煙草星の女侵略者達がやってきたよ! でものんびりゆるゆるだった件について
@Dingo0221
第1話 煙草星の女侵略者達がやってきたよ! でものんびりゆるゆるだった件について
僕はその日、いつものように大学からの帰り道、神社にある階段の一番上に腰をかけ夕陽を眺めていた――
都会かと問われればそうでもなく、だからといって田舎かと問われると違うと否定できるような中途半端な都市部だ。
豆腐屋がラッパを吹き、どこからともなくサンマの焼くいい匂いが漂ってくる。
「今日も何事もなく一日が過ぎ去る……」
そんな言葉を僕は無意識の内に発していた。
夕陽を眺める事は大好きだ。
大学であった嫌な事も先輩に笑い者にされた事も全て忘れさせてくれる。
「帰るか……」
僕は重い腰を上げる。
大学に入学してすぐに見つけた僕のオアシスは、いつの間にか特等席になっていた。
そして振り返りいつも通り神主さんに一礼し、階段をゆっくりと下りていく。
その最中、大きな、とても大きな雷が鳴り響いた――
すぐさま辺りを見回すが、その雷は一つではなく今見ている最中でも十……いや、もっと多くの雷が鳴り響いている。
空を見上げると奇妙な事に雲は一つも見えない。
だが、現実に何もない場所から雷が多数鳴り響いているのだ。
まるで神が人間に下した審判のような光景に僕は目を奪われ立ち尽くす事しかできなかった。
◆◆◆◆◆◆
何分鳴り響いただろうか? 僕はその世紀末のような光景をただ見つめる事しかできなかった。
映画の一シーンを実体験したような凄まじい光景……それにただ打ちのめされ雷が止んだ後、腰をペタリと階段に落とす事しかできなかった。
まだ階段は下まで何段もある。
だが、腰に力が入らない――腰が抜けるとはこういう事かと僕は悟る。
そんな中、後ろから声が掛かる。
「おい、お前……何やってんだ?」
その乱暴な物言いは神主ではない事は明白だった。
僕は恐る恐る上半身を後ろに向ける。
するとそこには青く長い髪を後ろで括り、黒い半袖半ズボンを履いてブーツが良く似合う煙草をふかしている女性が立っていた。
「えと、今の見ましたか? 凄くなかったですか?」
初対面を相手に何を言っているんだ僕は――だが、この時の僕はそんな事すら考えられないくらい興奮していた。
「ああ、奴らもこの世界に来たみたいだな――全く、面倒だぜ」
女性は至って冷静沈着、僕とは正反対だ。
「おい、お前……一人暮らしか?」
「え? はい……実家で一人暮らしですけど?」
「そうかそうか、ククッ、最高じゃねぇか」
「へ?」
女性がゆっくりと青い髪を揺らしながら階段を降りてくる。
夕陽を浴びて青い髪が時折紫のようにも見える。
そしてその降りてくるさまは、まるでパリ・コレクションのモデルのように美しく優雅だ。
僕は何とか腰に力を入れ、立ち上がる。
すると女性は僕の目の前で立ち止まり僕の瞳を覗き込んでくる。
女性の目は青くブルーサファイヤ、いや、ロイヤル・ブルーダファイヤと言っても過言ではない美しさだ。
そんな女性はニヤリと笑い、僕に言い放つ。
「今日からお前の所に泊めてくれ」
「はい?」
「だから……」
煙草を携帯灰皿で消火しながらもう一度言ってくる。
「今日から居候させろ」
「えええぇぇぇ!」
僕は訳が分からなかった。
こんな綺麗な女性を家に迎え入れるなんて正気の沙汰ではない。
いや、女性と付き合った事がないからか?
むしろこれが世間一般では普通なのか?
