7 一番許せないのは自分
「つきましてはァ、鬼札を再び取り戻し。茅花こそが最強だと、覇紋の代名詞であることを周知に致してェと思います」
なにをバカげたことをと幹部の中から漏れ出た声が途切れる。なぜか。
それは簡単なことだ。頭を上げた王里。その目が、赤く爛々と輝いていたからである。それと同時に噴出される怪気……怪奇なら誰でも持っている周囲を圧倒する力とでも言えばいいのだろうか、が真綿で首を締めるように幹部たちの呼吸をゆっくりと奪っていく。
屈辱だった。
本家にのり込んでこられたことも、やすやすと目の前で鬼札を奪われたことも。何より、大事な妹分を守れなかった自分に情けなさと屈辱を王里は感じていた。
そしてこんな状態を生み出してしまったことも。
覇紋はともかくとして、なぜ門がいまだ直されていないのか。明瞭なことである。あえてヒントをというのなら、この集会に出てきただけでもたとえ罵り責任の追及のために出てきたのであろうとも。出てきただけ怪奇らの一族は空亡に恩義を感じている、もしくはきちんと役目を理解しているのである。
つまり「最強」であったはずの鬼札を奪われた茅花を見限る輩が出てきたのである。そのため修繕をしようにも人手が集まらない。門は一目でわかるその家の歴史だ。それを直せもしないということは「最強も落ちぶれたものだ」という考え方ができる。
その怪奇に、目を丸くしていたぬらりひょんが。にっと唇の端をつりあげて、なんとも艶のある笑みで笑う。
「坊よ、お前さん昔わしとした約束。覚えとるか?」
「……覚えてらァよ」
「てめえはてめえの百鬼行路をつくり、皆を見守る王となれ」
「俺は俺の百鬼行路をつくり、皆を見守る王となる」
合わさった艶のきいたバリトンの声と声変わりが終わったばかりのそれで。同時に合わさる言葉に、ぬらりひょんがすっと赤い目を細めた。
「ほう、覚えとるか。ならばこの体たらくはなんじゃ?」
「……」
「てめえがわしにそう言ってから11年じゃ。そのくらいの怪奇が出せんのだったら、てめえの配下の1人くらい連れてこられただろうが。この11年間、てめえはどこをほっつき歩とったんじゃ? ああ?」
凄みのきいた声で上塗りするがごとく、王里の真綿で首を絞めるような怪奇を塗りつぶす。座っているだけでも背筋が粟立つようなそれに、王里はふっと唇を緩めた。
「俺ァな、ぬらりひょんよ。俺の百鬼行路の先頭におめェが欲しい」
「……ああ?」
「夢を分かち合ったおめェだからこそ、俺ァおめェが一番最初に欲しかった。だから鈴彦姫のスズリや狼男のロウキになにを言われても黙ってたんだ。それが、この様だ。でもよォ」
「……」
「なァ、ぬらりひょんの長。リヒトよォ。俺と、この白い扇子に覇紋を刻んでみねェか」
じゃっと音をたてて懐から取り出した何も書かれていない白紙の扇子を広げる。その何も書かれていない紙の部分を、ぬらりひょん……リヒトに見せつけながら王里はにたりと笑った。
まるで挑むような目つき。主の前で「自分の部下にならないか」と誘うことは決して得策ではない。やるならばこっそりと、いまの主よりいい条件で受け入れるのが普通だ。それなのに、いまやったのはリヒトはそんな方法を認めないだろうと思ったからだ。それ以上に、空亡は、自分の祖父は。こんなことで怒るほど狭量ではないことを知っているから。
その行為を堂々と主である祖父の前で自分の百鬼行路に誘うのは、惚れ惚れするほど男らしく愚かな行為だ。謀反と、受け取られかねないほどに。
実際そう受け取った者もいるのだろう、大広間にざわめきと緊張が走る。
ぬらりひょんはどうでるのか――。
初代様の反応は――。
次代様は謀反を起こす気なのか――。
様々な憶測が幹部たちの中で飛び交う。
ここにいるリヒトは、前線を退いた長のぬらりひょんだ。前線を退いた理由を王里は知らなかったが、それでも欲しいと思ったのだ。鬼札を、華を取り戻すためにはこの男の存在なくしてはあり得ないと、その圧倒的なまでの存在感で、怪気で。
11年前に見た、怪奇方面賊改方としての仕事。賊改方の仕事とはこういうものだと見学のために母に連れていかれた王里は。東西を股にかける組織を摘発するときの勇ましく先陣切って斬りかかる特攻隊長の背中を見て思ったのだ。
自分が最初に手に入れるべき部下はこいつだと。
だから。その言葉をかみしめるように、リヒトは目を強くつぶり唇を噛みしめて低く唸った。
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