30 空虚がこの身に余るほど
結局、王里はその日の朝から昼間にかけて部屋の外に出ることはなかった。別に世界の規則を気にしてのことではない。ただその空虚さが身体を占めていたから。怪気の回復方法である食事もとらずにただぼんやりと魂が抜けたような顔で一日中交換日記の最後のページ、怪奇の王里から人間の王里に向けて書かれた文章を見ていた。
なにがあったわけでもない。なにかがないのだ。どうしようもない欠落感。ただ茫洋と、日記帳を見ている王里の背中を人間方面賊改方たちは心配そうに影から見ていた。いつもは足から生えているその影がないことには気づかずに。
夜になっても淡々と仕事をこなすだけ、心ここにあらずな様子の長官に怪奇方面賊改方たちも心配そうな視線を送っていた。
そんな日が数日続き、幹部たちがそろそろそれぞれの持ち場に帰ろうかという頃。
人間方面賊改方副長官は人間方面賊改方の書類をさばきながらあることに気付いた。仕事ができるのだ。正確には、長官がいなくては滞るはずの仕事がない。
最近……というか人間の王里が怪奇の王里一色になる前に、強引に進めた案があった。長官と副長官の捺印の同一化である。どちらかがいなくなったとき、例えば仕事ができなくなったときにいいでしょー? と微笑みながら言っていた。他にも思えばいなくなる数日前から人間方面賊改方長官の王里は仕事のやり方のマニュアルを作ったり、さりげなく長官の仕事を副長官にまわしやらせて教えたりと意味の分からない行動をとっていた。もし、もしもこれ全てが引き継ぎのための仕事だとしたら。
(まさか……)
ぞわりと背筋が粟立つ。ついているはずの電気が瞬いている気すらした。
まさかまさかまさかまさか。
気付いていたのか、知っていたのか、わかっていたのか、予知していたのか。
あの可愛らしいおっとりとした笑顔の裏で、自分たちの長官はやがて自らがいなくなることを―――。
「……せねば。……知らせねば、怪奇方面賊改方長官に、王里様に」
座っていた紫色の座布団から立ち上がり、ふらつく足を文机に両手をつくことで押さえて。なんとか保った男は。副長官は黒い羽織をひらめかせ、逢魔が時。怪奇方面賊改方たちの集まる大広間に急いだのだった。
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