第20話 深まる謎

~ロニーBAR~


ゼウスがロナウドに罵倒されていたその頃、クロエとロニーは無事店までジャックを運び、医者を呼んで治療させていた。当然まともな医者では状況など理解してくれる筈もないので、訳ありの患者を手がけるヤブ医者だったが、ロニーと昔からの知り合いだったので安心して任せることが出来た。


「……。」


クロエは一人店のカウンターに座り、ジャックの治療が終わるのをひたすら待っていた。怪我という言葉で言い表せないような状態だった為、かなりの時間がかかっていたが、クロエはそれの五倍ぐらいの時間が流れている感覚だった。やがて補助をしていたロニーが、部屋から出てきた。


「あらクロエちゃん、ずっとそこにいたの?少し眠ればよかったのに……。」


「ロニー……。ジャックがあんな状況なのに、おちおち寝てられないわよ。それより、どんな感じ?もう終わりそう?」


「……複雑な気持ちだけど、ロナウドって人の不思議な力のおかげもあって、だいぶ傷は回復してきたわ。ジュニちゃんはまだ苦しそうだったけど……。」


ロニーは血のついた手を水道で洗い、タオルで綺麗に拭きながら説明した。


「そう……。」


クロエはしょぼんと落ち込みながら言った。


「…随分落ち込んでるわね。普段はあんなに「どうせ死なないんだから」言ってたのに……。」


ロニーはクロエの横に座り、わざとらしく意地悪を言ってみた。しかしクロエの様子は変わらず、何やら気まずそうにしていた。


「……だって、あんなことになるだなんて……思ってもいなかったから……。」


「クロエちゃん……。」


「馬鹿にしてくるし、ムカつくし、ケチだし……どうせ目的が一緒なだけの関係だから…どうなろうとどうでもよかった。でも……」


「でも?」


ロニーは泣きそうになるクロエの背中をそっと擦りながら優しく問いかけた。


「……初めてだったの、あんな酷いのを見たのは…。本当の死を見たこともあるのに、それよりも遥かに酷かった……。」


クロエはスカートの裾を握りしめながら、ぽたぽたと涙をこぼした。


「怖いとか、そんなんじゃなくて……罪悪感と言うか、こんなことさせるつもりじゃなかったからっ……。」


「…クロエちゃん、もしかしてジュニちゃんに黙ってることがあるんじゃない?」


ロニーはクロエの涙をそっと拭いながら、そう問いかけた。クロエはぎくっとしながらロニーを見た。


「……何で?」


「クロエちゃん、本当はとても優しくていい子だもの。そういう子ってね、何か嘘をついたりしたら、後で一番苦しんじゃうのよ。」


ロニーはふっと微笑みながらクロエを優しく撫でた。


「誰にも言わないって約束する。だから、あたしだけに打ち明けてちょうだい。クロエちゃんもきっと少しは胸が苦しくなくなるだろうし、力になれると思うの。それに、乙女同士にしか話せないこともあるだろうし、ね?」


「……っ。」


クロエはロニーの優しさに完全に負けてしまい、ボロボロと大粒の涙を流した。


「うっ、ひっく……絶対怒らない?引かない?ジャックに言ったりしない?」


「ええ、絶対に。」


ロニーは力強く頷き、クロエの手を握りしめた。クロエはその後子供のように泣きじゃくり、自分の過去とジャックについた嘘を全て打ち明けた。





「……うっ、ううっ!ズビーッ!ひっく、クロエちゃんの過去にそんな悲劇があっただなんてぇ……っ!」


「……ロニー、泣きすぎ……。」


話を聞き終わったロニーは大号泣し、顔をバスタオルで覆いながらオイオイと泣いていた。全て打ち明けたクロエは逆にスッキリし、大げさなロニーに若干引いていた。


「グズッ……でも、それが原因でクロエちゃんは嘘に対してトラウマを持ち、そのトラウマから逃れるために嘘を愛するようになったのね。そしてジュニちゃんにも、本当はゼウスってやつを殺してもジュニちゃんが助からないってことを隠して利用してた…。」


「……酷いでしょ?嘘を愛してるわけじゃないんだけど、結局大嫌いな嘘で自分の傷を癒したいだけだった…無理矢理自分のやり方を正当化して、そしてジャックを巻き込んだ……。」


クロエは自分を嘲笑するように笑い、そっと腕をさすった。


「自分が元に戻れればそれで良かったのに……あんな苦しませるとは思ってなくて…。いっその事死なせてあげれれば楽になるんだろうけど、あたしにはそこまでの勇気もない…結局自分が一番大事なのよ。」