そんな事を考えていると、女性はいつの間にかまた煙草を口にくわえていた。
「あたいの名前はメディウスだ。よろしくな」
女性はそう言いながら手を差し伸べてくる。
男として――この手を握るのはやぶさかではない。
「警戒しなさんな、おたくには危害を加えるつもりは無いさ。この世界にもな――」
言っている事は理解できないが、一応握手はしといた方がいいだろう。
これを逃せば大学で孤立してる僕が女性の手を握れるのは社会人になってからかもしれないのだ。
そっと、そして優しく出された手を握る――初めての異性とのコンタクト。
「僕は後藤 大樹。大学生です」
――柔らかかった。
キスも柔らかいというが、手だけでもその意味を知る事が出来た今日はとてもいい日だ。
「さて、握手も終わったし……お前の家に行こうか!」
「えっと……メディウスさん、本当に家に来るんですか?」
「メディウスだけでいいぜ、それに当り前だろ? あたいは宿なし無一文なんだぜ? こんなか弱い女を置き去りにするつもりかい? そりゃないぜベイビー」
「はぁ……」
メディウスが笑いながら僕の肩に手を回してくる。
そしてその反動で当たる胸がまるでこの世のものとは思えない柔らかさだった――
「さぁさぁ、案内しておくれ。あたいのベイビー」
「あの、ベイビーはやめて下さい。恥ずかしいです」
「それじゃ、大樹でいいかい?」
「それでいいです」
僕はメディウスに肩を抱かれ自分の家へと帰る事になった。
◆◆◆◆◆◆
自宅に帰宅し、鍵を開ける。
ガチャリと音が鳴ると共にメディウスが待ちわびてたかのように扉を開け、勝手に中に入っていく。
「あー、まじ疲れたわ」
「あの……本当に泊まるんですか?」
「何か不都合でも?」
「いえ……」
僕の家には親はいない。
両親とも海外出張で、僕ですら今何処にいるのかさえわからないのだ。
「居間はどこだ?」
「ああ、こちらです」
メディウスを居間に案内し、電気を点ける。
ヒューと口笛を吹きながら、傍にあったソファーへとメディウスは飛び込む。
「中々いい所に住んでるじゃないか。気に入ったぜ。今日からここがあたいの家だ――」
「いや、居候ですよね」
「細かい事は気にすんな!」
そんな事を言いつつまた何処からともなく煙草を取り出しふかし始める。
僕の父親は葉巻を吸っているので特に嫌悪感はない。
だが、換気扇くらいは回してほしいものだ。
「メディウスさん、換気扇のスイッチは居間の入り口の横にあるんで煙草を吸う時は点けてもらえますか?」
「あいよ」
机を見ると何故か携帯灰皿ではない、豪華な置くタイプの灰皿があった。
父親の物でないのは明白だった。
そこに煙草の灰を落としながらメディウスはこちらを振り向かず言ってくる。
「おい、飯はまだか? 腹が減ったぞ」
「飯まで要求するんですか……」
「当り前だろ? あたいと大樹の仲じゃないか」
「会ったばかりなんですけど……」
「ハハッ、そうとも言うな」
「わかりました。適当に何か作りますんで文句は言わないで下さいね」
「オーライ、文句なんざ言わないさ!」
僕はエプロンを首に掛け、腰の紐を結ぶ。
さぁ――何を作ろうか?
