第4話

「聞こえますか? 吉井さん」

『ええ、よく聞こえます』


 翌日。雄一郎は自らの潜水艦へ帰っていた。

 ただし浮上した上で周囲をバルコの艦隊に囲まれ、海上で軟禁されるような恰好である。潜水艦内にバルコは立ち入らないが、彼自身も身動きが取れない。それで「済んでいる」のはひとえにチャンドラの口添えあってのことだ。ヴィクトルは彼女の功績を認め、その意向を汲んでいた。

 アリススプリングスの復興は始まったばかり。チャンドラも装甲車内から量子暗号通信をしている。双方の設備が充実していないせいで、2Dの映像通信をするのがやっとである。にも関わらず雄一郎はジャケットにネクタイまで締め、ビデオメッセージの時より伸びた髪は耳の周りを昨晩整えたと見られ、髭も剃っていた。

 東洋人にしては堀の深い顔立ち。涼しげな瞳からは過酷な運命の重さは伺えず、若々しい肌には疲れも現れていない。


「ずいぶんくつろいでらっしゃるのね」

『貴女も頭巾を被ったままだ』

「ええ……ごめんなさい、これは私にとって大事な決まりごとなのです」

『お相手は、もう亡くなられたと聞きましたが』

「……」

『あの社会との婚約自体は、まだ生きている? だとしたら羨ましい限りですね。もちろん、新しいお相手がですよ』


 チャンドラは顔が熱くなるのを感じた。こんな不躾な口をきかれるのは初めてだが、怒りでなく恥ずかしさのために視線を逸らすはめになった。顔を見たことを殊更に強調されたせいだ。

 雄一郎の表情も良くない。殆ど初対面の間柄で、ニコリともせずにこういう台詞が言えるものだろうか。


「そんな話をするために、私のところへ来たのですか?」

『一刻も早い終戦と、深海勢力の殲滅にご協力頂きたい』

「ご協力、ですか。相変わらず立場を解っていないのね。貴方からクロスオーメンを奪い、今度こそ連邦と雌雄を決しても構わないのですよ、王国としては。それでも貴方の望みは叶います」

『しかし戦わない道もある……貴女も、連邦と決着をつけるおつもりですか?』

「……」

『もしランスがクロスオーメンを手に入れれば、すぐにでも使い始めるでしょう』


 しかし現実はそうなっていない。


「大統領は撃ち合いを望んでいるけれど、稲田さんがそれを抑えている?」

『はい。どんな回り道をしても、必ず武力を一元化する。それがランスの悲願です。ヴィクトル様も同じだと連邦は理解しています。主権者が王か、市民かの違いはありますが』

「……ええ」


 チャンドラの脳裏に、ヴィクトルが躊躇なくクロスオーメンを使うさまが目に浮かぶ。


『しかし戦わない道も、ある。貴女が深海勢力を殲滅し、両国の間に立って戦争を終わらせればいい……近日中に、南米も連邦を離反します。ですがオセアニアのようにバルコと妥協はしません』


 軍事、研究開発の重要施設が集中する北米に対し、食糧生産拠点を多く抱えるのが南米だ。数日前、南米の旗を預かるグレン・カスティーヨは北米へ向けたレーションの出荷をストップした。北米にはこれまで吸い上げてきた大量の食糧備蓄があるため餓死するようなことはないが、連邦の人口のうち七十五パーセントを抱える南米は今も飢えている。


『旗手のカスティーヨ中将は南米の防衛と食糧生産に全力を注ぎ、戦争にも、海中の捜査にも手を貸さないつもりです。クロエと違う点は、バルコの一極独裁を許さない、という強い決意を持っているところ』

「ええ」

『オセアニアと同じように、独立した南米を制圧してください。連邦に編入されるのが遅かったこともあって、二つの地域が抱える自治区は公安の目が届きにくかった。自治区には深海勢力の協力者が多数「体を着替えて」潜伏している、と公安は見ています』

「ええ、私たちもです」


 南米とオセアニアの自治区には、過去の戦争犯罪人が多数潜伏している。深海勢力が出てきた時点で、それが戦争犯罪人たちと繋がっている可能性は極めて高い、とバルコも考えていた。


『そして今、エドガーはクロスオーメンの情報に密接するため、通信の不自由な深海ではなく、地上に居る……貴方が彼を捕まえれば、戦争は終わる』

「私が、ですか」

『ええ。マイケル様やランスでは困る』


 深海勢力が見つかったのは最近だが、存在が懸念されてはいた。なので存在した場合のシミュレーションを両国とも行っている、現在進行形で。もし相手方が深海を掌握し、それを通じて核の飽和攻撃をされたら。連邦の場合は自身の滅亡、バルコの場合は今の圧倒的優位が崩れるほどのダメージを負う、というものだ。


『まして今、連邦側にはクロスオーメンがある。核と併用した場合の被害なんて、想像もしたくない』

「いまの話は、貴方がクロスオーメンを独占する理由にならないでしょう?」

『貴方がバルコの王なら提供します。しかし実権はいまマイケル様にあり、継ぐのはヴィクトル様です……クロスオーメンや深海の情報が欲しければ、バルコから出て私の監視下に入って頂きます……バルコへ漏らさない為です

「……」

『そしてオセアニアと南米の新しい旗手となり、この戦争に幕を引いてください』


 チャンドラは雄一郎の目を見つめたまま、しばらく間を置いた。そして問いかける。


「どうして……連邦を離反したのですか?」

『……。貴女と同じですよ』

「どういう意味ですか? 説明してください」

『貴女は連邦に住む人たちを見捨てなかった。ぜひ私も、貴女のように振る舞いたい』

「それは不自然なのよ」

『……』

「私には護ってくれる家族と、守るべき従者が大勢います。知っていますね?」

『はい』

「貴方の言うことが真実なら、貴方に連なる人が大勢いるはずだわ。でも貴方はそこにたった一人きりで、私に命運を握られている……それは不自然なのです。稲田さんや大統領に与して、我々を倒すためにクロスオーメンを使うのがよほど自然だわ」

『……』

「もし大勢殺すのが嫌なら……どうしてそれを隠したまま、市民として穏やかに暮らさなかったの?」

『……ずっと隠していても、悪意のある誰かがこれに辿りついたかもしれない。私にはこれが唯一の道だった』

「愛する人はいる?」

『……いえ、今は』

「なら唯一なんて嘘ね。貴方のような根なし草が茨の道を探り当ててまで、この世に何を望むというの?」

『平和と豊饒を』

「でも誰も信じてない。貴方とエドガーの何が違うの? 貴方にとって人類なんて、救いようのない愚者の群れではないの? 自分を神や超人だと思う?」

『いえ』

「ええそうね、哀れな人。それが貴方固有の神通力なら、稲田さんの顔色を窺わなくて済んだ。きっと貴方を中心に世界は纏まったわね、神話のように。でも貴方はそこで秘密を守りながら一人きり、世界のためにとつまらない意地を張っているんだわ……いじましい」


 雄一郎の顔を深い嘆きが過ぎった。チャンドラは語気を緩めないよう自戒する。


「それが避けようのない運命だったとしても、どんなに気高い信念を持っていても、人に寄り添ってないなら信じるに値しないわ。貴方が第二のエドガーとなってしまうのに……一晩も要らない筈よ」

『……』

「設計図を渡してください。貴方の望みに、そんな秘密は不要です」

『私は一人じゃない』


 チャンドラは言葉の意味を計りかねた。その潜水艦にはもう一人、いやあと何人か乗っているのか? それとも彼しか知らない協力者が世界中に散らばっているのか……質問を練るチャンドラに雄一郎は言った。


『例えば南米やオセアニアで、何年も前からエドガーについて探っていた同業者の中にも、祖国に協力できなくなった人がいる。私のせいで、ランスやヴィクトル様がカタストロフィを起こす覚悟を決めたからです』

「……」

『どちらかの手にエドガーが落ちてしまえば、深海の核は敵国にぶつけられ大量の犠牲が出るばかりか、放射性物質の影響は星全体に及ぶことになる……私に情報提供していた同僚は、全員連絡が取れなくなってしまいました』

「……その情報提供者には、バルコの諜報部員も含まれているのですか?」

「ええ。お察しの通り秘密まみれの関係ですが、互いの意図は常に伝え合っています。そうしなければ危険だから。我々ではなくて、この星が」

「……」

『私の同僚たちは、死に備えて必ず遺産を残します。残すべき相手だけに見つけてもらえるように……エドガーへの糸口を。私はそれを探さなくてはならない』

「どうして遺すと言い切れるのですか」

『知るべき情報さえ正しく巡っていれば、人類が致命的に誤った判断を下すことは無いからです』


 世界は既に自由と平和を知っており、人権も公正も情報公開も、法の支配も知っている。さらに経済、輸送、通信の発達で、戦わずとも生きていけると知っている。だから知るべき情報さえ正しく巡れば、人類が致命的に誤った判断を下すことはない……稲田一穂が連邦公安庁の長官となってからは、この認識が諜報の世界に一本の潮流を生んでいる。


『だからそのための情報は必ず残すし、遺す相手も必ず作る……もしエドガーを捕えたら、貴女はどうしますか?』

「……深海勢力を解体し、講和を進めます」

『ええ。どうぞ私……いえ、私達を使ってください。必ずお役に立ちます」


 チャンドラは、かつてマイケルの庭園で聞いた彼の言葉を思い返していた。


――いま踏んでいるその土にも、願いと呪いがしみ込んでいることを忘れるな。


 土に還った人々がこの世に何を望み、何を呪っていたのか。当時のチャンドラには何も聞こえなかった。だが雄一郎にはそれが聞こえるという。そしてスパイたちが最後に遺した希望をかき集め、自分の元に届けて見せるという。


