「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13冊目☂

如月 仁成

ラバテラのせい


 ~ 20??年六月二十三日 ~


   ラバテラの花言葉 奉仕の精神



 築、二か月。

 いまだに独特の木の香りが漂う新築の一軒家は、二階分吹き抜けになったリビングがとっても気持ちよくて。


 木目を基調に取りそろえた家具の温かさも。

 オレンジの照明で、より一層ぽかぽか具合を増しているよう。


 タオルケットを敷いたふかふかのソファーに潜って。

 ゆったりとした環境音楽を楽しんでいると。

 ついうたた寝してしまいそうになるのです。



「穂咲~?」

「なんなの?」

「ああ、台所にいたのか。ちょうどいいや。なにか飲み物を頼む」

「じゃあ、紅茶とコーヒー……」

「今日の気分はブラックコーヒーですね」

「何対何で割る?」

「しまった。クイズでお手つきした気分です」


 穂咲はくすくすと笑いながら。

 インスタントのコーヒーにお湯を注いでくれていますので。

 みょうちくりんなことはしないでしょう。


「道久君、ソファーでごろごろしたまんまで、いい御身分なの」

「そうですね。ここのところ忙しかったから」

「そうみたいね、お疲れ様なの」


 ピンクのエプロンと共にキッチンから顔を出した穂咲は。

 俺が編んであげた大きめの三つ編みを揺らしながら。

 コーヒーと緑茶を乗せた木目のトレーをその手に持っていたのですが。


 その姿を見るなり、思わず吹き出してしまいました。


「なんでお盆を鍋掴みで持ってますか!」

「これ、お気に入りなの。手を入れてるだけで気持ちいいの」


 鍋掴みでマグカップを握ろうとする穂咲の手を止めて。

 ピンクと水色のおそろいをお盆から取って、ガラスのテーブルに乗せると。


 穂咲はぼふんと、俺の隣に腰かけて。

 そして鍋つかみの手をすりすりと、本当に気持ちよさそうに擦り合わせます。


「ふいー、今日は一日歩いて疲れたの」

「はいはい。お風呂はぬるめにしてゆっくり浸かるといいのです」

「……そう言えばお風呂の操縦方法知らないの。教えて欲しいの」

「操縦っておかしいだろ。車じゃないよ?」

「だって、バスなの」

「困った。そのボケに上手く突っ込む技量が、俺には足りないようです」


 お風呂の操縦方法を教えてあげるため。

 俺がよっこらせとソファーから立ったのに。

 穂咲はソファーから立つ気ゼロ。


 仕方がないので、タオルケットを引っ張り上げると。

 穂咲はそれにくるくる巻き付きながら、渋々ついてきました。


「何が分からないんだよ」

「これ。シャワー。ひねっても出ないの」

「なるほど。だから温度がマックスなのね」


 このままじゃ大やけどします。


「真ん中がボタンになってるんだよ。……って、きみんちの実家もずっとこのタイプじゃなかったか?」

「違うの。あそこには、プッシュって書いてあったの」

「応用力ゼロね君は。……って、押すな!」


 想像力もゼロなの!?

 そんなことしたら!


「どわちゃちゃっ! あつっ! あつっ!」

「ふっふっふ。あたしはタオルケットでブロックなの。この壁が、完璧にお湯の攻撃を吸収して熱いのーーーーっ!」


 当たり前です。


 俺が慌ててお湯を止めている間に。

 穂咲は、たっぷりとお湯を吸ったタオルケットを脱衣所に放りだして。


 ……それが。

 ひきつった笑顔のまま俺たちを案内してくれた女性にびしゃっと被さると。


 彼女は悲鳴を上げながら。

 タオルケットをこちらに向けて投げつけてきたのです。


「あつつつつっ!」

「あついのーーーー!」

「ここは高校生の遊び場じゃありません! 出て行ってください!」



 お姉さんに追い立てられた俺たちは。

 ほうほうのていで、モデルハウスから逃げ出したのでした。


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