第16話 新たに流れた血

~とある町外れの廃工場~


「…ふーっ、これで三十通りはやったか?」


町外れにある廃工場で、キルアはジャックを無茶苦茶に痛めつけていた。ジャックは左肩に鉄板を打ち付けられ、腕を封じられてしまった挙句、コンクリートの壁に太い杭であらゆる関節を打ち付けられて固定されていた。全身切りつけられ、深く切り裂かれた腹からは内臓などが見えるほどだった。目も潰され、ジャックはただただ生きているうちは味わえない……いや、死んでも味わうことは出来ない苦しみの中でか細い呼吸を繰り返すだけだった。


「そんなのいちいち数えてないよ。て言うか、本当にその状態で生きてるのかい?内臓見えてるじゃないか…うえっ。」


「一応生きてるみてぇだぜ?すげぇよなぁ、頭ぶっ刺しても本当に死なねぇんだぜ?一体どんな痛みを味わってんだろうな!?」


「さぁね、人間は到底知り得ないようなもんじゃないかい?だってこんだけ体抉られて、血なんか流れきっちまいそうな勢いなのに死ねないんだから。普通こうなる前にとっくに死ぬよ。」


ガルディアはヤスリで爪の形を整えながら淡々と言った。ガルディアは元々暗殺者として働いていたため、特にグロテスクなものはどうもなかったが、流石にジャックの状態は気持ち悪いらしく、あまり見ようとしていなかった。ただジャックの悲鳴や苦しむ声を、まるで音楽を楽しむように聴いていた。