「……解りました。まずは南米を落とします」

『はい』



 まどろみの中で悪夢の予兆を感じたが、ニキータはそのまま身を任せた。なじみの気配から演目までを察し、もがいても無駄なことを理解したのだ。


 そのテロは連邦全土で同時多発的に起こった。武装勢力は当時南米で戦っていたセルゲイたち連邦軍人の家族を人質に取り、名乗りもしないまま淡々と要求を続けた。なんでもいいから手近な連邦軍を攻撃しろ、さもなくば君達の家族を殺す。要求は大雑把だが狙いは明確だった。そして立派な軍人たちの中に不良が一握りでも居ればテロは成功である。物質的な被害の量など関係ない。

 事件が起きたとき、ニキータはまだ五歳だった。その頃は北米にさえ連邦による実効支配の及ばない地域があり、むしろ連邦側が武装勢力に領土を明け渡すことさえあった。軍でセルゲイと出会い、退役して彼と結婚したメラーニエは、ニキータを出産する前からテロや紛争地帯から逃れて引っ越すことが多かった。一部の上流階級以外は、誰もがそんな暮らしをしていた時代である。

 

 武装勢力に乗っ取られた輸送艦の中で、人質はまず足を刺される。それがカウントダウンのスタートだ。

 紛争地帯から遠ざかる際、軍人の家族だけを軍艦で護ることに不平を言う人も居た。だがテロリストは誰の批判もせず、ただ家族単位の人質たちを最大限に活用した。犠牲になるのは子供、その命乞いをするのは母親というケースが多かった。その模様は配信され、ネットを通じ全世界へ向けて実況中継された。

 母親たちの反応は様々だった。彼女たちが強要されたのはつまるところ、軍人である夫を唆すことである。


「さぁ貴女の番です、張り切って行きましょう」


 というテロリストの言葉通り、なりふり構わず他の同胞を殺せと叫ぶ人もいれば、子供が引き裂かれていくのを胃液を吐き戻しながらなす術なく見ている人も居た。子供は足を刺された後、次に胴を撃たれ、息を引き取る直前に頭を撃たれた。フェーズの間にはインターバルがあり、そこへ軍人が裏切ったという報告が入ると、その家族はドローンに治療を施された。そして軍人が死ぬか捕まるかすると、つつがなく、本当に開放された。


「おめでとう、おめでとう!!」


 一度、家族たちによる捨て身の反抗があった。しかし生身の人間などドローンの前では亀も同然、一瞬で鎮圧された。そのドローンに今度は大事な客として抱えられ、テロリストの拍手喝采を浴びながら監禁場所である倉庫を出て、ボートで連邦本土へ運ばれてゆく。


「お次の方どうぞ」


 テロリストたち自らホースと水切りで床を掃除し、そこへ子供を設置する。物資を載せる白いコースターが処刑場だ。新しい血が飛び散る映像はテロリスト達にとって重要な演出である。足場の白は白いほどよかった。

 その様子に気を引かれそうになるニキータを強く抱きしめ、メラーニエは優しい言葉を絶え間なく浴びせた。セルゲイが帰ってくる日の話、今年の誕生日の話、明日は一日中いっしょに遊ぶ約束……普段は厳しい母親だったがその時だけはとびきり優しくて、ニキータはめずらしく言いつけ通り目を閉じ、鉄臭さから逃れるようにメラーニエの胸に顔を埋めた。いい香りがした。


「さぁ、主役のご登場です」


 ニキータの番がきた。パワードスーツを着たテロリスト達の表情は見えないがとても落ち着き払っていて、怒鳴るでもなければ笑うでもない。言い知れない緊張に心臓が高鳴るものの、何かが麻痺してしまっているのか、恐怖は感じなかった。


「セルゲイ」


 メラーニエが語る。一瞬だけ彼女が振り返った時、ニキータは母親の涙を初めて見た。それに釣られてニキータもようやく泣いた。足から血が出ているが、痛くない。多分当時もそうだったろう。


「お願い……たすけて、セルゲイ」



 悪夢が去った後も、ニキータはしばらくベッドの上で真っ暗闇を見つめていた。思春期に入るまでこの悪夢は恐怖の対象でしかなく、出会えば耳をふさいで震えていることしか出来なかった。

 しかし父親に背いてまで軍に入ったのは、この悪夢に立ち向かうためである。


 朝の三時……二十分ってとこか、と彼は思った。真っ暗闇の中に腕時計型の端末を点して時間を確認すると、はたして三時二十分だった。パワードスーツ用のインナーはともかく、ブーツを履いたまま寝たせいでシャワーを浴びたい気分だったが、そうもいかない。昨日から敵の海域となったオセアニア周辺さえまだ抜けていないだろう、当番兵でなくとも軍服は脱げない。

 とはいえ整備班が新しい機体の組上げを終えるまではアサルトフレームの微調整もできず、やることが無い。頭もすっきりしているし、膝の怪我も浅かった。なのでニキータは父親の居室へ行くことにした。背の低いニキータでも頭が天井に届く居室を、ベッド上段で眠るホリンを起こさないよう、静かに出る。

 東南アジアでの戦いあたりから行っていない。そろそろ地獄のような有様になっているはずである。



 親父はダメ人間だ。彼の世話を焼くニキータは常日頃そう思っている。ベッドの足にこびりついた綿埃を震わせんばかりのイビキに合わせて、腹と掌に挟まれた空のレーションパックが上下している。どうして、その、数十センチ先にあるゴミ箱まで手が伸ばせないのか? 呆れはするがストレスにはしない性格のニキータだからこそ、神経がささくれ立つ戦場で世話を続けることができる。

 セルゲイのほうも心得ており、ヘッドマウントディスプレイをして物音どうぞの体勢だ。ニキータはまず狭い床に散らばった紙の書類をかき集め、ベッド下段にある収納へ突っ込む。このご時勢に紙製なわけだから一応は機密書類だろうに、まったく頭がどうかしてると思う。

 起動しっぱなしの空気清浄機のフィルターを交換し、静電気でゴミを吸着するハタキで

床以外の場所を手早く掃除する。

 DDは微量だが空気中にも存在し、人間はそれを摂取しながら暮らしている。体が浄化できるスピードを超えて摂取すると、健康な細胞が死んで老廃物として排出され続け、最終的には筋肉も内臓も脳も、スポンジのようにスカスカになって死亡する。

 DDの蓄積量は血液検査で調べることができ、一定以上の数値になると無菌室に隔離され、そのまま数値が下がるまで暮らすことになる。ニキータはセルゲイの手首に巻かれた端末を操作した。DDの数値推移を見てほっとする。余裕を持って安全圏である。

 反対側の手首に癒着シールが張ってあったので、起こさないよう慎重にはがす。地域によっては拒否権を持つ市民も居るが、兵士は例外なく体に認証チップを埋め込まれて暮らしている。連邦でもライブアース計画の行き届いた街であれば、いたるところにチップのリーダーが設置されていて、メタルフラッグが市民達の移動と消費を監視しているのだ。

 クロスオーメンに巻き込まれた兵士達はチップに不具合が出たため、太い注射器でチップ入りのカプセルを挿入しなおしていた。


「ごー」


 シールをはがすと同時に、セルゲイがイビキも高らかに寝返りをうった。髪をぼりぼりと掻いた拍子にヘッドマウントディスプレイの音量がMAXになる。


『あぁん! はッ あン、ううン!!』

「……」


 女のあえぎ声がもれてきた。

 ニキータは黙って掃除を続けた。せいぜい良い夢見ろよ、と思ったがある事に気付いて舌打ちした。セルゲイの胸にあるロケットが開いており、メラーニエの曖昧な笑みが見えたのだ。いたたまれなくてニキータはそれを閉じた。

 ニキータ自身、戦争が好きなわけではない。だが戦争なくして父親をここまで尊敬できただろうか、と思うと複雑な気持ちだ。


「んごご……ふしゅー」


 セルゲイがぬっと身を起こす。


「おはよう」

「んがっ……」

『ああ~~!!』


 女のあえぎ声。


「でも、まだ夜中だぜ。寝てていいんじゃない?」


 セルゲイはそっとヘッドマウントディスプレイを外した。あえぎ声が聞こえなくなる。


「おう、綺麗になったな。いつもご苦労」

「親父」

「なんだ?」

「歯、磨いてないよな」

「起きたばかりだぞ。今からだ」

「昨日の夜」

「磨いた」

「なんで一回、そこで無駄な抵抗すんの?」

「……」

「虫歯になるだけならまだいいけど、菌もDDを生産すんだぜ?」

「ああ、解った解った。まったく、誰に似たんだお前は……」

「それじゃ、俺は居室に戻るから」


 部屋を出ようとしたところで、セルゲイが歯切れ悪くニキータを呼び止めた。


「その、だな」

「なに?」

「お前、南米に恋人が居たろう」

「あァ、うん」


 ラリー・カスティーヨはニキータと同い年で、今年二十歳になる。ニキータは母親と死別、ラリーの母親は精神病院に居るため本土で孤立し、同じような境遇の子供が集まる施設で十五歳まで暮らした幼馴染だ。軍人の子供が集まる施設だったこともあり、ラリーも南米警備隊でDCをやっている。

