14 においでわかるとか大概

 一反木綿は付喪神だ。完全な怪奇ではなく、物としてまた神としての側面も持つ。

 土葬の際に木綿の旗を立てて弔う風習の合った村で、たまたま風で飛んでしまった布……農民が手ぬぐいとして使っていたものが空を飛んだことによって生まれた怪奇である。

 だからといってはなんだが、<2ツ>に触れることなく過ごせる。また、疲労がたまることもない。

 故に一反木綿の一族の中からこの灰色の一人だけは、東日本人間方面賊改方長官の乗り物として……供物としての扱いで昼間に太陽の下を飛び回っている。


「長官さまぁん! あそこのラーメン屋、この前雑誌にのってたのよぉん! 行きましょ?」

「あ、路地裏で大金のやり取り発見。ラーメンはボクの半身と来なよー」

「ああん、つれない! でもそんなところも好・き♡」

「はいありがとー、じゃああそこに向かってね」

「はぁいん!」


 灰色の布が、風のない百目鬼町の空を翻る。

 太陽に焦がされることもなく、その灰色の布こと一反木綿は家々の屋根のちょっと上ぐらいをするすると黒い羽織をたなびかせた王里をのせて飛んでいたが。王里の言葉に、すぐに王里が乗っていない部分の布をくねらせてとある路地裏へと音もなく舞い降りた。地へとはつかなく若干浮いているところから飛び降りる王里。

 かつんっとそこからブーツで路地裏、コンクリートで舗装された道へと降りたった王里。白い染めぬきの覇紋がなくなった黒い羽織がビル風ならぬ家風に吹かれて靡く。それをうっとりと赤い目を細めて見る一反木綿は怪奇改方長官である王里が普段のっている怪奇方面賊改方である一反木綿のであった。

 トランクケースの中、白い袋……いや、白い粉の入った透明な袋が3つ入ったそれに目を眇め、王里は鼻をひくりと動かす。取引していた2人の男たちはまさか空から少年が落ちてくる、違う。怪奇を伴ってくるだなんて思いもよらずに、ついでに言うなら札束が帯付きのままびっしり詰まったトランクケースと白い粉の入ったトランクケースを互いに見せ合いながらあんぐりと口を開けて固まっている。

 しかし悠々と降りたった王里が、角帯の間から鉄の十手を取り出すと、途端に表情が変わる。


「その匂い、大麻だねー。一反、よろしくー」

「はぁいん!!」

「てってめえ、賊改方⁉ ひいいいいい!!」

「ひっ、な、な、なんで⁉ いまは求心力が落ちてるから逆にここなら安全だって……⁉」

「……その話、ちょーっと詳しく聞かせてねー?」


 東日本怪奇方面賊改方は空亡の血によって選ばれているが、東日本人間方面賊改方は完全なる実力で選ばれている。つまりは純粋なる戦闘能力。最後は人間方面賊改方と戦い勝った方が次代となる。早いときは一週間で交代したものもいるほどだ。

 一見少女のようにあどけない顔立ちをしていても王里は男で、その実力は当然のことながら前人間方面賊改方を軽く上回る。

 これは史上初な人間と怪奇の双魂子ならではというか、怪奇の時の力が人間の方へと姿が変わっても少しだけその身に残っているのである。だから人間には出せないほどの力、速度、行動ができるのである。ついでにいうなら警察犬にも負けないほどに五感が鋭く、大麻や違法薬物などは小さい頃から慣らされているためすぐわかる。

 クスリを持っていた方はすぐにその小太りな体型には似合わず俊敏にケースを持ったまま逃げようとするが、一反木綿が王里の合図に反応してくるくると顔に巻き付く。そしていったん酸素不足により気絶したところでしゅるりと解放する。男が重たい音をたてて倒れる。

 その間に大金を持っていたやせすぎな男はケースごと王里へとぶつけようと投げるが、そんな大きいものにわざわざぶつかる必要もなく。軽くかわすと、王里はやせすぎな男の方へと駆け出しその異常なスピードで相手の懐へと回り込み。十手を腹へと突き刺した。

 おっぐうと無様な声を上げて、男が倒れたのを確認すると王里は路地裏に響く声で言った。


「セキナシ、いるんでしょー? こいつ、連れてってくれるー?」

「御意に」


 路地裏を形成する屋根瓦が太陽に光る様子を見ながら言う王里に「御意に」返事が響くと。それと同時に小太りの男とやせすぎな男、トランクが2つとも消えた。

 セキナシは人間である……はずだ。生粋の。それがどうしてこんな非人間じみた術が使えるのか人間方面賊改方7不思議のうちの1つである。なんせ怪奇である一反木綿ですら見えなかったのだから。

 全てを見ていたのだろう、察しの良いセキナシのことだ。言わなくても先ほどの男から情報をどうにかして引き出してくれるだろう。


「……どこからもれたんだろうねー」

「長官さまぁん……」


 茅花の求心力が落ちてるなんてさ。垂れた大きな目をすっと細めた王里に、灰色の一反木綿が寄り添う。場違いに役得とかは思っていない、けして。

 憂いを払うように明るい笑顔を浮かべて、王里が微笑む。


「まあ、帝が鬼札を持ってるボクたち白抜きには関係ないんだけどねー」

「そうですわぁん、長官さまぁん!!」


 白抜き。それは人間方面賊改方たちが自他ともに認める別称だ。怪奇方面賊改方は白い羽織に黒で染めぬかれているのに対し、人間方面賊改方は黒い羽織に白で覇紋が染めぬかれていたからだ。だから白抜き。ごく簡単なことである。

 野太い嬌声を上げる一反木綿に苦笑しつつ、その背へとのり込むと王里たちはまた町の見回りに戻った。


 その後も立て続けに2件、銀行の立てこもり事件や通り魔未遂を解決して王里は本家に戻ってくる途中。朝の6時に家を出て、帰る途中で見た時計台の時刻は13時。午後からは長官ぬきの改方と同心だけで島の巡回を行い、王里は書類仕事をすることになる。

 にしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る