冷蔵庫には適当に食材がある。
野菜の炒め物……それと味噌汁辺りでも作ればいいか……。
僕はいつものようにテキパキと要領よく野菜を切り、味噌汁を作り始める。
おっと、ご飯は……二人分あるな。
炊飯器を開け、ちゃんと二人分あるのを確認する。
一人暮らしをするとどうも怠け癖がつき、一回で三合ほど炊いてしまう。
残ったらもちろん冷蔵庫行きだが、朝炊いたやつを保温していたのでまだ冷蔵庫には行ってはいなかった。
◆◆◆◆◆◆
「はい、できましたよ」
僕はテーブルに二人分のご飯をよそおったお椀を置き、真ん中に大皿に乗せた野菜炒め、その他には味噌汁二人分をテーブルに置く。
もちろんお茶の入れたグラスもお箸もちゃんと置いてあげる。
「おお、中々うまそうじゃないか――だが、これだけじゃ足りないかもな……」
「まぁ多少なら僕の分の野菜炒めを多めに食べてもいいですよ」
「違う違う、飯の量を言ってるんだ」
「でももうご飯は空ですよ?」
「ちっ、しゃーねぇな。我慢するか」
「いただきます」
「おう、いただくぜ」
僕とメディウスはご飯を黙々と食べる。
そして半分程食べた後、僕はテレビを点ける。
「何だいそりゃ……通信機か?」
「え? テレビですけど……」
「てれび?」
僕は言葉が詰まる。
てれび? 何て聞かれるとは思わなかったからだ。
「そのてれびというのは通信機器か何かか?」
「いえ……ええと、テレビ局が放送してる娯楽……ですかね」
「なるほどな……娯楽か……」
メディウスは少しの間、ご飯を食べる手を止めテレビを見つめる。
「ああ、あいつがででるな」
「あいつ?」
知り合いでもテレビに出ていたんだろうか?
僕は興味をそそられテレビに視線をやる。
そこには煙草のCMが流れていた――
「これが?」
「あいつはテンスター……中々強いぜ」
「ちょっと意味が分からないな」
メディウスはふぅとため息をつき、ご飯を食べながら説明しだす。
「あたい達は煙草星から来た侵略者だ。あたいはメディウス、そうだなマイルドテンと言えばわからないか?」
「そういえばそんな煙草があったような――」
「名前を変えて今はメディウスだ。ちなみにライトとかは姉妹にあたるな。今はどこに落ちたのやら……」
「えっ……ということはあの雷って……」
「そうだ、この惑星に侵略しに来た」
「えええぇぇぇ」
「そんな間抜けな声を出すなよ相棒。何も取って食おうっていうんじゃない。ただこっちの世界では煙草は廃れつつあるだろ?」
「健康に悪いですもんね」
「そうだ、健康に悪い。でもそれは誰が言った? むしろ農薬は健康を害してないのか? それとも今食べてる野菜は無農薬で作ったのか?」
「そう言われると……でも煙草は明確に体に悪いじゃないですか……」
「なら車からでる排ガスは悪くないのか?」
「でも肺がんに――」
「おいおいおい、お前の脳みそは空っぽか? 煙草を吸ってない奴だって肺がんになるだろう?」
「それでもやっぱり吸ってない人より吸ってる人の方が肺がん率は……」
「ならいい所にも目を向けてみたか?」
「いい所?」
「集中しすぎる人にとっちゃ煙草は一区切りするのにいい薬になったりするだろ?」
僕は父親の事を思い出す――確かに書斎に籠ってる父が休憩にと葉巻を時折背筋を伸ばしながら吸っていた。
だからと言ってメリット、デメリットを考えるとデメリットの方が多いのではないだろうか?
