第2話
あの妙な連中−−新選組と会ってから数日経った頃、我は日課の見回りをしに寝床を抜け出し、雨上がりの町を歩いていた。
一応、新選組の屯所のあるところも我の縄張りの範囲だから見回ってはおるのだが、またあの沖田とかいうやつに捕まりそうな気がして、我はいつも戦々恐々として毎日あの辺りを見回っておる。無論今日もそうするつもりである。
その時、子供の笑い声が聞こえてきて、我は足を止めた。
子供というのは実に厄介な生き物である。
彼らは好奇心の塊であり、我らを見つけると追いかけてきたり汚れた手で執拗に触ってきたりする。
人間と言えど所詮子供のすることだから大目に見てはいるものの、綺麗に整えていた毛並みが台無しになるのは困りものである。だから我は、子供の気配を感じるとすぐに姿を隠す。
今回もいつもの例にもれず、我は子供に見つかる前に隠れようとした。
だが今日の我はどうもついていないようだ。隠れる前に子供達が来てしまった。
子供たちは鬼ごっこの最中のようで、元気な笑い声を響かせながら「おに」から逃げている。その「おに」を見て、我はぎょっとした。
「おに」役をしていたのは、我が今一番会いたくない人間−−沖田であった。
沖田は子供相手だから手を抜いてやっているようだったが、すぐに近くを逃げていた少年を捕まえる。
「捕まえた。」
「ちぇ、総司くん大人げないわぁ。」
少年は口を尖らせたが、すぐに笑顔になって「仕返しだ!」と沖田を触ろうとする。沖田は「おっと」とそれを避けると、手を叩きながら後ろへ下がった。
「おーにさんこちら、てーの鳴る方へ」
他の子供たちも「おに」が沖田から少年へ移ったのを見ると、わあっと言って蜘蛛の子を散らすように逃げていく。少年はそれを「待てぇぇ!」と追いかけていった。
今の間に物陰に隠れていた我は、子供たちの群れが去ったのを見届けてホッと一息ついた。しかし肝心の沖田が逃げていなかった。
子供の相手をして疲れたのか、沖田は塀に体をもたせかけ、手ぬぐいで汗をぬぐっている。
少し油断していた我は、沖田の様子を窺おうとうかつにも物陰から少し顔を覗かせてしまった。勘の鋭い沖田はそれにすぐに気がつく。
「やあ、猫さん。」
毛を逆立てた我を見て、沖田は笑った。
「君に危害を加えるつもりはないよ。」
その時、突然沖田が激しく咳き込みだした。苦しそうで、ただの咳のように思えなかった。
なんだか放っておけなくて、我はいつでも逃げられる体勢で適度な距離を保ちつつ沖田へ近づいた。
最初会ったときは気がつかなかったが、この男からは病の匂いがする。それに気がつき、我は鼻をひくつかせて首をかしげながら沖田を観察した。
咳が治まった沖田は我を見ると、さっき苦しそうにしていたのが嘘みたいに元気そうな顔を我に向けてきた。
「あれ、君。私が不動堂村の屯所に来た時にいた猫だよね。あの時はごめんね。急に触ったりして。」
なんだ、反省する気持ちはあるのかと、我はフンと鼻を鳴らす。それにしても、猫に向かって謝るなどおかしな人間である。
沖田は何を考えたのか、「ちょうどいいや。」と言って不意に腰を下ろした。
何をするのかと、我は一瞬逃げかけたが、沖田が懐から出したものを見て腰を落ち着かせた。
懐から出てきたのは香ばしい香りのする煮干しであった。
「この前のお詫び。お食べ。」
沖田は我の鼻先に煮干しを突きつけてきた。我が人間の手から直接食べ物をもらうことを警戒しているのに気付いたのか、沖田は煮干しを地面に置く。
そうしてようやく我はちらりと沖田の顔を盗み見てから、悪い男ではないと判断して煮干しを食べた。
沖田は我に煮干しを食べてもらえたのが嬉しかったようで、表情を綻ばせる。
「今度屯所にも来てごらんよ。美味しいご飯にありつけると思うよ。」
それだけ言うと、沖田は腰を上げて我の前から立ち去った。
我は、子供たちが走っていった方向へと歩いていく沖田の後ろ姿を、妙な奴だと思いながらしばらく眺めていた。
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