第13話 隠された扉

~ロニーBAR~


「それで、オバケが怖いからジュニちゃんだけ図書館にいかせたのね。」


次の日、クロエはロニーの店で留守番をすることにした。散々ジャックに文句を言われ、朝から喧嘩していたのだが、とうとうジャックの方が折れて承諾したのだ。とはいえ、例の男にまた何かされては自分の命が危ないと言うことでロニーにクロエを預け、現在に至る。


「だってしょうがないじゃない。お城と繋がった地下室にいて、時計が大幅に狂ったのよ?こんなの普通じゃないわ!」


クロエはムスッと不機嫌そうにカウンターの椅子に座り、ロニーと対面して話した。


「そりゃ怖いのはわかるけど……ジュニちゃんじゃ、どれが原本か分からないんじゃないの?」


ロニーは心配そうに頬に手を当てながら首を傾げた。


「そうなのよ…だからそれっぽい本を見つけたら手当り次第持って帰ってきてもらって、安全なところであたしが確認するの。そう提案したら、『俺はあんたの荷物運びじゃねぇんだぞ!!』ってヤケに怒っちゃって…ほんっとに器が小さい男!!」


クロエは少しジャックの真似をしながら怒りを露にした。ロニーは苦笑いしながらクロエを宥めた。


「まぁまぁ…ジュニちゃんだって普段は左腕使えないんでしょ?何でも斬れちゃうから。そんな状況じゃ、資料運ぶのも大変なのよ…利き腕じゃないんだし。」


「そうだけど……。」


クロエは少し口を尖らせ、視線をそらした。


「クロエちゃんだって、本当は分かってるんでしょう?大変だってわかってるのに、結局ジュニちゃんあなたに合わせてくれたこと……ヤケクソで行ったんじゃないって。だから元気ないんでしょ。」


ロニーはそっとクロエの頭を撫でながら微笑んだ。


「……。」


「後悔してるなら、オバケが怖くなくなるよう特訓しましょ!魔法が使えなくてもフライパンを出す術が出来るんでしょ?なら頑張ればオバケを追い払うぐらいの術使えるようになるわ!」


ロニーはクロエの手を握り、大きく頷いた。


「ロニー……。」


「…とはいえ、その肝心な術のやり方がわからないわね…。」


ロニーは額に指を置き、何か方法がないか考えた。するとクロエはカウンターに手をバンっとつき、覚悟を決めた顔でロニーを見つめた。


「…ロニー、どこか広い部屋無い?」


「…あるわよ、あたし達の隠れ部屋がね。」


ロニーはクロエの瞳を見てふっと笑い、横の壁を親指で指さした。






~図書館地下室~


その頃ジャックは黙々と本を探し続けていたが、それっぽいのは見つからず、本棚に凭れて一旦休憩していた。


「くっそぉ…俺だって幽霊とか得意じゃねぇってのに〜…。大体この大量の本の中一人で探すのなんて無理だろ…。」


ジャックはため息を吐き、ふと天井を見つめた。


「…つーかこの装飾本当にすげぇな。複雑な形をよくここまで金属で表現出来たもんだぜ。」


ジャックはじっと装飾を見つめているうちに、ふとある事に気がついた。


「……ん?そういやこんな感じの形、城以外で見たな…。どこで見たんだっけな…?」


ジャックは必死に思い出そうと、頭を悩ませた。その時、服のポケットから指輪がポロッと落ちた。ジャックは床に転がった指輪を見て、目を見開いた。


「そうだ!こいつだ!!」


ジャックは指輪を拾い、金とルビーの繋ぎ目をよく見てみた。そこには美しく繊細な装飾が施されていた。


「こいつと部屋の装飾の形…パターンがほぼ一緒じゃねぇか。単なる偶然とは思えねぇな。」


ジャックは指輪を握りしめ、立ち上がって部屋の装飾を片っ端から確認し始めた。


「どこかに何かあるかもしれねぇ…この指輪が鍵になるような…。」


暫く探し続けると、丁度ドアと対面している本棚と天井の境目に、小さな窪みを見つけた。そこの装飾の形は、窪みの部分だけ途切れており、指輪をはめれば丁度繋がりそうだった。


