幕間
いつか、何処かでの会話
──では、腰を据えて話そうではないか。
ああ、まずは。そうだな。
本。あの本についての話をしよう。
私が拾った黒い本のことだよ。あれそのものはさして重要ではなかったのだ。大したことなど書かれていない。ただ、かつてこの【世界】を作った愚かな女について書かれていただけだ。……いや? なに、これは私の感想に過ぎない。そう、怖い顔をしないでくれ給え。
ああ、『読めば死ぬ本』? 確かにそう言われているらしいね。
何故私が死ななかったかは君の方が詳しいのではないか?
話を戻そうではないか。
実はあの本に挟まっていたものがあってね。
ある魔術式。それに関する理論だとか原理だとか、まぁそう言ったものが膨大に書き記されたメモ書きさ。魔術式そのものはその時点でほとんど完成していた。
これを書いた者は、他にも色々と書き記してはいただろう。それらの全てはただの『途中経過』だったというオチだよ。
机上の空論を、現実に可能なものとして完成させた研究結果。それが私が手に入れたメモであったというわけだ。
みなまで言わずとも分かるだろう?
そう──それすなわち、人為的に不死を完成させる魔術式だよ。
私はこれを【セフィロトの樹】と名付けた。そしてこの素晴らしい魔術を起動しようと考えたのだ。
ただ、この魔術にはあまりにも致命的な欠陥があってね。必要とする魔力の量があまりにも多かった。魔術師の百人や二百人が魔力を注ぎ込んだところで到底足りない。
それに、君は知らないかもしれないが……。魔力というのは不思議なものでね。使えば使うだけ減っていくが、使われなかった分は本人に戻ってしまうのだよ。
なに? どういう意味か、と?
そう難しい話でもないとも。例えば火を起こす魔術式に魔力を注いで火を点けたとする。その時点で注いだ魔力は消費されて失われてしまう。だが、同様の魔術式に魔力を注ぎ──火を点けなかったとする。そうなると、魔力を使ったことにはならない。ただ魔術式にとどまっているだけだ。そのとどまっている魔力は、時間こそかかるがいずれ元の持ち主へと還る。
つまり、だ。
少しならともかく、大量の魔力を魔術式に継ぎ足すことは出来ないのだよ。こと、【セフィロトの樹】に関しては膨大な必要魔力が溜まる前に還ってしまうからね。魔術師とは生きているだけで魔力を自然に集めてしまうものだ。仕方あるまい。
……おや、流石は察しが良い。
そうだとも。
だから殺したのだ。人間など、死ねばただのタンパク質の塊だ。還る器を失った魔力は別の器……つまりは魔術式にとどまり続ける。幸い、私の手元には余りあるほどの人材があった。処刑した者の魔力を奪えばよいと気付いたのはどれくらい昔だったかな。
勿論、百人や二百人では足りなかった。
だが資材は有限だ。私の可愛い部下達とて、無限に存在するわけではない。第一、不当に処刑しては反発する者も生まれる。
そこで考えたのだよ。
集めれば良いではないか、と。
人間など各地に点在するではないか。拾ってきて、私のものにすれば良い。組織の人員を増やし、管理し、末端からひっそりと処刑していく。側近達はこの事実を知っていたが、それ以外のほとんどの構成員は知らずに呑気に過ごしていたものだよ。その方が都合が良かったからね。
時間こそかかるが、効率の良さは言うまでもないだろう?
ああ、孤児であればなおのこと良し。身寄りの無い子供を集め、殺し、魔力を【セフィロトの樹】に注いでいく。
あとは待てば良い。まぁもっとも、秋人に知られぬように動くのは至難の業だったがね。知っていたかい? 私は、隠し事は上手いのだ。かつてそのように振る舞えと教えてくれた者がいたからね。
早い段階で彼にバレていたとて、止められたかは分からないが。だが、こういったことを嫌いそうな男だ。私とて、長くを共にした以上は情も湧く。可能であれば彼を処分するようなことは避けたかった。
ともあれ、全て順調に進んでいた。
その、はずだったのだが。
私は見落としていた。否──私も含め、かな? 恐らくはこの魔術を生み出した御影百夜も気付いていなかっただろうからね。
何がって? ふふ、惚けるのが上手いではないか。知っているくせに。
【セフィロトの樹】を完成させるには、あまりにも重要な一つの素体。
それが足りなかったということを。
だが夢見る少女であった私は、そんなことは知らぬままに実験を進めた。
私は不死にならなくてはならない。この実験を完成させなくてはならない。
……理由?
