バジルのせい


 ~ 六月二十四日(日) ~


   バジルの花言葉 好意



 今日は、おばさんが夜まで戻って来なかったので。

 穂咲の所に長いことお邪魔していたのですが。


 久しぶりに、バジル風味のシチューをご馳走になったおかげで。

 なんとなくおじさんの話に花が咲きました。


 そんな話の中で、いつものように。

 あいつは抽象的なことばかり言って、俺を困らせるのです。


 金ぴかの海をみんなで一緒に見たとか言っていましたけど。

 なんのことでしょう。


 最近の金ぴかブームも、それを思い出すためとか言っており。

 この間は、折り紙を五つも買って、金色以外を全部押し付けられたのですが。

 おかげで勉強もせずに、一晩中ツルを折り続けることになりました。


 まあ、おばさんが戻ったら聞いてみると言っていましたし。

 明日になったら、何のことか分かるのでしょうね。



「……あんた、今日は良く食うねえ」

「そう? ……げ。これ誰がよそったの?」


 母ちゃんに指摘されるまで気付かないとか。

 無意識によそったお代わり。

 てんこ盛りなのです。


「ちょっとは考えろ。母さんの分が無くなるだろう」

「そう言いながら、自分もてんこ盛りとかどういうつもりさね」


 いつもはほとんど食べないくせに。

 父ちゃんも珍しくお代わりしていますけど。


 でも、それもやむなし。

 回鍋肉の魔力には抗えないのです。


「しょうがない。レンジご飯でもあっためるかね……」

「おい。最近、食費がかさんでないか? ローンはまだまだあるんだ、ちょっとは考えろ」

「それをご飯を頬張りながら言われてもねえ」


 確かに。

 トマトジュースは塩分が多いから飲みすぎるなとドラキュラが言っているようなものです。


 ……それにしても、家のローンか。


「そう言えば、この家って新築で買ったの?」

「当然だ。越して来た時に建てて、まだ十八年しか経ってない」

「…………骨董品です」


 父ちゃんの冗談にツッコミを入れたつもりだったのですが。

 この人、ムッとしたまんま。


 大まじめだったようなのです。


 どんな基準だよ。

 俺よりご長寿だっての。


「骨董品とはなんだ。ローンを払いきってからが本番じゃないか」

「ローンって、あと何年くらいあるの?」

「十五年だな」

「…………まじ?」

「お前、何にも知らんのだな」


 ちょっと驚愕。

 え? 家って、そうやって買うものなの?


 昨日、モデルハウスを見た時に。

 十年くらい働いて、こつこつ貯金したら買えるものだと思ってたのに。


「そうそう、あんたも頑張んないと。穂咲ちゃん養えないよ?」

「そうなんだ。……じゃねえ。穂咲は関係ないだろ」

「またそんなこと言って。あんだけの器量よし、すぐ他の人に取られちまうよ?」


 取られちゃう、か。

 昨日、二人でモデルハウスにいた時、なんか自然だったけど。

 穂咲が結婚したら、誰とでもあんな感じなのでしょうか。


 他の誰かが、ソファーにいて。

 飲み物を頼むと。

 にっこり微笑んで、いそいそとコーヒーを淹れて。


 そして……………………。


「……鍋つかみでお盆を持つ子がお嫁に行けるとは思えません」

「鍋つかみ? なに言ってんだいあんた?」

「あいつ、バカですし。今度の期末もヤバそうですし。高校中退するような子がお嫁に行けますかね?」

「中退!?」


 母ちゃんが大声をあげるのに合わせて。

 レンジがチーンと鳴っていますけど。

 まあ、そうなるでしょうね。


「…………俺の出方次第では」



 なぜそんな余計なことを言ったのでしょう。

 なぜ穂咲には味方が沢山いるのでしょう。


 おかげで俺は、母ちゃんに見張られながら。

 期末試験対策のため、穂咲用問題集、別名『目玉焼き語テキスト』を徹夜で作ることになりました。

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