19 怪気炉は死刑囚から奪った

「にゃははは、燃えろ燃えろ、逃げ惑え!!」


 歓楽街。灰色の石畳に舗装された道。昔懐かしい木造建築の店が向かい合うように並び、その前には枝垂桜と真ん中には一本の川が通っていた。朱塗りの橋も豪華で。店先には白いぼんぼりが下げられていた。店は開き、呼び声飛びかう中に火車はいつの間にか立っていた。その存在に気付いた時には川の両脇に植えた街路樹である枝垂桜にぼっと炎が燃え移った。瞬く間に燃え広がるそれに、あちらこちらから上がる悲鳴に笑いが絶えない火車。

 人よりも少し大きいくらいの大きさの二足歩行の猫のような。それにしては歯が尖りすぎている気がしなくもないが、そういう格好に腰みのを巻いた両手足に炎を纏った火車は、いつになくご機嫌だった。

 それはそうだろう、彼は茅花の中でも下の方の地位にいた。そう、いたのだ。その怠惰さに破門されるまでは。もっと力はあるのに正当な評価をされないといつも怠けてばかりの火車はぼやいていたから。

 それが。

 他者の怪気炉を借りてでもこんな大事おおごとが起こせるのだ。上司である怪奇にへつらい媚を売り、そんな日常とはもうおさらばできる。

 怪気炉かいきろ。それは怪奇にとっての心臓部といっていい。怪奇が怪奇としているために必要な怪気を作るための炉なのだ。

 話は戻して。大天狗に鬼札を奪われてからの茅花の評判は地に落ちたといってもいい。もう火車が遠慮なんてする必要がないくらいに。なのにいまだ大きな顔をして東日本を牛耳っていることが気にくわない。それならこの火車に、その役目は巡ってくるはずなのに。なのにおかしい。なぜ今だに茅花が。覇紋も持たぬものが!!

 ふと考え込んだことから、みゃーごぉぉぉぉぉ!! と咆哮すれば、地をなめるように這った炎に石畳は黒く煤だらけになりそこから店へと移り大騒ぎになっている。

 店を冷やかしていた客たちの怪奇は我先に歓楽街の入口へと逃げ出して火車の横を通るが、その目には確かな畏怖が込められていてそれがひどく火車の自尊心を満たした。

 にまにまと燃え移る様子を見つめながら火車は、満足そうに息と一緒に炎を吐き出す。

 他者の怪気炉で使う炎はこんなにも調子がいいとは知らなかった。しかしこれでは自分の力を示したことにはならないのではないか、いや、そんなことどうでもいい。

 そして空を見上げて、茅花の本家の方からやってくる白い布、改方たちの長官が移動手段として使っている一反木綿だとわかる。


「なあ、アンタの怪気炉本当にいいなあ。俺様にくれよお」

「……貴様を歓楽街に引き入れるところで契約は終了したはずダ。これ以上無駄口を叩くと殺すゾ」

「おいいいのか、そんな口をきいて」


 火車は振り返りもせず炎越しに会話する。本来破門にされた時点で歓楽街への侵入は禁止されている。それを引き入れたものがいるのだ。ちろちろと蛇の舌のように揺れる炎越しに見えたのは赤黒い肌、長い耳、無表情で。銀色の美しい糸のような髪を炎がなめるのに燃え移りもしない。黄緑色の着物を着た異国情緒漂う青年。その麻色の帯の隙間には十手。


「いま俺様の手にはアンタの怪気炉が握られているんだぞ!?」

「それが本当に我のものならばナ」

「なにっ!?」


 ためしに火車はぎゅうううっと強く握ってみるも、炎越しの相手は痛がりも蹲りも、表情1つですら変えない。それはつまり、相手が言っていることが本当だと裏付ける証拠であり。


「哀れナ、その怪気炉の本当の持ち主は今頃ひどく苦しんでいるであろウ」

「はっ……アンタみたいなのを鬼っていうんだろうな!」

「我は鬼とは違う種族ダ」


 平然と返しながら、空を見上げていて。近づいてきた王里たちから身を隠すため、炎と逃げゆく人々に紛れるように走り出した青年に。誰のものかもわからない怪気炉を使っているという事実に恐れをなしてから、ごくりと唾をのんだ火車は。思わず呟いていた。


「おそろしい男だ、魍魎の長・

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