4 いい兄さんの日は11月23日
「「「「おかえりなさいませ、長官!!」」」」
「おう、
「けえったの」
嬉しそうに笑顔を振りまきながら「けえった」「けえった」と繰り返す華の頭、赤い生地に黒のフリルをたくさんつけたヘッドドレスをしている頭を王里は無言のままぐしゃぐしゃとなでる。それによってヘッドドレスがずれても王里になでられてうれしそうな顔をするあたり、華の王里への好感度の高さがうかがえる。
「華よォ、もう寝る時間は過ぎてんだろうが。なんで起きてんだい?」
「あう……かいきのわかさまにあいたかったの」
「ほゥ?」
「きょうね、『いいにいさんのひ』なんだって。だからね、はなかいきのわかさまにもおはなあげたかったの」
そう言って差し出されたのはしおれかけた赤いぎざぎざの花弁が八重になっている花だ。華の目はとろんとほぼ寝ているような状況で、先ほどから何回も目をこすっていた。よっぽど眠いのだろう。ましてや華の普段の就寝時間は9時で、8時から散歩に出かけた王里が帰ってきたのが3時間後である。いつもより2時間も長く起きていたことで疲れてしまったのだろう。ましてや、華は存在こそ千年とある鬼札だが知識と身体は空亡の代がわりごとに一新されるのである。そして先代であった母が亡くなったのが10年前。当時6歳であった王里には空亡の座は継げず。一旦空席になってしまった空亡を結局祖父である初代空亡が再びその座に就いたのだった。継ぎ直したことによって華の身体は手近にあった赤子の身体へと宿り妹とともに育つような感覚で王里は華と成長してきた。それは双魂子であり、もう1つの魂である人間の王里にとっても妹のような存在であるといってもいい。
(そういや、俺の半身の日記に華からかーねーしょんをもらったって書いてあったなァ)
ふと思い出されるのは自らの半身が毎日自分へ向けて書いてくれる日記だ。なぜそんな日記が必要かというと、基本双魂子は入れ替わるさい、記憶を引き継がないからである。散歩に行く前に読んだ今日の内容を思い出して、ふと口をやわらげる。
「いい兄さんの日」たぶん本家の誰かに吹き込まれたのだろうそれを、素直に祝ってくれる純粋さが嬉しかった。だからか知らないが、可愛い妹分が自分のことを兄と慕ってくれるのはとても気分がよかったから。だから。
「おゥ、ありがとな華」
「うん! あ……でもおはなしょんぼりしちゃってるの」
笑って受け取ろうとした王里に、自分が茎を掴んで差し出している花を再度見てしょんと肩を下げる華。
その通り、華は子どもの力で強く握られ茎は折れ水からだいぶ前に引き上げられたのだろう。花弁は艶を失ってしおれていた。でも、その華の心遣いが嬉しくて屈んだ王里は華の小さな手からその赤いカーネーションをひょいっと受け取った。
「安心しな、華。こりゃァしおりにするからよ」
「しおり? ごほんにはさむやつ?」
「おゥ。俺の半身もそうするって言ってたからよォ。いいしおりが2つもできる。ありがとな、華」
「えへへ」
喉の奥で笑いながら花を持っていない方の手で華の頭をわしわしとなでる王里に、周りの本家の怪奇たちがほっとしたように息をつく。
実は今朝、テレビのニュースでやっていた「いい兄さんの日」というのを見て、目を輝かせた華が「わかさまたちになにかあげたい!」というのを一緒に考え。ならば花はどうかと案を出したのは本家の怪奇たちだった。実際、一緒に花を買いに行ったのは狼男だったが。結局自分のお小遣いから花を買うと言って譲らなかった華に、しぶしぶ茶色の革の財布をしまった狼男は何とか花屋の店員(55歳・女性)をたらしこみ。220円しかなかった華のお小遣いで買えるように1本140円だったカーネーションを100円にまけさせた。華の日々のお手伝いでためたお小遣いは兄ともいうべき存在に贈るカーネーションへと消えたのだった。
それでも嬉しそうにしている華と赤い目を細めて口角を上げている自らの仕える怪奇の長官に、そっと狼男は目の縁を胸元から取り出したハンカチで拭いた。実はこう見えて涙もろいのである。そして小動物が大好きで、愛読書は子猫の写真集。猫派? 犬派? と聞かれたら迷わず猫派! と答えるくらいには猫好きだ。
まあ、それはおいといて。
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