二
夜、由梨花ちゃんが来るにも、僕が彼女を訪ねるにもまだ早い時間に、部屋の戸が叩かれた。
誰かと思えば、紗代ちゃんだった。
彼女が夜に僕の部屋へ来るのも、また、戸を叩いてから入るのも、はじめてのことだった。
「どうしたの」
乾いた気持ちで、僕は聞いた。
「いや、別になんもないねんけどな」
紗代ちゃんはとりとめのない口ぶりで答えた。その様子の弱々しさが、僕を虚しくさせた。
彼女は、僕の傍らに座った。
身を寄せて媚びてくるようなことはなかったが、その気配はあった。
「なに、それ」
紗代ちゃんは座るなり、卓の上に目をつけて言った。
「なにって、酒だよ」
「ふうん。なんで?」
「なんで、か。飲まないと寝れないから」
「飲んだら寝れるん?」
「うん」
彼女は、少し黙りこんで、それから、
「うちも、一口ちょうだい」
と呟いた。
僕は、もはや失望も薄く、なかば投げやりな思いで、杯を彼女に渡した。
紗代ちゃんは杯を持つと、徳利を手に取って、自分で酒を注いだ。
「ふうん。あんまりおいしないな」
彼女はそう言いながらも、すぐに一杯を飲み干した。そして、休みなく二杯飲んだ。
ほどなくして酔いが見えた。爽やかな顔立ちがゆるんで、赤らんできた。
上機嫌に破顔しながら、彼女は僕の腿に手を置いて言った。
「なあなあ、なにしてあそぼか」
「えらく酔ってるね。もう寝なさい」
僕は無感動に言った。
すると紗代ちゃんは、笑みを保ちながら、むっとしたような表情を演じて、
「まあ、あなた。私をお捨てになるねっ」
と、おどけて見せた。
僕はその無鉄砲にも、なにか鬱陶しい媚態を感じて、辛うじて微笑みだけは浮かべながら黙っていた。
すると紗代ちゃんはげらげら笑って、おもむろに立ち上がった。
「ええよ、ほんなら、うちがええもん見せたるです」
彼女は手を挙げて選手宣誓のようにそう言い、なにをするのかと見ていると、盆踊りをはじめた。土くさい舞だから、かなしみのないいつもの紗代ちゃんが舞えば、崇高であったろう。しかし、今の彼女では醜かった。野生の力がなかった。
酔いで足元がふらつき、そのたびに短い髪が上下に揺れた。
乱れた姿が、窓に映って、夜空に溶けていた。
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