第17話 月の魔法使いの末裔?

~ロニーBAR~


その頃、クロエとロニーは店に戻り、傷の手当をしながらジャックを助け出すための作戦を立てていた。


「……その狂ってる男と女は、一体何のためにクロエちゃんを攫ったのかしら?」


「あたしもあまりおぼえてないんだけど……確か捕まる前に、『あいつへの復讐の餌になってもらう。』なんて言われた気がするわ。」


クロエは微かな記憶を一生懸命思い出しながら話した。ロニーは眉間にシワを寄せながら考えた。


「復讐、ね……『切り裂きジャック』の仕事を考えれば、恨まれたりすることは多々あるでしょうけど。もし相手がターゲットそのものだったとしたら、まず生きてることがおかしいわね。」


「どういうこと?」


クロエは首を傾げてロニーを見つめた。


「ジョーカーの時がそうだったんだけど…、あの人は『切り裂きジャック』としての自分を見た者は残さないの。ターゲットは必ず殺して、万が一通行人とかに見られたら不思議なマジックで記憶を消していた。」


「待って、マジックなんかで人の記憶は消せないわ!そんなの、魔法か術でしか無理よ!しかも、術だったら一時的にしか消えない……つまり、完全に消せるのは魔法でしか無理だわ!ジャックのお父さんは、魔法が使えるの!?」


クロエは目を見開きながら驚いた。ロニーは顎に手を添えながら首を傾げた。


「あら、そうなの?あの人は頑なにマジックだって言ってたから、疑いもしなかったわ…。でも確かに、マジックじゃ説明もつかないようなこともやっていたような……?」


「例えば?」


「トランプをナイフに変えて、それを投げたと思ったらバラの花びらに変わっちゃったり、杖を剣に変えたり……あと、『蒼い焔』を全身から放ってたこともあったわね。」


「『蒼い焔』!?」


クロエは驚きすぎて、思わず椅子から落ちそうになった。間一髪のところでロニーに支えられて、何とか座り直したクロエは、『蒼い焔』について話した。


「『蒼い焔』は、『月の魔法使い』の血筋特有の魔法なの。ジャックのお父さんがマジックじゃなく魔法を使っていたのなら、間違いなく『月の魔法使い』の子孫よ!」


「……『月の魔法使い』とは?」


ロニーは頭の上にたくさんのはてなマークを浮かべながら微笑んだ。クロエはやれやれと頭を抱えながら説明した。


「…今存在する魔女や魔法使いは、全て『始まりの魔法使い』とされる男の子孫なんだけど、その男には子供がいたの。それは双子で、真っ赤な焔を司り、強い攻撃魔法が得意な『太陽の魔法使い』と蒼い焔を司り、不思議な魔法で人々を癒す『月の魔法使い』だった。だけど、ある日『太陽の魔法使い』である弟が、兄の『月の魔法使い』の力を奪おうと戦争を起こした。兄は必死に抵抗し、何とか逃げ延びたけど、元々一つだった国はその戦争のせいで二つに分かれてしまった。やがて二人はそれぞれの国の王となり、険悪な関係が続きながら子孫を残していった。ま、その国がどこかは、歴史が長すぎてよく分からなくなったんだけどね。」


「双子なのに争うなんて…強い力を持つとそんなことも平気でしてしまうのかしら…。」


ロニーは悲しそうな顔をして呟いた。クロエは腕組みをしながらこくこくと頷いて共感した。


「ほんと、戦争なんて酷いわよね。何もいいことなんて無いわ!」


「……ところで、ジョーカーが『蒼い焔』を放てるということは、『月の魔法使い』の子孫なのよね?」


「ええ、力を引き継ぐことが出来るのは、本家のみ。分家はそこら辺の魔女や魔法使いよ。あたしも含めてね。」


クロエは少し不服そうな顔をしながら話した。


「ま、本家でも力を引き継げない者も、稀にいるらしいけどね。……ん?」


クロエはそこまで話すと、あることに気がついた。


「……と、言うことは……ジャックも『月の魔法使い』の本家の子孫…………てこと?」


「…………そう、なるわよね。普通。」


二人は暫く黙ったまま見つめあったが、クロエが我慢出来なくなり、怒鳴った。


「……魔法とか信じないとか言っといて、『月の魔法使い』の末裔とかどういうことじゃァァァァ!!!」


「クロエちゃん、落ち着いて落ち着いて!ほら!あの子は生まれた時にはジョーカーがもういなかった訳だし!稀にいる力を引き継いでない子だとしたらそんなの気付かないわよ!」