「……確かに、死ねない体に普通死ぬ傷を与え続けるより、死なせてあげた方が楽でしょうけど…そんなの絶対ダメよ。」


ロニーは顔からタオルを外し、真っ直ぐクロエを見つめた。


「それでも生きているなら、絶対生きている方がいい。クロエちゃんも、そんな風にしてジュニちゃんを救おうとするなら、救わない方がいい。」


「ロニー……。」


「自分が一番大事なのは、当たり前のことよ。でも自分を守るために他の人を傷つけたり、ましてや命を奪うのも駄目。自分を大切にしながら、同時に周りも大切にするの……そうしたらきっと周りの人は自分を大切にしてくれるから。」


ロニーはニコッと笑い、クロエをそっと抱き上げて自分の膝に乗せた。


「……あたしの大切な人はね、クロエちゃんとは真逆だったわ。周りを守るために、自分なんか捨ててしまった……いつも傷ついて、苦しんで……それでも周りが悲しまないように平然を装っていた。本当に馬鹿な人だった……。」


「……それって、もしかして?」


クロエは恐る恐るロニーに問いかけた。ロニーは静かに頷き、カウンターの端に立ててあった写真をクロエに見せた。


「そう、ジュニちゃんのお父さん……ジョーカーの事よ。」


クロエはその写真をじっと見つめた。真ん中に綺麗な女性が満面の笑みで座っており、その両隣に男性が座っていた。ロニーはその後ろから三人をまとめて抱きしめていた。


「この真ん中の女の子が、ジュニちゃんのお母さんのマリアよ。そしてこっちの独特なファッションの男の人が、ジョーカー、もう片方はマリアに片想いをしてジョーカーと犬猿の仲だったグレン。」


「グレンって、この前バルが言ってた?」


「そうそう!あたしとグレンはこの中でも一番長い付き合いなのよ、ジョーカーはその後すぐに付き合い始めたけどね。」


ロニーは懐かしそうに写真を撫でながら話した。


「……それでも、彼がこの国のために裏で暗殺をしてたなんて知ったのは、マリアが来てからだった。」


「…『切り裂きジャック』は、お父さんが始めたのよね。ジャックは自分の存在を世に知らしめるとか言ってたし、実際皆その存在を知っていて怯えていたけれど、お父さんはその真逆だったんでしょう?」


