第2話

 ごめん下さい。等と挨拶して訪問する訳も無し、しかしかと言ってこそこそと裏口から入るつもりも無い。車の往来しないやけに静かな通りを渡り、目的の雑居ビルの前にやって来た”彼”はガラス張りの両開きドアを押し広げて内部へと侵入。短い通路と部屋への出入り口が幾つか、すぐに階段もある。特別何か仕掛けがされている様子も無い。


「人気も無い……どういうつもりだ」


 口の中で呟く彼は視線を持ち上げ、入り口を見張っている監視カメラを見る。作動しているならランプの一つも点いているものであろうが、それには何も点っていない。元々そう言う作りの物なのか、もしくは細工してあるのか。何にせよ、仕事を済ませた後に録画は消しておこう。彼はそうして三階を目指し、階段を上り始めた。


 そして二階。またしても明かりは無く、人も居ない。隠れている様子も無い。一階と同じ作りのそこだが、どうにもそもそもとして活用している感じが彼にはしなかった。と言うのも物は何も無く、階段の手摺や窓の縁、ドアノブ、果ては床にすら埃が積もっている。そして、埃を蹴散らした足跡は自分の物を含めて二つのみ。


「……罠か、それとも」


 一騎討ち。まさかと彼はその考えを一蹴する。トレーダーが寄越してくる仕事はどれも悪党退治ばかり。彼もその事に何の不満も無い。そして悪党と言うのは決まって手下を引き連れ、そして決して自らの手を汚そうとはしない。

 考えられるとすれば、トレーダーが既に騙されていて、自らは偽の情報を頼りにもぬけの殻に踏み込んだ。もしくは囮。待ち構えているのはターゲットではない可能性。


 何にせよ、それならば確かめてトレーダーに報告する他無い。そうすれば向こうで何かしらの対処を取ることだろう。トレーダー側がけじめをつけるか、改めて依頼が来るのかはさておきだ。


 彼は歩みを進め、いざ三階へと上がるのだった。

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