凶弾、斯くや躍りて。

 翌朝。

 宿駅に響く怒声と悲鳴に目を覚ました魔女は、寝間着姿のまま、窓から外を伺った。

 喧騒の正体はすぐに知れた。小銃で武装した馬賊共が暴れているのである。

 恐らく、兵隊崩れの野盗共だ。装備からみるに、元は連合兵だろう。

 人数はだいたい五、六人。小分隊程度の数はいる。

 

「おい、糞爺、起きろ……おい!」

 

 と、寝台に手を伸ばしたところで、既に寝台が蛻の殻であることに気付く。

 姿を求めて周囲を見回すと、果たして、その影は窓の先……即ち、宿場の喧騒の中にあった。

 

「ええい、呆け老人めッ!」

 

 舌打ちと共に、魔女もまた、着の身着のまま外へと駆けて行く。

 契約者の死は魔女にも呪いが返ってくる。

 前はその呪い返しで力を消耗し、ついには封印されたのだ。

 ただでさえ力の弱まっている今、呪い返しなどされたら、燐寸ほどの火種すら生み出せなくなるだろう。

 

「糞爺! 何してる、逃げるぞ!」


 杖を突いたまま、突っ立っている老人にそう声をかけ、手を無理に引くが、老人はビクともしない。


「遅い御目覚めだな、魔女。封印されていた頃の眠りが恋しかったか?」

「こんな時に何を呑気な事を! それよりも、ほら、いくぞ! 妾はともかく、人間の上に老体の貴様は、弾丸の一発でも命とりだ!」

「老人でなくとも、人間なら皆そうさ。この宿駅の者達もな。おい、そこの木偶の坊」

 

 言うなり、老人は魔女の手を振りほどき、そのまま、今まさに馬上から凶弾を放たんとする賊に声を掛け。

 

「悪いが、酒代になってもらうぞ」

 

 銀閃の煌めきが一つ。

 その正体は、老人の仕込み杖から放たれた……居合抜き。

 その一太刀で、賊の右手が落ちる。

 馬上で利き腕を失った賊は絶叫と共に落馬し、そのまま暴れ馬となった己の馬に踏みしだかれ、絶命した。


「昨日は、良い酒を貰ったのでな」


 暴れ馬は、老人がそのまま鞍に飛び乗り、一度尻を叩くだけで正気を取戻し……即座に、老人の駿馬となって駆けた。

 狼狽える賊共の銃口はどれもこれも駿馬の姿を捉えきれず、放たれる銃弾は、まるで導かれるように空の朝焼けへと吸い込まれていく。明後日の方向に銃声が吼える度に賊の悲鳴があがり、一人、また一人と老人に切り捨てられていく。

 そうして四人が撫で切りにされたところで、残った賊達は這う這うの体で逃げて行った。

 

「酒代くらいは、これで稼げたろう」

 

 そう、老人が馬を宥めて降りた所で……宿駅が、歓声に沸いた。

 

 

***

 

 

「気に要らんな」

 

 宿駅でしこたま渡された謝礼の品を馬車に詰め込み、また畦道を往きながら、魔女は仏頂面で呟いた。

 

「君が出てくる前に、見せ場を掻っ攫ってしまった事が……か?」

「戯け……貴様自身の正体についてだ」

 

 魔女は、やおら溜息をついてから、老人を睨みつける。

 魔女は……その剣の冴えに、見覚えがあった。

 

「何が自分の名前は好きじゃないだ……帝国陸軍第三師団長、来儀ライギともあろう者が、良くぞ嘯く」

 

 そう、嘗ての大戦。

 連合と帝国との全面戦争。

 その最前線。

 戦場の中で、確かに。


「三十年も経つと、分からんものだな。あれほどの美男子が、これほどの糞爺になるのだからな……全く、望外の再会と言える。無論、悪い意味で、だがな」


 その言葉を受けて……老人もまた、ニヤりと笑った。


「敵ながら、その美貌で帝国兵の憧れの的であった灰の魔女殿に美男子と思われていたとは、男冥利に尽きるな」

「戯けが。歳若い美形ならともかく、こんな爺につまらん世辞を言われたところで、何とも思わんわ」

「逆に言えば、若いうちなら口説き落として、魔女のだらしない惚け面を拝む事ができたのかもしれんと思うと、惜しい事をしたな」 

「全くだ。そうなれば妾も、寝所で楽しんでから縊り殺して、御首としてやったのだがな」


 互いに皮肉を言い合って、嘲笑を掛け合ってから、一息つく。

 宿駅の蒸気機関から立ち上る煙を見ながら、魔女は問うた。

 

「嘗て、師団を率いた帝国将軍ともあろう貴様が……何故、誉れ名を隠してまで、こうして西方王家の灰の魔女と、旅路を共にする?」

 

 老人……来儀は、大袈裟に肩を竦めてから、静かに笑った。

 

「最初に言ったろう。待ち人がいるからさ」

「帝国将軍が身を隠し、一人で来るほどのか?」


 それに対しても、来儀は、皮肉気に笑みを返す。


「その大前提がもう、違うのさ。私は最早将軍ではないし、それどころか、最早、来儀と名乗る資格すらない」

「……どういう意味だ?」

 

 遥か、東の空。

 最早、日も西に沈み、夕闇の染まった、その東の空を見ながら……老人は語る。

 

「来儀という男は……とっくの昔に死んでるからさ」

 

 

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