31 常識なんて知らない、それが世界
逢魔が時。
夜の仕事前の怪気回復として夕食を無理やり詰め込んでいた王里たちの前に、その知らせは飛び込んできた。ちなみにシロクはもう怪奇ではないため、出席は許されなかったためいまはシカネしかいない。空亡は改方ではないため出席していない。いや、知らせという名の男は、やってきたのだった。スキンヘッドの頭すら真っ青にして、恐ろしい出来事に出くわしてしまった時のように強張った顔で。
人間方面賊改方の副長官は単身で飛び込んできたのだ。
「―――というのが、私の考えでございます」
「……」
「なんじゃ、っつーことは人間方面賊改方長官の王里は、坊はこうなることをわかっとったっていうのか!?」
「わかりません。長官は何もおっしゃらず、ただ引き継ぎのようなことをしてからいなくなられました」
沈痛な面持ちで語る人間方面賊改方副長官に、怪奇の王里は愕然と開いていた口を閉ざす。人間方面賊改方長官である王里がいなくなった日、顔が強張っていた。涙の筋があった。泣いていたのだろうか、あの自分の可愛らしい半身は。自分がいなくなることを知っていたから。そして震えながら、あの時は単なる疑問ですましたことを思い返す。
「……おい、リヒト」
「なんだ親父よ」
「怪奇日蝕の時、俺の半身は『制御は任せろ』っつった。……人間に、怪気が制御出来んのかァ? 仮に出来たとして、その後はどうなる?」
「んなもんできるわけねえだろ。できたとしたって、数日で怪気に喰われるに……決まっ……て」
言葉の先が細まっていくリヒトは、やっとそのことに気付いたらしい。もし、もし仮に。人間の王里が本当に「制御」してくれていたのだとしたら。「制御」によって反動を受けていたのだとしたら。それだから、後に残される人間方面賊改方たちのために、仕事を円滑に進められるようにしていったのだとしたら。
「食われ、たのか? ……俺に、俺の怪気に。俺の半身は」
「親、父」
「……悪ィ、ちょっと放っといてもらえるか」
「「「長官!!」」」
ぐらり。上段の畳の上で身を崩した王里に。思わず座っていた場所から食事の膳を撥ねのけんばかりの勢いで怪気方面賊改方たちとリヒトに、小刻みに震えのとまらない手を顔の横に出して止めると。王里は普段のふてぶてしさなどない、風に吹かれたらよろけてしまいそうなほどの覇気のなさで立ち上がり。
そのまま障子を開けふらふらと廊下に出ていったのを見送るしかなかった。その光景を止められず、もう二度とあの笑顔似合うことはできないのだと怪奇方面賊改方、リヒトは自然と俯く中。せめて残された人間方面賊改方の副長官としてできる仕事をしなければと王里同様ふらふら立ち上がって、副長官は王里の次に障子から出ていった。
しばらくして、沈黙の落ちる中がらりと障子が開く。
怪奇方面賊改方たちは王里が戻ってきたのかと思い、自然と下がっていた顔を上げたがそこにいたのは相変わらずグラマラスな文車妖妃だった。いっせいに見つめられ、びくりと身をふるわせた文車妖妃だったが、元々がいい根性しているのか視線には慣れているのか妖艶に笑みを見せて「次代様は?」と問うた。
力なく首を振るリヒトたちに、首を傾げつつも困ったようにその白魚のような手を頬に当て、口を開いた。
「困ったわねえ、イヅキから文が届いたのだけど……空亡様に先に見せようかしらあ」
「! なんて書いてあった!?」
「同盟を呑むこととお、見返りはいらない、渡したいものがあるからあちらの長官直々においでになるってことらしいわあ。簡単にまとめるとねえ」
「!? い、いつ奴さんは来るんじゃ!?」
「それは書いてなかったのだけれどお」
ただ、近日中にって書いてあったわあ。ふうっと艶めかしくも息をつく文車妖妃に、怪奇方面賊改方たちは力の抜ける思いだったし、日付と時間くらい書いておけ! とリヒトは盛大にぶちぎれた。しかしずっとそうしているわけにもいかないということに気付き、どこにいるかわからない王里を探すため、大広間をリヒトは飛び出していったのだった。
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