「まぁなんだ、こっちの世界で廃れてきている煙草を昔のように栄えさせる事が目的の侵略だ。危害を加えるなんて、そんな事するわけないだろ?」
「具体的には?」
「さぁな、あたいには案はないさ――ただ送られてきただけだからな……それより見ろよ」
メディウスが顎をテレビに向けて軽く突き出す。
テレビに目線を向けると、緑の髪をしたツインテールのかわいらしい幼女が映し出される。
新人のアイドルを街頭で探すという無謀な企画が売りの番組だ。
「はーい! わたちの名前はマリボロ! よっろちくねー!」
その言葉と共にポーズを決める。
すると周りの大人達が「おおお」と熱狂的な声を上げる。
「何あれ――」
「軽い洗脳だ。マリボロの野郎……やるじゃねぇか」
「いやいや、洗脳って侵略じゃねぇか!」
「だから侵略だっつってんだろ!」
「危害を加えないって言ってたじゃん!」
「危害は加えてないだろ? 少し洗脳して応援してもらえるようにしてるだけだ。むしろこの世界全部を洗脳出来たらどれだけ楽だろうな」
そんな怖い事を言いながらメディウスは最後の野菜炒めをテレビを見ながら口の中に運ぶ。
そして味噌汁をズズと音を立てて飲んだ後、ため息をつく。
「美味かったよ……ごっそさん」
「それで……これからどうするんだ?」
「あん? 何がだ?」
「侵略……もう僕は洗脳されているのか?」
そう、マリボロが洗脳できるという事はこのメディウスもできるのではないかと考えたのだ。
「あたいにそんな力はないよ……むしろ洗脳系はマリボロ一族の特権みたいなもんだ」
「そ……そうなんだ……」
「まぁ今日はもう寝るよ。疲れたしな……それに侵略はあたいは姉妹に任せてるんだ」
「姉妹?」
「メディウス・ライトとかプローム・テックっていう名前の奴がこの街のどこかに落ちてるからそいつらが何とかするさ」
「随分と呑気なんだな」
メディウスに視線を移すと、いつしかソファーに寝転がりながら何処からともなく出した煙草をふかしていた。
何だか馬鹿らしくなった僕はメディウスが食べた食器と自分の食器を持っていき洗う。
「おい、明日街に出てみようぜ」
「まぁ講義はないからいいけど……でもなんで?」
「ククッ、今日見ただろ? この街だけであの数の転移が行われたんだ。歩いてるだけで色々な奴らが見れそうだ」
「あの雷ってメディウス達だったんだ……」
「他に何があるってんだ」
「確かに――」
合点がいった。
むしろ世界の終わりの前兆ではなさそうなので少し安心する。
「それじゃ、僕はお風呂に入って寝るよ」
「おっ、一緒に入るか? 背中くらい流してやるぞ?」
「結構です!」
「そりゃ残念」
僕はお風呂に行き、ゆっくりと浸かりながら今日の事を思い出す――
お風呂を出る頃には眠気が凄くなっていた。
居間に行くと、メディウスはまだソファーで煙草を吸っている。
「僕はそろそろ寝るよ。お風呂は自由に入っていいよ……ソファーで寝てもいいし、好きな場所で休んでくれ」
「あいよ」
メディウスが片手をあげ左右に振るのを確認し、僕は自室に戻る。
そして電気も点けずにベッドに飛び込む。
「ああ、疲れた――」
それがその日に最後に呟いた一言だった。
◆◆◆◆◆◆
プニュ――
次の日、僕は目を覚まし手の中にある柔らかい何かを掴む。
二度、三度それを掴むが、今までに経験したことのない柔らかさだ――
「ん、大樹――お前、結構大胆なんだな」
「えええぇぇぇ」
僕はすぐさま飛び起きる。
そして片手をあげ何を触ったのか確認する――間違いなくメディウスの胸だ……。
「な……何で裸で僕のベッドにいるんだよ!」
メディウスが面倒臭そうに上半身を起こす。
「せ、せめて隠せ!」
僕は裸体のメディウスにすぐさま布団を投げつける。
「だってよー、昨日大樹が好きな所で寝ろって言ったじゃないか」
