11 とある賊と大天狗の隠れ里の最期

「「これは殺傷・暴力にあらず。命の奪いあいである」」


 数日前。

 大天狗と攻め入ってきた賊の両者の宣言からいくばくか、大天狗の隠れ里。いつもは木々の隙間に明かりがともり、子どものはしゃぎまわる声がするその隠れ里は今夜。明かり一つなく静けさに支配されていた。とある一角、修練の場と呼ばれる森の中に出来た木々の拓けた場所をのぞいて。


 どしゃりと、宙に浮かんでいたはずの大天狗たちのは土の上に崩れ落ちた。なんでもかんでもなく、ただ簡単に。頭と上半身と下半身が綺麗に分かれたからである。そう、攻め入ってきたたった2人しかいない賊の攻撃によって。

 長を斬った少年から青年に入りかけた男がつまらなさそうに、その身体の一部である頭部をまるでサッカーボールでも蹴るみたいに草履をはいた足で蹴る。ぐちゃ、べちゃっとみじめな音をたてて転がる肉塊それに、蹴りがいもないのかと言わんばかりに鼻をならす。足袋のつま先に長の血がにじむ。


「なんだ、空亡のやつはこんな雑魚に鬼札をとられたのか」

「雑魚って言わないで上げてよ。大天狗たちも頑張ったんだからさー」

「リオがそういうなら仕方ねえな」


 紺の着物に映える、艶やかな黒く腰まである髪。その髪と右目には何かしらの呪いのかかった長い長い呪符が巻き付けてある。白く整った鼻梁、薄い唇に切れ長でまつげの長い満月色の瞳。長を殺したとはいえ、宙にはまだ6人ほどの大人の大天狗たちがいるのにもかかわらず堂々とした青年はリオと呼んだ隣の影の言うことに鷹揚に頷いて見せる。やがて雲に隠されていた月が顔を出すのと同時に、リオも姿を現す。

 桜色の着物に同様……よりは白っぽい桜色の腰以上にある髪に、唇も桜色、垂れた満月色の瞳と月明かりに照り返す白肌はどこか可憐な印象を見たものに与える。そのまろい白い頬に右手を当て、困ったように微笑む姿は儚いの一言に尽きる。

 しかしその神経は外見とは合っていないようで、左手に持ったこれまた桜色の柄の薙刀で空を見上げ。しれいとうを失いただ呆然とするしかなかった大天狗たちに横薙ぎに一閃放つ。

 当然間合いに入っていないのになにをやっているのかと疑問符を浮かべていた大天狗たちは次の瞬間顔色を変える。いや、首を落とされ驚愕の表情のまま身体ごと地へと落ちていく。ぶしゅっと勢いの良い音がして、首から血が噴き出てどこか末枯れた臭いに満ちていた修練の場に鉄臭いそれが満ちる。陣形を組み真横一列にいたのが災いしたのだ。

飛閃ひせん」自らの怪気や霊力を瞬発力に変換し遠くまで斬撃を放つ技である。

 空に浮かんでいた大天狗たちを次々に地へと落としたリオは、満足そうに頷くと。にっこりと花が飛んでそうな笑みを浮かべた。


「大天狗の隠れ里、制圧完了。じゃ、鬼札連れて帰ろうか」

「おう。やっと……やっとだ」

「うん、やっとだね。ボクたちのあの子がやっと帰ってくる」


 しみじみと呟く2人の周りが急に明るくなったかと思うと炎の龍が襲ってくる。茅花を襲った龍よりも小さい龍だったが、それが彼の限界だった。揃ってそちらを見れば、がくがくと足を震わせた少年が鷹羽の扇を構えているのが見えた。そこからは妙にスローモーションにがかっていた。

 少年を皮ぎりにぞろぞろと隠れていたはずの少年少女が出てくる。その数5名。もし近くに居たら止めるはずの大人が止めなかったのだろうことから、この少年少女らは見捨てられたのかそれとも大人自体が全滅しているのか。そこまで考えて、リオはまたふにゃりと幼い笑みを浮かべる。

 そのまま炎の龍に呑まれる2人に歓声があがり、ハイタッチを交わした少年少女たちは凍り付くことになる。


「うん、隠れててくれたら見逃してあげても良かったんだけど……姿見せてくれちゃった上に攻撃までされちゃったからなー」

「さっさと殺して帰ろうぜ」

「そうだねー」


 そんなのんびりとした、場にそぐわない声が背後から聞こえてきたから。ぎぎぎと油の切れたブリキ人形のように少女が振り返ると、髪に一筋の乱れもなく2人は平然と立っていた。いや、違うところが1つだけある。薙刀だ。リオの薙刀、その刃が月明かりに照らされて赤い液体で濡れている。途端に辺りに元々広がっていた血の匂いを濃く感じる。とっさに周囲を見渡せば、ごろりと足にぶつかる球体。

 それは先ほどハイタッチを交わした少年の頭部だった。

 ひっと声を漏らした少女に、リオは悪意なんて一切ない柔らかな笑みで。


「ごめんね? 鬼札はボクたち李杯いづきが頂くよ。ばーいばい」


 持っていた薙刀を何の迷いもなく少女の心臓、肋骨に守られたそこを骨と骨の間に鋭く差し込んで少女が崩れ落ちる瞬間を見ていたのだった。

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