クロエは不思議そうに首を傾げて問いかけた。ロニーは少し眉間にシワを寄せて考えた。


「そこなのよね…。どうしてジュニちゃんはわざと『切り裂きジャック』の存在を気付かせるようにやっているのかしら?何か別の目的があるのかしら…。」


「お話中悪いね、終わったよ。」


二人が悶々と考えている時、中年の医者が扉を開けて出てきた。白衣とエプロンは血だらけで、かなり奮闘した様子を物語っていた。


「ありがとう…本当に助かったわ。」


「長年この仕事をやってきたが、あんなのは初めてだ。もっと若い時にやりたかったもんだ……ふぅ。」


医者はわざとらしく腰や肩を叩いて疲れた様子を見せた。ロニーは苦笑いしながらクロエを膝から下ろし、立ち上がった。


「はいはい、報酬弾めばいいんでしょ?いくら出せばいいのかしら?」


「んにゃ、金はもう要らん。」


医者はニヤリと笑い、手を払った。


「瓶一本貰えりゃそれでいい。」


「んまっ、医者の不養生ね!全く……。」


ロニーは呆れた様子でため息をつくと、棚から高そうなお酒の瓶を二本取り出した。


「お金要求した方がよっぽどマシよ?」


「この年でこれ以上金を取ったって意味もない。残してやる相手もいないんでね。」


医者はロニーから酒を受け取ると、それをカバンに突っ込み、血がついた白衣とエプロンも一緒に突っ込んだ。


「それなら落ち着いて結婚でもしたらいいじゃない。もう戦争も終わったんだし。」


「ふんっ、戦争が終わったってわしらは変われんよ。お前さんだって、まだ『終わっていない』……そうだろ?」


「……まぁね。この『記憶』は、終わる日は来ないわね。」


ロニーは悲しそうに微笑み、カウンターに凭れた。


「国は忘れろと言うが、馬鹿馬鹿しい話だ。酒が無けりゃ、あのおぞましい光景が毎晩夢に出てくるんだからな。」


「グレンなんか、もう長年まともに寝てないんじゃない?あの子は一番弱かったんだから。」


「……『鷹の目』も、所詮弱いガキだったってこった。」


医者はふっと笑い、コートと帽子を身につけるとカバンを手に持った。


「それじゃ、失礼するよ。しばらく熱でうなされると思うがね、広いベッドで充分介抱してやることだな。」


「うん、本当にありがとうね、ドクター。」


医者は微笑み、軽く会釈すると店を出ていった。


「……よくわかんないけど、大変そうね。」


クロエは医者が出ていったドアを見つめながら呟いた。ロニーはクロエを撫でながらクスッと笑った。


「わからなくていいのよ。それより、ジュニちゃんを上のベッドに移しましょうか。」


「……うん。」


クロエは頷き、ロニーと一緒にジャックを上に運ぶために部屋に入っていった。あの後、あの医者が自宅前で殺されるとは知らずに…。





~廃工場~


「おーいガルディア〜!ちと話があんだが……って、

あれ……?」


キルアは廃工場に戻ってくると、壁に貼り付けてあったはずのジャックがいなくなっているのを見てキョトンとした。


「あれ、じゃないわよ……。」


「っ……。」


声と共に物凄い殺気を感じたキルアは恐る恐る振り返った。そこには黒々としたオーラを放って腕組みをしているガルディアが壁にもたれてキルアを待っていた。


「お、おはようございますガルディアさん……。」


「ほんと、こんな悪い目覚めはないよ!一体どこほっつき歩いてたんだい!おかげで奴が逃げちまっただろ!?」


「あだっ!!」


ガルディアはキルアを拳骨で一発殴ると、額を押さえてため息をついた。


「また最初からじゃないか……まぁ、あれだけの傷を負ってちゃ遠くは行けないだろうから、早いとこ見つけてさっさと殺しちまおう。」


「……なぁ、その事なんだけどよ。」


「……なんだい。」


キルアが気まずそうに話しかけると、ガルディアは不機嫌そうに反応した。


「……その、これぐらいでいいんじゃねぇか?結構痛めつけたし……い、今頃小便垂らして怯えてやがるさ!まぁあれも餓鬼な訳だし…な?」


キルアはそう言い終わると同時にちらっとガルディアの表情を確認した。


「何言ってんだい。許すわけないだろ?」


ガルディアは考える間もなく、即答した。


「散々痛めつけた?ガキだから?馬鹿なこと言ってんじゃないよ!あいつが何をしたか分かってんのかい!?」


「そ、それは分かってるって……、」


「じゃあ何でそんな事言えんだい!!『人間』として生きようとしたアタイらを殺して…あの子らまで殺して……そしてアタイらをまたこうして『化物』にした!!そんな奴許せるわけないだろ!?殺して殺して……泣き叫んで詫びたって、殺し続けるんだよ!!」


ガルディアはキルアの胸ぐらを掴み上げ、すごい剣幕で怒鳴った。


「っ、おい落ち着けって…っ!」


キルアは苦しそうに顔をしかめ、ガルディアの手を掴んだ。ガルディアはギリッと歯を噛み締め、乱暴にキルアを離した。


「……とにかく、奴を見つけ出すんだよ。いいね?」


「……ん。」


キルアは首を擦りながら不服そうに頷き、顔を背けた。


(……俺らをまた『化物』にすんのは、実は俺ら自身なんじゃねぇのか……。)


その言葉も、キルアはぐっと飲み込み、胸の奥底にしまい込んだ。





~数日後のロニーBAR~


「……っ。」


それから数日後、ジャックは漸く熱が治まり始めて夜中にそっと目を覚ました。まだ身体中に痛みがあるものの、ゆっくりと体を起こすことはできた。


「いってぇ……っ、俺…どうやってここに……?」


ジャックは体を起こすと必死に記憶を思い出そうと頭を抱えて考え込んだ。


「……そうだ、確かキルア達に捕まって……ほんで…あーだめだ!こっから記憶が全然ねぇ……!」


ジャックはもやもやしながらふと横を見た。するとそこには本を開いたままベッドの横の椅子で眠ってるクロエがいた。


「……んでこんな所で寝てんだ……?」


ジャックは不思議そうにクロエを暫く見つめたが、やがて何かを察したかのように苦笑いした。


「んだよ…。散々人のことどーでもいいみたいに言っといて……。」


ジャックはそう言うとゆっくりベッドから降り、起こさないようにクロエをベッドに寝かせた。


「ん〜……。」


クロエは夢でも見ているのか、ふにゃっと笑いながらもぞもぞと動いた。


「……喉、乾いたな。」


ジャックは壁に手を付きながら、ゆっくりと歩いて階段を降りていった。降りた先は店の中で、ジャックは二階の部屋で寝ていたようだ。


「げっ、めちゃくちゃ本散らかってんじゃねぇか!あの野郎ロニーの営業妨害してたんじゃねぇだろうな……。」


ジャックはカウンターに広げたまま置いてある本を呆れた表情で見つめた。そして、そっと一冊の本を手に取った。それは図書館の隠し部屋の一番上にあった本だった。


「……。」


ジャックは無言でその本を開き、ペラペラとページを捲った。その文字を読めるはずはないのに、ジャックはまるで普通の文字を読むようなスピードで捲っていた。


「……太陽は光の中で眠り、月は闇を見つめ続ける…か。」


ジャックはそう言うと包帯をとって左腕を出し、あるページを左指で綺麗に切り取った。


「……これで、いいよな…?母さん……。」


誰もいないその空間で、ジャックは独り呟きながら切り取った紙を丸め、口に放り込んだ。

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