「だからってお前――」
「ベッドはソファーより心地よかったぞ?」
僕は「はぁ」と大きくため息をつく。
自分への好意ではなくただソファーよりベッドの方が心地いいからそっちに寝ただけというシンプルかつ明快な理由が少しプライドをへこませる。
「とにかく着替えろよ……裸はやめてくれ」
「あいよ……全くこれだから童貞は――」
「な、なんでそんな事……」
僕は困惑し目線をメディウスから外す。
メディウスがふふっと笑い答える。
「わからないとでも思ったのか? 挙動からバレバレだっつうの」
言葉がでなかった――というよりはどう答えていいのかがわからなかった。
「さ、それじゃ朝飯食べて街を見てみますか」
メディウスは着替えを済まし、両手を上げ背筋を伸ばし欠伸をしている。
僕も着替えを済ませ下の階に行き、トーストを焼く。
メディウスはソファーに腰かけ煙草を吸い始めた。
「なぁ……昨日から気になっていたんだがその煙草は何処から出してるんだ?」
「おいおい、煙草自体に煙草は何処から出してるかなんて聞くやつがいるか? もちろん体内からだよ」
「え?」
僕は理解できず聞き返す。
「体内ってどういう――」
「そのままだよ」
ニヤリと笑ったメディウスは煙草を吸っている右手とは逆の左手を広げ、こちらにむける。
すると何もない左掌からスッと一本煙草が出てくる。
「すごいな、その手品」
「お前舐めてんのか?」
メディウスは少し怒ったらしく左手に出現した煙草を握りつぶす。
「まぁ煙草自身が煙草を出すなんて普通にできるこった」
「そういうもんなのか……」
「それより朝飯はまだかよ?」
「はいはい」
僕は簡単にレタスを切り、皿に盛りつける。
その上にはミニトマトを置き見た目的にも良くする。
そしてチンと鳴ったオーブントースターを開き二枚のトーストを大皿に乗せバターを塗る。
それらをメディウスの灰皿が載った机に置くと「おお」という感嘆の声がかけられる。
僕はそれに満足しつつ、最後のオレンジジュースを取りに冷蔵庫の方に戻る。
メディウスがテレビを点けたらしく音が聞こえてくる。
「マリボロの今日の天気予報はじまるよー!」
その声には聞き覚えがあった。
昨日テレビで街頭インタビューされてたマリボロちゃんの声だ。
一日でアイドルどころか気象予報士か――侵略じゃねぇか!
気付けばコップからオレンジジュースが溢れ床へと流れ落ちていた。
それよりも――
「どういう事?」
「まぁ軽い洗脳でもその対象を変えていけばこういう事もできらぁな、ハハッ、さすがはマリボロ――やるねぇ」
「まじかよ……一日で天気予報士か……。明日は総理大臣だったりしてな」
「ククッ、そりゃおもしれぇ話だ。だがな、派閥が黙っちゃいねぇよ」
「派閥?」
「テンスターやあたいらメディウス族がって事がだ。もしかしたら別のキセル組までこちらに来てるかもな。そいつらが黙っちゃいねぇってこった」
「なんだかややこしいな……」
僕は床を拭きオレンジジュースをメディウスに渡す。
「そういやお前は吸わないのか?」
オレンジジュースの代わりにと煙草を勧めてくる。
「吸った事ないから……」
「ならいっちょ吸ってみな」
僕は興味もなかったが、葉巻を吸う父親に憧れた事がないかと問われれば一応はあった。
渡された煙草を口につけ、火を探す。
「ほら」
メディウスが自分が吸ってたタバコの先を僕の口にくわえている煙草に当ててくる。
距離が近い……鼻息がかかる距離だ。
お互い息を吸う――僕の煙草に火が点き煙が肺に入る。
「ゲホッゲホ……」
「ハハッ、最初はそんなもんさ。徐々に慣れな」
「これのどこがいいんだ……」
僕は少しずつ吸っては吐いてを繰り返す。
肺に入ってくる煙はあまりいいものではない。
