第3話 

 沖田から煮干しをもらってから幾日か経った頃、我は新選組の屯所へと向かった。


 というのも、近頃ばあさんが夏風邪で寝込んでしまい、見回り後のご馳走にありつけなくなってしまったのだ。我は、屯所に来れば美味しいご飯にありつけるという沖田の言葉を信じて、こうしてわざわざ出向いているのである。


 本来なら、あんな血の気の多そうな人間のいるところなど寄り着くべきでないのは重々承知しておる。だが、美味しいご飯とちょっとした好奇心に我は敗北してしまったのである。我ながらいかんとは思うが、誘惑には勝てそうもない。


 屯所を囲む塀の上へ跳躍し敷地内へ降りた我は、沖田の姿を探しに屋敷の周囲を散策することにした。最初はあれだけ沖田を避けていたというのに、我も変わったものである。


 それにしても今日は随分と日差しが強い。まずはどこかで涼みたいものだ。


 そう思って、我は日陰になっている縁側の下へと潜り込んだ。予想通り、地面がひんやりしていて寝そべると気持ちがいい。もうちっとここで体を冷やしてから、沖田を探しに行くとしよう。


 ………。


 ………。


 ………。


 我はハッと目を覚ました。どうやらうっかり寝てしまっていたらしい。ひんやりしていて狭くて人目につかない場所なので、すっかり安心してしまっていたようである。


 我は寝ていて乱れてしまった毛を整えてから、そっと縁側の下から出た。


 お日様はいつの間にか随分と下の方に下がってきている。随分長いあいだ寝てしまっていたようだ。我は縮こまった身体をうーんと伸ばして、もう一度入念に毛の手入れをする。


 その時、背後の縁側を歩いてくる人間の足音が聞こえ、我はハッと振り返った。


 我の前に姿を現したのは、やけに鋭い眼光をした男だった。なかなかに二枚目な顔立ちをしておる。だがその鋭い眼差しでは寄ってくる女子も寄ってこぬのではないか。などと我がいらぬ考えをその男に対して抱いているうちに、男の方も我に気づいたようで、つと視線を投げかけてきた。


「どうした、トシ。」


 目つきの鋭い男の後ろにもう一人男がいたようだ。その男が、我を見つけて立ち止まった目つきの鋭い男に声をかける。


 トシと呼ばれた目つきの鋭い男は「いや」と短く言った。


「猫がいるだけだ。」


 トシの目線につられて、もう一人の男も我の方を見てきた。


「ほう、なかなかに綺麗な毛並みをした猫だ。飼い猫か?」


 我はむんと胸を張りたい気持ちになる。我は猫一倍綺麗好きであるからして、毛並みの手入れには事欠かないのである。だが、この男は一つ間違ったことを言った。我は野良である。たまに人間からご馳走をもらうことはあっても、人に飼われているわけではない。


「いや、近藤さん。あれは野良猫だろう。」


 トシが言った。


「そうかな。なぜわかる?」


「なんとなくだ。あのふてぶてしいつらを見ていると、そう思えた。」


 近藤と呼ばれたもう一人の男は、でかい図体でしゃがみこむと、我に向かってチッチッチと舌を鳴らしてきた。どうやら我に近づいてきてほしいようだ。


 こう言う人間はよくいる。だが我はそうされるといつもそっぽを向いて無視するのである。そんな我を見て悲しそうな顔をする人間を盗み見るのが面白いのである。そういうわけで、我はプイッとそっぽを向く。


「あれ、来てくれんな。なついてくれたら、屯所で飼ってもいいかと思うんだが。なあ、トシ。」


「野良猫はそう簡単には飼えないさ。万一居着いてくれて、こちらが飼っているつもりでいても、向こうは全くそんな風には思っていない。猫という輩はそんなものだ。」


 近藤はトシの言葉に声を立てて笑う。


「なるほど。確かに猫ってやつは、飼い主であろうと、ただ餌をくれる人間、もしくは召使とでも思っていそうだ。我々は近頃幕府の犬などと、攘夷浪士から揶揄されているが……、この際猫の召使いにでもなるか。」


 冗談まじりに言った近藤の言葉に、トシは短く笑う。


 猫についての話題はもうそれで終わったようだった。トシと近藤は、別の話をしながら屋敷の奥へと消えていった。


 すると入れ違うようにして、我がこれから探そうとしていた沖田が現れた。


「あれ、猫さん。来てたの。」


 沖田は意外そうに目を丸くすると、「ちょっと待っててね。」とすぐに引っ込んでしまった。しばらく待っていると、手にお椀を持って戻って来た。


 地面に置かれたお椀の中を見ると、うまそうな猫まんまが入っていた。これは、滅多にありつけないとんでもないご馳走である。生の魚くらい嬉しい。


 寝起きで腹が減っていた我は、猫まんまにむしゃぶりついた。


 沖田はそんな我を見て嬉しそうに微笑んだ。

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