道中、斯くや往きて。
この大陸には、二つの大勢力がある。
一つは西の神聖連合。一つは東の天来帝国。
異なる文化を持つこの二大勢力は昔から非常に仲が悪く、何かにつけて反目を繰り返してきた。
とはいえ、今では三十年前の大戦終結を機に、お互いに不可侵を貫いていおり、国交断絶は勿論の上、小競り合いも碌に起きていない。
というか、お互いに大戦の傷が大きすぎて外に目を向けている余裕がなく、終戦から三十年が経過した今でも、戦後を抜け出せずにいるのである。
故に、連合は見ての通りの軍事政権が戦後も続いており、未だに国家金融機関発行の貨幣よりも、確実に食糧と交換できる軍票の方が力を持っているという、主権国家の共同体という体裁を一応とっている連合の国体としてみれば、何とも情けない醜態を晒しているのである。
軍事政権が暫定与党として何時までも政府筆頭にいるこの現状は、連合法から見れば立派な違憲であり、戦後を理由にいつまでも超法規的措置を取り続ける連合軍と野党勢力の内輪揉めは、未だにまるで終わりが見えない。
中央ですら暴力統制が基本の今の連合では、辺境の国境警備や関所管理など望むべくもなく、だからこそ、どう見ても帝国人にしか見えない黄色人種の爺であれど、賄賂さえあれば、平気で関を通してしまうのである。
***
そして、そう言った今の有様は、嘗ては王家と契約し、連合の為に戦っていた灰の魔女からすれば、面白いものではなかった。必死に戦った末の結果がこれともなれば、溜息の一つも吐きたくなるというものだ。
「良いではないか。お陰で、私の目的は果たしやすくなっている。今の契約者である私の願いが叶うのは、君にとっても好都合だろう?」
「ほざけ。今は確かに貴様を仮の契約者としてはいるが、妾の君は、あくまで王器ある者のみ。貴様のような糞爺ではないわ」
「酷い言い様だな。実年齢からすれば、私の方がむしろ若いくらいだろうに」
呵呵と老人は笑い、フードを被りなおして、馬車で畦道を往く。
擦違い様に関所へと向かっていく蒸気四輪を右に避けながら、煙草を吹かした。
大戦での兵器開発合戦により生まれた最新技術も、昨今はすっかり汎用化され、市井に降りて久しい。
最近は機関車輌と言えば専ら魔導機関ではなく、蒸気機関である。
蒸気機関は魔法のそれに比べれば安定性に乏しく、最大出力でも後塵を拝すが、物資さえあれば手軽に量産できるという一点に於いて、遥かに優れている。
おかげで、昨今は右も左も蒸気機関ばかりが幅を利かせている。
魔導師の肩身は狭くなるばかりだ。蒸気機関は煤煙を吐き出すが、汚染魔力や呪詛を吐き出したりはしない。次世代のクリーンエネルギーというわけだ。
もっとも、次々世代には、その煤煙もまた、汚染と銘打たれるのやもしれないが。
いずれにせよ、これも魔女にとっては面白い事ではない。
ついでとばかりに、魔女は口をひん曲げる。
「精神は肉に隷属する。故に肉が老いなければ、精神もまた若々しいままなのだ。成長しないという意味ではない。瑞々しく、凛々しくあるという事だ」
「それは全く羨ましい話だな」
「なら、貴様も将来は魔女にでもなる事だな。尤も、男の貴様では苦労するだろうがな」
「生憎と、男である事には飽きていないのでな。それは遠慮しておこう」
「その年でか? おお、怖い。ならば、妾も道中、操の心配をしなければならんな」
「もう少し君が歳を取ったら、確かに心配したほうが良いかもしれんな。昔ならいざ知らず、今の私では、君の見た目は少し幼すぎる」
「年相応に年増の方が好みか。ふん、爺らしい趣味だな」
皮肉に皮肉の応酬を返しながら、魔女はそっぽを向く。
見ての通り、この二人の仲もまた、良好とは言い難い。
それでも、こうして旅をしているのは全く簡単な話で、利害が一致するからである。
まず、灰の魔女は魔力を取り戻す為。
王族と契約していた魔女は、軍事政権からすれば邪魔者でしかないため、王族が戦犯として処刑された後は、とある祠に封印をされていた。
魔女は殺すと呪詛となって残るため、殺すのは何かと面倒が伴う。
故に、基本的に用済みの魔女はその魔力ごと、いずこかに封印されるのである。
そして、その封印を解いて灰の魔女と新たに契約を交わしたのが、何の因果か、この帝国人の爺なのであった。
封印から目覚めた魔女は、契約した相手の願いを叶えなければ、魔力を取り戻せない。
故に、渋々この爺の願いを叶えるため、今は道中を共にしている。
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