その様子を見てメディウスはふふっと軽く笑っていた。
僕は煙草を吸い終え吸殻を豪華な灰皿へと捨てる。
「感想は?」
「あまりおいしいものじゃなかったな」
「まぁ最初はそんなもんさ」
そんな会話をしつつ食べ終えた食器を片づける。
「そろそろ街に出るか」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたっけ……」
「歯磨きをして、支度を整えるよ」
「ああ、そういえば昨日大樹の歯ブラシ使わせてもらったよ」
「え?」
「仕方ないだろ? 一本しかなかったんだ」
確かに仕方ない……そしてこれからその歯ブラシを使うのも仕方ない。
決して間接キスならぬ間接歯ブラシをしたい訳ではない――決してだ。
その後、歯を磨き街に出る支度をする。
ちなみに歯ブラシはいい匂いどころか少しヤニ臭かった……。
◆◆◆◆◆◆
商店街、人通りも多い所まで来た。
「それで? 街に出て来たけどどうするんだ?」
「まぁ見てりゃわかるよ」
ただ人混みを棒立ちしながら見る。
その間にもメディウスは煙草を掌からスッとマジックのように取り出し指をパチンと鳴らし火を点ける。
その光景はマジシャンなんかに向いてそうだなと思ってしまう。
「お、あいつは――アンフォーラじゃねぇか?」
メディウスの視線の先には小さな金髪で赤いカチューシャ、そして赤い服が目立つまるで西洋人形のような幼女が立っていた。
その横にポニーテール、身長は百八十あるかという程大きく、右目に眼帯をして江戸時代風の服装――伊達政宗の女版のような女性が立っていた。
「どうやらアンフォーラはキセルと組んだようだな」
「知り合い?」
「アンフォーラはパイプの登竜門といった所か……パイプ初心者から愛好者まで吸われてる人気のある銘柄だ。そしてキセル……あいつは一服を重きに置いた本当の意味の一休憩が売りの奴さ」
「へぇー」
その二人組は何やら別の二人組ともめている様子だった。
別の二人組は双子のような容姿をしているが、色が正反対だ。
髪は短く一人が髪も白色で白のメイド服、もう一人が髪も黒色で黒のメイド服らしき物を着ていた。
もちろん幼女である――
「何だか揉めてるみたいだけど?」
「あ? あいつらマイコスの双子じゃねぇか」
「マイコス?」
「最近紙巻き煙草に代わって台頭してきた電子煙草だ」
「ああ、そういえばよく聞くな」
「臭いも付かない、灰も出ない、副流煙も出ないと三拍子揃ってるからな」
「そりゃすごい」
「しかも有害物質を九十パーセント削減らしいぜ、どこまで本当か嘘か……」
「体にいいのか……僕も吸うならあっちかな」
「この野郎――まぁ火がでないから寝煙草して家事にならないのが確かに称賛に値するわな」
「素直だね」
「ちっ……」
メディウスがバツが悪そうに頭をポリポリと掻く。
「だがな……充電が必要なんだぜ? 吸いたいときに充電できてないと吸えない、それが難点だ」
「そうなんだ」
「でも副流煙……煙が出ないのは少し寂しいかな……」
僕は父親が葉巻を吸っている時の事を思い出す。
モワモワと煙――副流煙を出し口はニヤリと笑っていたっけ……。
「まぁ近づいてみるか……」
僕とメディウスは揉めている輪の中に入ってみる。
金髪のアンフォーラという幼女が髪を静かに撫でながら言う。
「そこはあたし達アンフォーラとキセル組の場所ぞえ。早くどきんなし」
「そうだ! あたい達の場所だぞ!」
「何を言っておられるのですか? ここはわたくし達が商店街の人達から催眠術で奪い取った場所ですよ?」
僕はメディウスを見つめる。
「マレボロ一族だけじゃなかったのか? 洗脳……」
「催眠術って言ってるだろ? まぁ言葉を巧みに誘導する感じだ。ちなみにマイコスはマレボロ一族の最新鋭だが、まだ幼いから洗脳はできない。だからこそ誰でも使える催眠術だ」
