13 セキナシだけど席はある
「さて、朝食の前に少しだけー。華が……鬼札がいなくなったことについて会議を始めよう」
ざわっ。
圧迫。言葉はその一言に尽きた。和やかな時間は終わりをつげ、修羅の時が目覚めだす。
ただ圧倒的なまでの気配が、まるで踏みつぶそうとでもするように改方やリヒトに降り注ぐ。それは決して嫌悪や苛立ちではなく、純粋なまでに臓腑を押さえつける畏怖。
その感覚にぞくりと背筋を粟立たせたのはどうやらリヒトだけではなかったようで。知らず知らずのうちにうつむいてしまっていた顔を上げれば、人間の賊改方たちが顔をしかめていた。こっちの人間の王里の方がよっぽど怪奇じみていると、リヒトは思う。
「長官、それについては怪奇方面の」
「責任が重いね、そうだろう。でもさ、ボクたちにもできることはなかったのかな?」
「……<2ツ>を故意に侵せと?」
「いいやー? そうじゃなくて。
「……はっはい!」
「キミ、大天狗の隠れ里が動いてること知ってたね?」
「「「なっ」」」
思わず腰をあげかけた幹部たち。隅の方で縮こまっていた勅使河原
それが故に、誰も茅花のそれも副隊長だなんて思わずにぼろぼろと情報をこぼしてくれる。そしてそれ故に相手方に潜り込みやすく情報をいるものからいらないものまで玉石混合で拾ってくる男だ。それでもいままでは一度も茅花を、人賊改方を裏切ったことはなかったため手にしていたが。それも今日までのようだと頬に手を当て、小さく憂い気にため息をつく王里に、勅使河原国行はあわてて弁解する。胸の前で手を振って自分は悪くないのアピールだ。
「ち、違いますよ長官! 自分は天狗の隠れ里が動いてることはちゃんと引き継ぎの時に!」
「そうだねー、言ったらしいね。天狗の隠れ里との小競り合いはいつも通りに終結しそうだって」
「ほ、ほら! じゃあ」
にこーっといっそはりつけた笑みを浮かべる王里に勅使河原国行は取りすがろうと自分用に用意された座布団、前に改方斜め後ろに副改方が座るはずなのだがなぜか諜報部隊改方の隊長の座布団はあるだけで誰も座ってはいなかった。それを越えて、上に座す王里に近づく。
(人間も必死なもんだあな……あ?)
くわあと場違いに大きなあくびをしながらも話を見守っていた座布団の上で胡坐をかき膝の上に肘をおいたリヒトに、何人かの改方から刺さるような視線がよこされたがぬらりくらりとむしろ煽るように口端をつりあげた。
しかし、追いすがろうとする小者臭さの抜けない男の帯の隙間にきらりと光るものを見つけて眉間にしわを寄せる。十手独特の鉄の鈍い光り方ではない、鮮やかなそれ。
「ボクが言ってるのは大天狗の里だよー? きみからの報告は天狗のみだって聞いてる。<2ツ>で昼間は行動できないって言っても怪奇たちの様子を探るのもボクたちの仕事の一環だよねー?」
「そ……そりゃあ……」
「でもキミはそれを怠った。ああ、言い訳はいらないよー? 天狗の隠れ里にね、ボクの半身……あー、怪奇方面賊改方長官が行って確認したらキミはしばらく来てないって言ったらしいよ。おかしいよね? だってボク、半月くらい前。襲撃の前に手紙書いたのにー」
「あ……あ……」
「どういうことなのかなー?」
笑顔でいるのに迫力すら感じさせるそれに、その圧迫感に勅使河原国行は耐えきれなかったのだろう。へこへこ頭を下げて様子を伺いながら王里へと近づいて行った勅使河原国行が突如。
うおおおおおおお!! と奇声を発しながら帯の隙間に隠し持っていたナイフを銀の鞘から抜いた。
そのまま座っている王里に襲いかかったが、その凶刃が来る前に静かに立ち上がった王里が。角帯に挿した十手を右手で取り出し、ナイフを持つ勅使河原国行の手を叩いて取り落とさせると同時にその腹に鋭い左ストレートを鳩尾へとかます。
滑り落ちたナイフが味噌汁の茶碗にぼちゃんと音をたてて落ちる。
かっは!!と唾を飛ばしながらうめいた勅使河原国行とて副とは言え改方。それなりの訓練を積んでたはずであるにもかかわらず、まだ16歳の王里があっさりと下したことにリヒトは唖然としていた。
そうしている間にも、茅花からのそれも副とは言え改方からの裏切りということで事態は混乱を呼ぶ……はずだった。だったのだが、全然そんなことはなく。ただ粛々と勅使河原国行は毛女郎の髪で編んだ縄にかけられ、広間から引きずり出される。誰も持ち上げるつもりがないのかごとんごとんと足にかけた縄を持って引きずっているため頭を打ちつけているがその間もぴくりともしない勅使河原国行に若干不安になったものの。それはともかくとして。
(なんでこいつら、仲間の裏切りに動じねえんだ?)
リヒトが気になったのはそこだった。
まるでただ淡々と作業するみたいで、元とはいえ仲間にどうこう思っている様子はなかった。むしろ若干憐れみさえ伴った目で見ている。でもそれだけだ。
淡泊とも言える反応に眉をしかめていればふふっとおだやかに場には似合わないほどおっとりとした笑い声が聞こえてきて。
振り向けば王里が笑っていた。ただその目の内は底知れないほどに黒い、ぞくりとするほどの何かを持っていた。
「ごめんなさい、リヒトさーん。これ、ずっと前からわかってたことだったからいままで泳がしておいたんだけど、なんの収穫も得られなかったし大天狗側からも切られたんだってセキナシが情報取って来てくれたからー」
「セキナシ?」
「諜報部隊改方だね。座布団、開いてるでしょー? ボク以外の前に現れないし会議にも一切出席しないからセキナシ」
「……なるほどのう」
ようは姿を現さない、長官にだけ仕える隠密の改方ということなのだろう。そして、飛び入り参加したリヒト以外はこの粛正を知っていての反応ということだろう。納得である。それでもあっさり縁を切ろうとするところはいただけないが。
だがそもそも人間とはそんなものであると聞いているし、自分たちも裏切りには寛容ではない……どころかもし発覚しようものならその場で殺されても仕方ない。それを考えると甘い方かと思ったが。
「これからセキナシがちょーっと強引に情報引き出すって言ってたからその間に朝食食べちゃいましょー」
「お、おう」
甘いのではなくただ情報を抜き取るためだけに生かされたらしい。
「……と、その前に」
「その前に?」
「給女さーん。お味噌汁器ごと交換してー」
ぱんぱんと手を叩いて甘えたような声の王里の、ㇵの字に下がった眉。器の中に沈んだ鉄の十手を見てから苦笑いしたのはリヒトだけではなかった。
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