21 ふたりとも驚いた

「てめえ、いまなんつった?」

「ひっ……」

「雑魚は雑魚らしくしとりゃええんじゃ、黙ってろや。……つーわけで親父よ。相手さんも親父の相手をしたいじゃろうし、親父はいい練習相手ができた。よかったのう」


 そろそろ実戦経験も積ませたかったしのう。これほどの雑魚ならば安心というもの、まああり得んが殺されそうになったら助けに来るからのう。

 火車を煽るだけ煽って、リヒトは勧誘した時にのように月影にぬらりと消えた。消える一瞬まで恨みがましく見ていた王里だったが、リヒトが消えてもなお固まって隙だらけな火車に呆れつつ腰に佩いた刀に手をやる。妖刀・赤緋紅あかひこを。

 この妖刀・赤緋紅。元々は茅花の敷地内にある様々な供物や貴重品、危険物が入っている蔵の中で眠っていたのを鍵も持っていないはずのリヒトが盗み出してきたのだった。ちなみにリアルに「お前この後本家裏な」と古参の怪奇たちに締め上げられ、なおかつ今度から鍵は4つ、それぞれ別の怪奇が持つことになった。

 これは初代空亡である祖父が一時期使っていたものであることから、その効果はばっちりだと太鼓判を押していたから大丈夫なのだろうが。

 鯉口を切り、妖刀・赤緋紅を鞘から抜いて。深呼吸を一回してから構えた王里に、いまだリヒトの怪気に当てられていた火車が我に返る。


「っ……! てめえらふざけやがって! 殺してやるうううう!!」

「はっ……、なんだおめェ。リヒトから言わせりゃ雑魚なのかと思ってたが、本当に吠えるだけしか能のねェ雑魚なのかい」

「んだとごらああああ!!」


 王里は<5ツノ真理ノ誓イ>が成るまでの間の戦争の期間を空亡とともに戦い抜いた百戦錬磨のリヒトだからこそ言える「雑魚」というセリフだったのかと思いきや。こんな安い挑発にたやすくのるほど愚かなのかと揶揄すれば、それすらも火車は怒りに変えて。炎を纏わせた腕を横に振り、瞬間王里の方へと伸びてくる。

『得物には常に怪気を纏わせておくんじゃ。ええか?』ふといつもの武道場での稽古の時のリヒトの言葉が蘇る。いつもは練習だからとしていないが、これが実践に当たるのならしておいた方がいいだろうと思い妖刀・赤緋紅に怪奇を流せば赤い刀身が緋色に染まる。そういえば先ほどリヒトがやっていたことを思いだし、おもむろにその緋色の刀身を炎に向けて振ると。というより、身体が勝手に動いた感じに近い。


「え?」

「……はァ?」


 炎が斬れた。十歩……いや、百歩譲ってそこまではいい。

 実際リヒトが目の前でやるのを先ほど見ていたから。自分にもできるかもしれないとは思っていた。

 そう、事態はそれだけにとどまらなかった。炎を斬った妖刀・赤緋紅は斬ったはずの炎を吸収して刀身に纏ったのだ。その身を紅く染めながら。それだけなら、それだけならまあさすが妖刀、で話はすんだのだ。しかしこれだけではなかった。極めつけは王里が怪気を込めたときに少なからず減った怪気が回復していることだ。怪奇は食物から栄養を吸収し、怪気炉へとまわすことで怪気へと変換するのだ。だから食べなければ回復しないはずのそれがなぜか回復している。意味が分からない。しかも心なしか身体も軽い気がする。

 焼けて骨組みだけになってしまった歓楽街の元小料理屋の一番上の端。遠目にそれを胡坐をかいて見ていたリヒトがにやりと笑う。


「さすが親父だのう。赤緋紅に気に入られて使おるわ」


 妖刀・赤緋紅。

 その本当の力は相手の怪気を奪い取り、己を回復させることにある。それはさすがに妖刀というべきなのかそれなりの代償を伴う。ただしその代償が少なくて済むもの、つまり例外が妖刀・赤緋紅のお気に入りだ。その言葉から見えてくるように、妖刀・赤緋紅は意思を持っている。それは己の気に入らない者ならば触れるどころか認知させることもしない。逆を言えば気に入ったものに対しての処遇はすさまじく素晴らしい。つまり、妖刀・赤緋紅がその力を使わせている時点で王里は気に入られており、リヒトが教えていない怪気を怪気で斬るなんて方法に身体を動かされている時点で。王里は妖刀・赤緋紅のお気に入りでありかつ使われているのだ。今の時点では。これから使いこなせるようになるかはわからないが。


「一生使われたまんまでも、親父なら大丈夫だろうよ」


 そんなこたああり得ねえとは思うが。目を細めて、くっと喉の奥で笑ってリヒトは腰を下ろした歓楽街の中。目の端にちらついた違和感に眉を細める。


「ああ?」


 炎だった。夜闇浮かぶ炎の行進、そのなかにある1つの店に違和感を覚える。炎に呑まれつつあるのは茅花配下の猫又呉服店だ。ゆらゆらと燃え移った揺れる炎の中でその店だけが揺れ方が違う。長年の戦闘での勘と認識をずらして思いこませる能力を持った怪奇であるぬらりひょんだからこそ分かる違和感だった。よくよく見てみると、青い水の膜があった。ドーム状に店を覆っている。まるで炎から店を守るように。その水の膜を、リヒトは知っていた。

 本来ならば茅花の本家で祝われるはずのそれを、自分はそのような明るい場には似合わないと断った男がいた。ただ、羽織を。茅花の一員である羽織を空亡に着せてもらいたいと願った日本統一を共に成し遂げた仲間がいた。その店はかつて、ある男が茅花に入るのを初代が祝福した場所でもあって―――。

 そこまで考えて、息を呑む。一向に火の手が緩まないのはなぜだ。火車の火が強いのかと思っていたが、もし、もしも止める側に問題があるのだとしたら。そもそもここ一帯の消化活動の責任者は別のものだがそれを従えているのは誰だ。本家のものだ。

 かつては中国におり、水神と祀られていたもの。そして河童の上司でもある……。


「いや、そんなわけねえな。こんなことする意味が分からねえ」


 嫌な予想にごくりと唾液を飲みこみ。やつは次代である王里のことを歓迎していたはずである、そんなことはあり得ない、あり得てはいけないことだとリヒトは首を横に振った。なんせあいつは、初代から直々に次代の友となることを勅令された男だ。


「そうだろう? シロク」


 初代から仕えている仲間の名を、リヒトは静かに。祈るように呼んだのだった。

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