辿々しく紡がれたその言葉を引き金に、全員に一斉に異様な緊張が走った。言葉こそ発さなかったが誰もが顔に同意の旨を浮かべている。


「なに? 容姿?」


 それがどうかしたのだろうか?

 記憶の糸を辿り、かの青年の風貌を思い出す。

 百人いれば百人が『綺麗』と称する顔立ちだと思う。やや中性的ではあったが、それ故に美術品のような端正さを宿していた。


「美しかっただろう? ……もしや好みの顔だったのか?」

「冗談ではありませんっ!!」


 心の底から本気で言ったのだが、噛み付くような勢いで声が上がる。流石に驚いてしまった。怒声ではなく、悲鳴。怒ったというよりも怯えているかのような反応が気にかかる。

 蒼白な顔で体を震わせる彼女は、まるで死の宣告を告げるように続く言葉を紡いだ。


「も、申し訳ございません……! しかしアレは、あんなっ、不気味な!」

「──……ああ、まぁ、思い返せばそうか。珍しいことには違いない」


 ふむ、確かにそれは事実だろう。

 白い髪に、赤い瞳。そして何より──生気を失ったかのような白い肌。あれは一般的に使われる「肌が白い」という表現では表すことが出来ない。まさにこの世のものとは思えない、悍ましきまでの“白”。

 恐らくだからこそ、彼は鬼と呼ばれたのだ。人でなき者、との意味を込めて。

 何だったか、世間一般ではアルビノと称されるのであったか? そんなことは激しくどうでも良いが。


 というかそれがどうしたと言うのだ。目が赤いという点では私もそうだし、この組織には先天的に髪が白い者もいる。

 たかだかその程度のことで、まさかこの者達は尋常ではないほど怯えているとでも言うのだろうか? そんな馬鹿な話があると?


「珍しいだなんて……! そんな言葉で片付くとでも!? あのような見目をした者は災厄を齎らすと言い伝えられています! ご存知でしょう!」

「まぁ私とてそれは知っているがね。だが私が知っているのはその曖昧過ぎる言い伝えのみで、実際に何か災厄があったという伝聞ではないよ」

「ですがあの見た目が不気味なのは事実です! 誰だって見れば分かるはずだ! 肌だって……っ、死体のようではないですか!」


 やいのやいのと同じような声が上がる。喧しいなこいつら。理由は全く分からんが、あの青年のような容姿をした者を人間は忌避する。「そういう人間がいる」と知っていたのみで、私自身もアルビノとやらを目にしたのは初めてだが、それは目の前の彼らとて同じはずだ。だと言うのに、反応が過剰に見えるのは気のせいではない。

 これはもう、本能なのだ。


 理由は特に無いけど、とにかく嫌。気味が悪い。


 だからこそ個人差があり私と彼らとで感じ方に差が生まれているのであろうが。


 一昔前までは赤い瞳や白い髪を持って生まれるだけでも差別の対象だったと言う。幸いにも私はそのような環境に置かれなかったが、生まれる場所や時代が違えば苦労する羽目になったのだろう。……もしや、母もそうだったのだろうか。


 ああ、しかし、成る程。それで合点がいった。

 あの青年が一週間も独房に放置されたままであったのは、そもそもからなのか。

 アルビノという存在への忌避感や嫌悪、そして恐怖だけが独り歩きしているのだ。


「見目の話で言えば、よもや私の組織の者達がそんな下らない事に拘泥するとは思わなかったな」

「……っ? 何を……」

「この組織には東洋人もいれば当然西洋人もいるし、それこそ肌の色だって様々だろう。親の容姿を継ぐとも限らない。そして、それは別に自分で選んだ『色』ではないはずだが」


 親族にはいない褐色の肌に生まれ、捨てられた者もこの組織にはいる。両親共に綺麗な碧眼であるのに、ブラウンの瞳を持って生まれたからと目を焼かれて逃げ出した先で保護された者も。私が誰彼構わず拾ってくる為、ここには様々な魔術師がいるのだ。

 そしてだからこそ、この組織は容姿で人を受け入れないといった悪しき風習は無い。……最も、魔術師としての力量で差別するアホ共も末端にはいるようだが。大きな争いに発展しない限りは粛清も出来ないのが腹立たしい。そういった愚か者は私の組織には不要なので気付き次第ブラックリストに入れている。最優先で処刑する為に。


「普段から他人の容姿に執着するならともかく、勝手な時だけそれを持ち出すのは些か卑怯ではないか?」


 何故そんな果てしなくどうでも良いことに拘って、あんな素晴らしいものを手放さなくてはならないのだ。

 返す言葉もなく口を噤んだ彼らを見ていると溜息すら出る。

 いくら何処の誰がごちゃごちゃ言おうと、私の意思と決定はこの組織では絶対だ。そもそもアルビノということはつまり希少だということだ。言うこと無しではないか。珍しいもの、万々歳である。舐めているのか。


「まぁ考えるのは後だ。行くぞ」

「は?」

「は? ではない。彼の元へ行くと言ったんだ。誰でも良いから肩を貸しなさい、片腕はバランスを取るのが思いの外難しい」


 渋る部下を当主権限で黙らせ、部屋を出る。露骨に嫌そうな顔をした者も多かったが私の手前、ついて来ざるを得ないのだろう。別に彼らに用は無いので嫌なら来なくても良いのだが。口を挟まれると腹立たしいことだし。


「私は偏見で人を見る者は好かん。どうか私の可愛い部下達がよもやそんな愚か者ばかりだと、失望させないでくれ給えよ」


 言葉を返す者はいなかった。


 全く、訳の分からぬことで騒ぎ立ておって。


 次に騒いだ奴から舌を抜いてやるとするか?

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