「ここにはめれば。」


ジャックはゴクリと唾を飲み、そっと指輪をはめてみた。するとカチッと小さな音が鳴った瞬間、地響きが起こり、ドアに対面している本棚以外の全ての本棚が動き始めた。


「うおっ!?」


ジャックは必死に梯子にしがみつき、落ちないようにした。本棚は全体的に後退り、部屋が段々と広くなっていった。暫くすると本棚の動きが止まり、ドアに対面している本棚の両端にスペースができた。ジャックは恐る恐る梯子を降り、空いたスペースを見てみた。しかしそこには特に何も無かった。


「な、何だよ…こんだけ動いて何もなしとか……うぉおおっ!?」


そう言った瞬間、再び地響きを起こしながらドアに対面している本棚がゆっくりと床に沈んでいった。完全に本棚が床に沈むと、そこに新たな扉が現れた。


「…なんつー仕掛けだよ。」


ジャックは色々と圧倒されながら、そっと扉を開けた。


「…なんだここ。」


扉の向こうには上りの階段が続いており、二十段毎に本が左右一冊ずつ置かれていた。そして六十段目の次は百段目に、一冊だけ光に照らされた大きな本が置かれていて、計七冊の本がその部屋にあった。


「……一冊一冊、高そうな台に置かれてやがるな。しかも一番上のなんかライトアップまでされてんじゃねぇかよ。」


ジャックは本を確認しながらゆっくりと階段を上り始めた。本に綴られている題名などの文字は、全て金色に輝いていた。


「相当貴重な本ってわけだな…。隠し部屋まで作って保管してんなら、ぜってぇ当たりじゃねぇか。」


ジャックは一番上まで上ると、光に照らされた本をそっと手に取った。


「……この著者は……。」


ジャックは著者名の文字をゆっくり撫でながら、小さく呟いた。それは少し寂しそうな声だった。


「……取り敢えず、ここの七冊だけ持っていくか。」


ジャックはそう言うと、七冊の本を持ってきていた大きなカバンに詰め込み、隠し部屋を出た。


「おっと…指輪を回収しとかなきゃな……って、ありゃ?」


ジャックは床に沈んだ本棚の上を見て首を傾げた。本棚と共に沈んだ筈の指輪が、丁寧に置かれてあったのだ。


「………どうやって外すか悩まずに済んだけどよ…。もうここ怖ぇよ……!!」


ジャックはすぐに指輪を拾い、逃げるように地下室を後にした。


「……幽霊扱いしないでほしいものだ。」


ジャックがいなくなった後、本棚の隙間に隠れていたロナウドはそう呟きながら出てきた。


「さて……ここの扉は、隠しておかねば。」


ロナウドは懐中時計を取り出しながら、ふっと微笑んで隠し部屋の扉を見つめた。


「また、坊ちゃんに怒られてしまう。」





~ロニーBAR~


「隠し部屋?」


ジャックがロニーの店に帰ってきて話をすると、クロエは目を見開きながら驚いた。


「おう、この指輪をはめる場所があったんだ。そしたら本棚が勝手に動いて、隠し部屋が出てきたんだよ!」


ジャックは自慢げに話しながら、持ち出してきた本をドサッとカウンターの上に置いた。


「随分と高価そうな本ねぇ。こんなの持ち出して大丈夫なの?」


ロニーは一冊本を手にとり、表紙などを見つめた。


「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。それに、多分あの部屋の存在自体知られてなさそうだぜ?指輪を見たことがあるやつ自体、いなかったんだからよ。」


