第2話 罪の証

その日の夜、ジャックは嵐の音で目が覚めた。あれから風は更に強くなり、雨はバケツをひっくり返したように激しく降っていた。


「うわっ、こりゃひでぇ雨だな…。最悪だ。」


ジャックは舌打ちをしながら、立ち上がった。というのも、彼は何故か昔から雨が嫌いだった。


「折角の休みだってのに…。どうすっかなぁ。」


ジャックは頭を掻きながらウロウロしていた。すると、ふと昼間のクロエの話が頭に浮かんだ。


「…どうもあの女の話が頭から抜けねぇ。何でだ?」


ジャックはあの話を忘れようとしたが全く頭から離れず、逆に段々ムシャクシャしてきた。


「…くっそ、気になって仕方ねぇ!こうなったらその男殺してきれいさっぱり終わらせてやる!どうせあの女が望んでたことだ、呪いだとか嘘だとしても感謝されるだろ。」


ジャックは早速上着に取り外し可能のフードをつけ、顔を隠す用の金属製のマスクをつけた。そして普段は決して出ないこの嵐の中に飛び出していった。





〜町の中〜


「とは言って出てきたものの、俺何も情報ねぇじゃん。」


ジャックは途方に暮れながら嵐の中をさ迷った。


「大体そんな奴普通に歩いてるとは思えねぇし、まず普通の人間でもこんな嵐の中出歩かねぇだろ。何やってんだ俺は。」


そういってジャックは諦めて来た道を戻ろうとした。すると、大通りで一人の男が普通に傘をさして歩いているのを見つけた。


「…いたし。」


ジャックは建物の隙間に隠れながらその男を見た。


「何でいるんだよ…変な奴だな。」


ジャックはじっと見つめていると、何故かその男がクロエの言っていた男と同一人物のような気がしてきた。


(なんだ…この感覚。俺の直感が、あいつだと言ってるみてぇだ。)


ジャックは瞳を細め、腰に巻いてる布で隠しているナイフを手に取った。


「…一か八か、やってやるか…!」


ジャックは建物の隙間から飛び出し、音も立てず風のように素早く走った。


「……?」


男が視線を感じ、振り返ると同時に、ジャックはナイフを男の額に振り下ろした。


(仕留めた…!!)


ジャックは男の額にナイフが刺さるとにやりと笑ったが、何故か急に視界が揺らいだ。


「…あ?」


そのままジャックの体は力が入らなくなり、その場に倒れ込んでしまった。そして、利き手である左手に違和感を感じた。


「…左手、動かねぇ…?体中…いてぇし、どうなって……。」


ジャックは朦朧とする意識の中、何とかその違和感の正体を暴こうと首を動かした。しかし、そこには血だまりしかなく、左手どころか左腕全てが無かった。そしてその左腕は、遠くに転がっていた。


「な……っ!?」


ジャックは目を見開いて驚き、血の気が引いた。


「な、んで……。」


「やぁ、君から来てくれるなんて…嬉しいよ。」


すると男がナイフを自分で抜きながら、ジャックに歩み寄ってきた。


「っ!?な、何で生きて…!?」


「さぁ、何でだろう?それより君は自分の体を心配した方がいいんじゃない?こんなに八つ裂きにされて、さぞかし痛いだろうね。」


男は全身切りつけられているジャックの体を見て、優しく微笑んだ。ジャックは何が起こったのか全く理解出来ず、声も出なかった。


「……っ。」


「君に殺された人たちも、こんな風に殺されたんだね…。その若さで一体何人殺したのかな?」


男はジャックの顔の横でしがみこみ、ジャックの頭を撫でた。ジャックは歯軋りしながら男を睨みつけた。


「…これが君の定めだよ、切り裂きジャック。」


「っ!」


(こいつ、やっぱりあの女が言ってた…!!)


ジャックは必死に体を動かそうとしたが、最早痛みさえ感じず、どうすることも出来なかった。


「…俺は…俺はまだ、死ね、ねぇんだ…っ!」


「そっか…君はまだ抗うつもりだね。なら、君にもチャンスをあげなきゃね。」


男は微笑むと、そっと手をジャックの目に被せた。するとジャックは急に意識が遠のいだ。


「う…っ。」


ジャックはわけもわからぬまま、抗う間もなく意識を手放した。


「…君の罪は重すぎる。『切り裂きジャック』、その大罪の中でさえ、君の生きる意味…本当の姿は無かった。なら、本当の君は一体どこにあるんだろうね?」


男はそう呟くと、まるで煙のように姿を消した。





「…あらら、だから言ったのに。」


「……んぁ?」


ジャックが目を覚ますと、傘をさしたクロエが顔をのぞき込んでいた。


「テメェ…なんでここに……?」


「左腕、見てみなさいよ。」


「左腕……?」


(左腕はさっき、あいつにぶった切られてて…。)


