第1話 出会い

誰もいない町の中で、雨に打たれながら広場で倒れている青年がいた。体は何かで切り裂かれ、左腕は遠くに落ちている。彼はこの状況が理解出来ずにいた。何故なら普通、彼はこの状況を作り出す側だったからだ。


「…これが、君の定めだよ…切り裂きジャック。」


そばにいた一人の男は、その青年に…『切り裂きジャック』に声をかけた。彼はぎろりと男を睨みつけた。その目は、まだ生きることを諦めていなかった。それを見て男はクスッと笑い、まるで子供を寝かしつけるように彼の耳元で囁いた。


「そっか…君はまだ抗うつもりなんだね。なら、君にもチャンスをあげなきゃね。」


そう言って男は、彼の目を手で覆った。すると彼は急に意識が遠のき、抗う間もなく意識を手放した。次に目覚めた時には男の姿がなく、代わりに見覚えのある少女が顔をのぞき込んでいた。


「…哀れな哀れな切り裂きジャック、私と一緒に悪い魔法使いを退治しましょ?」


彼がこの少女と知り合ったのは、数日前の事だった。





〜数日前〜


「おい、聞いたか?昨晩も切り裂きジャックが現れて、五人はやられたそうだ。」


「全く警察は何をしてるんだ…!このままじゃこの国は奴に滅ぼされちまうぞ!」


「だが殺された奴らは、皆裏でいろいろとやばいことをやっていたそうだ。罰が当たったな。」


今日も町では切り裂きジャック事件の話が絶えず話されている。それを聞きながら青年はご機嫌に路地裏に入り、ごく一部の人間しか通らない道を通ってある建物の階段を上がった。そこは表では有名な『万屋』となっているが、実は『切り裂きジャックの拠点』だった。


「あ~、今日も俺の勇姿が語られている。今回は結構な金も手に入ったし、暫くゆっくりすっかなぁ!」


切り裂きジャック(今後ジャック)は部屋に入ると、どかっとソファーに座って新聞を読み始めた。その一面にはやはり切り裂きジャック事件の事が記されていた。


「しっかし…あの五人もよくあそこまで裏金溜め込んでやがったなぁ。国も警察を俺に当て過ぎて、こういうのに鈍感になってきてるじゃねぇか。」


ジャックはため息を吐きながら新聞を置き、ゆっくり伸びをした。


「ま、それも俺が有名になってきてる証拠だよなぁ。…ふぁ~、ちと寝るか。」


ジャックは大きなアクビをすると、ソファーに寝転がって寝ようとした。するといきなり凄い勢いで扉を叩く音がした。


「うぉっ!?」


「もしもーし、万屋さんは営業してますかー?」


(営業時間書いてるだろ!!看板を見ろ!!!)


ジャックはそう思いながら舌打ちをし、居留守を使うことにした。そもそも今日は定休日であり、こういう客がジャックは一番嫌いなのだ。


「ちょっとー、いるんでしょー?さっさとここ開けて中に入れて紅茶とクッキー出して依頼を受けなさい。」


「…どんだけ偉そうなんだよこの女…っ!!つかうるせぇ!!」


ジャックは耐え切れず、イライラしながら立ち上がって扉越しに怒鳴った。


「んだこの野郎!!今日は定休日だって書いてあるだろうが!そんな偉そうな客はお断りだ!帰れ!!」


「はぁ?あなたに断る権利なんて無いわよ。馬鹿なの?」


「テメェ…いい度胸してんじゃねぇか。」


ジャックは今すぐにでも扉の向こうの客を殺してやりたかったが、何とか怒りを抑えた。


「テメェこそ俺の休日を邪魔する権利なんてねぇだろうが。ごちゃごちゃ言ってねぇで違う万屋に行きな!」


「あなたにしか頼めない仕事だからわざわざここまで出向いてきたのよ?『切り裂きジャック』さん。」


「…んだと?」


ジャックは不意をつかれたような顔をした。誰にも自分が切り裂きジャックだとは気付かれていないのに、扉の向こうにいる客はそれを知ってあえてここに来ていたのだ。


(こいつ…ただもんじゃねぇな。)