 父親の名前はグレン・カスティーヨ。南米の旗手である。ランスやセルゲイと同じ部隊出身だが、その娘と恋仲のニキータも父親同士がどういう付き合いをしているのか知らない。ただ、もはや友人と呼べない間柄なのは解る。


「南米もな、離反するかもしれん」

「……。その話、自分にしていいのですか?」


 セルゲイはドアのほうをちらと見て、来客の気配が無いことを確かめた。


「なにを気取ってるか。成り行きによっては争うかも知れないんだ。伝えたいことの一つや二つ、あるんじゃないのか?」

「……」

「それに、ヤツも娘に泣きつかれれば、もう少し穏便に……」


 口ぶりからするともう手遅れな印象だぞ、とニキータは思った。セルゲイを腐すわけではないが、政治家を兼ねるような軍人が家族に縋られて方針を変えるとは思えない。


「分断工作とか始まってるの?」

「南米から逃げ出している者もいるが、去るもの追わずという様子だそうだ。その必要はないだろう……お前、今ヒマだな?」

「ここへ来るくらいだからね」

「なら悪いことは言わん。通信が出来るうちに話をしておけ。ただ、会話が監視されていることは忘れるな」

「……解ってるよ」


 と言いつつ、ニキータはベッドに座る父親の隣に腰掛けた。


「親父はさ、カスティーヨ中将から誘われてないの」

「行く気はない」


 認めたうえではっきりと言った。


「もう戦いたくないんだろ?」

「私が決めることじゃない」

「自分で決められるとしたら」


 セルゲイは黙った。

 戦場や他の部下の前では決して見せない、悩みながら良い答えを探る姿。自分が望めばすぐ大佐としての仮面を外し、一人の人間として接してくれるセルゲイを、ニキータは深く愛していた。


「……今すぐ戦いを止めるべきだと思う。チャンドラに領土を譲ってでも。海の中でなにが起きててもおかしくないからな。まずそれを調べるべきだ」

「なら、どうすべきだと思うんだよ」

「だが一方で、俺にその判断力はないとも思う。グレンがいくらがんばっても、バルコには勝てん。バルコを抑えられるのは連邦だけだ。そして連邦が負けた後、マイケルが死んだ後、世の中がどうなるか私にはわからん」

「……」

「お前はどうなんだ。ずいぶん勇ましいことを言ってたじゃないか?」

「言った通りさ。吉井を倒す。そしてクロスオーメンを持ち帰る……親父は、このまま成り行きを見ているつもりなのか? バルコが世界を征服したらどうする」

「どうもこうもない。今まで通り戦って、それでバルコが勝つなら仕方ないさ。奴ら、数世代くらいなら良い政治をするかもしれん。その先のことまで、俺は知らん」


 こんな台詞をセルゲイ隊の面々が聞いたら、嫌な顔をするだろうとニキータは思った。彼らは決して好戦的ではないが、独裁を阻むため志願してアサルトフレームに乗った人ばかりだ。


「俺は……俺は許せない」


 セルゲイもニキータに向き直った。自分も若い頃はこうだったと思った。


「吉井を信じてみる気はないのか?」

「ま、まさか!? 冗談だろ親父!? 奴と遭遇しても逃がすつもりなのか!?」

「ハハハ。おちつけ、俺は執行猶予中だぞ。任務は果たさんと、今度こそブチ込まれる。戦場で会ったら捕まえるし、危ないと思ったら、殺す。言った通りだ」

「……」

「クロスオーメンは稲田が持ってるだろうが、連邦はそれを使わないし、そうである限りはチャンドラも吉井の秘密を暴かないと宣言した。ウラじゃいろいろ思惑が絡んでるんだろうが、このまま成り行きを見守れば、深海勢力の殲滅や終戦に漕ぎ着けるかもしれない。しかし、そのために俺が牢屋に入ってやることもない。そうだろ?」

「……ああ」

「お前も、自分の立場で出来ることをやるんだ。もし吉井を倒すことがベストだと思うならやるがいい、手伝ってやる。だがな」

「だが?」

「吉井に成り代わるのだけは許さん。ブチ込まれてもお前を止めてやる」


 ぎくりとしてニキータはセルゲイの目を見た。

 仮に連邦とバルコが再び休戦したとき、意図にそぐわない政治をするようなら戦うつもりで居た。雄一郎がそうしているように、たった一人でも。その時クロスオーメンが手元にあれば、出来ることが飛躍的に増えるだろう。

 セルゲイはニキータの態度に感じるものがあったので、やや眼光を鋭くしてこう聞いた。


「もしクロスオーメンが手に入ったらどうする」

「深海勢力の討伐と、一極独裁の阻止だけは絶対にやる。チャンスがあればDネットの統一もしたい。あと食料生産のために、宇宙開発を――」

「クロスオーメンを使って何をするかは、お前が決めることじゃない」

「……おい。アリかよこんなの」

「お前と吉井が言っている事に、大きな差はない。それでも奴を倒そうとするのは、奴を信じられないからだ。当然だな?」

「ああ」

「お前が吉井を信じないように、世間もお前を信じない」

「それでも、だ」


 ニキータの血が沸き立つ様子を見て、セルゲイは苛立った。しかし殴りつけて言うことを聞くような男ではない。努めてゆっくりと、穏やかに語り掛ける。


「お前も自分が何者なのか証明しなきゃならん。独裁はダメだと言いながら、自分を通すためにクロスオーメンを使って信用されることは出来ない。いいかニキータ。吉井を信じるのもいいだろうし、倒すのもいいだろう。バルコについても同じ、それが自由だ。しかし人の裁量に限りが無ければ自由は死ぬことになる……自由を知らん者が、連邦のアサルトフレームに乗る必要はない」

「……聞いてもいいか、親父」

「なんだ」

「アンタが全力で戦わなくなったのは、死ぬのが怖いからじゃない。独裁や無法を認めてないのも解ってるし、もちろんいじけてなんかない。それなのにクロスオーメンが出て来ても、俺がバルコと深海勢力を倒すとは言わない……どうしてだ? アンタがそう言ってくれれば、俺はアンタに付いていくのに」

「バルコが独裁を敷いているのは、バカだからでも、悪人だからでもない。深海勢力を動かしているのは、むしろ連邦側の誰かだろう。この世に絶対倒すべき相手なんぞ居ない。分を超えた真似をする必要はないんだ」

「……」

「俺も若い頃は、英雄と持て囃されて調子に乗ったもんだ。同僚たちを置き去りにするような戦果を残して、そりゃあ気分が良かったよ。恨みを買うのは仕方ないと思っていたし、むしろ俺がマトになれば同僚を守れると思っていた。そんな中でメラーニエと出会ってお前が産まれて……俺にはもったいないくらいの幸せだった」

「戦ったことを、後悔はしてないんだな」

「ああ。もし勝てればそれで良かった。しかし……どこまでも戦う、という行いは孤立を招くものだったと思う。俺の思惑なんぞはもちろん、善悪論も超えたところで」

「……」

「オーストラリアでの戦いぶりは見事だった。チャンドラを捕らえるまであと一歩だったと思う。お前はもう一人前だ、お前のすることについて、もうとやかく言うのはやめにするよ。しかしニキータ、これだけは覚えておいてくれ」

「……なに?」

「孤立するな。それが俺の人生から唯一、お前に贈ってやれる教訓だ」


 ニキータはしばらく黙っていたが、ふいに立ち上がった。


「ラリーと話してくるよ」

「ああ」


 息子の背を見送った後、寝なおすことにしたセルゲイは横になった。

 崩壊し始めた世界に息子がどういう道を切り拓こうとも、それを助けてやる覚悟はもう出来ている。危険から遠ざけることばかりを考えていたが、彼はもう極上の戦士だ。自分の道は自分で決めるだろう。

 だが一つだけ、絶対に許してはならない道がある。それは吉井雄一郎への道だ。

 彼が創ったクロスオーメンという兵器に、ニキータが強い憧れを抱いているのがわかる。この狭すぎる星に暮らす上で、超えてはならない科学力の限界点があるとしたら、あの発明をもって禁忌は破られたのだろう。戦争の勝敗どころか、生命の先行きさえ左右できるクロスオーメンを欲しがる気持ちは解らなくもない。

 だがそれを手に世界と駆け引きを打つ、などという圧倒的な孤立に人は耐えられない。孤立がもたらす理不尽に耐えられない。街中に一人だけ法の庇護を受けられない者がいて、その人物が受けるどんな無法も善良な市民の目に入らない。そんな仮定よりもさらに過酷な境遇だろう。本当の意味での孤立とはそう言うことだ。

 周囲に誰も居ないことではない。周囲の悪意と裸で向き合うことだ。


 これから吉井をどんな危険や謀略が待ち受けているのか、セルゲイには想像もつかない。きっと惨たらしい最期を迎えた上に、ありもしない罪状まで擦り付けられ、決してこうなってはならないという教訓として死後までも踏みにじられるだろう。

 そんな境遇にだけは、息子を送り出してはならない。


「そうだよな、メラーニエ」


 妻の曖昧な笑みから、少しだけ憂いが去ったように思えた。セルゲイは明かりを消した。



 通信は休憩時間に端末から行えるが、狭い艦内で個室を持つのは左官以上なので、聞かれたくない話をする兵士たちは機関室の周辺に集まる。小声程度なら駆動音が掻き消してくれるため周囲を気遣う必要がなく、かつ相手との会話だけはイヤホンマイクの性能が良いため支障はない。

