エリカ

信号がずっと青だったね 点滅した青の 夜明けは近くて

朝焼けを迎えに行こう ずっとまっすぐ走ってって 君が言って

まだ暗い道を二人で ドライブして

川沿いを湾曲した道が 海まで遠ざける 車を

ぼくたちを思い出の方へ引き寄せる

廃校にとらわれたままの過去が

時間が

この町からぼくらを逃がさないね

渦を巻いて 重力みたいに

戻ってきちゃったね と君が言って

車から降りて 海岸線の方に 歩いて

ほら薄い紫の空が 

朝だね

波に足をつけて 朝焼けに手を伸ばす君を

思わず抱き留めて引き寄せたら ふたりして転んで

砂に手をついた

透明の波がいつまでも 手首をくすぐって 

潮は満ちて 水を吸った靴は重くて

もう歩けないなって君が言った。

「沈んじゃいたいな。波の底に」

服のまま 仰向けに浮かぶ君の頬に黄金色の日差しが注いだ

長いスカートがウミユリみたいだった

「エリカ」

君の名前を呼んだ。行かないで。

ぼくを置いていかないでよ。一緒に泳ごうって言いたかった。言えなかった。

君が好きだからさ。だから行かないでって 言えなかったんだ。

わたしはずっとこの町で きっと 自分を偽ったまま生きる。

好きって気持ちも 声には出せなかったよ。 

だからせめて 名前を呼ばせて

「エリカ」

君は町を出て

ぼくはまだここで朝をずっと待ってる

君のいた朝をずっと待ってる。

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