クラフトできない生活

「多くない?」

「今日ちょっと、帰るの遅くなりそうだから。明日の分も。ね」


 母さんはそう言って俺に札を握らせた。いつも夕方になると出かけて、朝が明けるまで帰ってこない。俺は母さんがいない家でマイクラをする。巨大なダムを壊して埋めて、海を拓いてトロッコで島を一周する。俺の住む町にも海があったらいい。小汚い、どこに続いているのかわからない川しかない。もう何年も学校には行っていなかった。行きたい気持ちはすこしはある。でも生活リズムが完全に逆転していた。夜だけ開いている中学があればいい。


 腹が空くと明け方のコンビニで弁当を買って食べる。冷食の時もある。カフェオレを飲んだりタピオカを飲んだりする。俺が寝た頃母さんも帰ってくる。


 その日は目が覚めても母さんの姿がなかった。どうせいつか帰ってくるだろう。そう思ってまたゲームをする。羊の毛を狩りカーペットを作る。現実でもこうやって暮らせたらいいのに。黒と白のカーペットでチェス盤を再現した洋間を作った。シャンデリアはネザーストーンを使っている。溶岩を入れた暖炉も作った。家の中ではにわとりを飼っている。俺はニワトリが好きだ。ニワトリが産んだ卵を暖炉に投げてはヒヨコを焼き殺すチャンスをうかがっている。

 ゲームの中で羊肉の溶岩焼きを食べて、なにもしないまま寝た。相変わらず母さんは帰ってこない。


 何かがおかしい、と思い始めた。でも俺は何もしなかった。今までもそうだ。嫌なことがあったら眠ってしまう。そうしている間に一週間が過ぎた。家の中の金は尽きた。マイクラの世界の中の豪邸で一人、牛を殺して焼いて、ケーキを作って食べていた。ケーキは机の上に置いて食べられるのがいい。ミルクと卵と砂糖がいる。ミルクを汲むためには分量分の鉄のバケツがいるから、すごくぜいたく。マイクラのベッドで寝るとそこでセーブされて、死んでも同じ場所に戻ってくるようになる。俺はマイクラの空色のベッドで眠りながら、現実のリスポーン地点について考えていた。母さんもここにリスポーンされて、その時は所持品を失った状態で生まれ変わる。それとももう他に拠点を作って、ベッドを設置してしまっているのだろうか。ネザーなら爆発してしまうのにな。



 水路を掘り進め棚田を開墾し麦を植えパンを作る。ストックのパンが溜まれば旅に出る。見つけた洞窟で鉄を掘り農具を作る。ダイヤも出る。せっかくオオカミを手なづけたのにタッチパネルがうまく動かなくて殴り殺してしまった。悲しかった。色とりどりに着色した羊の毛を飼ってウールのブロックを作り積み上げて火をつけて燃やした。山火事になった。


 山火事は延焼し続けて、俺の拠点を飲み込んでしまいそうだ。

 俺は延焼を避けるために伐採した木から作ったベッドをたくさん携えてネザーゲートをくぐった。ネザーではベッドは設置した側から爆発して燃えてしまう。燃えるベッドをただ眺めていた。母さんは帰ってこない。明日こそ学校へ行って、担任に母さんが家にいないことを告げようと思った。

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