一週間後、また先生と恋をする。(金嶋先生と千依の話)

「ねぇ、先生。好き」

「はいはい」

「好き好き大好き」

「あーはいはい」

「もー!ちゃんと聞いてよーー!侑ちゃん先生!」

「聞いてるっつーの。それとオレは侑ちゃん先生じゃありません!」


 ぺちん、と叩かれたオデコに、手をあてる。


「えへへ。触られちゃった」

「誤解を生むような言い方をするんじゃないよ、キミ」


 はあ、とため息をつく先生に、「はぁい」と反省を込めずに言えば、先生はいつものように、「ったくしょうがねえな」と小さく笑った。





 あたしの大好きな先生は、体育の爽やかイケメン先生でもなければ、現代文の物腰柔らか先生でもなけれは、数学のインテリクール先生でもない。


 古典の担当で、顔もそこそこ良くて、服のセンスも似合ってるのを着てて格好いいのに、大体いつも寝癖がついてるし。

 たまに教材で流すDVDが、何をどう間違えて持ってくるのか中身が戦隊もののDVDだったり、学年の違う教科書でそのまま授業始めちゃったり。

 とにかく、まぁまぁイケメン部類に入るのに、とことんうっかりしてる。


 友達の莉夏りかが片想いしてる世界史の森山先生と、大学が同じで、二人は仲良しで、なんだか見かけるといつも森山先生と二人で戯れ合ってて、その時は二人とも幼く見えるのに、授業が始まりそうになると、森山先生はすぐにキリッとして、うっかりしてるところも、私は殆ど見たことが無い。


 けど、侑ちゃん先生こと、金嶋かなしま先生は、とにかくうっかりしている。


 だけど、


「おう、須藤。どうした?」


 生徒のために、私達のために、分かり辛いとよく言われる古典の授業を、古典文学をいかに楽しんでもらうか、と取り組んでいた一生懸命な姿は、とても、しっかりした先生だったし、キラキラしてたし、とても、格好良かった。


「どうもしてないよ?ただ」

「ただ?」

「こうやって、侑ちゃんを毎日見れるのも、あと少しだなあ、って思って」


 大好き。

 寂しい。


 居なくならないで。


 そんな風に、言葉に出来たなら、どれだけ、良いのだろう。


 森山先生と、莉夏りかは、元からお互いが大事で、大切にしていたから、森山先生が、先生で無くなるタイミングは、きっと二人にとって、良いきっかけになるに違いない。


 だけど。

 私は、違う。

 大好きだと、何度伝えても、伝わっていない。

 この想いも、伝えてきた言葉たちも、風に流される葉っぱみたいに、先生の思い出の中に、流れていくだけだ。

 莉夏みたいに、私の気持ちが伝わることなんて、あり得ない。


 解っているつもりだ。

 本気なのだと、訴えたところで私が、生徒の私が、それを言うことで、先生を困らせることも。

 生徒の私じゃ、恋愛対象にすら、ならないことも。


「須藤?」


 急に黙った私を、不思議そうに見てくる先生は、相変わらず、寝癖がついてる。

 ああ、やっぱり、好きだなあ、なんて、思っちゃうよ、先生。


「先生」

「ん?」


 準備室にいるのは、私と、先生だけ。


「好き。好きなの。大好きなの」


 どうして、学校から、居なくなっちゃうの。


「あー……うん。知ってるよ」

「知ってないよ。本当に、本当に好きなんだから」


 泣きたくなんて、無い。

 涙を見せるキャラじゃない。

 先生を困らせるくらいなら、涙なんて、流したくない。

 笑えている自信は無いけど、いつものように「好き。大好き」と、精一杯の笑顔で、先生へと、告げた。



「あー、もう、本当」

「?」


 カタン、と席を立った先生が、ガシガシ、と頭をかきながら、近づいてくる。


「お前、こっちが、必死に抑えてるのに、全っ然、気づいて無いだろ?」

「……へ?」


 古典準備室には、窓がない。

 あるのは、廊下の高い位置の明り取りと、入り口のドア。

 だけど、先生は、教材が日に焼けるのを嫌がって、いつもドアの窓にはカーテンをしている。


 トン、と私の顔の横を通って、先生の腕が壁につく。


「先せ」

「あと一週間だ」


 一週間。

 それは、侑ちゃん先生と、森山先生が、学校から居なくなるまでの、残された時間。


 私と、莉夏に残された、約168時間。


「一週間経ったら、お前がイヤってくらい、言葉にしてやるから」

「え、それって」

「それまで、良い子で待ってろ」




 そう言った侑ちゃん先生の顔が、ゆっくりと近づいてくる。


 ーーキスされる……?!


 思わずぎゅ、と目を瞑ったものの、唇に当たった温もりは、柔らかなものとは、違って、ツルリとして、ゴワついたもの。

 恐る恐る目を開けてみれば、そこに見えるのは、白いものと、赤い線。


「な、ん」

「須藤の答案」

「な………?!!!」


 先生の声が、グッ、と近づいた、と思った、次の瞬間、鼻と唇に当てられていた答案用紙が、温かさとともに、パリ、と小さな音を立てる。


 一瞬の、出来事、だったけれど。


「先生、今、キ」

「してません」

「したよね?」

「してない」

「してくれた!」

「あれはノーカン」

「嘘ぉ?!」


 グッ、と先生の胸元を掴みながら言えば、「嘘じゃないし」と先生が悪戯っ子のような笑顔で笑う。


「一週間後を、お楽しみに。千依ちえちゃん」


 ピン、と先生が、私のオデコを軽く弾く。全然、痛みは無いのに、オデコが、熱い。



「オレを本気にさせたんだ。責任とれよ?」


 そう言って笑った先生は、「好きです」という言葉が、出てこなくなるくらい、誰よりも格好よくて。



一週間後、私はまた、この場所で、もう一度、彼との恋に、落とされた。




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先生と私 渚乃雫 @Shizuku_N

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