アサガオのせい
~ 六月二十五日(月) 俺と宇佐美さん ~
アサガオの花言葉 はかない恋
こいつのことが、好きなのか、嫌いなのか。
俺は考えることをやめていたのですが。
この間、二人でモデルハウスへお邪魔して以来。
ちょっと意識してしまいます。
でも、それも。
アサガオのツルが髪に巻き付いて半べそをかいている姿を見ていたら。
やっぱり萎えてしまうのです。
「ほら、外してやるからじっとしてなさい」
「はいなの」
この、アサガオの添え木ちゃんの名前は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
すっかりおなじみの鉢植え型にして。
そこにアサガオを植えているのですけど。
添え木の代わりに突っ立てた髪に。
ツルがぐるぐる巻き付いて。
植物ホラーのようになっています。
三十センチものさしを頭に立てて。
そちらへお引越しです。
でも、髪もツルも、傷つけてはいけません。
クルクルに巻いたツルを、俺は慎重に外していったのですが。
「こら、動きなさんな。じっとしてなさい」
「はいなの」
「あと、参考書作ってやったから。勉強してなさい」
「いやなの」
クルクルに巻いたツルを引っ張って。
穂咲のおでこにペチン。
「……いたいの。お花とあたしが可愛そうなの」
「俺が可愛そうですよ、どれだけ苦労して作ったと思ってるのさ。もうテスト一週間前ですし、頑張らないと、今度こそ留年ですよ?」
「大丈夫なの」
「ほんと? 中間テストはよかったの?」
「もちろんなの。十段階評価で、全部上の方だったの」
「……テストの点が?」
「なんでかあたしだけ、十段階評価だったの」
絶望的です。
「前回同様スパルタで行きます! まずはこの参考書を……」
俺は、徹夜でこさえた参考書を鞄から取り出したのですが。
隣の席から伸びてきた手が、それを取り上げてしまいました。
「そうはいかないな、秋山」
「宇佐美さん? すいません、返して欲しいのです」
俺の右隣に座る彼女。
見た目はヤンキーだけど、穂咲には優しい笑顔を向けて下さる宇佐美さん。
でもどういう訳か、俺にはいつも厳しい方なのです。
「秋山。お前まさか、去年赤点取ったのを忘れてないよな?」
「う」
「あの時もそうやって、穂咲にかかりっきりだったよな」
宇佐美さんは、俺が留年になりそうになったのを庇ってくれた恩人ですし。
その恩はもちろんありますけど。
「でも、穂咲を放っておくわけにはいかないのです」
「……お前は自分の勉強をしてな。穂咲の面倒は、あたしが見る」
そう言って、穂咲の前に立つのです。
「と、言う訳だ。甘やかさないから、しっかり勉強しろよ?」
「レイナちゃんが先生なの? 百人力なの!」
穂咲は嬉々として鞄から教科書を出して。
顔が本にくっ付くほど集中して読み始めました。
……俺の、昨日の苦労も知らずに。
「そんなに下向いてたら、アサガオのツルが顔に絡まっちゃうよ?」
かまって欲しくて。
つい言ってしまった軽口にも乗ってくれずに。
こいつは黙々と勉強を続けたのでした。
~🌹~🌹~🌹~
俺と宇佐美さん。
すごく遠い距離感なのですが。
でも、彼女は優しい方なので。
仲良くはしたいのです。
俺にはなぜか厳しくて。
ヤンキーな見た目通り、クールでかっこよくて。
……そう。
クールで、かっこよくて。
だからなのでしょうか。
彼女が穂咲と二人で勉強している姿を見て。
ちょっともやもやとしていたのです。
これは、まさかですけど。
…………やきもちなのでしょうか。
やっと二人になれた学校からの帰り道。
赤い夕陽の中を、本を読みっぱなしで歩く穂咲の背中を見つめながら。
俺は考えます。
友達のためなら一生懸命な君。
これからも、友達と一緒なら勉強できるのですね。
そして、高校を卒業して。
専門学校へ行って。
それから……。
モデルハウスでのこと。
二人で過ごした時間が頭をよぎります。
同時に思い出されるのは。
母ちゃんの言っていた言葉。
……穂咲が、誰かに取られてしまう。
ならばどうすればいいのでしょう。
俺は、こいつの事なんか、好きでも嫌いでもないのに。
それでも離れたくないなんて。
……卑怯なのかもしれないけど。
今の気持ちを正直に伝えておくべきなのでしょうか。
伝えなければ、後悔することになるのでしょうか……。
「……………………穂咲」
「ん? ……なんなの?」
「えっとですね。お、俺は……、お前の事が……」
言葉を選ぶ空気感。
そこからこいつは、何かを感じ取ったのでしょうか。
夕焼けによって金糸に染め上げられた髪をなびかせて。
不安そうなタレ目が振り返ると。
それまでドキドキとしていた俺の胸が自然と落ち付いて。
いつもと変わらぬ笑顔を穂咲へ向けて。
素直な、思ったままの言葉をかけてあげることが出来ました。
「俺は、お前の事……」
「……はい」
「ほんとにバカだと思う」
ずっと下を向いていたからって。
どうしてそうなったのやら。
アサガオのツルが、君の顔に巻き付いて。
それだけでも十分バカだというのに。
「……ほんとに、心からバカだと思う」
俺の目の前には、夕日に照らされてキラキラと輝く。
恐怖・鼻の穴にツル入り女が突っ立っていました。
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