 家族や親類と話せない環境に兵士を置かないのが、長く戦いが続く現代のスタンダードだった。いい時代になったもんだとニキータは思う。データは監視されているので気分は良くないが、聞いているのは盗み聞きが趣味のクソッたれだ。気にしてやる価値もない。それが兵士の共通認識である。


『ごめん! 待った?』


 呼び出し音に応じて手首の端末を操作すると、イヤホンマイクからラリーの声が聞こえた。息が弾んでいる。メールには急がなくていいと吹き込んだのだが。

 

『転んだりしてないか』


 右目に装着したコンタクトレンズ型のウェアラブル端末に、彼女の像が結ばれている。一昨日にも話をしたばかりだが、顔を見れるのはいつでも嬉しい。


『もう子供じゃないよ』

「おう、そうだったな。よく知ってるぜ」

『……何よ、いやらしい』

「何がだよ?」

『顔がいやらしい』


 ラリーは子供の頃からニキータより背が高く、あと僅かの差をついに詰めることができなかった。せめて百七十センチの大台には乗っておきたかった、とニキータは密かなコンプレックスを抱えている。

 映像は半透明ながら高解像度だ。オレンジがかった柔らかい金髪と、きめの細かいリネン色の肌をあざやかに映している。ニキータは何食わぬ顔でわき上がる欲望を抑えていた。こりゃあ軍も人様の色恋に介入しようとするはずだ。同じ艦に居たらどうやってセックスに持ち込むか考えてばかりだろう。


『オーストラリアで戦ったんでしょう? 怪我なかった?』

「かすり傷一つないよ。もうちょっとで、チャンドラを倒せたんだけどな」

『……』

「心配すんな。約束は守るよ。俺たち二人で生き残る。そうだろ?」

『うん、絶対よ』


 その為には勝たなければいけないし、ラリーをカスティーヨ中将の傍に置いておくわけにはいかない。


「なぁ、お前退役する気あるか?」

『え? そんな、無いわよ。生活して行くお金もないし。お父さんに迷惑かけられないわ』

「寿退役ってことだよ」


 戦争中であるため連邦軍人に退役の自由はないが、警官扱いの警備隊は別である。徴兵期間を終えていれば、契約の内容次第で退役することができる。ニキータの要求は理解されたらしかった。泣き虫ラリーの渾名は今も健在らしく、ラリーは一瞬で涙ぐむ。


『嬉しい』

「オーケーか? よし、すぐ退役願いを出せ。こんなご時世だ、“DCも安全なわけじゃない。”金は俺が出すから、“北米へいくんだ”」

『でも、ダメだな』


 ラリーは決して鈍い女ではない、とニキータは思っている。南米を取り巻く状況も理解しているはずだし、ニキータが何を言っているかも理解している。


『私が居なくなったら、お父さん、ここで一人になっちゃうから』


 グレンといえば複数の家族が居ることで有名だが、元夫人や子供たちとの関係は良好だという。警備隊の旗手として基地住まいを続けている上、いちDCであるラリーと仕事上の接点はないに等しいはずだ。現状に合わない理由だとニキータは思った。

 まさか、この期に及んで娘を警備隊に繋ぎ止めるつもりか?


「いらぬ心配、なんじゃないか。このご時世に……娘に戦争させたい親がいるわけないだろ」

『人の事……言えないくせにさ』


 ニキータもまた、セルゲイの強い反対を押し切って軍に入っている。


『それじゃ、時間だから。貴方こそ、無理しないでね』

「ちょっとまて、ラリー」


 一方的に通信が切れた。揉めてるときじゃないのに……思わず大きなため息が漏れた。

 近くの兵士に好奇の目で見られながら、ニキータは足早にその場を去った。



 居室の扉を開けると、二段ベッドの上でホリンが身じろきした。音を立てないよう慎重に下段へ入る。ぼんやりと闇を見渡しながら、先ほどの夢を振り返った。家族を襲った過酷な運命について。


 幼い頃のニキータにとって、セルゲイはたまに帰ってくるおじさんだった。施設に入った後もそれは変わらなかった。

 自分を守った末、海底へ沈んだという母親の死にショックは受けたが、それをトラウマとするほど彼の人生経験は深くない。厳しくも優しい先生たちから愛情を注がれて、彼らを親と位置づけることに時間はかからなかった。

 だから初めのうち、セルゲイが帰ってくると重圧を感じた。どうしてこの人は、自分に会うと涙ぐむほど嬉しがるのだろう。あまり会ったこともないのに……それでも帰ってくるのは年に一度、長くても二、三泊の間だから、と相手の顔色をみて喜ぶようにふるまった。

 だが成長するにつれ、ニキータの方がセルゲイを強く意識するようになっていく。彼の名前をネットで検索すると、大統領を凌ぐ件数がヒットする。ニキータは好きな歴史を学ぶ時より貪欲に記事を追った。


 セルゲイは連邦政府が掲げた自由と法の支配に同調し、「武力の一元化」という目標を達成するため軍に参加した。武力衝突が生命を滅ぼすリスクは、科学が進歩するほどに増していくことから、連邦政府は既に起きてしまったドローンウォーズを、人類最後の「決戦戦争」とする覚悟を決めた。

 セルゲイは入隊直前の日記に「自分が最後の兵士になる」と決意を綴り、退役後は警官になる夢を周囲に語っていた。人同士の諍いや犯罪はあったとしても、軍同士の破滅的な衝突が無い世界を目指したのだ。そして彼の活躍もあって加盟国の領土は奪還されていったが、挫折は唐突にやってきた。


「……」


 家族を人質に取られても裏切らなかった人たちは、軍人の鑑と称賛された。一方で裏切り者は殆どその場で殺され「不起訴処分」となった。生き残ったセルゲイも投獄は免れたが、私財と給金のほぼすべてを遺族に差し出している。それは今後も続くだろうし、それも人々に称賛されている。

 起こってしまった不幸なら、乗り切ろうと思える。だが未だに事件の全容が解らず、裏で糸を引いた連中が隠れ遂せているのはどうしても納得できない。許せない、暗然と武力が振るわれる世界なんて許せない。武力なんてものは、行使までのプロセス全てが公でなければならない。起きてしまったどんな出来事も正当化してしまうからだ……そして武力を覆う闇を打ち払うため、ニキータはアサルトフレームに乗った。


――貴方のお父さんを、私たちは責めません。ただ私たちが愛した家族の代わりに、貴方は生きている。そう思わせてほしいのです。だからあなたの人生に、どうか十九人分の実りあれと、私たちは願っています。


 面会した遺族の一人にこう言われた時、望むところだとニキータは思った。十九人どころではない、百人、千人分の実りをくれてやる。親父が疲れてしまったなら、代わりにこの俺が最後の兵士になってやる。そして全てが終わった後、退役する親父の背中に向けてこう言ってやるつもりだ。

 あんたは裏切り者なんかじゃない。守護者だったんだと。



「通話に出てくれて嬉しいよ、カスティーヨ中将」

『こちらこそ、お話しできて光栄だ。マイケルさん』


 目の前の椅子に座るグレン・カスティーヨのホログラフは、資料で見たときより痛ましく痩せていた。マイケルはその飢えを慈しむように声をかけた。


「南米の今後について話し合いたいんだ。私は君たちによる自治をそのまま認めようと思っている。もっとも、ライブアース計画にだけは参加してもらうがね」


 南米が独立を宣言してからすでに半月。ランスもグレンの懐柔を試みているだろうが、飴を用意する余裕はないはずだとマイケルは思った。南米の食料生産を縮小しなければ、バルコに対抗しながら海中の捜索はできない。

 つまり開戦した時点で、グレンはかつての戦友から、ありていに言えば市民を餓死させるよう要求されているはずだ。それを受けるような人物でないことは知れていた。


『マイケルさん。お互い忙しい身のはずだから、まずはっきりさせておこう。私は誰が支配者だろうと、独裁というやり方を認めない。いや、そういう国が有るのは勝手かもしれんが、少なくとも一極独裁だけは認めない。我々が連邦と袂を分かつ事になったのはご存知なんだろうが、その点だけは彼等と協力するつもりだよ』

「解っているとも。これは決着がついた後の話だ。我々はいつでも手を緩めるつもりだよ、君の決心次第で。だから君も市民の負託を受けた政治家なら、彼らの為の判断をしたまえ」


 マイケルのゆったりとした口調に、眉一つ動かさないグレン。


「孫のチャンドラが優しい子でね。君たちのために新しいDネットを立ち上げるようだ。一時的なものだがね。彼女ともよく話をしたほうがいい。今、バルコを仕切っているのはヴィクトルだが、ひとまずチャンドラのやることを静観するつもりだ。むろん……彼自身は、君達に容赦をするつもりがない。気をつけたまえ?」

『あんたは止めないのかい』

「どちらを、だね?」

『両方だよ』


 開戦を防ぐため練られた条約に、Dネットの新設やドローンを指揮できるような巨大AIの新設を禁止するものがあった。条約は連邦主導だったが、バルコも同意していた。


「中将、約束はとても大事なものだ。しかしなぜ大事か、も、常に考えておくべきだ」

『あくまでも条約を守るつもりはないのだな?』

「まさかとは思うが、宇宙からレールガンで撃たれることを恐れているのかね? その心当たりがあるのかな?」


 不快感と共に、マイケルの言葉が腑に落ちて行く。彼が生きている限り、バルコは南米を浄土に還すようなことはしない、とグレンも信じてしまっている。その点に関してはランスの方が疑わしいとさえ思う。

 敵ではあるが、どうしても軽蔑しきれない連中だと感じていた。家族を愛し、家を護り、敵を倒す。世の中なんてそれくらい単純でいいのだとグレンも思う。そもそもこんなに複雑で御しがたいものにしたのは誰なのか?