ロニーは頭を抱えて奇声を放つクロエを必死に宥めた。


「キーッ!!なんか無性に腹立つぅうう!!」


クロエは暫く怒りを爆発させたあと、燃え尽きたように机に突っ伏した。


「……クロエちゃん、生きてる?」


「……うん、辛うじて。」


ロニーにオレンジジュースを渡されると、クロエはストローでそれを飲んで落ち着いた。


「はぁ…、まさかこんな近くに『月の魔法使い』の末裔がいるとは……。」


「でもクロエちゃん……あのゼウスとか言ってた男も、さっき蒼い焔放ってなかった?」


「はっ!!」


クロエはロニーに言われて初めてそのことに気がついた。


「ジョーカーのマフラーも持ってたし……。」


「じ、じゃあ……もしかしてあのゼウスって奴は……?」


「「……ジョーカーの兄弟?」」


二人はごくりと息を飲み込んでから、同時に呟いた。


「やっぱり!クロエちゃんもそう思った!?」


「だってそうだとしか考えられないじゃない!ジャックのお父さんに兄弟がいるのか知らないけど、じゃないと説明がつかないもの!」


「よね〜!ジョーカーはあまり自分のことを話さなかったんだけど、確かお兄さんと絶縁したって言ってたし!」


「うわぁ、そうだとしたらすごいやりずらいわぁ。だってジャックの叔父さんでしょ?それを知ったらジャックどうするかしら……。」


「さぁ……今のところ唯一の身内になるものねぇ。あたしたちには予想できないことよ。」


二人は暗い気持ちになり、大きくため息をついた。


「……とりあえず、今はジュニちゃんを助け出すことに専念しましょう。あのゼウスってやつには、今度全部吐いてもらうことにして。」


「そうね……。あたしの水晶でジャックの居場所を見てみるわ。」


そういうとクロエは店に置きっぱなしにしていた荷物から、大きめの水晶玉を取り出した。


「あら、初めて魔女らしいところ見れたわね。」


「うるさい。」


クロエはうふふと笑うロニーを少し睨むと、椅子に座って集中した。


「……見えてきたわ。」


クロエがそう言って手をゆっくり動かすと、水晶玉の中にぼんやりと映像が浮かんできた。ロニーはごくりと息を飲み、じっとその映像を見つめた。


「…ここ、町のはずれにある廃工場かしら?そこにジュニちゃんが?」


「あまりはっきり見えないわね…。また何か結界とかかけられてるのかしら……。」


クロエは指先に力を込めながら、映像を動かしてみた。映像は廃工場の扉を通り抜け、奥の壁に張り付けられたジャックを映し出したところで止まった。


「「ッ!!」」


二人はジャックの姿を見ると目を見開いて驚き、顔を真っ青にした。


「そんな……なんて事を……!」


「………ジャック。」


クロエは息が詰まりそうになりながら、そっと水晶玉を撫でた。ジャックはまだ目覚めておらず、ぐったりと頭を下げたまま動かなかった。


「早く助けに行かないと……これ以上は流石のジュニちゃんもダメになる。」


ロニーはエプロンを脱ぎながら焦っている様子で言った。


「いくら不死身だと言っても、人間が死んでも味わえないような苦しみを味わい続けたら精神がやられる…。廃人みたいになっちゃうわよ……っ。」


「……そうね。」


クロエは少し唇を噛みしめながら水晶玉をそのまま持っていこうとした。すると水晶玉に映るジャックの様子に異変が起こった。


「……あ!」


「どうしたの?クロエちゃん。」


「ジャックが起きたかも!頭を上げようとしてる!」


クロエは水晶玉を持ち上げ、じっと映像を見つめた。


『…………。』


映像の中のジャックはゆっくりと頭を上げ、まるでクロエ達が見えているかのように視線をこちらに向けた。だがその瞳は、いつものジャックのものではなかった。


「……え?」


その瞳はまるで血に飢えた獣のようで、燃えるような赤色には、闇のような黒紫色が滲んでいた。


『…………。』


そしてジャックがゆっくり口を開いて何かを呟くと、クロエの水晶玉はいきなりバキッと音を立ててひび割れた。


「きゃっ!?」


「大丈夫!?」


驚いて水晶玉を落としたクロエの手を、ロニーはすかさず切れていないか確認した。


「だ、大丈夫だけど……。」


クロエはバグバクと落ち着かない鼓動を必死に落ち着かせながら、落ちた水晶玉を恐る恐る見てみた。しかし水晶玉は完全に割れてしまい、映像もスっと消えてしまった。


「……。」


その時、ジャックを張り付けていた筈の壁が、夥しい量の血の跡だけになっていたことをクロエ達は気付くことが出来なかった。

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