「催眠ってメディウスも僕にやったって事?」
「あたいはそういうの苦手なんだよ。だからやってないぞ……おい、その目はなんだよ! やってねぇって!」
メディウスの言葉を信じる他にない――
それよりもこっちの問題だ……。
「いいからどけってんだよ! この電子組が! そこはあたいらがさっき商店街の人達に交渉して許可を取ったんだよ!」
「しつこいですね本当に……それに交渉といっても私達と同じで催眠術を駆使したのでしょう? 姉さんこの人達どうします?」
黒い方のマイコスが白い方のマイコスに尋ねる。
どうやら黒い方が妹で白い方が姉のようだ。
「なら決闘で決めませんか?」
何やら物騒な事を言いだしたな……。
メディウスに視線を移し聞いてみる。
「ねぇ、侵略するって言ってたけど人には危害を加えないって言ってたよね?」
「あ? 当たり前だ。危害なんて加えたら本末転倒だろ?」
「でも決闘って……」
「まぁ見てりゃわかるよ」
キセルがくるくる腕を回している――
「まさか腕相撲でもしようと? このか弱い私に?」
「ならどうするってんでい」
「ふふっ、そうですね……妹よ、例の物を」
「はっ」
そういうと黒い方のマイコスが鞄からトランプを出してくる。
「ここはババ抜き……単純な運で勝負をしましょう」
「いいぜあたいは――」
「右に同じく問題ありんせん」
そう言うと同時に黒い方のマイコスがトランプをシャッフルしだす。
決闘ってこんなのでいいのか……。
「もっとバトル物を期待してたんだがな……」
「んなわけあるかよ。大体こんなもんだよ」
その後、数分間死闘は続き最後に残ったのはキセルと白い方のマイコスだった。
そして……。
「負けたぁ」
「いよっし! あたいの勝ちだ!」
「姉さんドンマイです」
「キセル、よくやりんした」
「おうよ」
「ごめんなさいね妹よ……これでここでは商品をお試し頂けないわ」
「次を探しましょう」
「いい勝負だったぜ! マイコスの双子さんよ」
「ええ……また次があればお願いしますわ」
そう言うとマイコスの双子はその場を去り商店街を抜けていく。
「さぁて、そいじゃやりますか」
「そうざんすね」
何をするのか少し気になる僕は様子を伺う。
「よってらっしゃいみてらっしゃい! よっ、そこの兄さんちょっとおいでよ!」
「え、俺ですか?」
一人のサラリーマンが足を止めキセルの所に向かう。
「ほら一服どうだい?」
「へぇーキセルか、吸った事がないや」
「そりゃもったいない。一服クイっと吸ってみな! 美味いぜ!」
「それじゃ一服だけ」
そう言うとサラリーマンは一服する。
「おお、これがキセルか……繊細でなんだか混じりっけがないような……」
「兄さんわかるねぇ、キセルは刻みたばこを先っちょで燃やしてその長い管が自然のフィルターみたいなもんなのさ、だから紙巻きたばことは全然味が違うよ!」
「へー」
「掃除はコヨリなんかを管に入れてヤニをとるのさ。初心者セットで千五百円で売ってるだけどどうだい? お一つ買わないかい?」
「買おうかな」
「毎度あり!」
それを見ていた違う人も「俺も」というように順番に買っていく。
なるほど、地道だけど正しい侵略の仕方ではあるな――
「な? 流血沙汰にはなりゃしないってわけさ。もしあそこで殴り合いでもしてりゃ客なんて寄り付かない」
「確かにな……」
「それに……もっとおもしろいものが見れるぜ?」
「え?」
金髪の幼女が「ぷぁ」っと上空にドーナツ型の白い雲を作り出す。
そして辺りがフルーツの香りに包まれる。
「あれは――」
「出たぜ、アンフォーラの渾身の一撃だ。あの匂いは紙巻き煙草にもキセルにもないパイプ特有の匂いさ」
辺りを未だに包む異様に甘い香り――良くいえば蝶々が運ぶ甘い蜜の香り、悪く言えば毒蛾の鱗粉のようだ……。