「だよな~。こうやって内臓鷲掴みにしてやっても死ねねぇから……普通に感触も痛みも感じちまうよなぁ?」


そう言うとキルアはジャックの裂けた腹に手を突っ込み、内臓を乱暴に掴んだ。


「ゔぁ……ッッッ!!!」


ジャックは抉れて見えもしない目を見開きながら大量に血を吐き、動かない体を必死に動かそうと身動ぎした。キルアは楽しそうに笑い、ぱっと手を離した。


「いいぜぇ、その顔……。そろそろへばってもいいんだぜ?あの餓鬼殺してやるだけだからよ……!」


キルアは手にベッタリとついたジャックの血をべろりと舐めながらそう言った。ジャックは必死に呼吸をしながら、決して気絶しまいと酷い痛みと戦っていた。


「……う、っせぇ……っ、ま、だ……くたばっちゃ……ね、よ……ッ!!」


「へへっ、流石切り裂きジャックだぜ。その度胸、褒めてやるよ。」


キルアはポンポンとジャックの頭を撫でると、ふと時計を見た。


「そうだな……、特別に一回寝んねさせてやるよ。俺の鎖鎌も壊れちまったことだし、休憩だ休憩!」


「いいのかい?そんな甘やかして…。」


ガルディアは呆れたようにキルアを見た。


「おう、ついでにオメェも一回休んでこいよ。こいつに結構やられてたじゃねぇか。」


「だーれのせいであんな目にあったと思ってるんだい!」


「いって!!」


ガルディアはヤスリをキルアの額に命中させると、ため息を吐きながら立ち上がった。


「……ま、確かに回復し切ってないし、お言葉に甘えて休ませてもらうよ。逃がすんじゃないよ?アンタすぐ誰か殺しに行こうとするんだからさ。」


「こんなんでこいつも動けるわけねぇって。長時間離れたりしねぇし、安心して寝てこいよ。」


キルアは額を擦りながらガルディアに早く行くよう促した。ガルディアはふっと微笑み、キルアに歩み寄った。


「分かったよ……ほんじゃ、お休み。」


そう言うと、ガルディアはキルアの唇にキスをした。キルアはガルディアの唇が離れると、自分の唇をぺろっと舐めた。


「ん、お休み~俺の子猫~。」


キルアはヒラヒラと手を振った。ガルディアはフフッと笑うと、部屋の隅の影に溶けるように沈んで消えていった。


「……オメェも一回寝とけ、起きたらまた可愛がってやるからよ?あの大事な餓鬼を殺されねぇように精々耐える体力蓄えときな……っと!!」


そう言ってキルアは振り返ると、先ほど投げつけれたヤスリを思い切りジャックの眉間に突き刺した。


「ッ………!!」


ジャックは何が起こったのか理解する間もなく、目を開いたままがくりと力尽きた。キルアはニヤリと笑いながらヤスリを抜き取り、ポイッと投げ捨てた。


「あ~、俺ってなんて優しいんだか。憎くて憎くてたまらねぇ相手に休む時間をやるなんて……優しすぎて自分でも泣けてくるぜ。」


キルアは一人でベラベラと喋りながら、焚き火の横で切れた鎖鎌を直し始めた。






~1時間後~


「……っし!綺麗に直ったぜ!流石俺だなぁ~」


キルアは馴れた手つきであっという間に鎖鎌を直し終わると、焚き火にかざして傷が無いか確認していた。


「……切り裂きジャックはまだ寝ちまってるしなぁ……、切れ味具合を確かめてぇから、ちょっくら殺してくるか!」


キルアはにやっと笑うと、スクっと立ち上がって鎖鎌を担いだ。


「……ま、ほんの二、三人だし、ガルディアが起きてくる前に帰れるよな。」


キルアは少しガルディアに言われた言葉を気にしながらも、ノコノコと外に出ていってしまった。


「…………。」


その時、ジャックの様子に僅かな変化があった事にも気が付かずに…。





~教会に繋がる森の中~


「だーっ!すっかり暗くなっちまったぜ!あんの野郎途中で事故りやがって……年寄りにどんだけ歩かせる気だ!!」


誰も聞いていないのに、一人で愚痴を漏らしながら森を歩いているバルは、グレンのいる教会まで送ってもらえるはずの車が事故を起こし、かれこれ五時間は歩かされていた。


「しかもちゃっかり金ぶんどりやがって……今度会ったら脳天ぶち抜いてやる……!!」


バルは額の汗を拭いながら歯軋りした。周りはもう真っ暗で、空にはコウモリが飛び回っている。


「はぁ…もうちょっとで教会にたどり着ける……。やっと恩返しができるってわけだ。」


バルはジャケットの内側に大切に隠している土地の権利書を確認しながら、そっと微笑んだ。


「これでガキ共も安心して過ごせる。もう二度とあんな馬鹿げた実験なんてさせるかよ……!」


バルは自分の頬をバシッと叩くと、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見据えた。


「よしっ!もう一踏ん張りだ……って、あ?」


バルが勢いよく歩き出そうとしたその時、前から何やら人影がこちらへ向かってきているのが見えた。その人影はゆらゆらとふらつきながら歩いているように見えた。


「こんな時間に俺以外がこんな所に……?一体何者だ…?」


バルはそれを不審に思い、腰に忍ばせている護身用の銃に手をかけながら声をかけた。


「おい!そこのあんた!!こんな物騒なところで何してんだ!?」


「…………。」


「聞こえてんだろ!?返事ぐらいしろよ……!!」


バルは黙ってこちらに近づき続けている人影に向かって銃を構えた。人影はそれを見てぴたりと止まり、何かを呟いた。


「……きゃ……。」


「あ?何だって!?」


「殺さ……な、きゃ……。」


バルが言葉の意味を理解する前に、人影は一瞬のうちにバルの体を黒い刃物の形をした腕で貫いていた。


「……んな、馬鹿……な……っ。」


「……全ては……王、の…為……、御国の……為に…。」


その人影は、雨の時にしか現れなかったあの化け物だった。化物は腕をバルの体から引き抜き、二歩ほど後ずさった。バルは血を吐きながらその場に倒れ、信じられないというような表情をした。