ははっ、分かり切ったことを問うではないか。理由などと、そんなもの。そんな──ものは……、……。
……? 何の話をしていたのだったか。
ああ、そう、実験の話だ。どうしたのかね、おかしな顔をして。
料理とて、必要な材料が足りなければ失敗するだろう? せいぜい、何か別の物が出来上がるのが関の山だ。
どうやら【セフィロトの樹】もそうだったらしい。
まだ必要な魔力が溜まり切っていない頃の話だ。【セフィロトの樹】の術式は何の前触れもなく突然暴走を始めた。あれには流石の私も肝を冷やしたよ。なんせ、膨大な魔力を取り込んだ魔術式だ。そんなものが暴発を起こせば、私の組織は愚か──半径数十キロは跡形もなく吹き飛ぶだろう。何もしていないのに勝手に起動したことには驚いたものだが、今思うとあれは干渉を受けたのだろうね。私を消すには多くの犠牲もやむなし、といったところだったのか。まぁ失敗したわけだが。
ともあれ、結果として【セフィロトの樹】は起動した。
起動しただけだった。
溜め込んでいた魔力の全てを使用し──沈黙した。
あの時の私の気持ちが分かるかね? 絶望、などという簡単なものではない。正しくはらわたが煮えくり返りそうだった。思わず近くにいた部下の数人を射殺してしまったほどだ。なんと可哀想なことか、彼らには何の罪もなかったのに!
この後、私は初めて【セフィロトの樹】の欠陥性について思い至った。何かが足りないから、こんな結果になったのではと。
そうは言ってもそれを証明する手立てはない。結局、また魔力を集め直す羽目になった。嘆かわしいことだ。犠牲になってきた者達が浮かばれないではないか。
そうして、うーむ、そこから何年経ったのだったか。確か十年経ったか経たないか、まぁそのくらいだろう。
私は、若返っていくことに気が付いた。
初めは気付かなかったよ。だが三十代に差し掛かろうという歳の頃、私の見目は明らかに未成年の頃のそれになっていたのだ。
ああ、部下達はかなり早くに異変に気付いていたようだがね。言い出せなかったらしい。あの頃の私はかなりピリピリしていた自覚があるので仕方がないことだ。秋人はこういうことには疎いしね。あれが歳を取らないので仕方がない。
おかしなものだよ。私は永遠を生きたい、すなわち歳を取りたくなかったのであって、別に若返りたかったわけではない。別に若返っても構わないが、そのまま若返り続けても困る。だって赤ん坊にまで戻ったら、その後は? まさか胎児になるとでも?
──と、そのような心配は杞憂に終わった。何故って、ある歳を境にまた私は歳を取るようになったからだ。
そういうわけで、どうにもね。私はある一定の年齢に達したら逆行を始め、またある一定の年齢まで若返った時点で歳を重ねるようになるというおかしな身体を手に入れた。
擬似的な不老の肉体というわけだね。
ほら、クロウリー一族。あれの末姫がいただろう? 名前などとうに忘れたが。
あの末姫が掛かった魔術の、その先。そこに到達したのが私であったというわけだ。
しかし、だ。
これは不死になったと言えるのか?
否。
私はただ老いることがないだけだ。死なないわけではない。試すわけでもなく漠然とそう理解出来た。
大きな怪我をすれば命に関わるし、病気にもなる。水や栄養を摂取しなくても死んでしまう。
ならばもう、実験を続けるほかあるまいよ。
その後のことは──君に語るまでもない、だろう?
私の組織。
魔術師の牢獄。
私の箱庭。
私の為だけの屠殺場。
私の為に生き、私の目的の為に死んでいく者達。私の可愛い部下達。
彼らだって、偉大なる私の素晴らしい実験の為に死ねるのだから、あの世できっと感激していることだろう。
だから、ね?
そんな風に睨み付けなくたって、良いではないか。
──ある観測者と、×××の会話にて──
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