「あれがパイプなのか……」
「空気を飲み込んだな」
確かにメディウスの言う通りだ。
空気を飲んだ……というより周りが吸い付いたというべきか……。
「そこのお兄さんも一服いかがかや?」
「え? 僕?」
指名されたのは僕だった。
しぶしぶ幼女の所に行きどうするのか聞いてみる。
「まずは葉を三回程に分けてパイプに軽く詰めて、上を燃やしんす。その時少し吸って火種を作りんす。そしてコンパニオン……三種類の道具が付いたやつのダンパー……そう、その平べったいので燃やした所を軽く押し込みんす。」
僕は指示に従いつつ吸ってみる。
甘くフルーツを口に入れているようだ――
「ちなみにパイプは肺ではなく口腔内喫煙でありんす。つまりは口や鼻の粘膜からニコチンを摂取するので体には悪くないでありんすよ」
「ほー」
「ほらほら吸いなさいな」
「あ、ああ」
口に煙を溜め、ゆっくりと吐く。
「美味いな……」
「でありんしょ? ああ、ダンパーを使い表面をならすといいでありんすよ? あと吸いにくかったらピック……その細長い棒で突き刺して空洞を一筋つくりダンパーで少しならすといいでありんすよ」
「ん……」
指示された通りにすると、吸いやすくなる。
「メンテナンスはキャップを外してコヨリなんかで掃除するといいでありんすよ」
「なんか結構手間暇かかるんだね」
「でありんすが、その価値はありんしょ?」
「確かに――」
「今なら初心者セット二千五百円でありんすがどうでしょ?」
「買おうかな……」
僕はいつの間にか財布からお金を出し、支払いをしていた。
「毎度ありんす」
初心者セットを入れたビニールを片手にメディウスの所に戻る。
メディウスが呆れた顔になっているが仕方ないだろう……。
「お前乗せられやすいなぁ」
「仕方ないだろ……煙草よりかはパイプだよ!」
「洗脳でもされたか?」
「はぁ……余計な出費だ」
「まぁ面白い物を見たし帰るか」
「ああ、そうしよう。帰りにちょっと銀行によって晩飯の材料も買わないとな」
「晩飯は肉がいいな大樹」
「はぁ……全く……」
そう言いながら銀行に行き、買い物をする。
その間にもまるでカウガールを思わせる服装の金髪ロングの女性――メディウス曰く「ラッキーストライク」という銘柄らしい――や、まるで暗殺者のような目つきで真っ白のスーツで中に黒のシャツを着た「テンスター」という銘柄の女の子を見かけた。
僕は家に帰ってきて一息つく。
メディウスは当然煙草を吸っていた。
「なぁ……どれだけの数が侵略に来てるんだ?」
「さぁな――パイプなんかもいれたりしたらそりゃ数十じゃ済まないだろうな」
「そんなに……メディウスは何もしなくてもいいのか?」
「あたしゃここでのんびり暮らすさ」
そう言うと、一本目を消化し、すぐに二本目に指を鳴らし火を点ける。
僕も買ってきたパイプを机に並べ、手順を思い出すが途中で面倒臭くなる。
「一本くれないか?」
「へへっ、そう言うと思ってたぜ大樹」
メディウスの左手にはすでに一本の煙草がこちらに向けて差し出されていた。
僕はそれを加えて、火を点けてほしいと言うとまた口にくわえた煙草を近づけてくる。
正直これも悪くない――そう思いながら息を大きく吸い自分の煙草に火を点ける。
まだまだ僕の煙草道は始まったばかりだ――
◆◆◆◆◆◆
ちなみにメディウスを「姉さん!」と呼び、侵略の手伝いをしていないと怒りながら我が家を訪ねて来たメディウスの妹、ライトが登場するのはそう遠くない未来の事だった――
煙草星の女侵略者達がやってきたよ! でものんびりゆるゆるだった件について @Dingo0221
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