 グレンの沈黙から、彼のこうした心情を遠からず、といったところまでマイケルは推察していた。


「もし人類が生き残ったら、時の終わりまで語り継がれる戦だ。我々の言動は寓話や哲学の種となり、後世の教訓となるだろう。君もまたそれを忘れてはならん立場だ。いいかね、君は指導者なのだ。哀れな人々をだます扇動者とは違う。身の証を立てる必要があるのだよ」

『具体的にどうせよと?』

「まずは、これを見たまえ」


 グレンは送られてきたファイルを開き、思わず目を見開いてしまう。しかしすぐ平静を装ってこう言った。


『ずいぶん古いものだが、確かにリオの機密が含まれている。どうやって手に入れた?』

「強がりを言わんでもよろしい。それが最近のものであることは解っている」


 グレンが護り、連邦やバルコが奪おうとしているリオデジャネイロには規模世界一を誇る食料生産プラントがあり、戦争を生き抜いた多くのプラントと同じく、地下にある。敵を撃退しながら設備を地下に潜らせるまでが大変だが、一度潜ってしまえば地下プラントの生存率は飛躍的に高まる。

 地上にある施設は偵察しやすく、食料のある倉庫や壊すべきでないプラント本体の位置も割り出しやすい。逆にそうした情報が無ければ襲撃作戦そのものが立てられない。目的はあくまで食料の獲得であり、戦闘で焼失しては元も子もないからだ。

 地下にあるせいで急襲、強奪のちに離脱という作戦が立てにくく、敵の援軍に捕まりやすいのも襲撃者にとっては不都合だった。リオは海に面しているため海上輸送がしやすく、海の強奪は陸よりも難しいことが発展をさらに後押しした。無人艦は食料と共に海へ沈むからである。


 難攻不落のリオデジャネイロ。レーザーやレールガンは大型化するほど大きなエネルギーを必要とするため、現代の軍事拠点は巨大な融合炉を抱えて要塞化する。リオも例外ではなく、地下の融合炉からエネルギー供給を受けた超長距離砲が防衛の要だ。攻略する側は移動式の融合炉を使う必要があり、これは大型化が難しいため威力と射程に劣る砲での撃ち合いを強いられる。

 しかも巨大な地下空間を持つリオは、地上とを繋ぐ縦穴をいくつも掘り、モグラ叩きのモグラのように砲を出し入れすることで攻撃をかわし、襲撃者を一方的に打撃する。突破するには被害を覚悟で物量を送り込むしかないが、苦労して侵入した先が地下では味方の通信に不自由が生じ、ドローン同士の連携がうまく行かない。

 それでも規模が大きくなれば攻略の見返りも大きい。リオは世界二位のプラントに倍する規模を持ち、地下に潜りながら結果として最も襲撃を受けたプラントとなった。にも関わらず一度も侵入を許していないグレンは名将と謳われている。


「これまで、よくぞ……リオを守り、育んできたね。食べねば生きられない一人の人間として、君には敬意を表する。我々も……そこを攻撃することは、無いと考えていた」


 グレンが視線を鋭くした。

 リオが陥落すれば南米も陥落する。しかし壊すには余りに惜しいのがリオのプラントだ。壊さずに制圧することは非常に難しく、南米の攻略は太平洋側にあるメタルフラッグを狙って行うべき、つまり南米全土との総力戦とマイケルも考えていた。


「しかしあの兵器のおかげで、それも変わった」

『使うつもりか。あれを、リオに対して』

「そう聞いているよ」


 クロスオーメンなら地下を破壊することなく無力化できる。リオだけでなく、現代文明のすべてを無力化できるといっても過言ではない。


『テロリストが使うのとはわけが違う。貴様があれを使うと言った以上、今後誰もあれを使うことに躊躇すまい。どういう意味か解っているだろうな』

「無論だよ」

『必ず後悔するぞ』

「どうしてだね?」

『……』

「君もあれが欲しいだろう。我々に対し拒否権を持つには、あれを持つしかない。手に入れた後どうするつもりだね?」

『南米に手出しはさせん。仮に全土を制圧されようと、貴様らが一人残らず出ていくまで戦い続ける』

「愚か者が」


 しわがれていた声が突如、瑞々しく通った。それがマイケルの声だとすぐ理解できず、グレンは瞬きした。


「いつまで古代に生きているつもりだ。国境線なんてものが人を守ってくれると、今も本気で思っているのかね」

『……』

「言ったろう。指導者であるなら、人類がこれからどうするべきか具体的な道筋を立てねばならん。今すぐに。そして君も敗色濃厚な戦いに立った以上、敗北した後のことも考えておかねばならない。歴史に名を残すのだと自覚したまえ。飢えた人々を守った将として……」


 マイケルは垂れ下がった眉に隠れていた目を開きながらこう言った。


「グール(屍食鬼)の親としてな」


 グレンは目を瞑った。

 やや浅黒い額に血管が浮き出て、肉厚な皮膚に巌のような皺を刻んだ。歪む唇の上で立派な口髭がひしゃげていく様をマイケルはじっくりと見た。岩を揺さぶっているような気分になった。噴出するのではなく、にじみ出るような怒り。日ごろ動じない人物ほど露にする感情は重い意味を持つ。

 グレンが開眼した。堀の深いラテン系の顔に目が埋まるほど眉を怒らせ、こう言った。


『言うことはそれだけか?』

「ああ。それで、返答は?」


 ブツリと通信が切れた。


「ふう」


 マイケルは執事を呼び、コーヒーを淹れさせた。アレクシスから贈られたティーカップに砂糖はふたつ、ミルクは十五ミリグラムと決まっている。ミルクは地下に放牧スペースを確保して生産している。マイケルにとってそれは必要なことだった。


 グレン・カスティーヨを噂どおりの人物とマイケルは見た。プライベートでは三度の結婚を経てなお全ての家族と親交を保っているという。マイケルがグールと呼んだラリー・カスティーヨは妻の連れ子で、グレンとは血が繋がっていないが、自身を侮辱されたような怒りを彼は見せていた。


「惜しいな、漫然と……」


 殺してしまうには。独り言をよく言うマイケルだが、最近はそれも億劫で途切れてしまう。彼の関心事は後世のことに絞られている。市民からの信奉厚いクロエに続きグレンまで死ねば、バルコに協調的な連邦人までチャンドラを嫌うかもしれない。出来ればそれは避けたかった。


「下がれ。誰も通すな」

「かしこまりました」


 コーヒーを一気に飲み干し、執事にそう告げる。せっかくの一杯だったが雲行きが怪しくなってきた。何年生きても自分の機嫌だけは思うように保てない。その変化を事前に察することだけは上手くなったが。

 エドガー・ベイル。まさしく人類の敵。永遠の命を、有限な資源の中にさえ求める研究者なら大勢いる。分けても彼を許しがたいのはアビエクトウイルスを作ったからだ。人の絆を攻撃するため、ドローンが力をつけてきた時代をあえて狙った。殺しと略奪と“陵辱”までも、彼らが代行することを利用した。


 人間は、人間を食べない。それは禁忌であり、不幸な事故であり、あるいはごく限られた社会にある奇習である。人がいくら飢えてもそれは変わらなかった。エドガーはその歴史を変えた。


「貴様だけは、この生あるうちに……」


 太陽の下に引きずり出して、八つ裂きにしてやる。戦争再開というこのふざけた成り行きの中、十も年上の彼がまだ生きているという確信のもと、マイケルはその決意を新たにした。


 アビエクトウイルスは人間の中でDDを生産しない。彼らは人間の体にだけ定着しないからだ。だから自然界にある生物の中で、人間にとって最も安全な食料は、生きている人間である。



「きをつけェーー!」


 南米、リオデジャネイロ地下。これからグレン・カスティーヨ率いる南米警備隊は、小隊長以上の役持ち全員で作戦会議を行う。すり鉢状の会議室の底にグレンが現れると、百人近い指揮官たちが一斉に起立する。中には先日まで連邦軍人だった亡命者もおり、すでに編入を済ませ他の隊員と同じ扱いを受けている。

 チャンドラの艦隊がアフリカ大陸を発ったとの報せが入っており、全員が既にパワードスーツを着込んで臨戦態勢だ。脅威として念頭に置かれているのは、オセアニアで彼女を援護したというクロスオーメンである。


「楽にして聞いてくれ……既に知ってるとは思うが、近日中にバルコがここへ攻めてくる。それを撃退することに関しては、連邦と協力することになった。彼らは北と東に展開し、我々と協力してここを防衛する」


 グレンが間をおいたので、連邦軍を抜けてきた兵士が手を挙げた。


「連邦が裏切ったらどうしますか」

「むろん、戦う。何人にもここは渡さん。ここは南米人のものだ」


 元連邦軍人は深く頷いた。彼のような離脱者のほとんどが、元を辿れば南米人である。リオのプラントがどれだけ人の暮らしを献身的に支えているか、知らない者は居ない。


「ただでさえ吉井がバルコに協力しているのだ、これ以上連中を利するわけにはいかん! いいか、我々は食糧生産でも、反独裁でも妥協しない! 頼むぞ、皆の力が頼りだ!」


 短く大きな声で兵士達は応えた。 


「よし……では、今回の作戦で重要な点を説明する。警戒すべきは連中の切り札だ」


 グレンが端末を取り出すと、そこにある情報が兵士達のメットを通して共有される。南シナ海、そしてオーストラリアで観測された球形のウェーブエフェクトの映像だ。


「最大効果範囲は少なく見積もって半径十キロ、パワードスーツ程度の設備で起動できる。これを相手に従来の戦い方を漫然とやれば、プラントを守りきれないかもしれん。そこでだ」


