33 みんながみんな這っていたわけじゃない
怪奇方面賊改方たちは徐々にこちらに向かってくる長官である怪奇の王里とリヒト以外の気配2つに気付いていた。与力や同心ではなく改方ともなると、気配でその人物が誰か、歩幅で体格や速度で年齢がなんとなくわかる。ではなぜ出迎えなかったカ。その2つが長く慣れ親しんだものであることに腰が抜けていて、誰一人として立ち上がれなかったからだ。
そう、人間の王里の気配と鬼札である華の気配に。しかしそこは改方。1人は「連絡を、空亡様に」と呟いて這う這うの体で空亡に這って知らせに行こうとして。といっても空亡の方がその気配を感知するのが早かったらしく、即座に目的地であるらしい大広間にのり込んできたのだが。空亡が乗り込んできてすぐに気配たちは大広間について、障子の向こうで止まった。
「失礼いたしますー」
「ただいまなの!」
障子越しに大小の影が大きい方は絹の鳴るような声で、小さい方は元気いっぱいな少女の声で。静かに障子が開いた。そこに立っていたのは。
「姫様?」
「姫様じゃない? なんで……その、お亡くなりになったのでは」
「誰っすか?」
「シカネ、姫様は初代様の奥方様ですよ」
「……姫?」
障子を開けた里桜を見て、最初に驚いたように声を出したのはロウキだった。次につらら女、シカネ、ノイル、最後に唖然と口を開き姫と呼んだのは空亡だった。それほどまでに、色彩は違えど与える印象は穏やかで儚く優しい、姫と呼んでいた誰よりも愛する妻と同じだった。
大広間の上座、そこだけ畳の敷かれた一段高くなっているところに立って里桜たちを振り返っての空亡の言葉を、その限界まで見開かれた目に、震える唇に臆することなく里桜は言った。
「あー……ボクはおばあちゃんじゃないってば。それに華のことも忘れないであげてー?」
「むぷーなの!」
「き、鬼札殿もお元気そうで!」
「大天狗のやつらに乱暴に扱われてないか心配してたのよ」
「……」
「鬼札ちゃん元気そうでよかったっす」
「ええ」
苦笑して、里桜は横にいるつないだ手を示して華のことを注目するように話す。そうするとそれまで里桜にしか言っていなかった注目が華にいき、忘れられたよう……ではなく完全に忘れられていた華は年相応の子ども独特の仕草で「むぷー」と頬を膨らませる。怒っているんだぞ! の合図である。慌ててロウキが取り繕う。それにつらら女、コトハも続く。コトハは口がないため喋れず豪奢な着物から出た手をもじもじと絡ませているだけだったが。改方として働いていたシカネは久々に見た華が元気そうなことにほっとしていた。
空亡はいまだ呆然としており、里桜の言った言葉を頭の中で反芻していた。「おばあちゃん」そう呼んだのか、この子は。それに気配は人間の王里そのもの。ならば本当に。
「……王里、なのかい?」
「さすがおじいちゃん、話が早い!」
ぱっと桜を咲かせたような笑みも、空亡が愛した女と同じなのに。この子どもは孫だという。訳が分からなくて、とりあえず空亡は。
「いろいろ説明してくれるかい?」
「いいともー」
「いいともなのー」
そういうことになった。
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