第3話 境界線を越えた者達
二人の少女、夕貴と綾女の前に謎の人物が三人も現れたのだ。
その中の一人が、綾女を凝視しながら言った。
「私の名前は清正直美と申します。ギジンカでございます。四月十三日午後三時十二分三十一秒、はぐれ者を発見しました。行動を開始します。エクシード」
スーツを着て眼鏡をかけた、銀行員風のお姉さんが無機質な口調でそう言った時、彼女の手中にある文房具が光に包まれた。
夕貴は驚く。綾女は動じなかった。
はぐれ者?エクシード?
夕貴は目の前で光っている文房具(ちなみに三角定規だった)を注視しながら、清正直美、と名乗ったお姉さんの言った台詞の意味について考えた。
はぐれ者というのは何のことだ?いや、誰のことだ?
次にエクシードというのは、英語で「超越する」という意味である。
一体何を超越するというのか?
その疑問に対する答えも出ないまま、数秒ほど経過し、夕貴は驚愕した。
一人の若い男が目の前に現れたのだ。
その若い男は、キッチリしたスーツを着ている背の高い人で、服の上から見ても分かる、逆三角形の筋骨逞しい上半身の持ち主だった。
「あなたの名前は三角です」
ミスミ、と呼ばれた若い男は直美の目の前で一礼した。
夕貴は只々唖然とした。
さっき見た新聞から得た情報が頭の中で蘇る。
人ではないものを、人に変身させることが出来る擬人化能力者達の存在。
突然変異のミュータント。
夕貴が単なる妄想の産物だと一蹴した、あの記事は、まさか事実を告げていたのか?
「俺は獣兵衛」
次に二人目。ジュウベエと名乗った、全身から野生味をまき散らしている毛皮を身にまとった大男は骨付き肉を貪るように食いながら呟いた。
「エクシード!」
その瞬間、獣兵衛の足元で丸くなっていた猫が光に包まれた。
数秒後、発行していた猫が消え、代わりに一人の女の子が出現したのだ。
その可愛らしい女の子は明らかに普通の人間とは違っており、頭部からは猫耳が突き出しピクピクと体の一部のように動き、尾てい骨のあたりからは長い尻尾が生えてウネウネと生物のように蠢動していたのだ。
「お前の名前は猫美だ。分かったな?」
ネコミ、と呼ばれた猫耳娘はゴロゴロと喉を鳴らした。
夕貴は立ち尽くすことしかできない。綾女は静かな表情で事の成り行きを見守っていた。
そして三人目は、小柄な少女だった。その少女の外見はかなり変わったものであり、まずゴシックロリータ風とでも形容できそうな手の込んだ形状の黒服を着ていて、鎖や包帯を腕に巻き付けており、髪の色は金髪で、瞳の色は、オッドアイ?とでもいうのか左右で異なっており、分厚い書物を携えている。夕貴の眼には、その書物の表紙に「黒魔術大全」と書いてあるのがはっきりと見えた。
奇妙奇天烈な格好の少女が胸を張って言った。
「我の名は山井黛。闇を支配し、人を顕現させる力を行使する唯一無二の王である。隷属せよ、愚民。」
「君、何を言ってるの?」
夕貴は困惑して尋ねた。ヤマイ・マユズミと名乗った少女に向かって。
獣兵衛という名の大男が即座に、黛の代わりに、夕貴の質問に答えた。
「この女はなあ、頭がおかしいんだ。だから着てる服も言ってることも変なんだ」
獣兵衛が哀れんだような口調で説明し、それに直美が続く。
「救いようのない、重度の中二病患者です」
「う、う、うるさい!礼儀も知らぬケダモノ男や冗談も通じない杓子定規女に愚弄される筋合いなど無い!」
黛の罵声を無視して、直美は夕貴に向かって説明した。
「私達、擬人化能力者、通称「ギジンカ」の外見や性格や言動は、その擬人化できる対象の特徴、いわゆるライン(境界線)を反映して、形成されていくのです」
その直美の解説を補足するかのように、獣兵衛が嘆息しながら言った。
「だから、直美は融通の利かない堅物に、俺はワイルドな大男に、黛は変な病人に成長しちまったんだ」
夕貴は、なるほど、と理解した。
直美の「ライン」は文房具。
獣兵衛は動物。
黛は暗闇。
というわけだから、この三人の男女は、こういう人々として出来上がっているのか。
病人呼ばわりされた黛は怒りのあまり叫んだ。
「無駄話はもうよい!早く、このハグレ者を処分するぞ!」
夕貴が質問した。
「ハグレ者って、まさか、綾女ちゃんの事?」
「その通り」
白い頬を赤く染めながら、黛という黒服の少女は唱えた。
「人ならざるものよ、我の下僕となれ、エクシード」
すると、暗闇の向こうからゆっくりと人の気配が近づいてきて、真っ黒な幽霊が出現した。その幽霊は、徐々に人間らしいものに変貌していき、黛が満足そうに言った。
「汝の名は黒谷御影」
黒服の長身の恐ろしくハンサムな、ホスト風の男が佇んでいた。
こうして、合計六人の男女は、敵意をむき出しにして、二人の少女に迫る。
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