ジャックは指輪をライトにかざしながらそう言った。クロエも本を一冊手に取り、タイトルを読もうとした。


「…って、何よこの文字!?全然普通に読めないじゃないのよ!!」


「あら?クロエちゃんなら読めると思ってたんだけど、読めないの?」


「明らかに俺達が知ってる言語じゃなさそうだよな。魔女語か?」


ロニーとジャックは完全にクロエに読んでもらうつもりだったので、あまり気にしていなかったが、本に綴られている文字はどこの言語かも全く判断できないものだった。否、そもそも言語ではなかった。


「魔女語なんてないわよ!これは…暗号ね。」


「暗号?」


ジャックはまじまじと文字を見つめた。


「そう。正確には、書いた本人だけが分かる専門の言葉ね。簡単には読めないようになってるわ。」


「はぁ?そんなのどうやって読むんだよ。つーか、原本から翻訳したやつどうやって読んだんだ?」


「…恐らく、世間に出回ってたものはダミーね。何か隠さなくてはいけないような内容があって、それがバレないよう敢えて読める文字で原本のダミーを作った…隠したい内容を省いてね。」


クロエは本を置き、少し深刻そうな顔をした。


「だからクロエちゃんが知っているジュニちゃんの呪いの症状と、今起こってるジュニちゃんの症状がズレてるのね。それならクロエちゃんの呪いも、危ないんじゃないの?」


ロニーは心配そうにクロエを見つめた。クロエはそっと頷いた。


「その可能性は高いわ。これに全てのことが書かれているかわからないけど、それでもあたしが今まで読んできた数知れない本と内容の多さに差がありすぎる…ということは、省かれた内容が多いってことよ。」


「おいおい、呪いとか魔法ってこんだけでまとまる程しかねぇのかよ?もっと数え切れねぇほどあるんじゃねぇのか?」


ジャックは眉間に眉を寄せながらクロエを見た。


「馬鹿ね。元々魔法や呪いは、大昔に現れた最初の魔法使いが作ったものをあたし達が真似してるだけに過ぎないのよ。」


「そんなの、新しいの作らねぇのかよ?」


「作ろうとしても、結局元の魔法や呪いを応用しただけのものになるのよ。つまり最初の魔法使いは、化学でいう原子を作ったって感じね。」


「……わかる?」


ジャックはロニーの方を見て尋ねた。ロニーはよく分かっていない表情をして首を傾げた。


「ちょっとよくわからないわ……。」


「もうっ!!分からないならいいわよ!」


クロエはそう言うと本を開き、文字を睨みつけた。


「取り敢えず、この文字を解読しなきゃ何も分からないわ!」


「はっ、そんなの本当に読めるのかよ?分かる文字で読んでも術まともに出来ねぇのに。」


ジャックは少し小馬鹿にした様子でクロエを見た。クロエはムカッとしてジャックを睨んだ。


「何よ!人を斬ることしか能がない奴に言われたくないわ!!大体あなたなんか普通の文字でも意味よく分からないんじゃないの!?」


「はぁ!?分かるわボケ!!あんたなんか最初万屋の看板すら読めずに俺んとこ来たじゃねぇか!!」


「読めなかったんじゃなくて読まなかっただけでしょ!?じゃあ聞くけど、あなたこの本解読できるっていうの!?」


「それは……。」


ジャックはそう言われると、言葉を濁した。クロエは鼻で笑いながらジャックを嘲笑った。


「ほら、読めないんじゃないの!あたしが読んであげなきゃ、あなたの呪いの謎は解けないのよ?思いがけないことで死んじゃうわよ〜?」


「…っ、調子乗ってんじゃねぇぞこの居候!!元はと言えばあんたが俺を巻き込んでこんな事になってんだろうが!!ちょっとは申し訳ねぇって思わねぇのかよ、あぁ!?」


「ちょっと二人とも喧嘩はやめなさいよ!!」


ロニーは慌てて二人を止めようとしたが、もう遅かった。


「ええ、思わないわよ!あたしがあなたの前に現れなくたって、そのうちあいつにやられてたわよ。それどころか、あたしがあなたと会ってなければ今頃死んでるのよ!?少しは有難いと思いなさい!!」