 リオ周辺の地図が共有される。

 初めから地上に配置されるのはごく一部の精鋭だけで、大半が地下に控えて敵の地上部隊を待ち受けるのが南米警備隊の戦いだった。しかし。


「今回は初めから本隊を地上に置き、海岸線から市街地にかけて十層の防衛ラインを敷く! そして少数の別働隊が地下で待ち受ける。要するにいつもの逆だ。地上の部隊は持ち場を死守する必要はない。ドローンと確実に解った敵は通していい。が……アサルトフレームやパワードスーツは通すな! そしてもしクロスオーメンを発見したら、使い手を生け捕りにせよ!」


 はい、という返事が広大なホールに反響する。


「小隊長は行動計画を提出しろ! 連邦軍から帰ってきた者は、先任者から地下迷宮の使い方についてよく聞いてくれ。以上だ。各自作業に入れ!」



「ラリー少尉、ちょっと良いか?」 

「はいっ?」


 慌しく人が行き来する司令部で、ラリーはルーカス・ジルベルト大佐に呼び止められた。ともに地下で待ち伏せするドローンの指揮を担当しており、ラリーにとっては上司にあたる。

 同じ幹部でも少尉と大佐には天と地の開きがある。ラリーの背はいつもよりもピシッと伸びた。


「ドローンの挙動について確認したいことがある。十一会議室まで一緒に来てくれ」

「解りました」


 前を行く白髪のオールバックを見ながら、ラリーは今の言葉を反芻していた。対バルコ開戦前から武装勢力とも長く戦ってきたジルベルト大佐は、ラリーの父であるグレンより六歳も上の五十七歳である。大勢の部下に慕われているし、雑用も喜んで引き受ける人がいるはずだ。ラリーはDCの技能協議会で表彰された時にジルベルトと話したことはあるが、彼との接点はそれだけである。

 ラリーの違和感は強まった。ドローンの挙動といえば部隊全員が関わる重要なことだ。もし調整するとなれば、少なくとも小隊長以上は全員参加の会議になる。こうして個別に話すような案件ではない。

 一体なんだろう? 会議室に入っても大佐を待っている人はおらず、持ち場が近いらしい二つの小隊が大佐に敬礼した後、すぐ会議を再開した。


「骨伝導で話そう」

「はい」


 環境音を切り離すためである。長テーブルの端にジルベルトと向かい合わせで座り、多目的ジャックにプラグを繋いだ瞬間、思いがけない人物の声を聞いた。


『何食わぬ顔で、そのまま聞け』


 司令? と言い掛けたがなんとか堪えた。声の主はグレン・カスティーヨその人だった。親愛なる父だが警備隊という組織の中では雲の上の人である。これまで仕事上のかかわりは殆どなかった。


『地下迷宮の全容が流出している。融合炉や送電ケーブル、《グラン・マドレ(リオを司る巨大AIの名前)》の位置……すべてだ。つまり上級将校の中にも裏切り者がいる。乱戦になれば、どこで何が起こるか解らん』


 リオの超長距離砲を恐れるような勢力なら、リオにとって厄介な敵とは言えない。問題はそれを突破できるものの、地下迷宮の全容を掴めず襲撃計画を立てられない敵だ。この敵を警戒するからこそ、基地の脳に当たる巨大AIや心臓に当たる融合炉、そして血管に当たる送電ケーブルの位置は、一部の上級将校しか知らない最高機密だった。

 ラリーは勿論知らない。目の前のジルベルトが知っているのかさえ、知らない。


『お前たち別働隊に、今から吉井が現れた場合の話をする。絶対に口外するな。いいか、心して聞けよ。首尾よくここを防衛できれば、それでよし。しかし奴に地下の重要施設を破壊され、防戦が難しくなったら……ここを制圧した勢力に投降しろ。地下を傷つけずに一旦譲り渡すんだ』


 連邦バルコとも、投降すれば佐官未満の責任は問わないと明言している。警備隊を分断するための策略だが、明言した以上は履行するはずだった。投降先がバルコだったとしても、望めば連邦へ帰ることができるだろう。


『吉井は我々が必ず捕える。そうすればリオを奪われたとしても、まだ戦える。折を見て北米から帰って来てくれ。そしてまた一緒に戦おう……以上だ。健闘を祈る』


 ジルベルト大佐がにっこりと笑った。


「よくわかった。ありがとう、カスティーヨ少尉」

「はい、それでは失礼します」


 座ったまま動かないジルベルトに敬礼をし、ラリーは会議室を出た。

 グレンはリオ陥落後のゲリラ戦まで視野に入れている。その戦いは既に南米を守ると言うよりは、バルコを倒すためにあるのでは、とラリーは思った。決断を後押ししたのはクロスオーメンだ。攻め入ってくる吉井からこれを奪うため、精鋭のスーツ組が入念な演習をしていた。

 何としてもクロスオーメンは奪う。そして地下は無傷のまま明け渡し、後の交渉で食料を脅し取ればいい……ラリーたちDCに降伏を許したのは、そういう計算があるからだろう。


「……」


 どこかで、休戦は終わらないような気がしていた。苦労はあってもグレンやニキータと平和に暮らせるような気がしていた。でもクロスオーメンのせいで二人が理想に燃えているのが解る。平和と自由のため、彼らは死ぬまで戦うだろう。

 ラリーの胸に焦りが渦巻いた。顔に出てしまいそうだったので、人が行き交う通路を足早に歩いた。仮眠のタイミングを早めようと思っていた。



 同室の女性軍曹が大きな鼾をかいている。しかしラリーが眠れないのはそのせいではなかった。


 ドローンはプラントの食料を急ピッチで収穫、加工している。そうして内地へ可能な限り送ってしまうのだ、送れるうちに。そんな単純作業にDCは必要ないし、戦術のシミュレーションも済んでいる。あとは体調を整えて本番に臨むだけだ。

 リオの周辺にはそろそろ連邦軍が展開しているだろうか。その中にはニキータも居るだろうか? 臨時協定は連邦軍の地下侵入を禁じているが、相手の司令部が守るとは思えない。あくまで噂だが、深海を管理しているのは連邦の有力者で、彼らがリオの食料プラントを壊したがっている、という話もある。そうなれば南米の統治をバルコへ譲るとしても、彼等はバカ正直に飢餓を救おうとするだろう。とても有効な焦土作戦だ、というのだ。

 噂の真偽はともかく、戦局によってはニキータたちと敵対するかもしれない。ラリーが恐れている事態はそれだが、焦りの根は別のところにある。


 連邦とバルコによる統治が安定したのはここ数年の間で、それ以前の世には武装勢力による無法がまかり通っていた。口減らしに肯定的な彼らにとって食料は奪うものであり、プラントから食料を強奪しては復興を待つような行為が横行した。

 そうして戦場となる地域にばかり資源が集中し、枯渇した地域は皮肉にも安全で人が集まるようになった。グレン・カスティーヨを父とする前のラリーにとって、それはゴーストタウンを再利用した難民都市だった。

 瓦礫と汚濁にまみれた路上で、枯れた街路樹や汚れた衣類をドラム缶で燃やし、レーションと浄水と冷え切った体を暖めて食いつなぐ日々。DDの血中濃度を調べる施設もなく、薬もない。それでも配給があるだけマシだった。


「こら、ラリー!!」


 母の怒鳴り声が響き、弟と共に身を震わせる。支給されたレーションを姉弟で奪い合っていたのだ。四歳のラリーと三歳の弟では、体力的にラリーに分があった。


「決められた分はもう食べたんでしょ?」

「ち、違うよ。これ、私のだもん」


 ギョッとしてラリーを振り返ったボリスは、すぐに大声で泣き始めた。チューブ型のレーションは彼のものである。


「ラリー……」


 ゆっくりとラリーの前に膝をつき、顔を覗き込みながら母はこう言った。


「本当に? 本当に、そのチューブは、貴女の?」


 母の目を見るのが怖くて、その額を見ながら怒りを計るクセがついていた。前髪はヘアピンで耳の上に纏められており、眉間に寄ったシワの深さと血色が見やすい。


「ごめ……ごめんなさい。嘘つきました」

「……それで?」

「ボリス……ごめんなさい」

「よし」


 ボリスにレーションのチューブを渡すと、赤みが差しかけていた母の顔がにこやかになった。ラリーはほっとした。

 悪いことをしてはいけない。荒廃した世の中で、母が繰り返した言葉である。


「もう泣かないで」


 ボリスがチューブを吸い始める。母の膝の上で、けろりとした顔で。


「ラリーもおいで」

「うん」

「ほら、お母さんの分をあげるから」

「ううん、要らない」


 あれだけボリスのためにきつく言う母が、自分のレーションは笑顔で譲ってくれる。それがなんだか恐ろしくて、受け取るのが奪うより難しかった。ラリーは空腹を我慢する理由を得たが、この時は恐怖心からだった。


 歌手として小さくない影響力を持ち、活動家でもあった母は国をバルコに倒されても恭順せず、連邦が設けた難民都市で暮らすことを選んだ。助教授の父は母に比べ地味でこそあるが、ラリーをはじめとした子供たちに勉強を教えるだけでなく、大人達からも知恵を乞われるほど博識で、善意の人だった。

