蝉の声
一
「ちょっとの間、入院させよかと思って」
優子さんが言った。
昼食の時だった。
「そんなに悪いんですか」
「まあ、生まれた時からのもんやから、そんなに心配することでもないんやけど。最近、発作の間隔が近いから」
優子さんは、そう言ってから、慰めを含んだ声で続けた。
「あの子は今まで、家よりも病院の方が長いみたいなもんやし、うちもあの子も慣れたことやねんけどね」
惨めなぬくもりを帯びた微笑みに、僕は顔を歪めそうになって、なんとか止めた。
案外、入院すれば由梨花ちゃんの病はすぐに落ち着きそうに思われた。恋の激しさに引きずられて病も燃え上がるように、僕には感じられるからだ。恋心とは生命である。生命とは恋心である。病とともに生まれ落ちた由梨花ちゃんは、普通の少女が恋を知って綺麗になるのと同じように、激しく崩れていくのだろう。
不意に、由梨花ちゃんが初恋を忘れて、少女でなくなるのを思った。生命のひたむきな光が消えて、その代わりに幸福になる。僕ではない誰かの子を孕み、腹を膨らませる。その姿が脳裏を過って、僕はぞっとした。
荒涼たる予感から目を逸らすように、どことなく視線を漂わせた。
紗代ちゃんは、由梨花ちゃんの入院の話を聞きながら、黙々と食事を続けていた。
僕は、窓の向こうの庭へ、目を移した。
夏の陽ざしが照りつけて、光と影が判然と凝固していた。風がなく、花は造花のように、無愛想だった。世界が静止したようだった。
廃墟のようなむなしい庭を、僕は、ぼうっと眺めた。
そういえば、もう蝉が鳴いていないことに、ふと気がついた。
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