ジャックは少し警戒しながら、仕方なく扉を開けた。しかし、ジャックは客の姿をみるとキョトンとした。


「………は?」


「初めまして、切り裂きジャック。早速依頼を頼みたいんだけど…、」


扉の向こうにいた客は、まだ八歳ぐらいの少女だった。


「イヤイヤイヤ、ちょっと待て!テメェがっつり餓鬼じゃねぇか!」


「はぁ!?失礼ね!誰が餓鬼よ!」


「どっからどう見ても餓鬼だろうが!!何だ迷子か!?ママとパパ探したらいいのか!?ギャハハハ!!」


ジャックが爆笑したその瞬間、カンッという鋭い音が部屋に鳴り響いた





「……んで?人の休日邪魔した挙句フライパンで殴ってまで頼みてぇ依頼は何だ?」


ジャックは頭に大きなたんこぶを乗せながら向かいに座る少女に訪ねた。


「実は、ある男を殺して欲しいのよ。」


少女は全く悪びれる様子も無く、ニッコリと笑って言った。


「ほぉ、随分とえげついこというじゃねぇか、お嬢さんよぉ。」


「お嬢さんじゃないわ、あたしはクロエよ。」


見た目は可愛らしいが明らかに腹黒そうな少女、クロエは微笑んだ。


「テメェの名前なんかどうでもいいっての。それより、なんで俺なんかにそんなこと頼むのか、理由を聞かせろよ。」


「本当に失礼な男ね…。まぁいいわ、説明してあげる。」


するとクロエは急に手を組んで真剣な顔をした。


「実は…あたしはある男に呪いをかけられた十九歳の魔女なの!」


「はーい、今すぐお引き取り下さーい。」


ジャックは即座にクロエをつまみ出そうとした。


「ちょ、ちょっと!!本当だってばっ!!」


「生憎俺は魔法とか呪いとか信じてねぇんだよ。ファンタジーごっこならそこら辺のババァとしな。」


「ファンタジーごっこじゃないわ!!とにかく最後まで聞きなさいよ!!」


クロエはジタバタしながら怒鳴った。ジャックは仕方なく話を聞くことにした。


「んで?その十九歳の女がどうしてこんなちっこくなっちまったんだよ。」


「ふぅ…、あたしは優秀な魔女だから、小さい頃から魔法が使えたの。それでいて容姿も美しいから、男を捕まえてお金を搾り取ってやろうと思って年齢をちょくちょく弄ってたの。」


「テメェ最低だな。」


ジャックは呆れた顔をしたが、クロエは無視して話し続けた。


「それで暫く大人のあたしで色んな男と遊んでたんだけど、飽きちゃったから今度はロリになろうと思って、八歳になってまた遊んでたわけ。そしたら、あの男が現れたのよ!」


「あ、やっと本題出てきた。」


「あたしが早々にロリに飽きて本来の姿に戻ろうと思ったら、突然変な男が話しかけてきて、『君は魔法をそんな風に使って、悪い子だね。罰としてその可愛らしい姿から戻れないようにしてあげようか。』って言って、本当に魔法が解けないように呪いをかけられちゃったのよ。」


「ざまぁみろ。」


ジャックは鼻で笑うと、クロエは再びフライパンでジャックの頭を殴った。


「いってぇっ!!!」


「それどころか、魔法が全部使えなくなっていて、何も出来ないのよ。その男は呪いをかけると一瞬で消えちゃって、お手上げってわけ。」


クロエは溜め息をつきながら手を挙げた。


「そこで、この呪いを解くためにその男を探し出して、殺して欲しいのよ!」


「フライパンで二回も殴っといて偉そうに…!大体自業自得だろうが、自分で何とかしろよ。」


「何とか出来ないからここに来たんじゃないのよ!あなたこそ何でそんな乗り気じゃないのよ!?切り裂きジャックは人を切り殺すのが大好きなんじゃないの!?」


「っるせぇ、俺だって気分があんだよ。そもそもそんな話誰が信じるんだよ、現実をみろ現実を。」


「一番現実逃避してそうなのあなたでしょ…!」


クロエはイライラしながら呟いた。


「とにかく、俺は元々休日だし、もっとそういう話信じるやつに頼むんだな。それか、その姿でもう一回成長するの待ちな。」


「…そう、もういいわ。」


クロエは渋々諦めると、扉を開けた。


「…でも、あなたも気をつけた方がいいわ。悪いことばっかりしてると、あたしみたいに呪われちゃうわよ?」


クロエはクスッと笑うと、家を出ていった。ジャックは興味無さそうにまたソファーに座った。


「馬鹿馬鹿しい、何が呪いだよ。大体俺は悪い事なんかこれっぽっちもしてねぇっつーの。」


そう呟くと、ジャックは大きなアクビをしてごろりと寝転がり、眠りについた。 すぐそばにある窓の向こうは、不気味にも強い風が吹き始めていた。

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