 そんな父を度々ラリーは質問攻めにした。貧困、戦争、病、そして死。八歳になったラリーにとって、この世界は謎だらけであった。


「お母さん、死んじゃうの?」

「どうしてそう思う?」

「……お腹が空いて」


 住居として使われている廃マンションの一区画。リビングの天井に掛かるランプの光が、テーブルの向かいに着く父を照らしている。日没前、難民都市の方針を決める住民投票が行われた。バリケードの外に陣取る流浪難民を受け入れるか否か。受け入れを目指し、今日まで鬼気迫る奔走ぶりを見せていた母は、勝利の一報を聞くとそのまま寝室のベッドに倒れ込み、眠ってしまった。

 年を重ねるごとに母は痩せていくが、配給の量は施しているバルコや連邦が決める。人が増えたからといって食料も増えるとは限らないし、減ることだってあり得る。誰もがそれを知っているため、新しい人が来るたびに街の治安は悪くなり、外遊びが好きだったボリスは家に籠ることが多くなった。テーブルから少し離れた床に座り、廃墟から拾ってきたボロボロの漫画へランプの光を落としている。


「ラリーは、新しい人を受け入れるのが嫌かい?」

「解らない。でも、もし大勢の人が飢え死にするような日が来たら……一番最初に死ぬのは、お母さんじゃないかって」


 テーブルのシミに落としていた視線を、チラと父の顔に向ける。ラリーが不安なとき、父はいつも安心させるような言葉を掛けてくれる。今回もそれを期待していた。


「君と同じように、家族を心配して受け入れに反対した人が大勢いる。彼らを悪い人だと思うかい?」

「えっ? ……解らない」


 父も母も受け入れに賛成し、反対する人と激しい議論を交わしていた。そういう論争を経ても父は周囲の人と関係を悪化させず、万一悪化してもケロリと仲直りができる人だったが、母は違った。数日前に配給所からの帰り道で、すれ違った男性から掛けられた言葉がラリーの胸に刻まれている。


――君のお母さんには、生贄を求める悪魔が憑いている。


 傍にいた母は臆さず、それは幻、貴方の弱気に取り憑いたのよ、と言い返した。しかしこのやり取りでラリーは自分の本心に気付いた。母が飢えるくらいなら、新しい人なんて来なければいい。母に嫌われたくない一心でこれを隠したが、隠せば隠すほど不安は大きくなるばかりだった。


「母さんが怖いと思ったことは?」

「そ、そんなこと、ないよ」

「本来、人とは注意深く関わらなきゃいけない。他人を助けたことで、自分や隣人を貧しくしてはいけない。また悪人を助けたと言われてもいけない。それでも助けるなら今は悪くとも、明日は良くなると信じて貰わなきゃいけない」

「……」

「信じない人を攻撃するのは、確かに……生贄を求める悪魔かもしれないな」


 ラリーは膝の上で落ち着きなく指を絡めた。父はあの帰り道で起きたことを知っていた。母に悪魔が憑りついていると、父も思っているのだろうか。もしそうならあの男性が見た悪魔は幻じゃない。ラリーは父より聡明な人を知らないのだ。


「いいかいラリー。よく聞いてくれ」

「……」

「人なんか信じない。君にそう思われたら、お父さんとお母さんの負けだ」

「……うん」

「この先そんな風に思うことがあるかもしれない、何度も。今回の受け入れだって、反対の人は大勢いる。でもお父さんとお母さんは、彼らを軽蔑したりしない。私たちのゴールは、もう一度信じてもらうことだ……未来をね」

「お母さんは」


 あの男性を軽蔑している。そして私のことも、きっと軽蔑する。俯くラリーを慰めるように、父は声をかける。


「お母さんも怖いんだ。ここで人を見捨てたら、お前が人に失望してしまうんじゃないかって」

「……」

「でもお父さんは、仮に何回負けたってへこたれない。人が人を疑うには、必ず理由があるからだ。その疑いをいつか取り除けると、お父さんは信じてる」

「助けてくれる?」

「……え?」


 ラリーは下から、少し睨むように父を見た。


「お母さんを。私もボリスも、お父さん自身も。どんなことをしても」


 父はさりげなく振り返り、背後で漫画を読むボリスの様子を確かめた。どんなことをしても。つまりいざとなれば、誰かから奪ってでも。その暗示に弟が気付いた様子はない。


「ああ、任せろ。誰も死なせない」

「うん」

「……さ、そろそろ寝るか! お母さんのベッドへ行こう」

「ええ? 疲れて寝てるのに。起きちゃうわよ?」

「許してくれるさ」

「オレも一緒に寝る!」


 漫画を放り出したボリスと一緒に、寝室へ向かった。目を覚ました母は疲れた様子だったが、すぐ笑顔でラリーたちを迎えてくれた。愛してるよ、って父が言った。

 そして数日後、難民都市が襲われた。


○ 


 警備のドローンは居るが、その情報を秘匿する施設などない。つまりどれくらいの戦力なら攻略でき、どのくらいの時間で済ませれば増援が来ないか敵も解っている。襲撃された時点でその都市に未来はない。抜けるような青空から初夏の日差しと、砲撃が立てた砂塵が降り注いでいる。


「ラリー!! お母さんは!?」

「わかんない、わかんない!!」


 近所の人と世間話をするために、母は廃マンションを出ていた。周囲を見回しても人の流れが混沌としていて、どこへ向かって逃げるべきか解らない。

 囲まれてる、狙われてるぞ、どうして今更。大人たちの叫び声が耳に入る。私達を狙うって、どうして? いまさら人間に襲うほどの価値が無いから、この都市は放置されていたんじゃ? 食料さえ差し出せば、別に命までは取らないと誰かが言っていたのに。そのあと生き残れるかはともかくとして。

 轟音と縦揺れにラリーは慄いた。尻餅をついたら立ち上がれない気がして、足の裏でどうにか地面を探った。すぐ近くのテントに何かぶつかったらしい。


「ここで待ってなさい!!」


 テントの影で膝をつき、弟と身を寄せ合う。父は破壊されたテントの周辺で負傷者を助けていた。血まみれで動かない女性と、リュックが破れて中身が散乱し、それを逃げ惑う群集に踏みにじられている中年男性が居た。

 砂塵の向こうにいる中年男性にラリーの視線が吸い込まれる。逃亡生活に不可欠な浄水を失った彼。ラリーは手の中にある砂の熱さを恐れた。

 父は大きなリュックを揺らしながら、血まみれで動かない女性の脈を取っている。何をしているんだ、と子供心に思った。中年男性の懐から、布を巻いたガラスの破片がぬっ、と出た。けが人に付き添って静止する父は恰好の的だ。


「お父さん!!」


 絶叫する。振り向いた瞬間、父は刺された。顔がすぐ真っ赤に染まったのが遠目にも解る。ラリーは奥歯が鳴る音を聞きながら、死と格闘する父を見ているしかなかった。

 父の拳が中年男性の顔面に突き刺さり、地面に転がす。さらにガラス片を奪い、父がそれを振りかぶったところで、ラリーは目をそらした。どうか父が大怪我をしていませんように……それだけを願っていた。


「ラリー、ボリス」


 見上げると、父の顔がすぐそばにあった。泥まみれになった白いTシャツの脇腹部分に真っ赤なシミが広がっている。それでも父はラリーを抱き上げ、走り出した。当時の自分は泣くことさえ出来ないほど動顛していたはずなのに、今は目の両端から滾々と涙が滴り落ちている。だからこれが夢だと解った。


「走れ、ボリス、走れ」


 父に並走しながら、その脇腹をボリスが抑えようとしているが、上手くいかない。歯を食いしばって痛みをこらえながら、何かを必死に考えている父の横顔。私たちに残す言葉を選んでいたのだと、今なら理解できる。

 やがて力つきた父から、彼が守り抜いたリュックを背負わされる。ラリーの両肩に父が手を置いたその時。ひときわ大きな轟音と共に、視界が暗転した。

 爆発音も悲鳴も聞こえなくなったので、一足先に自分は死んだのかとラリーは思った。しかしすぐ視界は回復し、相変わらずの地獄がそこにあった。リュックがクッションになったおかげで頭を打たずに済んだらしいが、その代わり首が痛い。そして、ひどい耳鳴りがする。

 父はすぐに見つかった。何かを言いかけた表情のまま顔をラリーのほうに向け、彼が作った血の池に突っ伏している。ラリーは耳に手を当て、なんとか父の声を聞き取ろうとした。でも何も聞こえない。疎らになってきた群集の足音も、地を揺るがす砲撃の音も、何もかも。

 ラリーの腕をボリスが引く。父の姿が遠ざかる。それに激昂してラリーは腕を振りほどいた。まだ私は聞いていない、父の最期の言葉を聞いていない!


