第5話

 今から二年前。同じこの都市にて出回り、問題となっていた薬品があった。”超人化薬”、そう呼ばれ蔓延していた人の身体能力を飛躍的に向上させる薬。


 効果を制限し、依存性を高めることにより完全版たる超人化薬の量産に必要な資金を稼ぐためにバラまかれたそれが引き起こした混乱はこの街のとある探偵により解決したが、髑髏の仮面の”彼”も関与していた。簡単に言い表せば彼らは被験者だったのだ。


 元々”超人”であった探偵と、その超人を再現しようと作り変えられた”彼”。そして結局彼は超人には成れず、その為に探偵の遺伝子から超人化薬は生まれた。けじめをつける為に彼は探偵と共に問題に当たり、見事に元凶を食い止める事に成功した。


 その後は、この街に居を構えている探偵はまだ僅かに残った超人化薬の破棄を目的に活動し、彼は上ノ瀬町へと帰った。


 それから二年間、何も無かった訳ではなく。彼に関しては同じ上ノ瀬町に住まう”門吉”という男性が巻き起こす騒動に巻き込まれる事も数回あり、平和だが退屈しない、人としての人生を過ごしていた。勿論それは、表の顔でという意味だが。


 今ではもう超人化薬により変異した人が事件を起こしたという話は聞かない。超人化薬自体も、もう探偵により撲滅されたのかもしれない。そう、他でもない、彼が持つそれだけを除いて。


 彼の肉体は超人になり得るポテンシャルこそ改造により獲得しているが、超人を超人たらしめる要因が欠けていた。張りぼての肉体に中身を与えるものこそ、超人の探偵から生み出された薬なのだ。彼が誰か門吉の平和の為の犠牲として戦い続けるには、過ちを糧にしなければならなかった。それが誰か探偵の願いの成就を妨げる事となっても。


 ――無数の煌めきが駆け抜ける中を黒い影は巧みにすり抜け駆けて行く。突然の変化に戸惑う鬼童衆の大五郎の懐に彼は潜り込み、再びナックルダスターを纏った拳を打ち放った。大五郎の二刀による防御はそれに間に合うが、今度ばかりは攻撃を両立できず、その拳が孕んだ威力に大きく後ろへと吹き飛ぶ大五郎。


 重ね合わせ防御に使用した剣から伝わる衝撃に両手が痺れ震え上がる。笑う大五郎はその先で自らを見詰める髑髏の眼を見遣り、乾いた己の唇を舐めて言った。


「それがおまんの本当けえ……えらいねえ、えらいえらい。本当にえらいわ。こりゃあ山から下りて来た甲斐もあったってもんだぜ」


 大五郎が二刀を下げる。これこそが彼の構えでもある。遂に大五郎も彼とまともに殺し合う気になったという事。そして”彼”も、両手を腰の後ろへと回しながらその身を屈め、両足のバネを縮めて行く。


「――死ねよやあぁあっ!」

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