まだ体の感覚が完全に戻っていない中、ジャックは恐る恐る左腕を動かしてみた。すると先程とは違って、確かな感触があった。


「はっ…何だ、腕あるじゃねぇ…か……。」


ジャックはゆっくりと左腕を上げて見てみた。しかしそれは自分の左腕ではなく、真っ黒な影のような腕だった。しかもその指先はまるでナイフのように鋭く尖っていた。


「……な、なんだよこれ…っ!?」


ジャックは目を見開いて叫んだ。クロエは溜め息をつきながら説明した。


「呪いをかけられたのよ。それも一番最悪なのをね。」


「な、何の呪いだよ……?」


ジャックは青ざめながらクロエを見つめた。クロエは一息ついてから、こう告げた。


「……『死の呪い』よ。」


「『死の呪い』…だと。」


「そうよ、しかもただ死ぬんじゃない。自分の事を、皆忘れていくの。自分を知る者がいなくなった時、独り寂しく死んでいく…。」


「そんな…じゃあこの町の奴らは俺のことを……、『切り裂きジャック』の存在を忘れちまうのかよ!?」


ジャックは無理やり体を起こしながらクロエに訪ねた。


「ええ、そうよ…恐らくこの世界であなたの事を覚えているのは、あたしだけ。皆『切り裂きジャック』のことを言っても、何の事か分からないわ。」


「…んな馬鹿な事あるかよ…!俺は信じねぇぞ…っ!!」


ジャックはフラフラと立ち上がり、落ちているナイフを右手で拾った。


「信じないって言っても、その腕が証拠でしょう?いい加減認めたら?」


「うるせぇ…、俺は…俺はこの存在を知らしめる為に今まで生きてきたんだ…!それを…こんな馬鹿げた事で無にされてたまるかっての!」


ジャックはナイフをクロエに向けた。


「あたしを殺しても呪いは解けないわよ。呪いをかけた本人を殺さないと…。」


クロエはそう言うと、ジャックのナイフに触れながら微笑んだ。


「…哀れな哀れな切り裂きジャック、私と一緒に悪い魔法使いを退治しましょ?」


「お断りだ!」


「はぁ!?」


ジャックがスッパリと断ると、クロエは後ずさった。


「な、何でよ!?このタイミングで断れるわけないじゃないの!」


「うるせぇ!俺は呪いとか魔法とか信じねぇって言ってるだろ!どうせこれは悪い夢なんだろ…?じゃあこいつを刺せば目覚めるはず…!」


ジャックはナイフを自分の太股に思い切り突き刺した。しかし夢は覚めることはなく、代わりに激痛が走った。


「いってぇえっ!!!」


「馬鹿ねぇ、さっきズタボロにやられた時の痛みがまだあったでしょ?」


クロエは呆れた様子でジャックを見た。


「くっ…そういやそうだった…っ。」


ジャックは悔しそうにナイフを抜き、その場に座り込んだ。


「くそっ…こんな非日常みてぇなことが現実だなんて…!」


「仕方ないわよ。あたしだって信じたくないもの。」


クロエはジャックの前でしゃがみこんだ。


「でも、いいことを教えてあげる。同じ者に呪いをかけられた者で、呪いがかかる前に知り合った者はあなたを忘れないの。つまりあたしはあなたを忘れない…だからあなたは死なないわ。」


「…嬉しいような、どうでもいいような…。」


「喜びなさい!!」


クロエはジャックの頭を思い切り叩いた。するとジャックはぐらっとふらついて、そのまま倒れてしまった。


「ちょ、ちょっと…?」


「……駄目だ、体に力が入んねぇ…。」


「…もう、無理して動くからでしょ。その呪い自体で死なない限り、あなたは不死身になるけど、傷の治りとか体力の回復はちょっと早くなるだけなんだから。」


「それ、早く言えよ…!」


ジャックは動かない体を必死に動かそうとしたが、今度は全く動かなかった。


「しょうがないわね……。」


クロエは小さな体で何とかジャックを背負い、ズルズルと引き摺りながら運んだ。


「っ……。」


ジャックは情けなく思いながら、再び意識を手放した。

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