「餓鬼のまんまにされて何も出来ず俺に守ってもらってる分際が何言ってやがんだ!!こんな面倒な事に巻き込まれて餓鬼にこき使われるぐらいなら死んだ方がマシだっての!!」


「あら?なら今すぐあたしを殺して死ねば!?」


「……いい加減にしなさいッ!!!」


ロニーはカウンターを思い切り叩き、大声で怒鳴った。クロエはビクッと肩を震わせ、口を閉じた。ジャックは舌打ちをし、手をポケットに突っ込んで椅子から降りた。


「……あんたなんか殺してやる価値もねぇ。死ぬなら、勝手に死ねよ。」


「ジュニちゃんっ!!」


ロニーの怒声にも反応せず、ジャックはそのまま店を出てしまった。


「もう……親に似ず、口が悪いんだから。」


ロニーは大きなため息をつき、額に手を当てた。


「クロエちゃんもあまりにも言い過ぎよ。どれだけジュニちゃんに世話になってると思ってるの?」


「…元はと言えばあっちが先に……。」


クロエは言い訳をしようとしたが、ロニーは腰に手を当てて怒った。


「どっちが先だなんて関係ない!!大体クロエちゃんの方が、ジュニちゃんより年上なんでしょ?張り合ってどうするの!?少しは大人の対応しなきゃ駄目よ!!」


「っ……。」


「それにね、ジュニちゃんは殺したくて人を殺してるわけじゃないの!見ててわからないの!?」


「……それは何となく、わかる。」


クロエはしゅんと落ち込みながら頷いた。


「なら殺せだなんて、簡単にジュニちゃんに言わないで。あの子が背負ってるものは、あたし達には想像がつかないぐらい大きいものなのよ…?」


ロニーはクロエの頭を撫でながら悲しげな顔をした。


「ジュニちゃんのお父さんだってね、平気な顔をしてたけど…相当大きなものを背負っていたわ。あたし達には理解できない…助けてあげられなかったの……。」


「……助けられない…?」


クロエは涙が溜まっているロニーの瞳を見つめて呟いた。


「そう……ジャックもジュニちゃんも、誰にも助けを求めずに独りで血に染まった道を進み続けるのよ。辛くても、苦しくても…死にたくなっても立ち止まらない。こっちが手を差し伸べても、見向きもせず通り過ぎてしまう。それが、『切り裂きジャック』なの…。」


ロニーは必死に涙を流しまいと、上を向いて目を閉じた。


「…いつか、ゆっくり話してあげるわね。ジュニちゃんのお父さんの話を…。」


「……うん。なんか、ごめんなさい…。」


クロエは申し訳なさそうに謝った。ロニーは目を少し擦ると、ニコッと笑った。


「謝る相手を間違えてるわよ、クロエちゃん?そろそろ夜も遅いし、ジュニちゃんの所に帰った方がいいわ。あ、本は重いから、あたしが大事に保管しといてあげる。」


「…何て言えばいいかしら。」


「そんなの簡単よ。『ごめんなさい。』って言えばいいわ。ジュニちゃんは優しいから、それだけで許してくれるわよ。」


ロニーは本を片付けながら微笑んだ。クロエは暫くロニーを見つめたあと、ぴょんっと椅子から降りた。


「…うん、そうね。あたしも大人げなかったし、今回は素直に謝るわ。」


「うんうん、それがいいわ。」


「…ロニー、怒ってくれてありがとう。おやすみなさい。」


クロエは少し微笑むと、店を駆け足で出ていった。ロニーは手を振りながらクロエを見送った。クロエの姿が見えなくなると、ロニーはふとある事を思った。


「……そう言えば、あたしったら正体を隠してた時のジュニちゃんを覚えているとはいえ、どうしてここまでジュニちゃんのこと分かってるのかしら…?」

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