「て、めぇ……雨…降ってねぇ、のに……っ!?」


「……罪深き血が流れる度、我々は力を増す。」


化け物は先程よりハッキリと話し、姿も真っ黒だったのが人間の姿に変わっていった。


「戦争はまだ終わっていない……我らが王の為、御国の為…罪人は速やかに排除する。」


「っ……!!てめぇ…は……!?」


完全に人間の姿になったその化け物の顔は、バルには見覚えがあった。戦争時代に戦死した、元軍人だった。


「我々を消そうなど、夢のまた夢……我々は存在し続け、今度は貴様らを礎に生き続けるのだ。」


化け物は右腕だけを真っ黒な刃物に変え、バルの首に当てがった。


「……おいおい、冗談じゃ…ねぇ……っ。」


バルは動かぬ体を無理やり起こそうとしたが、指先にすら力が入らなかった。


「我々の糧になる喜びを、噛み締めるがいい……!!」


「くそ……っ!!」


化け物が腕を振り上げると、バルは覚悟を決めて目をつぶった。


「一人目ぇえええっ!!!」


「っ!?」


化け物が腕を振り下ろす前に、その腕は飛んできた鎖鎌によって切り落とされた。


「……誰だ、我々の邪魔をするのは…。」


「シシッ。何しようとしてたかは知らねぇが、俺の視界に入っちまったオメェが悪いんだよ!」


笑いながら引き戻した鎖鎌をキャッチしたキルアは、ゆっくりバルの隣に歩み寄った。


「……お前…その刺青……っ。」


バルはキルアの全身に広がる刺青を見ると、なにかに気付き目を見開いた。


「あ?おっさん、俺の事知ってんのか。あの関係者は全員死んじまったって聞いてたけどなぁ?」


「……目撃者に、聞いたの…さ。」


バルは息が絶え絶えになりながらも、にっと笑った。


「ふーん、まぁどうでもいい。死にかけには興味ねぇんでな。」


キルアは鎖鎌を肩に担ぎながら化物を見た。


「……あぁ、貴様も時が満ちて蘇った者か…。しかし、我々とは違うようだな。」


化物は淡々と話しながら傷口をべロリと舐めた。


「確かに俺ぁ死んで蘇ったが、オメェらみてぇに国がどうとかそんなもん知ったこっちゃねぇ。あの餓鬼に同じ地獄を見せられりゃあそれでいいんだよ。」


キルアはにっと笑いながら血に飢える瞳を細めた。化け物はそんなキルアを憐れむように額に手を当てた。


「なんと愚かなことか…貴様はこの国に尽くすために生まれてきた存在だと言うのに、己の存在意義をどうでもいいなどとほざくのか。」


「造った……の間違いだろうが、クソ野郎!!」


キルアは鎖鎌を振り回し、化け物の首に鎌をかけた。化け物は表情一つ変えず、狂気じみた笑みを浮かべながらキルアを見つめた。


「そう、貴様は造られた……我が国が誇る『人間兵器』よ。」


「ッ!!」


キルアはその言葉を掻き消すように鎖を引き、化け物の首を胴体から切り離した。その状態でも化物は言葉を続けた。


「……この国から罪が消えぬ限り……この国に負の感情が満ちる限り……我々は死なぬ。永久の命を授かり…力を得て、罪人共を自らの手で闇に葬ることが許されたのだ……っ!」


「……俺ぁ、難しいことはわかんねぇよ。」


キルアが鎖鎌に付いた血を払いながらそう呟くと、化け物はスっと影となり闇に溶けるように消えていった。


「……一体全体、どうなってやがる……っ。」


バルは消えそうな声で呟きながら化け物が消えたところを見つめた。


「雨が降らなくても…奴らが出てくるなんて……、皆、に…伝えてやんなきゃ……っ!」


「おいおい、そんな体で動くなよ。痛ぇだけだろ?大人しく死んどけよ。」


キルアは無理やり体を動かして地面を這うバルの横にしゃがみこんで語り掛けた。バルはお構いなしに体を引きずり続けながら答えた。


「う…せぇ……っ!この先に、子供が沢山いるんだよ…俺が、次は俺が助けて…やるんだっ!!」


バルの血を吐き、死にかけながら前に進む姿を見たキルアは、暫く考えた後ため息をついた。


「…俺が行ってやるよ、しゃーねぇな。」


「……何?」


バルは息も絶え絶えになりながらキルアの方を振り返った。


「その代わり、今持ってる金全部寄こしな。どうせ死ぬんだ、要らねぇだろ?有効活用してやるよ。」


キルアはにこにこ笑いながら手を出した。バルは苦笑いしながら、そっと目を閉じた。


「…そう、だな……、勝手に取りやがれ。上着の内ポケットに…鍵がある。この先の教会の牧師に、上手いこと言って俺の金庫まで案内してもらえ…。」


「お、話が早いなおっさん。」


キルアはごそごそとバルの服を漁り、小さな鍵を取り出した。するとバルはがしっとキルアの手を掴んだ。


「っ!何だよ、今更やっぱりやらねぇとか言わせねぇからな?」


「違う……、俺の金全部やる代わりに…もう一つ頼まれてくれ。」


バルは真剣な眼差しでキルアの目を見つめた。


「反対のポケットの紙切れを…その牧師に渡してくれ。そのために、俺はここまで来たんだ……頼む…っ!!」


バルはキルアの手を強く握り、僅かに震えながら頼み込んだ。


「……。」


キルアは黙ってバルの手を振り払い、そのまま立ち上がって歩き出してしまった。バルは必死にキルアに手を伸ばして叫んだ。


「おいっ!!頼む…行かないでくれ…っ!!!」


「うっせぇよ、おっさん。」


キルアは立ち止まると、振り向かずにいつの間にか取っていた土地の権利書をひらひらと見せた。


「っ!」


バルはそれを見て目を見開いた。


「……安心して、死ね。」


キルアはバルに微笑みかけると、さっさと行ってしまった。


「……、恩に着るぜ…。」


バルは安心したように微笑むと、仰向けに寝転がってゆっくり息を吐いた。


「……。」


すると、目の前にある男の姿が見えた。その男は黙ったまま、バルを見つめていた。


「……、よう、ジョーカー…。わざわざ迎えに来てくれたのか…?」


バルはその男を『ジョーカー』と呼び、にっと笑った。


「ったく…勝手に死んじまってんじゃねぇよ。」


バルはそう言うと、そっと目を閉じた。


「まぁ、俺が言えたことじゃねぇか。精々…あの世で一緒に酒でも飲みながら……あいつらを、見守ろうぜ…。」


「……。」


男は、全く動かなくなったバルをただただ黙って見つめ続けていた。

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