22 こいつの友達にだけは絶対なりたくない

 ざっと石畳とこすれて草履が音をたてる。王里は何度斬ったか知れない炎を纏い過ぎてもはや刀身が見えないほどにまでなってしまったそれをみねうちの構えに直して一歩踏み込んだ。

 まず狙うのはどこでもない、腹だ。しかしこれは、教えられた不殺の剣。あくまでみねうちにとどめたかった。


(赤緋紅よォ、頼むから殺さねェでくれ)


 刀に願うのはなんか違う気がしたがこのままじゃ殺しかねない勢いで炎を常温に戻したバターを切り裂くように、炎を斬る妖刀・赤緋紅。そのままの勢いで不殺の剣であるはずのそれで殺してもらっては困ると、予想以上に「殺る気」を感じさせる妖刀・赤緋紅を王里はなだめにかかる。妖刀・赤緋紅がその意思をくみ取ったのか炎の勢いが弱まり、

 願った一瞬をどう感じたのか、火車がげらげらといやらしい声で笑う。


「なんだ、怪奇を斬る覚悟もない甘ちゃんか。これが次期空亡なんてお笑い草」

「……あ? 違ェな、おめェを殺さないように調整してたんだよ」

「んだとこらあ!!」


 怒りに呼応するように炎が勢いを増したのにも構わず、それを妖刀・赤緋紅で斬れば刀身に纏う炎はより大きくなり先ほどの王里の願いに応えて凝縮され固くなる。もはや刀というくくりにしておくはどうかと思うくらいに刀身の太くなった妖刀・赤緋紅に、王里は苦笑し。駆けだした。

 それと同時に火車も炎をまとわりつかせた腕を振るうものの、妖刀・赤緋紅を前にすれば王里1人が通れる分くらいの炎は刀身に吸収され。王里の身を傷つけることも羽織に燃え移ることもなかった。

 火傷一つなく自身に向かってくる王里に目をつりあがらせる火車。王里が近づいてくるたびに炎を大きくして腕を振るうもののそれは王里の力になるだけ、回復の原料にされるだけで。火車にとって最悪の悪循環だった。

 どんどん迫ってくる王里に火車は自らが捕まることを悟った。

 ならば、ならば最後に爆弾を放ってやろうではないか。そう考えた火車の口が動く。それは腹に妖刀・赤緋紅を打ち込まれる寸前、確かな威力をもって王里を貫いたのだった。


「いいことをおしえてやろうか」

「あ?」

「俺様をここに引き込んだのはなあ! 魍魎の長・シロクだよ!!」


 しかし、放った刃は止まらない。いや、呆然と止めることすらできずに王里はそのまま。火車の腹にみねうちをしてしまったのだった。いろいろと情報を聞き出したかったがこのみねうちをすると数時間は眠ったままだというリヒト直伝のみねうちだ。当分は目覚めないであろう。崩れ落ちる火車を拾おうともしないで、王里は唖然と妖刀・赤緋紅を持ったままみねうちの形で固まったままだ。

 その後ろからぬらりと空間が揺らめき、リヒトの声がかかる。


「親父」

「……んなわけねェ」

「親父」

「シロクは、俺の、茅花の一員で……そんなこと」

「親父!!」


 リヒトは混乱のあまりままならなくなったのか、膝をついてしゃがみ込む王里の前まで来ると。着ている黒い着物の襟をつかみ無理やり立たせ、ぱあん! と頬を張った。

 首を反射的に横にそらして勢いを殺す王里に、なんとも言えずリヒトは唸る。それで軽く我に返った王里はリヒトを見上げた。すがるような、そんな情けない目つき。

 怪奇たちの正しき王となるものが、茅花の次代がそんな目をするんじゃねえ! と叫びたくなるのをぐっとこらえて。リヒトは言った。


「……一軒だ」

「一軒だけ、この火事でも燃えてねえ店がある。そこにシロクの水の膜が張ってあるのを見た。行くぞ」

「……んで」


 ぽつりと王里が呟く。


「なんで! そんなに冷静になれんだ! シロクは、シロクは……俺の、俺と俺の半身の初めての友達なんだよ!」

「……」

「歳こそ違ェが、そいつが敵だって聞かされて、なんでおめェはそこまで普通でいられんだ! 俺ァ、俺ァ!!」

「親父」

「なんで!」

「親父、わしが冷静に見えるか?」


 ゆっくりとリヒトが手から力を抜いたことによって、王里はずるずると石畳へと落ちる。そのッ言葉の無表情さにリヒトを見上げた王里がみたのは、泣きたいのをこらえようとした子どものような顔をしたリヒトだった。

 ああ、そうだ。この場で一番悲しいのは誰だ。この場で一番苦しいのは、やりきれないのは。

 リヒトだ。

 初代が日本統一を成し遂げるまで共に戦ってきた、時には背を預けることもあっただろう仲間が裏切り者かもしれないと聞かされて。それをどうしようもなく否定したいのはきっと。

 リヒトだ。


「……店に、行くか」

「親父」

「……友が間違った方向へ進もうとしてるんだったら、両足折ってでも止めてやるのが友達の役目ってもんだよなァ」

「……おう」


 両足折るのはさすがにやりすぎなのではないのかと思ったが。……あと絶対こいつの友達にはなりたくねえと思ったリヒトだったが。

 帯の後ろ側に取り付けた毛女郎の髪の毛で編んだ縄を取り出し、火車を縛ったリヒトは。近くに寄ってきていた怪奇方面賊改方に引き渡して。妖刀・赤緋紅を腰に佩いた鞘へとしまう。

 月明かりに照らされてまだ燃える歓楽街の中。水の膜に守られて無事な一軒の店を目指して、歩き始めたのだった。

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