第11話 切り裂きジャックのきっかけ

それからジャックとクロエは店に戻り、体を休めた。クロエが風呂に入っている間、ジャックはソファーに座ってナイフを眺めながら考え事をしていた。


「……切り裂きジャックの俺、か。」


ジャックはソファーに凭れ、天井を見つめた。その表情はどこか寂しそうだった。


「…うっ、何だこの頭痛。」


ジャックは急に頭痛がし、頭を押さえた。


「くそっ…この呪いがかかってからちょいちょい頭痛がするんだよなぁ…。呪いの副作用か?いや、薬じゃねぇんだからそんなことねぇか…。どうであれ、たまったもんじゃねぇ。」


ジャックはブンブンと頭を振り、痛みを紛らわそうとした。


「何やってんのよ。とうとう頭イカれた?」


するとそこに風呂から上がったクロエがやってきて、ジャックの不思議な行動を呆れた様子で見ていた。


「うるせぇ、頭いてぇんだよ。」


「頭痛…?もしかしてロニーのバーにいた時もそうだったの?」


クロエは台に乗って冷蔵庫から牛乳を取り出しながら尋ねた。


「あ?ちょっと痛かったけどよ…そこまでじゃねぇよ。何でそう思ったんだ?」


「え?あ、いや…なんか様子がおかしいかった……かなぁって思ってたのよ。」


クロエは何となく誤魔化しながら牛乳をコップに注ぎ、ジャックの隣にちょこっと座った。


「なんか……どこ見てるか分からなかったというか…しんどいのかしら〜、なんて。」


「あ〜…。人のことよく見てんのな。」


ジャックは頭をワシャワシャと掻きながらそっぽを向いた。


「別に…グレン牧師と知り合いだったから、ちと心配だっただけだ。」


「あら?そうだったの?また仕事の関係で知り合ったのかしら?」


クロエは意外そうな顔をしながら牛乳を飲んだ。ジャックは少し表情を暗くさせながらしぶしぶ答えた。


「俺は……そこの孤児院で、産まれたんだよ。」


「え……。」


クロエは目を見開きながらジャックを見つめた。何か触れてはいけない事に触れてしまったような気がして、気まずくなった。


「…その、悪かったわね。気に触ったかしら…?」


「いやいや、別に孤児だった訳じゃねぇんだ。ただ……おふくろはそこで死んで、俺はその瞬間『切り裂きジャック』になった。」


ジャックがそう言った時、クロエの頭の中にジャックが『切り裂きジャック』になったきっかけが、最悪なものではないかという考えが過ぎった。幸いにもクロエがそれを確かめるため口を開く前に、ジャックがその答えを口にした。


「俺は……『おふくろを殺して切り裂きジャックになった』。」


「っ……!!!」


ジャックの瞳の奥が赤く光ったのを見て、クロエは風呂上がりにも関わらず寒気がした。自分が思い描いていた『切り裂きジャック』の姿が、ようやく現れ始めた気がした。


「これが、俺が『切り裂きジャック』になったきっかけ……。どうだ、人じゃねぇだろ?」


ジャックはふっと笑い、ソファーの上であぐらをかいた。クロエは暫く口が動かなかったが、勇気を振り絞って口を開いた。


「…何があったか知らないけど、あなたは何か事情がないとそんなことしないと思うわ。」


「…何だよ、気持ち悪ぃな…。いつもなら「ホント、流石殺人鬼ね……っ!親を殺すなんて、おかしいんじゃないの!?」とか言うだろうよ。」


ジャックは少し引きながらクロエの声を真似て言った。


「もう!そんな喋り方じゃないわよ!」


クロエはげしげしとジャックの横腹を蹴りながら怒った。


「ただ…あなたを見てると、思うのよ…。あたしの前にいる『切り裂きジャック』と、皆が思い描いて怯えている『切り裂きジャック』は違う。狂気に満ち、子供でも容赦なく殺してその身を血で染める…、でもあなたは人を助けてばっかり…バルは未遂だったとしても、あなたはあたしの前でまだ1度も人を殺してないわ。それに言ったじゃない、無闇に殺したりしないって。」


クロエは少し俯き、グラスを握りしめた。ジャックは心配そうにクロエの顔をのぞきこんだ。


「…どうしたんだよ急に…。あんたらしくねぇ。」


「うるさいわよ…。もういい、寝るわ。おやすみ。」


クロエはそう言ってグラスをテーブルに起き、さっさと自分の部屋に入ってしまった。


「……おやすみ…。」


一人残されたジャックはキョトンとしながら呟いた。






〜クロエの部屋〜


「……っ。」


クロエは自分の部屋に入った後、何かこみ上げるものがあり、それを紛らわすようにベッドに飛び込んだ。


「……何で笑っていられるのよ。」


クロエは枕をぎゅっと抱きしめ、母親を殺したと言った時のジャックの顔を思い出した。


「今まで黙ってたってことは、本当は辛いんでしょ…?なのに何で笑うのよ…全然笑えないわよ…っ。」


クロエはふと自分のために死んだ少年のことを思い出し、ジャックと重ねてしまった。すると止めどなく涙が溢れ、大粒の涙が頬を伝った。


「…何であいつと重なるのよ…っ!何も一緒のところなんてないじゃ……っ。」


クロエは頭を抱え、肩を震わせた。するとふと呪いをかけた男が言っていた言葉が脳裏を過ぎった。


「…まさか、あの男が言っていたのって……。」


クロエは目を見開き、少年の運命とこの先のジャックの運命を比べてみた。


「あぁ……そういう事ね…。」


クロエは歪んだ笑みを浮かべ、顔を枕に埋めた。


「………もう引き返せないのよ、同情してる場合じゃない…あたしはあたしの人生を取り戻すのよ。同じ罪を辿ったって……あたしにはこの道しか残されてないの。」


クロエはまるで誰かに語りかけるように独り言を呟いた。すると誰かが自分の肩に触れたような気がし、そっとそこに触れた。


「……お願い、許してちょうだい……。」


クロエはそう呟き、糸が切れたように眠り始めた。その言葉をあの男に聞かれていたとは知らずに。

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