12 もっと殴っても良かった
襦袢がわりの真っ白な詰襟のシャツ、木綿の生成りの絣の着物に紺の角帯、木綿の紺の小倉袴に紺足袋。いわゆる書生服に着替えた王里は朝食を食べるため大広間に行ったら、リヒトがいた。心なしか短髪が乱れ、頬を赤く腫らしながら上座の一段下に座っていた。
先ほどの口ぶりからしてもしかしているかもしれないとは思っていたが、本当いるとは考えていなかった。
なぜなら<5ツノ真理ノ誓イ>の<2ツ>に触れるからである。
だから茅花両賊改方、また同心たちは。カタカナのコを下向きにした形の建物、その半分を人間がもう半分を怪奇たちのそれぞれの住居として寝泊りに使っている。その真ん中、同という漢字の横線がいらない感じで本家は昼間は人間が、夜は怪奇が仕事場として使うため真ん中にあるのだ。
怪奇たちは朝、人間の魂に入れ替わった王里を起こすまではいるが、それ以上は領域侵害となるため早々に己の部屋へと引き上げる。それにもかかわらず、なぜリヒトがいるのかと首を傾げる王里。
睡眠ではなく、食事によって疲れや怪気を回復する怪奇たちはそれぞれの副職や内職、仕込みのために部屋へと帰るのだ。まあ、あまりに仕事やそれに没頭しすぎて食事を抜き疲労で寝込むことはあるが、基本人間に比べ何倍も頑丈にできている。
おっとりと大きな目を瞬かせる王里はふてぶてしいまでの怪奇の王里とは違っている。垂れた大きい黒目と少女のような無垢な雰囲気は初代である祖父の妻こと姫にそっくりだった。だからか、どこか飄々とした祖父も怪奇の王里よりも自らの妻に似た人間の王里を可愛がっているように見えた。
「本家の飯はうまいんじゃろうな、西のはいわゆる飯まず? でのう」
「リヒトさん、リヒトさんー」
「ん? なんじゃ?」
「えっと……ここにいていいんですかー? その、<5ツノ真理ノ誓イ>に……」
「大丈夫じゃ「罰」は受けたからのう」
「?」
ぴとぴとと人差し指で若干腫れたように見える頬を指さしたリヒトに、ああ殴られたか何かされたのかと思いついた。『<3ツ>互イノ領土ヲ侵シタ場合、侵サレタ側ノ裁量二基ヅイテ罰サレル』これは非常にあいまいで、「罰」がなにであるかまでは定めていないため罰を重くも軽くもできる。だから殴られる程度で済んだのだろう。まあやりすぎ感は否めないが。本来であれば叱らないといけないのかもしれないが、これは<5ツノ真理ノ誓イ>で定められたこと。何かしらの罰がなければ絶対に遵守されるべき理の意味と意義がなくなってしまう。
「大事な坊の貞操が汚されかけたと殴られたんじゃ」
そう言う大事でもなかったらしい。
未遂なのに! と不満げに言うリヒトに、もっとやっても良かったのかもしれないと人間の改方たちは囁き合う。反省してない、こいつ。中にはあからさまな舌打ちや俺だってやったことないのに、というものの声の連鎖が届く。
アホかと思いながら内心。おっとりと外見では首を傾げてみせた王里に、改方たちは今日も我らの長官は世界一愛らしい! と朝食の席は騒がしい。
朝食がはいからさんの格好をした給女たちによって運び込まれて、膳がそれぞれの前におかれると。給女たちは下がった。
さっそく手を付けようかと箸に手を伸ばしたリヒトだったが、先ほどまでやいのやいの騒いでいたはずの改方たちが全員。口を真一文字に結んで王里の方をじっと見ている。そこで、そうだったとリヒトは思い出す。ここは東の改方の本家であり、西ではリヒトが手を付けなければ他の誰も手をつけなかったようにここでも暗黙の了解があるのだろう。
箸に伸ばした手を優雅に引っ込めて、なにもありませんでしたと言わんばかりの態度を示したリヒトに、王里は苦笑する。
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