「ぐっ」


 水の中にいるような自分のうめき声だけが聞こえた。ボリスに抱えられたらしく、そのまま運ばれる。今度は振りほどけそうにもなかった。

 棒みたいに細い手足をしているくせに、いつの間にか力が強くなったな、と思った。そのままラリーは意識を失った。



 ラリーは武装勢力に拉致された。が、そこでの暮らしは意外なほど豊かだった。

 地下と思しき施設内に狭いながらも個室を与えられ、一日二回の食事と週に一回の血液検査。決められた区画を出なければ同じ境遇の人たちと話すこともできた。そこで母親と再会し泣いて喜び、父の死を共有し泣いて悲しんだ。そして、ボリスが見つからなかった。


 収容された難民同士には規則的な関係性がなく、一緒に居た家族とはぐれた人も多かった。また武装勢力側からも「食料」と称される粉が運ばれてくるばかりで、ルールの通達以来やり取りがない。何の情報も与えられないまま一か月、二か月と過ぎ、電子書籍や映画に飽きた人たちがストレスを爆発させ始める。

 一人。武装勢力側が再三注意したにも関わらず、喧嘩などの問題行動をやめない人がいた。彼はどこかへ連れて行かれたきり戻らなかった。ラリーは自分達の立場を思い出し、あとは息をひそめるように暮らした。期間は半年に及んだ。


 解放は唐突だった。武装勢力の首脳陣が連邦公安庁に暗殺され、新しい首脳陣が連邦との交渉に応じたのだ。半年ぶりに太陽を見ても笑顔はない。ラリー達は迎えの連邦軍人を見た瞬間、ほとんど掴み掛かるように詰め寄って聞いた。家族が見つからないんです。

 若い軍人も困惑しながらこう言った。


「人数が足りないことは解っていますが、行方はまだ解りません」



 ボリスをはじめ、キャンプに居た難民のうち何割かが見つからないまま年月が過ぎた。

 その間にラリーの母はグレン・カスティーヨと再婚した。


 母は難民都市での生活を経て変わった。社会復帰してすぐに身分のある結婚相手を、それも大きな組織の構成員を探してまわった。軍隊のように忠誠を求める代わり、構成員の家族をしっかりと守るような。彼女は荒廃した世を渡るうち、自由の、自由による不遇さを知ったようだった。父の愛した理想家はもう居なかった。

 南米警備隊で軍属として働きながら、新しいレーションの開発をした際、その味が評判となって軍から表彰されたことがある。武官として地位を確立していたグレンから賞状を渡されたのが出会いだった。二度の離婚を経て独身となっていたグレンに母親は狙いを絞った。

 容姿に恵まれていても既に三十二歳、浮気性なグレンの振る舞いにも耐え忍び、一年かけて結婚へこぎつけた。そうして彼とめぐり合わせてくれたことにラリーは感謝している。


 母が再婚して一年もしないうちに、ボリスたちの消息が明らかになった。結果だけ見れば当初の予見どおり死亡していたが、その経緯が普通ではなかった。

 事件の全容は連邦政府によって隠されていたが、匿名の告発という形で明らかになり、メディアによって広く伝えられた。都市襲撃は数え切れないほどある例の一つに過ぎなかったが、捕まった住民が共食いをしていたケースはこれまでも特別扱いされてきたため、世間の注目を集めた。

 何より人々を驚かせたのは、かの武装勢力が食人の可能性について大きな研究成果を得ていたことだった。アビエクトウイルスは人間の体でDDを生産しないため、新鮮な人肉に限れば無菌室に近いプラントや加工設備は要らない。これも大きな利点だと彼らは言った。

 栄養バランスの問題から百パーセント人体由来の食事は難しくとも、その割合を九十パーセントまで高めることに成功した。ヤコブ病やクールー病などの副作用についても人体由来の薬品で症状を抑制できる、と彼らの内部資料にはある。連邦政府はそれを破棄したが流出を止めることはできなかった。もはや人の「捕縛」から「加工」までをドローンにやらせることは難しくない。あとはレシピ通りに「粉」を作って浄水に溶かし、飲むだけで健康的な暮らしを維持できる。

 おいしくもないが、まずくもない粉。被験者となったのはラリーたち難民だった。ボリスは食料として、ラリーと母はその摂取者として実験に参加していた。


「ボリスの声が聞こえるの」


 母が白いカジュアルドレスにバラをあしらった帽子を被り、クローゼットを漁っている。ラリーは突然点けられた照明の眩しさに目をこすり、ベッドの上から辺りを見回す。窓の外は暗く、時計は夜中の二時を示している。

 振り返った母の顔を見たとき、心臓が飛び跳ねた。明るい室内でそこだけ見通せない黒いモヤが、母の顔を覆っている。

 これは夢だ。今すぐ醒めないと恐ろしいことになる。あのモヤは母の顔を、いや、そこに当時の私が「嵌め込んだ幻」を封印している。見通してはいけない。見てしまったら、今度は「私も」どうなるか解らない。


「さ、出かけましょう。ボリスが呼んでるのよ」


 ベッドの上にブルーのドレスが投げられる。母のドレスと一緒にグレンが買ってくれたものだ。着る機会を楽しみにしていたが、少しも気分が踊らない。強烈な悪い予感が当時もあった。

 誰かに助けを求めたいが、グレンは警備隊の仕事で居ない。努めて母の傍にいた彼も、この日は外せない仕事があった。事の顛末が報じられてから数週間。時折ふさぎ込むことはあっても母は普段通りで、カウンセラーも入院は勧めなかった。辛い気持ちも、時間が経てば薄れていくと思っていたのに。


「ねえお母さん」

「なぁに?」

「ボリスの声って、いつから聞こえるの?」


 愚かな子供は機転が回らない。母を刺激しないよう着替えはしながらも、質問の仕方を間違えていたな、とラリーは振り返る。

 いつから。裏を返せば、なぜ今になって。ボリスが食べられたのは一年以上も前なのに、今まで聞こえなかったのか? それはどうして?

 母はしばらく固まっていたが、無言で動き出した。止せばいいのに幼いラリーは、さらに質問をぶつける。


「どこから聞こえるの? ねぇ、“これからどこへ行くの?”」


 後から聞いた話だが、この時すでに玄関のドアが破られていたらしい。警備隊を退役した老夫婦が通りに車を停め、異変に備えて待機していたのだ。グレンが自分の代わりだと言ってラリーに渡したクマのぬいぐるみに、マイクが仕込まれていた。ラリーにも見抜けなかった母の異変を、グレンだけは察していたのだ。

 モヤを濃くした母がラリーに歩み寄る。歩み寄ってくる。すんでのところで寝室のドアが開く。

 母はベッドの足を掴んで凄まじい音を立てながら引きずり回し、老夫婦を薙ぎ払おうとしたが、二人は余裕をもって躱した。ベッドを掴む母の腕は妙な方向に曲がっている。

 母にまとわりつく老夫婦の顔が印象的だった。彼らはただ、少しだけ哀しそうだった。老爺の払い腰で母が宙を舞う。でもフローリングに落下の音がしないほど優しく綺麗な投げだった。そのままガンタイプの注射器が母の首に当てられる。

 ラリーは号泣した。安堵のあまりに。

 老夫婦が揺るぎなく人間だったから、母の狂気は伝染しなかった。


「ラリー」


 老婆が微笑んだ。暗黒の世界に光が灯ったように思えて、ラリーはその笑顔だけを見ていた。皺だらけの指が、涙と鼻水を拭ってくれる。


「おやすみ、ラリー」


 顔に布をあてられたので、ラリーは自分から深呼吸をした。



「……」


 暗闇の中に身を起こしながらラリーは目元に手を当てた。乾いた涙のざらざらとした感触がある。相変わらず女性軍曹は鼾をかいていた。言い訳するのも面倒なので、彼女を起こさないよう静かに顔を拭う。


 母は北米の精神病院にいる。もう何年も会っていない。

 そして狂わなかったラリーにはグールの蔑称がついて回った。アビエクトウイルスが出て以降、人類は食人を回避する方策を議論してきたが、遺体の提供者をドナーと呼んで加工する自治区が現れると、飢餓と貧困を前にしてどのような言葉も無意味だった。

 そして世間がグールの存在に慣れ始めると、ラリーも「普通の食事」を人に譲るため、ドナーを食べるのが当たり前になった。警備隊に入隊したばかりの頃、プラント防衛なんて馬鹿らしくないのか、と同僚に聞かれたことがある。南米には食料も医療品も足りていないから、戦争になれば多くの人が満足な治療も受けられず死ぬだろう。そして戦中の混乱が、本来なら志願制であるドナーを無差別に増やすだろう。グールはそれを待っていればいい立場なのに。他意もなく、ただ不思議そうな様子の同僚に生返事を返しながら、父の望んだ世界がいかに遠いかを思い知った。


 文字通り「人を食い物にする」世界に、楽園へと至る道が残されているだろうか。こんな世界にグレンやニキータや、自分が命をささげるだけの価値はあるのか? 荒れ地に茂る雑草のように、疑念は休まずラリーの心を蝕もうとする。

 しかしそれを打ち払う人々が居る。ラリーの体を通り抜けていったドナーたちだ。胸に手を当てれば、同意書に書かれた彼らのサインが脳裏を過ぎっていく。


「……」


 それは最も有力な食人否定派であるマイケルの短い言葉から始まった。彼はグールたちに「遺書を書きなさい、そして読みなさい」と言った。それからグールたちは望めばドナーの遺書を読めるようになった。ラリーは欠かさず読んでおり、自らも遺書を用意している。内容はすべて先輩たちの受け売りだ。


――こうして人を食べる日の貴方は、最悪の日常を生きているかもしれませんね。力及ばず申し訳ありません。もし貴方が人を蔑んだり、恨んだり、世界をつまらないものだと思っているとしても、貴方は私の希望であり、こうして身を差し出すのは私の愛に他なりません。

 だから諦めないで。たぶんこれは、人が人にあげられる最後の愛です。ここより酷い場所に、きっと人の愛は育ちません。どうか負けないで。貴方の後ろにはもう、何もないのですから。


「……」


 女性軍曹の鼾は静かな寝息に変わっていたが、それより静かに、ほぼ無音でラリーは泣いた。

 食事と涙を見せないのがグールの作法である。

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