20 全焼させるだけの力はなかった
「こいつァひでェな……」
「おい、そこの! 状況はどうなっとるんじゃ!?」
歓楽街の一番奥、まだ火の燃え移っていない古い町並みの店が真っ白い提灯に灯っていたはずの火を消して、完全に避難しきったそこで。鼻をつく焦げ臭さに顔をしかめて王里は呟き、リヒトはそこら中を駆け回っていた改方の配下である与力のさらにその下である同心を捕まえて問いかけた。最初は迷惑そうに振り向いた同心である河童だったが、その姿が自らの上司の上司の上司のさらにまた上司という仕事上の最高指揮者であることを知って驚いたのか、一瞬びくついてから話し始める。
「は、はい。歓楽街の三分の一が半焼、現在我ら魍魎の長であるシロク様が中心となられ消火活動に当たっています!」
「そのまま続けてくれや。火車はどうした?」
「それが……歓楽街の入り口でいまだ火力を強めております」
「そうか、呼び止めて悪かったなァ。行ってくれ」
「失礼いたします!」
足早に去っていった同心の翻る白い羽織を見ながら、王里はふと呟いた。
火車なんて名前、聞いたことはねェんだがなァと。
この改方業界、少しでも才能が有り将来有望であるのならば同心から育て与力にするため抱え込むのが普通だ。そしてそれは与力や同心の上である改方副官、改方を通してから王里に必ず伝わってくる情報である。それなのに、名すら聞いたことがないというのはどう考えてもおかしい。ましてや、歓楽街の三分の一を半焼させるだけの実力というのはおかしいが能力があるのならば。誰かしらもう抱き込んでいるはずで、それは王里に伝わっていなければおかしい出来事だ。
そこでリヒトに尋ねてみた。中身爺とスズリに言われるだけあって、初代空亡のころから特攻隊長を張っているのだ。亀の甲よりも年の功である。
「おゥ、リヒトよォ。火車っつーのはこんなに力があるものなのかァ?」
「……いや、これが突然変異ってのも考えられなくはねえが精々が自分に火ぃ纏うくらいしか出来ねえはずなんだがなあ」
どういうことだと首を捻ったのはリヒトも同じで。どうやら年の功も使えなかったようだ。
それでもいつまでも暴れさせているわけにはいかないと、リヒトが特攻をかけることにした。こういう時のための特攻隊長である。しかしどうしても自らもついて行くと言って譲らない王里に、せめて自分の後ろにいるように言い含めると。歓楽街の入り口で炎をまき散らいている火車の近くまでリヒトが王里を守るため、背中にかばいながらやってきた。
その時。
近くで猫の泣き声に似た咆哮が聞こえたと思ったら、炎が怒濤の勢いで津波のごとく真っ正面つまり歓楽街の入り口の方から押し寄せてきた。それはまっすぐに王里……王里を背にかばっているリヒトに向けてやってきた。周りにいた他の改方や与力、同心には気もくれずだ。
とっさに、リヒトは帯に履いていた数十年ぶりに現場復帰するため空亡より与えられた十手に、自らの怪気をのせて斬る。リヒトは初代が<5ツノ真理ノ誓イ>を制定するまでの数年。つまり日本統一を成し遂げるまで最前線を張っていたぬらりひょんである。戦いのイロハは身体が覚えているといっても過言ではない。
怪奇対怪奇の本来の戦い方は怪気をぶつけ合う化かしあいである。それが炎を斬ることができたというなら、リヒトが火車との化かしあいに勝てたことに他ならない。
縦に切った炎から背後にいる王里をかばいながら、リヒトは眉をひそめる。
(火車の火にしちゃあ水の匂いがしやがる。消火活動に使ってる水とは違う匂いだ。……こらあなにか水の怪奇の怪気炉を使ってんな)
普通の火車ではありえない火力、水の匂いがすること。火車はその名の通り、火の怪奇である。水の匂いなどするはずもなく、お互い反発し合う属性故にここまで炎が強くなっているのだと炎を受けただけでその長年の勘で悟るリヒト。
教師の知り合いには教師が多く、政治家の知り合いは政治家が多い。それと同様に、火の怪奇には火の怪奇が集まる。
しかし正直いままで王里も聞いたことがないような小者が水の怪奇の怪気炉なんて、怪奇にとっての心臓部を手に入れられるはずがない。ならば考えられる可能性は1つ。
「あいつは捨て駒で、親玉が他にいるってか……?」
「なんだとォ!?」
「まあいずれにしよ、所詮は雑魚じゃ。ちょうどええ。親父よ、てめえが相手してやれや」
「誰が、誰がザコだあ!? 覇紋もなくした地べた這いつくばるのがお似合いの茅花があああ!!」
火車の怒りに呼応するように、炎が高く空に燃え上がる。
だがそれ以上に、その言いざまに怒するものがいた。リヒトだ。
風も吹いていないのに毛先が逆立つ藤色の短髪と、着物の裾、白い羽織。息苦しいまでの圧迫感を呼び起こす怪奇の操り方と限界まで見開かれた赤い目。
言葉をうまく発せないのか、火車ははくっと息を噛んだ。噛むことしかできなかった。余計なことを言ったら、問答無用で殺されそうな雰囲気が、そこにはあった。
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